59話:プロローグSIDE.D
あたし、青葉暗音は、明日から修学旅行なのよ。行き先は京都。鷹之町第二高等学校は、一般的な高校と同じくらいの人数編成だから新幹線で行くことになっているわ。東京駅集合で新幹線に乗って京都に。京都駅からは、バスで府内観光になるわよね。新幹線の座席は、あたしが進行方向に向かって右の窓側。その隣にはやて。その前の席が鷹月と友則。新幹線の座席は、回転させることも出来るので向かい合わせになることも出来るらしいわ。まあ、信頼できるメンツに囲まれているほうがいいわよね。知っている奴がいた方が話は弾むし。
あっと、さっきから言ってるはやてってのは、篠宮はやて。あたしとは高校に入ってから友だちになったのよ。少し気弱でのほほんとしているけど、頼りになるときはなるのよ。
んで、友則は、小暮友則。馬鹿で阿呆でデリカシーのないはやての恋人よ。まあ、本人達は否定しているけど。まあ、コイツに関してはどうでもいいのでこれ以上は割愛。
鷹月は……、えっと、鷹月輝。あたしと同じく《古代文明研究部》に所属している。《古具》使いであり、その能力は星に関係しているらしいわね。あとは、……よく知らんわ。
まあ、そんな感じで明日から修学旅行を迎えるわけだけど。あたしは、ぶっちゃけ、この修学旅行で何かが起こるとは思っているのよね。
天姫谷兄妹は、現在、京都の実家に戻っているそうなんだけど、その兄妹からの情報によると、京都は今、非常に面倒な状況になっているらしいのよね。
京都司中八家のうち、冥院寺の長女と次女が婚約者を見つけた、と報告しているらしいし、明津灘の四女もパートナーを見つけたといっているらしいのよ。
各家が相手を見つけたことにより、家のパワーバランスがめちゃくちゃらしいわ。そんでもって非常に嫌な予感がするのが冥院寺の次女と明津灘の四女って部分よね。どっちも紳司の知り合いらしいから。紳司の後輩の冥院寺律姫ちゃんと紳司と同級生の明津灘紫炎。どっちも他に男の影はなさそうだし、紳司がなにやらこの件に巻き込まれていなきゃいいんだけど。
紳司の能力もまだよく分かっていないところが多いみたいだし。現在紳司が開示しているのは、大剣に槍が2本、弓矢。その全てがインド神話やそっち方面でギリシャ神話や北欧神話系列が出てきていないのにも引っかかるし。
まあ、あたしの能力も今んところ、黒いドレスになるのと黒い刃を生み出す能力しか分かってないし。それだけなのかも知れないけど、詳細はグラムが伏せることからまだ何かあるっぽいのよ。
あ~、グラムってのはグラムファリオ。あたしの中に何故かいる化け物よ。コイツがあたしの《古具》である《黒刃の死神》の能力の源らしいわ。
まあ、そんな話はどうでも良くて、まあ、京都が危ないっぽいって事を言いたいのよ。今の京都は、かなりヤバイっぽいし……。まあ妖怪が巣食う根城になっているわけじゃあないからどうにかなるでしょうね。大きな家、と言っても人数は数十って所でしょうから。
まあ、あたしと紳司がいればどうにかなるわよね、大抵のことは。いえ、マジで。冗談でもなんでもなく、ましてや慢心もしてないわよ。本当にどうにかなるのよ。
そういえば、一つ忘れていたけど、京都と言えば、あいつがいるのよね。まあ、あいつの場合《古具》とか関係ないからいいんだけど。
え?あいつって誰かって?あ~、これまた話すのが面倒なので割愛したいところだけれど、幸い時間はたっぷりあるから、話すとしましょうか。
えっと、あれは……、いつだっけ?もう覚えてもないわね。ん~と、三鷹丘学園付属小学校に通ってた頃だから、ま~、だいぶ前。あたしと紳司が小学校に通っているときに、まあ、友だちと言えなくもない奴がいたのよ。
市瀬亞月。馬鹿で阿呆で騒がしい、それこそ友則みたいな奴だったわね。真っ黒の髪と関西弁の妙な奴だったことは印象的だったわ。確か、京都から編入してきて小4の夏に京都に帰ったんじゃなかったかしら?その後連絡とかはないけど、まあ、そんなに親しかったわけじゃないし。
それでも、まあ、あいつにはそれなりに借りもあったし、紳司ともどもよく遊んでたからね……。それなりに金持ちみたいだったし、有名になってるかもしんないけどね……。
あ~、いえ、権力者とは別の意味でも有名になってそうね。主に「馬鹿」として。いえ「阿呆」かもしれないけど。
まあ、そんな市瀬亞月という人物を語らうに当たって、あたしと紳司が三鷹丘学園付属小学校3年のある冬の日の出来事を語るのが一番適当だと思うので、それを語らうことにするわ。
三鷹丘学園付属小学校には一風変わった行事が存在するのよ。それは、勉強会だったり、図書館祭だったりと勉学にまつわることが色々と多いのだけれど、そんな中で、宿泊会というものがあってね。朝はボランティア活動をして、夜は学園に泊まる。ちなみに小3だと混浴、ということもなく、バラバラだったわね。まあ、あたしは紳司と同じシャワー室を使ったけど。
確か、あの時は、……。
12月は、特段忙しいわけでもなく、それに、冬休み前ともあって、みんな浮かれた気分で、さらにみんなでお泊り会なんてことに喜んでいた。無論、あたしも紳司もそんなにノリ気ではなく家で本を読みたい気分だったのは言うまでもないわね。
小学生でありながら高校の分野まで手をつけていたあたしや紳司は、基本的に本を読むか、気分転換に運動するか、の2択であり、本を読むなら1人で、運動するなら母さんに技を習いながら模擬戦、みたいな感じだったから。まあ、学校の中ではそれなりにみんなにあわせていたけれどね?
