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《神》の古具使い  作者: 桃姫
魔剣編 SIDE.D
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49話:占夏十月の戦闘

 ※この文は、ひらがなだけで単調に表現される十月の文を普通調で漢字に直したものです。なお途中からは通常の形態です。


SIDE.MAID


 わたし、占夏(せんげ)十月(とつき)は、鷹之町市南町2丁目にある住宅街を闊歩しています。時刻は7時52分です。標的、《魔剣》を持った人間が動くのが8時ごろ、という予知なのでそろそろ警戒を強めて行きましょう。


 どうやって警戒するか、と言うと、随時、予知をしながら行動するしかないでしょうね。仕方がありません。疲弊するのに文句を言っていられるほど余裕のある状況ではありませんからね。


 意識を彼方へと飛ばします。そして、数刻先の、数分先の、数十分先の、未来を予測します。徐々にぶれて大雑把になる映像。


 そして、それが収束していきます。何か……、何か、迫って……。これは、禍々しい黒の、……剣!


 わたしは咄嗟に身を引きます。予知したまま、感覚だけで上体を後ろにずらしたのです。それと同時に、予知を解除します。


――ザッ


 数瞬前までわたしの首があった位置を黒色の禍々しい刃が刀身に刻まれた赤の残像を残しながら通り過ぎていきました。僅かにかわしきれず、わたしの前髪はバッサリと切り落とされてしまいました。


 宙を舞う髪を見ながら、わたしは息を呑みました。一歩間違えば、宙を舞っていたのは、わたしの首でした。


「あら、かわされた?」


 わたしの目に、くすんだ銀色が映ります。決して綺麗ではありません。(けが)れた銀色の光。それが夜道の街灯に反射しています。


 アッシュグレー、と言えばいいのでしょうか。灰色と銀色の交じったような……、されど、それが素の色とは思えません。まるで、何かに汚されたような、しばらく洗っていないようにも見えます。パリパリに固まった髪は、風で不自然に靡きます。


「なるほど、予知、か」


 灰銀の髪の少女は、そんな風に、わたしの手札を見抜きました。何故、と問う時間もないでしょうね。彼女の着ている漆黒の服。非常に高価そうな服は、その汚い銀髪とはとても不釣合いで違和感を覚えます。いつもは、前髪にさえぎられて良く見えない視界が、前髪が切られたせいではっきり確認できます。


「1つ聞かせて。明日咲(あすざき)現水(うつみ)を知っている?」


 明日咲(あすざき)現水(うつみ)……、ですか?知らない名前ですね……。この子は、その人を探しているのでしょうか?


「しらない(知りませんが?)」


 わたしの回答に対して、彼女は、大きな禍々しい《魔剣》を構えます。どうやらお気に召さない回答だったようですね。


「なら、用はない。死ね」


 一閃。ただ、一瞬の残像が残っただけでした。わたしの眼前を切っ先が掠めていったのです。


「知らないなら殺す。そうして、斬って斬って斬って……そうしたら、そのうち明日咲(あすざき)現水(うつみ)の家族に会える。それだけ」


 どうやら、明日咲(あすざき)現水(うつみ)本人ではなく、その家族を探しているようですね。恨みでもあるのでしょうか。そもそもこの鷹之町だけで相当な人数がいるのに、1人1人確認して切り殺していたらいつまでかかるやら……。


