47話:絶望の果て
ちょっと胸糞悪い話な上にR-15くらいかもしれません
SIDE.?
薄暗い部屋。人工の灯りなんてない、部屋。部屋、なんて定義しても構わないのかすら分からない場所。ピチャリと天井から滴る雫が地面の水溜りに落ちる。
外は、雨なの?
それすらも分かんない。ただ一人、この場所にいる。もちろん、水道は通ってないし、ガスもない。地面を触れば手は汚れるし、壁を触っても手は汚れる。凹凸だらけで偶に尖ってたり欠けてたりして、躓きそうになる。
そんな場所を、人は、洞窟という。そんな洞窟に、私は住んでいる。料理はなく、着替えもない。頬はこけ、体中に痣がある。背中には鞭の痕が今でもしっかりと残っている。
銀髪の髪は手入れどころか洗いもしていなくゴワゴワしている。しかし、虫は寄ってこない。なぜなら、虫がいないから。
冬は氷点下を越える寒さで、虫なんかが生存していないから。それだけの理由。
この場所に住んでいるのは私だけ。少し前までは、もう一人いた。けれど、その子はもう帰ってこないでしょう。たぶん、死んだか売られたか。どっちにしろ、もう会うことはない、そう思う。
この場所に住んでいるのは私だけだけど、ここに出入りする人間は私だけではないし、出入りする人間に私は含まれない。なぜなら、出ることができないのだから「出入り」はできないから。
ここに出入りする人間のことを、世間ではなんと呼ぶのだろう。そんなことは分からないけど、とりあえず、最低の人間達であることは確かだ。
この洗っていない体、洗っていない髪、それから体内中、その最低の人間達の体液で塗れている。すでに乾いているけど洗っていない、いえ、洗えていない。髪がゴワゴワなのは、ただ洗っていなくて砂まみれなのではない。そう言った理由があってゴワゴワなのよ。
無論、これで、私が売春婦なり遊女なりで、ここが妓楼なり娼館なりだったら話は別。遊女に身を窶した私が悪いのだろう。
無論、私が借金のかたに、親から、この最低の人間達に売られたのなら文句は言えないだろう。
無論、私が痴女で、自ら、この最低の人間達に身を預け、犯してもらっているのなら問題などないのだろう。
ただ、私はただの一般人で、娼婦でもなければ、親も借金をしていないし、痴女でもない。
では、私が、何故、こんな場所にいるのか、それを語るには、最低のあの日の出来事を思い出さなければならないだろう。
4月。どこかの国では、4月が学校の始めの月だとか……。しかして、私の国はというと、9月が始めの月である。そのどこかの国とやらは、政府の都合でそうなったらしいけれど、まあ、そんなことはどうでもいいわ。
最低の日。もしくは、最悪の日、なんて言ってもいいかもしれない。別に13日の金曜日でなければ、正座占いが悪かった日でもない。ごくごく普通の日だった。
私は、学校に向かって歩いていた。制服などない。私服。5月だというのに肌寒い、それが当たり前の私の国では、皆、長袖の服を着ていた。
私が来ていたのは、白いセーターとピンクのスカート。今やその原型はとどめていないけれど、確かに、その日はそれを着ていた。おニューの下着を着て、そんな服を着て、学校へと向かっていた。
目の前に、突如、バンが止まったと思ったら、数人の男が降りてきて、体のあちこちを殴られて、私は気を失っていた。
目を覚ましたのは、寝床、と言うには無理のある藁が敷かれた場所だった。私は藁の上に座らされていた。手足の自由を封じられて、である。手錠。そんなものどこででも手に入るのだろう。ネットを探せばいくらでもある。
まず、私は、どうにか手錠を外そうとした。けれど、後ろ手ではめられた手錠は、どんなに引っ張っても、決して外れなかった。次に足枷を外そうとするが外れない。
スマホを探すが、ポケットには何も入っていないことが感触で分かる。
この状況を、世間一般では、拉致された、もしくは監禁された、というのだろう。その認識は間違っていないはずだ。
そして、最低の人間達がやってきた。手足を自由に動かせない私を見て、まず最初に、服をひん剥いた。白いセーターは無残に破れ、その下に来ていたシャツも同様に裂けていた。買ったばかりのブラジャーはホックを外す、なんてことをしないで力任せに無理やり引きちぎる。ピンクのロングスカートはパレオほども残っていない。ショーツも脱がせるのではなく力任せに破き取った。
これから何が起こるかは、すぐに分かった。私の顔は絶望に染まり、最低の人間達の顔は嬉々とした顔になっていた。
事後、私は、男達の体液に塗れ、或いは滴り落とす中、今なお私がいる、この洞窟の奥地へと放り込まれた。
そこには、私と同じようにボロボロの服でやつれた顔をした東洋人の少女がいた。長いぐしゃぐしゃの黒髪と体中の痣。きっと、いや、間違いなく、彼女も私と同じ目にあったのだと思った。
