43話:剣の秘話
とりあえず場所を変える、ということで秋世で、三鷹丘学園の生徒会室まで移動した。交通費ゼロ。なんて経済的なのだろうか。せいぜい通話費、無料通話を使えばそれすらもかからない便利なタクシーだことで。
まあ、本人に言ったら怒られるので言わないが、そんな目で秋世を見ていると、キッと睨みつけられた。
「交通費無料の便利なタクシーだな、とか思ってたでしょ。まったく……」
鋭すぎる……。正直言って、かなりビックリした。俺の心中をこんなにも正確に言い当てるとは……。伊達に長生きしてないな。
パシッと威力は込めてないものの、頭をはたかれた。はたいたのは秋世だ。
「誰が年増か。言ってないけど、そんな顔してたから叩いたわよ。次は本気で叩くかんね」
睨まれたので、俺は肩を竦めて、やれやれ、と言ったようにして、作業スペースのいつもの席に座った。トリスタンとガウェイン、アーサーを応接スペースのソファに座らせると、ユノン先輩も自分の席に座る。ファルファム先輩はややいつもより俺に近めに寄り添うように座ってきた。秋世はどこに座ればいいのか迷った挙句、立っていることにしたらしい。紫炎は、どうしたらいいか分からなかったものの、外人ばかりの席に座るのは気が引けたのか、静巴の席に座った。
「相変わらずね、この部屋は」
そう言ったのはアーサーだった。どうやら、生徒会室に来たことがあるらしい。まあ、この町に住んでいたことがあるらしいし、その辺は意外でもないか。
「さて、と、本題に入るけど、まあ、堅苦しいのはなしってことで、この口調でやらせてもらうわ。けど、その前に、そこの子は、誰かしら?」
アーサーが聞いたのは、紫炎のことだった。まあ、この場で、おそらく、紫炎のことが分かるのはユノン先輩くらいだろう。
「貴方、明津灘家の子よね?」
ユノン先輩が紫炎に言った。それに対して、紫炎が答える前に、俺が答えた。
「ええ、彼女は明津灘紫炎さんです。市原先輩はご存知の通り、京都司中八家の【古武術】の明津灘家の跡取り娘ですね。この学園に、『陰』を探しに来たらしいですよ」
適当な説明をして、紫炎に関する話を断ち切ったのは、ノリで恋人かというトリスタンの質問に頷いていたためだ。
「なるほどね。面倒なしがらみのある家だから、仕方ないわね。まあ、それはウチも同じか」
ユノン先輩は、そんな風にぼやいた。まあ、同じような家に生まれているので共感できるところが有るのだろう。
「まあ、一般人ではないってことで、私たちの話を聞いても問題ないのでしょうから話をはじめましょう」
アーサーがそう切り出した。何から説明をはじめようか、という状況で、秋世が口を挟む。
「えっと、まずは……、あれね、《赫炎の剣》を創ることになった経緯ってのを話せばいいんじゃないの?」
秋世のやる気のない声。秋世はまあ、いつもこんなんだな。まあ、タクシーとして役に立つからいいか。
「ちょっと、いま、コイツ適当だな、まあ、タクシーとして使えるからいいか……みたいな目で見てたでしょ。私だって、それなりに使えんのよ」
半眼で少し涙ぐみながら睨んできた秋世。こいつは、何で俺の思考を読んだかのように反応できるんだよ?
「まあ、そうね……。それでは、《赫炎の剣》を創る依頼をしたときのことから話しましょ」
アーサーは、長い金髪の髪をかき上げながら、脚を組む。ふむ、なかなかに色っぽいが、秋世よりも年上っぽいことを考えると……。
「何故だか失礼な視線を感じたのだけれど」
秋世が言う。
「あら、秋世も?まあ、いいわ。話を続けるわ」
アーサーも釈然としない表情をしていた。秋世は、誰の視線なのか理解していたようで、俺のことを睨んでいた。
「龍神……あー、と言っても通じるか危ういから、言い方を変えさせてもらうけど、私たち《聖王教会》の《聖剣》は、時に戦いの中で壊れてしまうこともあるわ。それを修復する協力者がいるの。まあ、その人……いえ、まあ、人としておきましょうか。
その人に、随分前の戦いで折れてしまった《太陽の剣》を修復してもらいにいったのよ。随分前の戦いって言ったけれど、そのとき《選定の剣》も折れてしまったけれど、すぐにセイジたちと直してもらいに行ったのよ。だから、《太陽の剣》だけは後回しになってしまっていて、大分遅れて、直しにもらいに行ったの」
アーサーの話の最中で秋世が妙に懐かしげな顔をしていた。それとじいちゃんの名前も出ていた気がする。
「そういや、折れてから直してもらいに行くまで25年くらい経ってたっけ?」
放置しすぎだ……。驚いてしまった。しかし、《聖剣》を何で25年も放っておいたんだ?管理するなら早めに直しに行ってもいいだろう?