「むぼう(無謀すぎますね)」


 わたしの言葉に、少女は、笑います。鼻で笑うという表現が一番適切でしょうかね……。どうやら馬鹿にされているみたいです。


「無謀でも無茶でも、遣り遂げると決めた、それだけ」


 それは、また、頭の固い人ですね……。まあ、それは、それでどうしましょうかね……。彼女を退けるか、倒すか。


「だから、死ね」


 再びわたしに剣が……。その瞬間、わたしは、カーブミラーに映った自分に目を取られてしまう。《魔剣》への反応が遅れてしまいます。


 しかし、避けました。


「目つきが……変わった?」


 彼女がそう言ったのも無理はないでしょう。なぜなら、わたしは、占夏(せんげ)十月(とつき)ではないからです。


「ふふっ、そう、見えますか?」


 わたしの言葉は、普通の言葉遣いになっていました。いえ、普通の言葉遣いに戻った、と言ったほうが正しいですかね。


「さぁて、調教(ごほうし)始めましょう」


 くるくるとわたしの人差し指で手錠が回ります。両手で2つ。どこから出したか、ですか?うふふふ。


「メイド奥義09、『気づかれないうちにそっとすばやくをもっとうに』」


 カチャリ、カチャリ。気づいたときにはもう遅いのですよ。


「な……に……?」


 そう、少女の手には手錠がかかっています。右手はカーブミラーの柱に、左手は電柱の横にある電線の黄色いカバーに。完全に拘束しています。


「さあ、おとなしくしていてくださいね。すぐに終わり(きもちよくなり)ますから」


 わたしは、笑いながら、動けない彼女へと近づいていきます。彼女は必死に抵抗しようとしますが、手錠は頑強です。


「じっとしてください……。じゃないと」


 舌なめずりをします。


「痛くしちゃいますよっ♪」


 わたしの手には無数の杭と針。うふふっ。


「くっ」


 ガシャン、ガシャンと手錠を外そうともがく少女。ですが、どんなにたたきつけようと、どんなに引っ張ろうと、その手錠は外れません。


「あらあら、悪い子には『プレゼント(おしおき)』が必要ですかねぇ……」


 わたしは、彼女に跨るように、覆いかぶさります。そして、耳元に息をフッと吹きかけてみました。


「ひゃっ」


 彼女はくすぐったさに飛び上がろうとしますが、わたしが上に乗っているので動けません。わたしが重いからではありませんよ?わたしが重いからではありませんからね?大事なことだから二回言いましたが、わたしが重いからではないんですよ!


「あらあら、敏感なんですね、耳」


 かぷり、と耳を甘噛みします。ゾクゥと身体を震え上がらせる少女を見て、わたしは快感を覚えます。


「あら、かわいいですねぇ」


 そう言って少女を抱きかかえました。わたしの胸に顔を(うず)めさせるように……。誰ですか、今、胸があんまないのに埋められるわけない、とか言ったの!


 一応、埋められるんですよ!そもそも青葉暗音みたいな胸が異常なんです!わたしの胸は普通です!


「メイド奥義21『仄かに感じさせる母性』」


 これで、彼女を落ち着かせられます。


「っ、メイド奥義・番外(エクストラ)『メイドは懐に忍び持つ』」


 急に感じた後ろからの圧力に、咄嗟にナイフを投げつけます。二本のナイフがわたしの背後に飛び、カランと乾いた音を鳴らし地面に落ちます。


(弾かれましたかっ)


 背後からは、突き刺すような殺気と禍々しい瘴気の様なものが感じられました。まるで、全ての絶望を凝縮したかのような、そんな負のオーラが……。

 恐る恐る背後を振り返りますが、そこには誰もいません。ただ、何かがある、そう感じられます。


「あ~、こりゃ、厄介そうね……」


 その声は、わたしが注視している場所とは別の場所から聞こえてきました。聞き覚えのある仲間の声。

 それは、《魔剣》の少女と同じような黒衣のドレスを纏った青葉暗音でした。オフショルダーのフリルドレスに、腕を覆うシルクの手袋。黒いヒールの靴。全身を黒で塗り固めたような妖しげで儚げな雰囲気を持っています。


「ん?あら、十月。髪切った?随分と可愛らしいことで」


 こんな状況にも関わらず飄々とそんなことを言ってのけるのは、さすがだと思います。空気が読めないのか、余裕があるのか。


「そして、そっちで手錠にかけられてるのが《存在しない剣》を持ってたって子ね。風呂は入ってる?臭いよ」


 けたけたと笑う青葉暗音。彼女は一体、何もなんでしょうか。予知で十月が(・・・)見た限り、ただの《古具》使いではなさそうですが。まあ、わたしには関係ない、ということで割り切っておきましょう。


「そんでもって《終焉の少女(マリア・ルーンヘクサ)》ちゃん、か……」


 そんなことを呟いて、彼女は、わたしが先ほどから妙な気配を感じている場所に高速で蹴りを入れました。


「ヒュー、なーるほど。切れないって凄いわね」


 彼女は、何を蹴ったのでしょうか?わたしには、何も見えません。しかし、禍々しい気配が増しました。


「《魔性》の化け物ってことね。ったく」


 ませい?よくは分かりませんが、青葉暗音はわたしに見えない何かが見え、わたしの知らない何かを知っているようですね。


「ありゃ、撤退する流れなの?」


 彼女がそんな風に呟くと同時に、禍々しかった気配は、微塵も感じなくなりました。どうやらわたしに見えない何かは去ってくれたようです。


「さあてと十月。そっちの女の子とえっちなことをしようとしてるとこ悪いんだけど、この一件、解決したってことでいいのかしら?」


 わたしは慌てて少女の上から飛びのきました。いや、百合っ気はないですよ、本当に。お坊ちゃま……十月の言い方をするなら覇紋様ですが、その覇紋様一筋なので。


「ふぅ、ええ、まあ、一段落、と言ったところでしょうかね、青葉暗音さん。はじめまして、という言い方は妙でしょうけれど、それでもあえて名乗りましょう。

 わたしは、しらさ……」


 わたしが名乗ろうとしたところで別の声がかかります。よく知った声でした。


「十月……いや、お前は……」


「お久しぶりですね、お坊ちゃま。さて、わたしはそろそろ去るとします。今は、十月である、という前提を持った状態で限定的にここにあるのですから」


 そう言って、わたしは十月の中から消えます。おそらく、それと同時に、この体は、いつもの十月へと返るでしょう。

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