最低の人間達がいなくなった後、何度か私は彼女と意思疎通を図ろうとした。しかし言葉が通じなかった。どうにか分かったのは、彼女が旅行にやってきた異邦人だということだけ。
ハーフでもなく、クォーターでもなく、移住してきたわけでもない。ただの東洋人。どこかの国の人だ。
この場合のどこかの国とは、どこか分からない国ではなく、この回想の冒頭の「どこかの国」を指す。
様々なことをされたのだろう。彼女の身体を見れば、それが分かった。それと同時に、それが自分の身にも起こることなのだろう、と悟っていた。
それが最低の日である。それから1ヶ月ほどたった5月。いえ、本当に1ヶ月かどうか危ういけれど。それでも私にとっては1ヶ月くらいだったと思う。
例えば気を失って、日付感覚にズレが生じているとしても、例えば何日間も犯ら続け、時間間隔がズレていても、それでもきっと1ヶ月だ。
こんな生活が1ヶ月も続いているのだ。もう嫌だという思いすら消えうせていた。痛いという感覚すら消えうせていた。気持ちいいという快楽にすら溺れることはなかった。もう、何も、なかった。
解放してくれ、とも、殺してくれ、とも思わない。もう、何も要求しない。この絶望というものすら、私は、もうどうでも良かった。
ある意味、絶望を受け入れていたのかもしれない。
ある意味、絶望を拒絶して考えないようにしていたのかもしれない。
絶望を肯定していて、否定している。なんとも矛盾した、そんな状況。もはや、どうでもいいのかもしれない。
だからだったのか、私が、幻覚なんて言うのを見たのは。それとも飲まされたもののせいか、何日間も何も食べていないからか。どうでも良かった。だから、私は、幻覚に耳を傾けた。
真っ黒な少女の幻覚に私は、全てを委ねた。
ただそれだけだった。
そして、最低の男達とその仲間とそれを捕らえに来た警官達、合計48人が死んでいた。
私は、朦朧とする意識の中で、極寒の外へと出た。久々に外を、太陽を、木々を、光を見た。風を、寒さを、自然を肌で感じた。もはや、服とも呼べないものを纏いながら、ふらふらとひた歩く。
――ガタ
私の足に、何かがぶつかった。それは、見覚えのある東洋人の少女だった。名前も知らぬ東洋人の少女だった。どこかの国の東洋人の少女だった。
「……ぁ……ぉ……ぃ」
よく聞こえない。アオイと言ったようにも聞こえたけれど、きっとそれは母音で、他にもいろいろと言っていたのだろう。耳を傾ける。
「た……の……ち」
聞こえない。よく、聞こえない。
「たかの……ち」
……たかのち?人名?地名?
「鷹之町……」
タカノマチ?人名?地名?
「…………」
消え入りそうな声で、その少女は、私に、この国の言葉で言った。ほとんど支離滅裂だけれど、単語だけは分かった。
「家族」、「伝える」、「死」。つまり、自分の死を家族に伝えて欲しい、そういうことだろう。
そして、それが、タカノマチ。タカノマチという人間なのか、タカノマチという場所なのか。
私は、その少女の着ていた、服ともいえない物のポケットを漁る。辛うじて縫い止っていたポケットから出てきたのは、私の知らない言語で書かれたカードだった。読めない。ただ、彼女の写真が張ってあって、「鷹之町第四中学校」、「明日咲現水」「アスザキウツミ」という文字。無論、読めない。なんと書いてあるかも分からない。どんな意味なのかも分からない。
ただ、おそらく学生証か身分証明証の様なものなのだろうと私は判断した。だから、これがどこかの国の物なのは分かった。なら、そこへ行くだけだ。そして、せめて、彼女のことを伝えるべきだろう。
そう思うと、何故だか、再び幻覚を見る。真っ黒な少女が私を導く。その通りに、私は少女を穴に埋め、弔った。
気がつけば、私には、カードが読めるようになっていた。幻覚を見たせいか、それとも、この読めているという出来事すら幻覚なのか、そんな判断は出来ないけれ
ど、これが日本という国で使われている言語なのだろうと予測はついた。
なら、そこへ行くだけ、それだけの話よ。
ボロ布のようなものを捨て去り、私は、全裸となった。しかし、それを包み込むように、真っ黒な衣服が私を包む。
漆黒を纏い、その手には、全てを喰らう「存在しない剣」を携えていた。剣。そう、剣だ。いつの間にやら携わっていた、「魔神」の剣。
くすんだ銀髪をそのままに、臭い体の臭いをそのままに、ただひたすらに空港へと足を向ける。
そう、私は、ただ、彼女のことを伝えたい。鷹之町、そこに何があるとしても、ただ、伝えたい。そのためになら何でもする。
絶望を肯定して、否定して、その上で、私は、絶望の果てにもぎ取った、この普通な場所で、私は、「存在しない剣」を振るう。同じ絶望の果てに死んだ、1人の少女、ウツミのために。
私は、それが終わるまでは、絶望の中にいる。そして、全てが終わったなら、そのときにこそ、私は……。
私は、幸せになれるのだろうか……。




