61話:京都へ向かうSIDE.D
あたしは、眠い体を引き摺りながら電車に乗り込んだわ。東京駅集合なので1時間ちょっとかかる道のりを電車に乗って進むわ。1時間電車に乗る程度で東京駅に着くんだから、まだ近い方よね。まあ、そんなことはどうでもいいんだけど。銀の車体に青のラインの入った快速電車で東京駅へと向かってるのよ。
ふぁあ~、眠いわ。それもこれも市瀬亞月の夢を見た所為よ……。あのアホ、次会ったら、蹴り飛ばしたろうか?
なんて事はどうでも良くて……、あたしが家をでるころ、紳司は、まだ布団の中だったわよね。まあ、電車でのかかる時間が違いすぎるからね。
あたしは1時間ちょっと、5から10分くらい。まあ、あたしの方が早く出るはめになるのよね。
まあ、距離に文句言ってもしょうがないので、あたしは、電車に乗っていた。すると、目端に見知った奴がいた。本当に珍しいところであったものだ、とあたしですら思うわ。それは、なんと言おうと、あたしの父、青葉王司であったのよ。
「こんなとこで何してんの?」
あたしは、父さんに呼びかけた。すると、半寝惚けている父さんが、こちらを振り返った。相変わらず趣味が悪いというか、右耳に銀十字のイヤリングをしている。
「ああ、暗音か。お前こそ月曜日に私服で……、って修学旅行か」
あたしが答える前に、答えを導き出す辺り、さすがはあたしの父親って感じよね。まあ、紳司もこんな感じだし。
「ええ、まあ。父さんは?」
この人、いっつもどっか行ってるからなぁ~。ホント、どこ行って何してんだろうねぇ……。
「俺は、姫……、アリーリャ・ロスヴィドフって知り合いに会いに行くだけだ。って、ああ……、分かってるって相棒」
最後の方は小さな声で言っていたけどあたしには聞こえていた。てか、相棒ってこの間母さんが言ってたやつよね?
「相棒ってのは、サンダルフォン?」
あたしが聞くと父さんは、妙な顔をしたわ。なにやら説明しづらいことらしいわね……。まあ、別にいいんだけど。
「その説明は長くなりそうだからな。また今度、紳司もいるときにするとしようか。そうさな……修学旅行明けっつーことで、紳司にも後で言っといてくれ」
あー、はいはい。
「了解」
まあ、いつもそんな流れよね。父さんは、そう言いつつ、次の停車駅で降りていったわ。相変わらず謎の多い父親よね。
「ったく、ホント……」
電車でしばらく行くと、やっと東京駅に着いたわ。無駄に広いから迷うのよね……。迷うってか、エスカレーターを上り、集合場所を探すのだけれど……。
とりあえず迷子になるっつーの。こんなんならはやてと一緒に来たほうがよかったかしら?あたしは、とりあえず、適当に歩き出そうとした瞬間、鋭い視線を感じて振り返る。
東京駅のごった返す人ごみの中、あたしは立ち止まり、しっかりとそちらを視認する。そこには、漆黒の髪と漆黒の瞳を持つ露出度の高い少女がいたわ。そう、《終焉の少女》マリア・ルーンヘクサよ。
あたしは奴の方へてくてくと歩みを進めるわ。もちろん、話をするためであって攻撃をするためではないわよ?
「やっほ、マリアちゃん」
あたしは、柱に寄りかかりながら、小さく呟いた。東京駅を移動する人々には届かないくらいの声量よ。
「久しぶりね、《刃神》を宿した蒼き子」
前に会ったのは、占夏瑠吏花がまだ、その名を貰う前に、《存在しない剣》を用いて人捜しをしていた頃ね。
「流石はあの《蒼天》の子よね。私の事を視認できるだけでなく会話も出来るなんて。雨罪……じゃない、雨柄は、《廿》の眼があってこそ成り立っているのだけれど、あなたはそんな目は持っていないでしょうし。ましてや、ナナホシ=カナみたく《聖騎士》の力を持っているわけでもないんでしょう?」
色々と変な単語が出てきたけれど、いちいち気にしていられないわよね。無視無視。とっとと、話をしないとね。
「そんで、マリアちゃんはこんなとこで何してんの?」
あたしの言葉にマリア・ルーンヘクサは、くすくすと笑うわ。ちょっとイラっときたんだけど……。
「私は、貴方に忠告しに来たのよ」
忠告?一体どんな忠告をしにきたのかしら?
「ああ、言っておくけど警戒はしないでね?別に、私が何かをするっていうわけではないのだから……」
そうなの?でも、まあ、聞く価値はありそうよね?
