05話:白色の正夢
そんなことがあり、教室に戻ると、すっかり騒がしかったが、秋世が帰ってきた瞬間に、無音になった。どうやら、俺がこの世の不可思議を体験している間に、静巴の話で随分と盛り上がっていたらしい。
「おぉ、青葉。美人先生との個人面接はどうだったんだ?」
にやりと笑いながら田中が俺に聞いてきた。どうだったも何も、特に何もなかった、というのが正しい。
「何もねぇよ……。ただ、」
ただ、面倒なことになっただけだ。それとうれしいことにもなったが。しかし、しかしだ。夢。夢が一番の問題である。紅と蒼を孕んだ矛盾の天使。紅と蒼の目をした静巴。
どう考えても無関係とは思えないんだよな……。
「はぁ、厄介ごとに首を突っ込んじまったかな……」
そんなことがあり、一日が流れるように終了した。静巴が今日は都合がつかないとのことで、俺と静巴の生徒会入りは明日に流れることになった。どうやら、苗字からうすうす勘付いていたが、静巴は、あの花月グループの御令嬢らしい。
花月グループ、世界屈指の大グループで、天龍寺や立原とも交流があり、時々大きなパーティーを開くこともある。ロボット産業を手がけており、その分野では業界屈指、さらに、他の分野にも手を出していて、そちらでも有名になっている。
そんなグループの御令嬢が、こんなところに編入してきた理由は、おおよそ見当がついた。秋世が肯定したように、この学園には、不思議な力を持った人間を受け入れている。静巴のあの目と言い、不思議な力を持っていても不思議ではなさそう。
そんなことを見た目だけで判断するな、と思われるかもしれないが、神秘的な外見をしていれば、そう思われても無理ないだろう。
さて、場所は変わって、我が家だ。俺は、今まで部活には所属していなかったから、明日から帰りが遅くなることを考えて、親に連絡しておかないと、心配されてしまう。
「母さん、明日から遅くなるわ」
俺がさらりとそう告げると、母さんは、目をパチクリとさせ、「へぇ」と小さく呟いた。なんだろうか。
「紳司君も明日から遅くなるんですか?」
も?今、「も」って言ったよな。俺以外で、遅くなるなんて言うのは、家族で姉さんだけのはず。ってことは、姉さんも遅くなるのか?
「ああ、生徒会に誘われてね」
俺はさらりとそう言った。どうやら昔は、母さんが会長だったようだし、何か思い入れがあるかもしれない。
「え……、生徒会に、誘われたんですか?」
母さんが心底意外そうな顔で俺を見た。そんなに意外なのだろうか、俺が生徒会に入ることが。
「《古具》に関する説明を受けたんですか?」
アーティファクト?
「アーティファクトって、古代の遺物の中でも人の手が加わっているものことだろ。そん中でも技術力が高くて、その時代では到底作れないものがオーパーツと呼ばれるんだったか。今では転じて魔法道具のことを指すこともある、みたいな」
母さんの言いたいことは分からなかったが、俺の知っているアーティファクトとはこれだった。
「そう、説明は受けていないのね……。でも、だったら、どうして生徒会に?」
生徒会に入る=説明を受けなくてはならない状況、のように母さんの中では、認識されているらしい。
「いや、別に、秋世に入れって誘われただけなんだけど」
俺が秋世の名前を出すと母さんの目の色が変わった。まあ、知り合いっぽかったしおかしくはないか。
「天龍寺先生が戻ってきているんですか?……なるほど、なら紳司君が誘われても納得ですね」
母さんは、秋世のことを、一応敬意を込めて先生付けしているらしい。俺とは大違いだな。
「あ、紳司君、一応先生なんですから、呼び捨てるのは控えてあげてくださいね。昔から、割りと気にしてたから」
昔から、ということは、昔も誰かに呼び捨てにされていたんだろうな……、たぶん父さんに。
「しかし、気をつけてくださいね。紳司君は、まだ、目覚めていないんですから」
おっとりとにこやかに、母さんはそう言った。目覚めていないと、そう言った。目覚める、何に、何から?