「もっと経ってたわよ?」
アーサーの指摘に、秋世が「あら、そうだっけ?」と、とぼけたことを言った。大丈夫か、このババア。
「おっと」
秋世が投げてきた消しゴムを避ける。秋世の寄りかかっている壁の横の棚の上にある文房具かごに入っていた使いかけの消しゴムのようだ。
「誰がババアよ、誰が!」
「口に出してないのに直感だけで攻撃するなっ」
まあ、ババアと思ったのは事実なんだが。まあ、見た目が綺麗なので別に構わないが、なぜか弄りたくなる性格をしている。大事なことなので二度言うが綺麗ではある。
「バッ、馬鹿!」
秋世が再び消しゴムを投げてきた。今度はどうやら照れ隠しらしい。ほっぺが真っ赤に染まってた。
「そこ、イチャイチャしてないで話きいてちょうだい。それと、そちらの会長さんと副会長さんと、えと、明津灘さん?が凄く怒ってるみたいだから収拾付けなさい」
言われて、はた、と気づく。周りから白い目で見られていることに。特にユノン先輩とファルファム先輩の射抜く様な視線が痛い。紫炎にいたっては、足をグニグニと押し付けたり、ガシガシ蹴ったりしてくる。
「はぁ……。ったく」
俺は、溜息とともに、そんな声を吐き出した。そして、頭をかきむしりながら、まずファルファム先輩を見た。
しっかし、愛くるしい顔をしてるよな。ふむ……。試しに、俺はファルファム先輩の耳元で囁く。
「後で、少し話があるのですが……、いいですか?」
コクコクと頷くファルファム先輩。ふむ、素直だ。さて、と。どこで話をすることにするか……。まあ、いいや、ウチにでも連れて帰ろう。
「じゃあ、後で、俺んちに招待するので一緒に帰りましょうか」
コクコクと先ほどよりも勢いよく頷いた。
「市原先輩、まあ、なんといいますか……、まあ、はい」
ユノン先輩には曖昧に誤魔化して、愛想笑いをする。
「紫炎は、後日ってことで……」
そう言ってその場を収めた。それを確認したアーサーが、話を再会する。
「まったくもって、そう言ったところは祖父の代から変わらないわね。それで、直してもらいにいって、そのとき頼んだのよ。新しい《聖剣》は創れないか、って。
今ある《聖剣》は、蒼天という者に創られたものなのよ。でも、その蒼天がいない今、これ以上《聖剣》が増えない、ということになるわ。だから、直せるなら創れないか、ってことで持ちかけたのよ」
蒼天。俺は、その名前を聞いたことがあった。姉さんに聞いたのだ。姉さんの言っていたグラムを封じた男の名前が蒼刃蒼天だ。ある戦争で神へと至った者、って言ってたか?
「なるほど、ね。神へ至った者が作った《聖剣》だけじゃ足りないから増やしたいってことか」
俺の呟きに、アーサーが目敏く反応した。
「なるほど、蒼天の知識はあるのね。驚いたわ。まさか、そこまで知っていたとは……」
アーサーの呟きと同じく、秋世も目を丸くしていた。
「まあ、それで、炎を媒体に作った《聖剣》。炎魔火ノ音の炎を全て注ぎ込んだ《聖剣》。その名は、《悠久聖典》の炎の章より取り《赫炎の剣》。おそらく、最高の《聖剣》ね」
アーサーが言った。たびたび出てくるが炎魔火ノ音とは誰なんだろうか。
「炎魔火ノ音ってのは誰だ?」
俺の声に、ファルファム先輩がニッシッシと笑っていた。どうやら《赫炎の剣》から読み取った知識で、それなりに知っているらしい。
「炎魔は古くからある魔導の名門の一つよ。
炎魔、木也、土御門、風塵、水素の五家。それに加えて、雷導寺も入れて六家になることもあるの。
その炎魔の中でも最強と謳われるのが炎魔火ノ音。そして、その面差しを継いでいるのが火々夜燈火ね。
彼女、火々夜燈火は、恐ろしいほどの才能を秘めた天才なのよね。《悠久聖典》の炎の章の呪文を複数扱える時点で人間業じゃないわ。その点では、そこのミュラー・ディ・ファルファムさんも同じよ」
なるほど、つまりは凄い人って解釈でいいわけだな。
「まあ、そんな風に出来た《聖剣》は、炎を通じて、ミュラーさんの中に宿ってしまったの。私は、それを知って、彼女を日本に逃がしたの。わざわざ《聖王教会》でかたっくるしく管理される必要はないってね。
セイジもミソノも、いまや私の管轄外にいるもの。それが一人増えたところで全く問題ないのよ。
分かったかしら、トリスタン、ガウェイン?」
アーサーは、最後に二人に確認を取った。二人は頷いた。
「それじゃあ、コレで、話は終わり。秋世、私たち三人を連れてイギリスへ飛んで頂戴。それじゃあね」
秋世で三人は帰っていった。俺たちも自然とアイコンタクトし、流れで帰ることになる。ユノン先輩は仕事をするために残り、紫炎は、部活に行くという。もっとも、競泳水着があの様なので紫炎は、水着を注文するだけで帰る、と言っていた。
そして、ファルファム先輩は、俺とともに、帰路に着く。