60話:京都へ向かうSIDE.GOD
俺は、それなりの時間に電車に乗ると空港へと向かった。え~、我等が三鷹丘から目と鼻の先にある鷹之町から電車で5分足らずで大きな空港があるんだよ。国際空港だ。まあ、その関係もあって、三鷹丘学園には多くの国際色豊かな生徒が入ってくるわけだけど、もちろん、その空港から関西へと行くことも出来るわけだ。そういうことで現地集合なので、みんな空港へ向かう電車に乗っている。
てか、まあ、大体みんな同じ時間になるわけで、この電車にはかなりの人数の三鷹丘学園の2年生が乗っている。中には見知った顔もちらほらと……。
ありゃ、七星佳奈じゃん。へぇ、あいつも修学旅行に参加するのか。なぜか席が空いているのに、立って本を読んでいるんだが。何の本だろうか?
こっそりと後ろから覗いてみた。よく分からない言語の文字の羅列だった。流石はX組だな。こんなもん、普通読めないだろ。
「何語だ?」
思わず俺は声に出してしまった。すると、まるで、俺が後ろから見ていたのに気づいていたように、何の驚きも見せずに、七星は本に栞を挟んで振り向いた。
「ラークリア語ですよ」
どことなく、秋世に似通った大人っぽい雰囲気に俺は息を呑んだ。どうやら俺はギャップに弱いらしい。
「ラークリア……、聞いたことがないですね?」
思わず敬語になってしまった俺。なんだろうか、この年上の威圧感、というより、偉い人としての威圧感は。
「まあ、一般の方には分からない分野ですよ。私としては、とっととこの学園を卒業してラークリアの方に戻ってレイジに稽古を付けたいんですがね」
レイジ、どんな漢字かは分からないけど日本人だろうか?きっと大事な人なんだろうな、ということは伝わってきた。
「まあ、修学旅行なんて学生らしいイベントは楽しみだったので、参加はしますがね。遠征訓練なんかよりもよっぽど楽しみですよ」
この人、どっかの軍にでも入ってたのか?言葉の端々に妙な単語が出て来るんだが……、海外で軍に入っていたとか言われても信じそうなレベルに。
「ったく、マリア・ルーンヘクサさえいなければ……ブツブツ」
ブツブツって実際に言うやつは始めてみた!それよく聞こえないところに入る短縮表現だろ!
って、マリア・ルーンヘクサ……?姉さんの言っていた《終焉の少女》とか言うやつか?何で七星が知っているんだ?
「いえ、そんなことよりも、えっと、どなたか存じ上げませんが、あまり背後に立たれると斬りたくてウズウズするのでどこかへ移動してくれます?」
ああ、うん、分かった、この人、変な人だ。間違いない。絶対にそうだ、と断言できるぞ。変人だよ。俺はそそくさと彼女の背後から移動した。
ほどなくして、空港に着いた電車は、ドアを開けた。開いたドアからドッと人があふれ出した。その中に三鷹丘学園の生徒の姿はほとんどない。三鷹丘学園の生徒はそれなりにマナーがなっているからな……。人の流れが止むとゾロゾロと降り始めた。急いでいる人に気を遣ったのだろう。
ウチの学園の生徒が降り終わると、電車はドアを閉め、再び発車する。俺は、それを見送りながら、ゆっくりと集合場所へと向かった。
集合場所には既に秋世と数人のクラスメイトが来ていた。秋世は《銀朱の時》があるから別として他のメンツはよくもまあ、こんな早くに来ていてるな……。
その既にいるクラスメイトの中に見知った顔を見つけたので、俺は挨拶をしにいった。
「おはよう、静巴」
俺が声をかけると、くるりと俺の方を振り返った。いつもの制服姿の静巴。しかし、昨日の大人っぽい化粧済みの顔がチラリと脳裏によぎる。ドキリとして、思わず静巴の顔をじっと見つめてしまった。
「おはようございます、青葉君。……?
青葉君、どうかしましたか?」
静巴が訝しんで、俺の顔をじっと覗きこむ。紅と蒼の双眸に俺が映りこんでいた。ふむ、綺麗な目の色をしているよな……。
「いや、なんでもないさ」
俺は、慌てて静巴から目を逸らした。たぶん、何もなければ、ずっと覗き込んでいたに違いない。
それはそうと、念のために言っておくが、三鷹丘学園の修学旅行は、集合時こそ制服だが、2日目以降の行動は私服で構わないことになっている。なので、明日には静巴の私服姿が見られることに少しわくわくしている、というところもある。
「さて、静巴、昨日の話は覚えてるよな?」
昨日の話、即ち、向こうで奇襲を受ける可能性の話だ。念のために、確認をしておかなくてはならないからな。
「ええ、覚えています。しかし、少々厄介そうですね。さほど警戒する必要はないでしょうが……。青葉君は、それでも襲われる可能性がゼロではない、と考えていますか?」
俺の考えは見透かされているようだった。姉さんの話では、向こうの現3年生の2人も襲われているらしい。となると、どこかの情報源からか、探りをいれて情報を仕入れていても不思議はないってことだ。
「ああ、その通り。向こうもどこから情報を仕入れているか分からない以上、襲われないとは言い切れないからな」
俺がそういうと、静巴は、少し微笑みながら俺のことを見ていた。何か変なことを言っただろうか?