そんな、疑問を残すような母さんの言葉を聞いた後、姉さんが部活に入ったことを知った。何かよく分からない部活だったが、お似合いだろう。
その後、晩飯を食って、俺は、寝た。
そう、寝たのだが……。
「また、か」
再び、白い部屋にいた。真っ白な部屋に、いた。真っ白で何もなく、ただ、壁に文字が彫られているだけの、簡素な部屋。
「ん?文字が増えてる」
そう文字が増えていた。二行分。
「第二は、古の退魔の少女と逢え。第三は、煉炎に愛されし赤の少女を抱け」
逢う、そして、抱く。ふむ、拾えってのが、静巴を拾ったっつーか、保健室に運んだことだとすれば、文面通り退魔の少女と逢って、赤の少女を抱くのか。
つーか、抱くって……、抱くのか?え、抱きしめるの?それとも……。まあ、抱きしめるんだろうな。
しかし、二と三が一気に公開か。
退魔……、古の退魔ってことは陰陽師か?いや、西洋の方で言うヴァンパイアハンターとかそんなんかも知れんが。
もう一人の赤の少女ってのは意味が分からんな。今度は、髪が赤いんだろうか?そういえば、秋世の髪は赤っぽかったが……、いや、秋世は抱きたくない。
「それにしても退魔、ね」
俺に退魔士の知り合いなんていないしな……。いや、逢えだから出会うのかも知れんが……。
退魔。魔を退けると書く。もしくは、対魔。魔と対すると書く。
俺の知る限りで言えば、陰陽師のような妖怪変化を退治する者のことを退魔士だと思っている。
陰陽師。元を辿れば、官職の1つで中務省の陰陽寮に属していた。その官職では、陰陽五行に基づき占筮や地相……つまり、占いや土地の善し悪しを調べる技官だった。
その技官がいつしか、律令規定を超えて占術や呪術、祭祀を司りだしたことから、陰陽寮の人間全員が陰陽師とされるようになったらしい。
そのうち、それが広まって、占術や呪術を扱う者全般を陰陽師と呼ぶようになった、と言う。有名な陰陽師としては安部清明だろうか。あの、母親が狐だったとか諸説ある、京都に清明神社と言う神社まである安部清明だ。
土御門家、なんていうのも有名か。安部清明の子孫で室町時代の陰陽師、安部有世の末裔の一族だ。
と、連々言い連ねてみたが、このくらいは、一般的な知識だっただろうか?まあ、そんなことはどうでもいい。
この世界にそんなものがいるのかは知らないが、俺の知る限りでは、退魔と言われて、パッとそれが思い浮かぶ。
まあ、そんなことを白い部屋でいつまでも考えていても仕方ないか。
「はぁ」
俺は溜息をついた。その瞬間、――ふっ――と体が浮遊感に包まれた。その不意打ちに、俺は思わず悲鳴を上げる。
「ひゃあああああああ!」
ガバッと毛布を撥ね退かす。鼓動が早い。馬鹿かよ、不意打ちは卑怯すぎる。二回目とはいえ、死ぬかと思った。この世にはショック死なんてもんもあるんだ、あまり驚かさないでほしい。
「あ~、もう、全く……」
俺は、時計を見る。時間は……、だいぶ早いな。いつもより1時間半早い。夢の所為というか、夢から覚めるときの所為で汗だくだし、軽くシャワーでも浴びようかな……。
そう決めると俺は、制服と下着を持って、風呂場へと向かった。着替えるなら、いっそ制服になった方が楽だと判断したのだ。
そして、普通に脱衣所へのドアを開く。
「ん?」
そこには、全裸の姉さんがいた。この時間に起きてるのは珍しいな。いつもはギリギリまで寝ているのに。
「何だ、姉さんか」
俺は、そう言った。全裸の姉に対して、そう言った。悪びれることなく、そう言った。
「紳司じゃない。珍しいわね、朝風呂?」
姉さんも動ずることなく、普通に聞いてきた。まあ、姉弟なんてこんなものだろう。
「シャワーでも浴びようかと思ってね。姉さんこそ珍しいじゃん」
俺の言葉に、姉さんが少し目をパチクリとさせて言った。
「ん~、まあ、今日はちょっと色々あってね。変な夢見たのよ」
変な夢……?もしかして姉さんも、あの白い部屋の夢でも見たのか。
「真っ黒な、そんな夢。そんで、あたしにしちゃ珍しく早く起きたわけよ」
真っ黒?真っ白、じゃなくてか?
「まあ、部活入って気疲れしてたんじゃない?」
疲れてたら変な夢見るんじゃないかな?