40話:破壊神の三又槍
街外れの公園にて、俺は、紫炎とともに、《聖王教会》の人間である薄茶髪の男とフードをかぶった奴の2人と対峙していた。そして、フードをかぶったもう1人がフードを取る。
女性だ。金髪紅眼の女性。ファルファム先輩の様な優しげな……もといはっちゃけた雰囲気とは違い、キリッとしている。なんといえばいいか、いかにも、騎士らしい雰囲気だ。
「まず、僕等が名乗ろう。知っているようだけど、《聖王教会》のトリスタンを拝命した。トリスタンと呼んでくれて構わないよ」
薄茶髪の男、トリスタンはそう言った。トリスタンと言えば、アーサー王伝説に登場する円卓の騎士の1人だ。まあ、トップがアーサーを名乗っているのだ、その他が円卓の騎士でもおかしくはないのだろうが……。
おそらく、《聖王教会》が保管している……もしくは、管理している《聖剣》の本来の持ち主の名を受け継いでいく仕組みなのだろう。
「ワタシ、ガウェイン」
女は拙い日本語で、ガウェインと名乗った。どうやら、トリスタンは日本語が話せても、ガウェインは日本語がまだ話せないらしい。
「すまないな。ガウェインは、この間、拝命したばかりの新人で、他国語が堪能ではないんだ」
拝命したばかり、ね。よく分からんが、まあ、とにかくファルファム先輩関連でこの地に来たのだろう。聖騎士王とやらの差し金か?いや、それなら、何故聖騎士王は、ファルファム先輩をこの地に遣った。手元に置いておいた方がいいだろう。なにやら状況が変わったってことか。
「俺は、青葉紳司。ミュラー・ディ・ファルファムは、俺の上司にあたる」
会計と副会長って部下と上司って関係になりうるのか?ま、まあ、後輩と先輩は有る意味部下と上司だし……。ノリで言ってしまってからあっているか分かんなくなるパターンだな。
「私は、明津灘紫炎。青葉君の同級生です」
一応、紫炎も名乗った。そして、向かい合うように公園のベンチに座る。トリスタンが、俺の方を見て言った。
「君達はカップルなのかい?」
どうでもいい質問だった。本題に早く入れよ。まあ、いいけどさ。さて、どう答えたものか。チラリと紫炎に目を向けた。紫炎は、何と答えたらよいのか、相当慌てている様子だ。
「ああ、そうだが、それが何か?」
俺は、少し語調を強めてトリスタンに言った。紫炎が、「ぇぅ」と何か言いかけたのを無理やり引っ込めた声が聞こえた気がしたが、気にしないことにしよう。
「そうか……。手も繋いでいたし、道理ということか……。羨ましい限りだ。僕にも向こうに愛しい人がいる者で……」
トリスタンが何かを語りだそうとしだしたので、ガウェインがトリスタンに耳打ちしている。
「おっと、そうだった。本題に入るようにガウェインに言われてしまったので、本題に入ろうか。
それで、ミュラー・ディ・ファルファム。彼女のことをどこまで知っているんだい?」
いきなりド直球の質問だな。まあ、日本人みたく妙に遠まわしな言い方をすることがないだけか。
「残念ながら、ほとんど知らない。ただ、昔《聖王教会》でシスターをやっていた、とだけだな」
トリスタンは、それを聞き、なにやら妙に神妙な顔で俺を見ていた。そして、俺に言った。
「そこまでで止まっているなら、これ以上、彼女に関わるのはお勧めできない」
そんな風に言われた。ふむ、なるほど、な。ファルファム先輩には、なんらかの事情があるってことか?
