62話:到着SIDE.GOD
関西空港について俺達はバスに乗車した。バスは6台。7クラスあるんだが、X組はほとんど数人程度な上に、参加しているのが七星佳奈だけだからな……。6台で事足りるんだろう。
俺はA組に所属しているので先頭のバスに乗り込む。座席は、予め決められていて、俺の前は空席、その横が秋世。俺の横が静巴。という席順である。俺は、飛行機を降りるのが遅かったせいで、最後に乗ることになってしまった。
「こら、遅いわよ、紳司君」
秋世に怒られた。そして、秋世の隣の席は空席であるはずなのだが、その席には七星佳奈が座っていた。なるほど、X組は各バスに割り振られたから、空席に入っているのか。
「しゃーないだろ?寝てたんだから。てか、静巴が起こしてくれたっぽいんだが」
俺は、静巴の方を見た。静巴は、顔を赤くして俺から目をそらしてしまう。一体何なんだ?
「……、まあ、その何だ?」
俺は、頭をボリボリと掻きながら、静巴の隣の席へと腰を下ろした。その際、静巴がなるべく窓側に、俺を避けるように身を寄せた。どうにも避けられているらしいな……。何が原因だ?
「それじゃあ、全員揃ったことですし、行くとしますか」
秋世の声に運転手とその横のバスガイドは頷いた。つまり、これから京都へ向けて出発するのだろう。
「え~、それでは、これより京都へ向かいますので、皆様、安全のためにシートベルトをしっかり着用してください」
バスガイドのそんな声に、全員がしっかりとシートベルトを締めて、バスが動き出した。バスは、それなりの速度で、おそらくこれから高速道路を利用して京都へ向かうのだろう。
「また、その本を読んでいるんですか?」
俺は、静巴がこの状態なので、前の席にいる七星佳奈に話しかけた。七星佳奈は、また本に栞を挟み、パタンと閉じると軽く後ろを向いて身を乗り出して、俺の方を見た。
「ああ、今朝の……。読書が悪いことですか?」
七星佳奈の逆鱗に触れたのか、少し苛立った声で言われた……。別に読書を否定してる、とかそんなんじゃないんだけどな……。
「いえ、俺も読書は好きですしね。ただ、何の本か気になったので」
意味の分からない言語で記された本。それには多少の興味をそそられた。だから聞いてみただけなんだが……。
「そうですね……、単なる思い出を記した本、とでも言いましょうかね。私とレイジ、……いえ、《女神騎士団》の思い出を記した、そんな本ですよ」
思い出を記した……?日記みたいなもんか?しかし、騎士団か……、そういう妄想なのか、グループなのか、はたまたゲームの話か。それとも、本当のことなのか。
「マリア・ルーンヘクサ、という名に覚えはありますか?」
俺は、今朝のことを踏まえ、答えが分かっている質問をしてみた。彼女は確かに、今朝、この名前を呟いていた。
「貴方は、知っているんですか?」
逆に問い返された。この時点で、七星佳奈がマリア・ルーンヘクサを知っていることは分かった。
「《終焉の少女》。《神性》の対である《魔性》を宿した幾度となく転生を繰り返す、絶望をその身に宿した存在ですよね?」
俺は、姉さんから聞いていた情報を開示した。既に、彼女がマリア・ルーンヘクサと面識があるなら、向こうは知っていることのはずだ。
「……正直、驚きましたね。ここまで知っているとは。もしかして直接の面識が?」
七星佳奈は、小声で俺にそう問いかけた。流石に他の誰にも聞かれたくない話なのだろう。幸い、静巴は俺から距離をとっているし、秋世はイヤホンをつけて音楽を聴いている。
「いいえ、俺はありませんね。……姉さんはあるらしいですが」
俺は最後の部分を小声で彼女に言った。すると、彼女は、少し意外そうに目を丸め、俺に問う。
「貴方、名前は?」
そういえば名乗っていなかったっけな……。俺は、普通に名乗る。
「青葉紳司です」
俺の名前に、心底驚いた様な顔をして、気がつき一瞬でその顔を元の顔に戻した七星佳奈。どうやら俺の名前に覚えがあるらしい。
「『《刃神》を宿した蒼き子』と『《蒼神》を宿した蒼き子』……。マリア・ルーンヘクサの言っていた2人」
そう言って、七星佳奈は、俺のことをじっと見ていた。そして、ふと視線をそらして、再び彼女の動きは止まる。
「紅と蒼の瞳……。《紅天の紅翼》と《蒼天の蒼翼》。2つの鍵を持って生まれた《矛盾存在》。鍵と『《蒼神》を宿した蒼き子』が揃っているなんて……」
静巴の《古具》は《紅天の蒼翼》。もしかしてだが、今、七星佳奈が上げた《紅天の紅翼》と《蒼天の蒼翼》の亜種こそ《紅天の蒼翼》なのではなかろうか。
いや、結論を急ぐには情報が足りなすぎる。ここでの判断はやめるとしよう。
「ここで私の能力を開示するのは、あまり得策ではないのでしょうが、一応、私の能力についても話しておきましょうか?」
七星佳奈は、そう言って自分に宿る力について教えてくれる。
「《殲滅の斧》、という《古具》……ではないですね、《死古具》を持っているんですよ。と、言うのがこの場での貴方にわかりやすい説明ですか?」
《死古具》。ダリオス・ヘンミーの作ったって奴だっけか?姉さんの言っていた。その中でも《殲滅の斧》はナナホシ=カナの持ってるって……、え?ナナホシ=カナ?七星佳奈?