「くすっ、青葉君は心配性ですね」
そんな風に笑う静巴。その笑みに、俺の心臓は高鳴った。俺は咄嗟に秋世の方を見る!そして、秋世を見た瞬間、俺の心拍は正常に戻った。ふぅ、あのアホ面はチッともドキリともしないから安心だ。
「まあ、用心に越したことはないからな」
俺は、そっぽを向きながら静巴に言葉を返した。すると、静巴は、ハァと軽く息を吐いてから言う。
「では、もし、わたしが襲われたら助けてくださいね」
おそらく、満面の笑みを見せてくれたのだろう。俺は、その笑顔を見たら、完全にオチてしまう気がして見るのをやめた。
「ああ、分かったよ」
ぶっきらぼうっぽくそう返すと俺は別の方向へと歩き出した。
違うクラスの集まりの中に紫炎を見かけた。ということは、D組の集まりか、ここは……。ちょっと紫炎に声をかけるか。
「おはよ、紫炎」
俺が声をかけると、紫炎の周りに集まっていた女子達が俺の方を振り向いた。俺は、そちらはあまり気にせずに、紫炎を見ていた。
「あ、お、おはようございます、青葉君」
紫炎が周りの視線を気にしながら俺に挨拶を返してくれた。そんなに視線が気になるのだろうか?
「紫炎、少しいいか?」
俺の問いかけに、周りを確認するように見てから、こくりと頷いてくれた。どうやらいいようだ。
俺と紫炎は集合場所からちょっと離れた場所にある柱に寄りかかって、俺は紫炎と会話を始めた。
「覚えてるよな、今日の約束」
今日、俺は、紫炎の家に訪れる約束をしている。それの確認だ。俺が、紫炎に問うと紫炎は、頷きながら答えた。
「ええ、当然です。私が誘ったのですから」
紫炎は、そういいながら、少々俺の顔色を伺っていた。俺を巻き込んだことを俺が気にしていないか伺っているんだろうか?
「大丈夫だ。絶対に俺は一緒に行ってやるから」
俺の言葉に紫炎は頬を染めつつ、はにかんだのだった。
そんなこんなで集合時間になり、俺達は飛行機に乗ることになった。指定された席に順々に座っていくとあっという間に離陸時刻になってしまった。
隣の席に座っている静巴を見ると、窓の外を気にしていた。もしかして、外が見たいのだろうか?
言っておくがまだ離陸前だぞ?
「どうした静巴?席の位置を入れ替えるか?」
俺の言葉に、静巴は顔を紅くした。どうやら本当に窓側がいいらしい。別に俺も替わるのはやぶさかではない。
「あ、はい、ありがとうございます」
俺と静巴は席を入れ替えた。そして、シートベルトを締めると、飛行機が動き出して、離陸した。
しばらくの間、静巴はずっと外を見ていた。そんなに飛行機が珍しいものなのだろうか。……、ふと前の席を見ると、秋世も窓に食い入るように張り付いていた。
秋世はアレだな。いつも瞬間移動で移動するから、空をじっくり見ることがないって感じなのだろう。
「静巴、そんなに珍しいか?」
俺は窓の外に夢中の静巴に問いかけた。すると、静巴から帰ってきたのは意外な答えだった。
「いえ、ここの席からだと羽などのパーツが見えるので。たいして珍しくはないですが、家柄上、つい気にしてしまって」
そういえば花月グループは機械をメインで扱っている会社だったな。なるほど、納得がいったぞ。
「ああ、静巴、俺は少し寝るから着いたら起こしてくれ」
そう言って俺は、目を閉じた。
「……葉君。……お葉君。青葉君」
俺は、誰かに呼ばれている気がして目を覚ました。姉さんか?俺は上体を軽く起こしてみた。
――チュ
軽く、唇に柔らかく湿った感触があった。……?何だろ?
「――ッ」
俺が目を開けると紅と蒼の瞳が俺のことをじっと見ていた。……静巴か?
「しず」
「!」
静巴はダッシュで逃げていってしまった。……一体何なんだ?
ちなみにどうやら、もう関空に到着してみんな降りてしまっているようだ。起こしてくれたのか?




