56話:待望の出会い
さて、あたしと銀髪子は、紳司に指示されたカフェに来ていた。中々洒落たカフェね。どうせ、紳司は女の子とここに来てたんでしょうけど。三鷹丘学園からも結構近い位置に有るし、紳司の最近のお気に入りなのかも知れないわね。まあ、その辺はどうでもいいんだけど。
「それで、何故、カフェテリアに来ているんだ?」
銀髪子は、あたしにそう問いかけた。あたしは、事情を一切話してないわ。とりあえず連れてきたのよ。
「少し休憩よ」
あたしの言葉に不満そうに唇を尖らせる銀髪子。まあ、目的の人捜しサボってカフェでお茶って、そりゃいい思いじゃないわよね。
っと、そんなことを思っていると、また新たな来客を知らせる店の入り口の電子音が響いた。
「お二人様でしょうか?」
店員の声に答える客の声が聞こえた。
「いや、待ち合わせだ」
その声は紳司の声だった。やっと来たみたいね。あたしは一息つきながら、銀髪子に声をかけた。
「あんた、こっちに座んなさい」
あたしの言葉に、不思議そうに首をかしげながらも、日本の習慣なのか?と4人用のテーブル席に対面して腰をかけていた銀髪子があたしの横に座る。
「それではごゆっくりどうぞ」
店員の声。紳司と連れが通されたのだ。こっちに向かって来ている。あたしは、振り返り、紳司の連れ人を確認しつつ片手を軽く挙げて紳司を呼ぶ。
「おぉ~い、紳司。こっちよ」
あたしの言葉に、紳司は即反応を見せた。ついでに紳司が連れている女性。ゆるりと巻きのかかったゆるふわお嬢様系の髪型。それは栗色をしていた。整った顔立ち。バランスの取れたプロポーション。まさしく美女。そして、どことなく弱々しい雰囲気が儚さを際立たせ、深窓の令嬢のようね。
「姉さん。遅れてごめん」
紳司が笑いながら、あたしの対面に腰をかけた。その隣に美女が座った。そして、その美女を見て、銀髪子は固まっていた。
「紳司、そちらは?」
あたしは紳司に問いかける。紳司は、右手で彼女の方を指して、紹介するように彼女のことを言う。
「こちらは、明日咲現火先輩。三鷹丘学園3年B組に所属していて、水泳部の副部長だ」
そうやって紹介してから、紳司は銀髪子の方を見て言った。
「ついでに俺は青葉紳司。そっちにいる暗音姉さんの弟だ」
しかし銀髪子はほとんど聞いていない。どうやら、現火って人に現水の面影を重ねてしまっているのだろう。
「えっと、この子が『明日咲現水』って子の家族を捜しているのよ」
念のためにあたしが補足を加えて銀髪子のことを紹介した。すると現火って人が、銀髪子に言った。
「貴方が、現水の最期を看取ってくれたのですか?」
少しお嬢様っぽい喋り方の現火って人の問いかけに、銀髪子が、ようやく言葉を発したわ。
「ああ。その通り。あいつは、最期に『家族』、『伝える』、『死』と言った。だから、これを頼りにここまでやってきた」
銀髪子が出したのは薄汚れてボロボロになった学生証だった。そこに貼られている写真は、目の前にいる現火って人によく似た少女だったわ。
「そう、ありがとうございます。それで、妹は、どうして亡くなったのでしょうか」
現火って人が銀髪子に聞いた。銀髪子は、少し口を噤む。しかし、観念したように明かす。
「私は、ある日、突如拉致され、酷い目に合わされた。その時、私よりも前に捕まっていたのが彼女だ。
私が洞窟を壊滅させる何日か前に外へ連れて行かれて、洞窟を出てしばらく行ったところで横たわっていた。もう、息も絶え絶えで、先ほどの言葉を残して死んだ」
その事実を聞いて、現火って人は意外にもあっさりとそれを受け入れたみたいね……。既に紳司に聞いて覚悟が決まっていたのか、それとも受け入れてないのか。
「実は、私、もう、妹が亡くなっているのではないか、と薄々思っていたのです。だから、……」
この人は、強い人ね。実の妹を失ったというのに、ここまで覚悟が固まっているなんて……。
「明日咲先輩。櫛嵩先輩には、言っていたんですか?」
紳司が現火って人にそうやって声をかけた。櫛嵩?誰かしら。現火って人の知り合い見たいだけど。
「……っ!」
現火って人は、大きく目を見開いて紳司のことを見た。そして、大きく息をついて、やれやれと肩をすくめながら紳司に言った。