「僕等は、聖騎士王様より、新たなる《聖剣》の所在を教えてもらった。それが、ミュラー・ディ・ファルファムさ」
ファルファム先輩が《聖剣》の所在……?日本がおかしいのか、それともそのままの意味なのか。おそらく後者なのだろう。
「じゃあ、お前等がここに居るのも聖騎士王、アーサー・ペンドラゴンの密命だからか?」
俺の問いに、トリスタンは首を横に振った。ガウェインも同様だ。どうやら話せないが、日本語は有る程度聞き取ることは出来るらしい。
「いや、聖騎士王様からは何の命も受けていないよ。しかし、僕等の役目は、正しく《聖剣》を保管、管理することだ。だから、《聖王教会》を抜けた彼女に《聖剣》を持たせてはいられない、僕はそう思うんだ」
なるほど、だから、自分達で《聖剣》を保持するために、ファルファム先輩を狙っているわけか。
「なるほど、だったら、俺は、ファルファム先輩に関わるのをやめることはできないな」
俺の言葉に、トリスタンとガウェインは、眉を顰め、俺のことを見ていた。そして、口を開く。
「理由を聞いても構わないかい?」
トリスタンが真剣な面差しで俺に問いかける。理由なんて分かりきったことで、それをわざわざ聞くのは何故だろうか。
「ファルファム先輩に危害を加えることは許さない、それだけさ」
その言葉に、トリスタンは、弁解する。
「別に危害を加えるわけではないさ。ただ、《聖剣》を渡してもらうか、連れ帰るだけ、という話だ」
トリスタンの言葉を聞いた俺は、少々機嫌が悪かった。
「それだけでも十分、危害を加えてるさ。まあ、いや、日本人でないあんた等に言ってもわかんないかも知れないが、危害ってのは『身体・生命・物品を損なうような危険なこと』って意味だ。
さて、たとえ、連れて帰るだけでも、環境が変わるというのは、総じてそう言ったものが付き添うものさ。結果的に自殺したとしても、原因があんた等にあれば、あんた等が危害を加えたことと同じ。そうなる可能性が有る以上、俺は、あんた等に手を出させないってことだよ」
詭弁どころか、意味が通じてるのかも微妙なところだ。しかし、まあ、そんな感じだ。大体、こんな感じなんだろう。
「それでも連れ帰る、というのなら、俺を倒していけ」
なんとなく、流れでそんな台詞を言ってしまった。いつもの様な失敗である。さて、今回は、どんな武器が出てくるやら。
「《神々の宝具》」
俺が呟くと同時に、俺の右手に長い槍が現れる。《帝釈天の光雷槍》ではない。元から槍の形をした武器。
先端が三又に分かれている黒金の槍だ。俺は、その名前を告げた。
「《破壊神の三又槍》」
「Siva.Trishula」。またもヒンドゥー教系列からの武器だ。破壊神シヴァの持つ三又槍「トリシューラ」なのだろう。
「槍……、アーティファクターか……。《慈悲の剣》!」
俺の武器を見て、すばやく、ローブの中で見えなかったが、腰に携えた剣を抜いた。あれが《聖剣》なのだろう。パッと見て切っ先がないのが分かった。
円卓の騎士、トリスタンの持っていたとされることもある《聖剣》だ。切っ先がないことから無先刀や無峰剣とも呼ばれる。
トリスタンは、ライオネス(リオネスとも言う)の王と王妃の間に生まれた子でライオネスの王子であった。しかし、いくつか説、というより著者によっての違いがあるが、いずれも父がいなくなる。父が死亡するか、駆け落ちして出て行くか、など差も生死も様々。それにより「悲しみの子」と名づけられるのだ。
その後は、叔父であるコーンウォールのマルク王に預けられる。その後様々あり、アイルランドのイゾルデに治療してもらうために(決闘でアイルランドの騎士を結果的に死なせてしまったので敵とされていたため)偽名でアイルランドに行きイゾルデに治療してもらう。治療の後に祖国に帰ってマルク王にイゾルデの美しさを教えると、独身のマルク王はイゾルデと結婚すると言ってトリスタンにイゾルデを連れてくるように言う。竜退治やら本名がばれてアイルランド王に許してもらうだのイベントがあったが、帰りの船で間違ってトリスタンとイゾルデが媚薬を飲み、互いに愛し合い、愛を育みあーんなことやこーんなことをしてしまう。
結果として、マルク王とイゾルデが結婚するが、イゾルデとトリスタンは愛し合ったままであり、それによりマルク王と確執が生まれ、トリスタンはコーンウォールを出て行くことになる。
その後、イゾルデと同名の女性と出会い、アイルランドで出会ったイゾルデを「金髪のイゾルデ」、後に出会ったイゾルデを「白い手のイゾルデ」と呼び、「白い手のイゾルデ」と婚約する。しかし、トリスタンは「金髪のイゾルデ」のことが忘れられず、「白い手のイゾルデ」と夜を共にすることはなかった。
トリスタンは大怪我を負い、助かるためには「金髪のイゾルデ」の力が必要だった。トリスタンは、「金髪のイゾルデ」を呼びに行く人に、「帰りの船に金髪のイゾルデが乗っているなら白の帆を、乗っていないなら黒の帆を掲げてくれ」と頼む。そして、帰りの船がやってきて、トリスタンは動くことすらままならぬので、「白い手のイゾルデ」に帆の色をたずねた。「白い手のイゾルデ」は、嫉妬のあまり、白い帆が張っているにも関わらず「黒の帆です」と告げ、トリスタンは絶望のあまり、「金髪のイゾルデ」がやってくる前に死んだ、という。
これが「トリスタンとイゾルデ」におけるトリスタンの話である。
アーサー王伝説においては、ランスロットと並ぶほどの騎士であると称されている。しかし、途中で、「金髪のイゾルデ」と駆け落ちし、以降、物語には登場しなくなる。
「その槍から感じられる脅威に、思わず《本能の覚醒》が発動してしまいました。ここは、私も戦いましょう。連携です。私が動きを合わせますので」
紫炎が、武道の構えを取った。少し妙な構えだが、それが古武術の構えなのだろう。まあ、近接格闘の紫炎と中距離武装の俺。まあ、両方近接にならずに済んだだけましか。
「あまり女の子に前に立って戦闘して欲しくはないんだけどな……。仕方ない、か」
俺もまた、槍を構える。