ボランティア活動、なんてのは言い様で、実質、ただの学校の周りの掃除なんだけどね。ウチの小学校は街中にあるから、掃除のときは事故も考えて教師がジーッと張り付いてんのよねぇ。あれ、はっきり言って邪魔なのよね、サボれないし。
まあ、そんなどうでもいいボランティアの話は置いといて、シャワーの時間。シャワーは宿直室にある2つのシャワールームを使っていくようになってたわね。
「紳司ぃ~、シャンプーとってぇ~」
あたしが紳司にそう言うと、紳司は、シャンプーを取ってくれるわ。そして、あたしがシャンプーで頭を洗っている間に、紳司はちゃっちゃと全身を洗ってしまう。
「ああ、姉さん、髪が傷むよ?」
紳司はこの頃からこんな感じだったわね。てか、紳司、小学生ながらにしてあたしの髪にとやかくいってくるって……。
「いいのよ。リンスでどうにかなるって……」
「リンスは髪の傷みをどうにかするものじゃないんだけど……。リンスは、シャンプーの成分を中和して弱酸性に戻したり、髪をやわらかくしたり、静電気防止なんかの膜を張ったりするためだよ」
この子の将来が心配だわ……と思っていたら、まあ、今の紳司みたいな子が出来上がったわけだけど、変わってないわね。
「んなことはどうでもいいのよ。紳司、かけて」
かけて、の前には「お湯を」と入るのだけれど、まあ、紳司は、普通に分かるでしょうから。
「う~、かけるよ~」
シャワーのノズルがこちらに向いて、ドバァとお湯が降ってきた。予め適度に出して、水温が上がるのを待っていたから冷水がかかったわけじゃないけれど、勢い強すぎて、一瞬窒息しかけたわ。
「ブハッ。ちょっ、死ぬっつーに。アホか!」
紳司の顎に拳を軽く入れて、シャワーを奪い、紳司の顔面にぶち当ててやったわ。ホント子供ね。
「ブヘヘッ、ちょっ、姉さっ、ブホッ」
紳司が一瞬窒息しかけるので、そこでやめてあげた。と見せかけてもう一回かけたのである。
「さて、とっとと流して出るわよ」
あたしがシャンプーを洗い流すと、泡があたしの体を伝って降りていく。それがちょっとくすぐったくもあったわね。
「ちょっと、姉さん、まだリンスしてないって!」
紳司ってほんとあたしの髪にこだわってたわね……。何なのかしら、あのこだわり。地味に怖くなってきたわよ。
っと、シャワーの話はどうでもいいんだったわね。市瀬亞月の話をしなくちゃね。
市瀬亞月は、宿泊会の布団の位置的にあたしと紳司の上っかわにいた。
えと、上ってのは位置物理的にって意味じゃないわ。布団が4列並んでいた位置的にって話よ。
「姉さん、俺の布団とらないで、寒い」
とってないっちゅーの!ってまあ、とってるんだけど。寒くなって、あたしは紳司の布団に潜りこんだのよ。
「寒いのよぉ」
あたしが紳司の布団にもぐりこむとまあ、抱き合いながら寝たわね。小学生だし別におかしくはないでしょ?
んでもって朝。え?市瀬亞月はどうしたのかって?それはこっからよ。
「んぅ~、紳司ぃ、げふっ」
「んぅ~、姉さん、ごはっ」
朝、あたしと紳司が起きたのは同時だった。そんでもって、起こしたのは市瀬亞月の蹴りだったのよ。寝相悪すぎでねぇ、両足があたしと紳司にクリーンヒットなのよ。
「痛ったいわねぇ!何すんのよ!」
「痛ってぇな!何すんだ!」
あたしと紳司が大激怒したのが、市瀬亞月だったというわけよ。
「んぁ~」
ボリボリと頭を掻きながら起きたそいつは、開口一番、あたしらに乗った足を見て、こう言ったわ。
「あ~、なんや、すまへんのぉ~。俺、寝相悪かて」
ウザイ関西弁を話すガキだったわ。
とまあ、これが市瀬亞月との出会いってわけじゃないけど、親しくなったきっかけだったわね。
まあ、そんな、他愛もない思い出とともに、修学旅行前日の夜が更けていくわ。まあ、あいつと再会することは、決してないでしょうね。
でも、何か、嫌な予感はするのよ。
そして、明日から、怒涛の修学旅行が幕を開けることを、あたしはこのとき、仄かに予感していたのよ。