「それで、どんな忠告よ?」
あたしは、忠告を促したわ。すると、マリア・ルーンヘクサはやれやれと肩を竦めて語りだしたわ。
「京都ってところに行くんでしょう?気をつけなさい」
いたって普通の注意だったわね……?
「そして、貴方と、貴方の弟と、もう1人絶対的な力を持っていることを忘れないで」
もう1人。あたしと紳司ともう1人ってどういう意味なのよ。絶対的な力……?紳司の言っていた紫炎って子じゃないでしょうし……。
「ナナホシ=カナ。私をよく知り、私をもよく知っている人間よ」
筆頭騎士、ナナホシ=カナ。彼女も京都に行くって言うこと?そのナナホシ=カナって奴ナニモンなのよ?
「ああ、安心して頂戴。私の差し金とかではなく、ただ純粋に学生として旅行を楽しみに行っているだけのはずよ」
学生として?ってことはナナホシ=カナは学生なのかしら?
「ふふっ、《新人騎士》レイジに《女神騎士》ファルテア=シー・クラーツ。ホント、飽きない存在ばかりよね……、佳奈。だから、早く戻りましょう」
掻き消えるようにマリア・ルーンヘクサは姿を消したわ。さて、あたしもそろそろ集合場所に向かわないとね……。
「暗音ちゃ~ん!」
向こうにブンブン手を振るはやても見えてきたことだし、あの子についていくとしましょうか……。
「はやて、集合場所に行きましょう」
あたしがそういうと近寄ってきたはやてが頷いた。
「うん、行こう!」
テンションが高いのは仕方がないだろう。なんていったって今日は修学旅行なのだものね!
白いワンピースの裾をはためかせ、はやてはあたしの横について笑っていた。
「楽しみだね」
はやての満面の笑みに、あたしははにかみ返した。すると、はやてがまん丸に目をひん剥いて言う。
「あ、暗音ちゃん、また笑ってくれた」
あたしのほっぺをぷにぷにとするはやてをちょっと鬱陶しそうにしながらも手をとり、一緒に歩くのだった。
集合場所について、雨柄が適当に人数を数えて、全員いることが確認されると全員で新幹線に乗り込むことになったわ。
この乗り込むまでが大変で、集合場所から新幹線までが地味に遠くて列が通行客の波で分断されたり、はぐれたりして、危うく新幹線に乗れないところだったわね……。
と、そんなことがありながらも新幹線に乗ったあたし達は、新幹線の座席を回して、4人で向かい合って話をし始めたわ。
無論、その4人ってのは、あたしとはやてと友則と鷹月の4人よ。
「そういえば、鷹月。あんたって、明津灘と交流があるってことは京都の出身なの?」
あたしが少し気になったことを聞いてみた。鷹月は、ん?と小首を傾げながら、首を横に振った。
「違いますよ?俺は、出身は神奈川県ですし。紫炎とは、まあ、一時期交流があったって言うか、俺の親の関係で知り合いだっただけですよ」
ふ~ん、まあ、どうでもいいので、追及もしないんだけれどね?ぶっちゃけ本当にどうでも良かった。
「暗音ちゃん。そういえば、暗音ちゃんの友だちが京都にいるとかって言ってなかったっけ?」
あっと、そういえばはやてには友則を見て思い出した市瀬亞月のことを語ったことがあったのよね……。
「ええ、亞月の話でしょ?」
その言葉を聞いた鷹月が、「え?」と思わず声を漏らしていたのを、あたしは聞き逃さなかったわ。
「どうしたのよ、鷹月」
あたしの問いかけに、鷹月は、目を丸くして、あたしの方を見ていたわ。何なのかしら?
「亞月って、市瀬亞月のことですか?」
あれ、鷹月は知り合いなのかしら?ちょっと意外ね……。まあ、あのバカが今どんなことをしてんのかちょっと聞いてみるほうがいいかしら?
「知り合いなの?」
あたしのとりあえずの質問に、鷹月は首を横に振った。
「いいえ、ですが……、紫炎から名前を聞いたことがあります。市瀬亞月と市原結音という2人の名前を」
何かとっても言いづらそうね……。なんのよ。
「どういうこと?あのバカがどうかしたの?」
あたしが聞くと、鷹月は、静かに首を横に振った。
「知らないほうがいいこともありますよ。少なくとも旅行の初日にする話じゃありませんから」
そう言って、鷹月は話を締めくくったわ。
あたしはどこか胸に靄を抱きながら、それでも新幹線の車窓から見える景色でその靄を取り払う。けれど、その靄はもう、払えないほどに重くあたしの心にかかっていたのよ。