「筆頭騎士、天龍騎士のナナホシ=カナ……。まさか……?」
俺が確認の意味を込めて聞くと、七星佳奈は意外そうな顔をして、俺のことをマジマジと見た。
「なるほど……。そちらもご存知ですか」
その言葉を知っていたことがよほど意外だったのだろう。
「私は、いわゆる異世界へ転移したことがあるんですよ。まあ、勇者として呼ばれたわけでなければ、魔王として呼ばれたわけでもなく……、ただ、厄介な罠の出入り口に落っこちて、そこはラークリア帝国のクラーツ領で、そこで、私は一騎当千の活躍をして天龍騎士と呼ばれるまでになった、というだけですよ。」
ウシュムガル……。おそらく、女神ティアマトの産んだ11人の子供になぞらえているんだろう。
「私が一騎当千出来たのは、何も《殲滅の斧》のおかげだけじゃないんですよ。
《聖騎士》の力……神々の願いが集ったことで生まれた《聖なる騎士》、《白騎士》の力を持って生まれたからなんですよ」
白騎士?それはつまり《終焉の少女》の力を持っていた《黒騎士》の反対ってことでいいのか?
「《終焉の少女》の力を使えた《黒騎士》と関係があるんですか?」
俺の疑問に、七星佳奈は薄ら笑うように言う。
「《黒騎士》。漆黒の惨殺剣、黒魔の剣騎士、天城より堕ちた騎士王、闇に塗れた剣主、忌憚の騎士。様々な名前で呼ばれた騎士。
私をそんなものと一緒にしないでくれますか?そもそも面識もありませんしね。マリア・ルーンヘクサからは話を聞かされていましたが、私の力との関係性は特に言ってませんでしたから何もないのでしょう」
そこで、バスが、サービスエリアに入ったようだ。休憩のため、皆席を立つこととなり、俺と七星佳奈の会話は終了した。
しかし、結構得る物があったな……。
「青葉君は、降りないんですか?」
静巴が俺にそう声をかけてきた。なるほど、俺がいると出れないからちょっとどいてくれってことか?
「ああ、今退くよ」
俺は、そう言って席を立ってバスの後ろの方にズレ、静巴が出られるようにする。のだが……、静巴は、「ん?」と小首を傾げた。
「降りるんじゃないんですか?」
静巴は、再度俺に問いかけてきた。
「静巴こそ降りるんじゃないの?」
俺は、逆に静巴に問いかける。すると静巴は、「え?」と声を漏らした。どうやら降りないらしい。
「いえ、降りませんが?」
静巴の言葉で降りないことが確定したのだが、じゃあ、なんで「降りないんですか?」なんて言い出したんだ?
「俺は、静巴が降りるのかと思って道を開けたんだけど……」
俺の言葉に、静巴が納得がいったように頷いた。
「わたしは降りませんよ。青葉君は降りる様子がなかったので、皆が降りてるのに降りないのかなぁと思っただけです」
どうやら静巴は自分は降りないけど、俺は降りないのか疑問だったらしい。自分が降りないのを棚に上げるな!
「まあ、別にトイレに行きたいわけでもないし、特に降りる用事はないからな……」
俺はそう答えると、再び自分の座席に腰を下ろした。すると、静巴は、俺を避けるようなこともなく、普通にしていた。
「あの……。青葉君、こんなことを聞くのは何ですが」
静巴が言い出しにくそうにしている。なにやらを俺に聞きたいことがあるらしい。別に変な質問でなけりゃ答えるんだが……。
「何でも聞いてくれよ」
俺は静巴にそう言った。静巴は、それでも聞きにくそうにしていたが、休憩時間があまりないから人が大量に戻ってき聞く機会を逃してもアレだ、と思ったのだろう。思いを決したように口を開いた。
「……、青葉君は、キスしたことってあります?」
俺はきょとんとした。一瞬、聞かれたことが理解できなかったんだよ。「え?何だって?」と聞き返してしまおうかと思ってしまったくらいだ。
「いや、そりゃ……、まあ、あるが」
俺がそう言うと、静巴は身を乗り出してきた。近い近い!
「あるんですか?!」
凄い勢いで俺に聞く静巴。一体何なんだ?