「はぁ……、噂とは違って、中々に鋭い人ですね。貴方のお察しの通り、私は、夢夜と愛しあっています。妹の件は、夢夜も承知でした。行方不明だ、という話も、死んでいるかもしれない、という話も。全て、夢夜には話していました」
なるほど、そっちの人なのね、この人。通りで紳司があまりいやらしい目で見てないわけね……。
「じゃあ、今すぐ会うべきですよ。櫛嵩先輩に」
あぁ~、ね、なるほど。紳司は、あれに気づいていたってことね。まあ、うん、そうね。アレだけ、こっちに視線を送ってたら気づくか。
「えっ、ですが、夢夜の都合が……」
紳司は溜息をつきながら、あたし達の後ろのテーブルの方に質問するように話しかけた。
「だ、そうですが、櫛嵩先輩。今、ご都合が悪いんですか?」
後ろの席から、こっちへとチラチラ視線を送ってきた、後からの来店客。ちょうど自己紹介しているころだったかしら、席についたのは。
「えっ?!」
目を丸くする現火って人に対して、後ろの席から顔を覗かせた美人が、少しバツの悪そうな顔で、紳司に言った。
「いつから気づいていたのかしら?」
それに対して、紳司は「あはは」と軽く笑いながら、
「最初から」
と言った。そして、それに補足するように言葉を続ける。
「俺達が教室を出てから約2分後に抜け出してきたあたりから、ですかね?最初は違和感程度でしたが、ものすごくゆっくり歩いている俺達を追い抜くこともなくついてくるように歩いていたら、そりゃ怪しいですよね?」
まあ、そうなったら、きっとあたしも気づくわね。てか、気づかないのは鈍感すぎよ……。って、そんなことは、どうでもいいわね。
「そんな最初っからなのね」
櫛嵩先輩って紳司が呼ぶ美女は、肩をすくめて「こりゃ、敵わないわね」と呟きながら、現火って人の方を見た。
「今日は、私と寝ましょ。ベッドの中で、悲しみを忘れるまで泣きましょう。その悲しさの何割かは私が埋めてあげるから」
美女の言葉に、薄ら涙を浮かべた現火って人はうなずいた。そして、席を立つ。
「知らせてくれて、ありがとうございました」
銀髪子にそう言うと、美女と現火って人が寄り添いあいながら店を出てく。ほとんど注文もしていないので、会計はこっちもちというか紳司が持つんだけど。
「さて、と俺はもう学校に戻らないとな。秋世でも呼んで帰るとするよ。それで、どうする?まだいるならお金置いていくし、もう出るなら一緒に出よう」
紳司があたしにそう言ってきた。それにしてもタクシーって金がかかるもんを使う気なのかしら?
「タクシーは高いんじゃないの?」
つまり、タクシー代を考えるとあたしが払うんだけど、という意味ね。
「ああ、無料だから大丈夫だよ。もう、授業も終わる頃だし、ホームルームの前に呼び出せば、帰りのホームルームに間に合うしな」
よく分からないけど、そんな風に言う紳司の言葉に、まあ、無料ならいいか、と思うあたしであった。
「んじゃ、帰りましょうか。あたし等も不知火に報告とかしなきゃなんないしね。ほら、立ちなさいって」
「ん、あ、ああ」
あたしは銀髪子を立ち上がらせると銀髪子を連れて歩き出した。紳司は紳司でスマートフォンを取り出して電話をしているらしい。後ろで紳司の声が聞こえている。
「うん、そうだ、迎えに来てほしいんだが……。
ああ、そう。解決した。ああ、だからホームルームには出たいからな。ああ、サンキュ」
そんな声とともに、
「たまには、お礼の言葉意外に、何かくれるべきだと思うんだけど?」
という女性の声が聞こえた。おそらく、先ほどまで紳司と電話越しに話していた相手だろう。
振り返るとそこには、もう、紳司の姿はなかった。
「なあ、私は、幸せになれるんだろうか?」
不意に、銀髪子のそんな言葉が聞こえた。だから、あたしは、笑う。
「そうねぇ……、幸せって、なるもんじゃないと思うのよね、あたしは」
そう言って、あたしは銀髪子に語る。
「幸せってのは、気づいたら手にしてるもんだと思うのよ。そして、ふとしたきっかけで、あたしは今、幸せなんだなぁとか幸せだったんだなぁって気づくもんだと思うのよ。だから、なり方なんてのは分かんないけどさ。とりあえず、あたし等と馬鹿騒ぎしてれば、自然とそんな風に思えるようになるんじゃない?」
あたしは微笑みかける。そして、それに対して、銀髪子は、一瞬、頬を染めてから呆れたように息を吐いた。
「まあ、退屈はしなさそうだな……」
そうして、あたしと銀髪子は、学校へと歩いていくのだった。