「ああ、うん。姉さんとだけど……」
というと、静巴は、きょとんとした顔をして、溜息をついた。
「紛らわしいことを……」
呆れた顔をしていた。まあ、実際、俺が知らない間にされていたら何ともいえないのだが、そんなことはないのだろうし。
「と、言うことは、実質ファーストキス……」
ブツブツとなにやら呟く静巴。キスが何なんだろうか。キスして欲しい、とか。……って、んなわけないよな。
でも、本当だとしたら……。ごくり。
「あれ、貴方達は降りなかったの?」
バスに乗車してきた秋世が空気を読まずにそんなことを聞いてきた。これだから秋世は……。まあ、ある意味助かったとも言えなくもないか。
「ああ、特に降りてすることもなかったしな」
俺が秋世に言うと、秋世は「ふ~ん」とどうでもよさそうな返事をしながら、買ってきたであろうフランクフルトを咥えていた。
「あっ、そだ……、から揚げ棒かフランクフルトか、どっちから食べる?」
そのとき、俺の脳裏によぎったのは、フランクフルトを貰う→静巴にあげる→静巴がフランクフルトを咥える、という一連の流れ。
「ふむ、お前がフランクフルトを食べているなら、ふむ、から揚げ棒を残しておいてやろう。同じものを連続で食うのも味気ないだろう?」
そんないいわけをしつつフランクフルトを貰う。そして、静巴に差し出した。静巴はそれを受け取った。
俺は、静巴の様子を見ていたが……、
「何をやっているんですか?」
と呆れたような七星佳奈によって、決定的瞬間を見逃したという……。
そうこうしているうちにバスに全員が揃い、他のクラスとも確認が取れたところで、バスはサービスエリアを出発する。そして、いよいよ京都へと入るのだった。
京都に入った、とは言え、高速道路だ。車窓から見えるのは遮音壁ばかりで風景は何一つ見えない。バスガイドの「ここから京都ですよ」という府境に差し掛かったときの言葉がなければほとんど気づかなかったかもしれない。
「えっと、七星さんだったわね、X組の。私は、A組担任の天龍寺秋世なんだけれど」
これまで音楽を聴いていた秋世が、七星佳奈に話しかけた。まあ、隣の席だし。それに、七星が本を読まずにボケーっとしていたのも理由の1つだろう。
「ええ、そうですが……?」
何の用だ、と怪訝そうに眉根を寄せる七星佳奈。まあ、しかし、世界の妙な裏方の話を知っている2人だ。それなりに何か話ができるんじゃなかろうか?
「えっと、せっかく同じバスに乗っているのだから、何か話でもしないかしら?」
秋世がそんな風に言うと、七星佳奈は呆れたような顔をして、やれやれと言った様に肩を竦める。
「夜の一族……」
ボソリと七星佳奈が呟いた。夜の一族……?
「【夜空】の天龍寺家、とも言いましたっけ?京都司中八家の」
七星佳奈の言葉に秋世が息を呑んだ。されど、七星佳奈は話を続ける。
「その【夜】のルーツは、《夜の女王》と恐れられた黒夜響花だとか……」
秋世は、目を丸くして驚き、七星佳奈に詰め寄る。
「貴方、いったい……」
そこまで言ったところで、バスガイドが「今から高速を降りますので京都の町並みがご覧いただけます」と言った。
秋世は、その言葉で話す気力をそがれたようで、
「外の景色を楽しみましょ」
そう言って、窓の外を見だす。京都は条例や制度によって、広告や電飾などを用いることが難しい。それだけあって、京都の風情を残した「和」の町並みだといえる。と、言っても中心ともなる駅の近く何かはそれなりに建物が乱立しているのだが。それでも他の場所とはどこか違う雰囲気が漂っていた。
そんな府内を走ること数十分。バスガイドが「到着しました。ここが楽盛館の駐車場です」とアナウンスをした。
「さて、みんな、外で整列してくださ~い!」
秋世は、クラス全体に指示を飛ばした。その指示でクラスメイト達はぞろぞろと荷物を持って外へと向かいだす。
無論、降りるときにバスガイドと運転手に「ありがとうございました」というのを忘れない辺り、育ちがいいと言うか、なんと言うか。
さて、俺も静巴と外へ出て、駐車場に整列する。何でも俺達が上の階、7階から13階を貸し切ったのと同様に、下の階1階から6階までを貸し切った人がいるとかで、普段なら宿泊客の車も多い駐車場だが、今は、俺等のバスと遠方にべつのバスが数台止まっているだけだった。
「それでは旅館の方へと向かうのではぐれないようにしっかり着いてきてください」
そんな風に言って、秋世を含む教師陣が先導する。しかし、俺は、そんな中で、にじみ出るような殺気と目端にゆれるノイズに気づいていた。
俺は、静かに、そちらを注視する。間違いなく、おかしい。殺気とノイズ。何かがいる。まさか……。