04話:銀朱の時
ガタン。そんな音がした。まあ、むろんのことながら、使用されていない教室には鍵がかかっている。
秋世は開いているものと思い、普通の勢いで開けようとしたため、少しダメージを食らった。
「あ~、先に職員室で鍵を貰ってくるべきだったな……」
実は気づいていたのだが、あえて言わなかった。まあ、実際、言おうが言うまいが俺には関係ないし、時間が余計につぶれてくれるならありがたいし。
「気づいてたでしょ!わざとらしい言い訳はいいわよ!」
どうやら気づいていたことに気づかれている。なぜバレたのだろうか?顔に出ていたか……?
「もう、面倒ね!」
そう秋世が言ったとき、目の前が赤色……いや、赤というより、朱色。しかも眩い、そう銀朱色に光った。
その目が眩んだ一瞬で、俺は、気づけば、第4選択教室の中にいた。紛うことなき第4選択教室だった。
「さて、と」
秋世が、ドアの鍵を開けた。何の意味があるのか分からないが、鍵を開けた。しかし、今のは何だ?何が起きた?
俺の体を移動させた?物体浮遊、意識の移動、霊体的接触、幽体離脱、……方法は、数多浮かぶが、これは、おそらく……
「空間転移の一種か。それも、複数人数の移動も可能。移動距離は、実例が少なくて分からないが。しかし、これはどういう作用だ?空間を無理やり移動させたにしては抵抗がなさ過ぎる。
α点の空間とβ点の空間をそっくりそのまま入れ替えたにしては空気も変化無しだな。多少なりとも変化があるのだから整合性を取るために何かが起こっていない。つまりこれは外れか。
だとしたら、あの光を浴びた物体が、別の場所へ移動して……。そうなると、発光時に同時に移動先に光が発生しているのか?それともα点で発光し、移動してβ点で発光するのか?タイムラグがなさすぎて分からなさそうだな……」
俺が、頭の中で先ほどの現象について考えていると秋世は、少し苦笑気味だった。
「流石は歩く図書館三世ね。言ってることがさっぱり分からないわよ」
「え、俺、声に出してた?」
どうやら気づかないうちに声に出てしまっていたらしい。まだまとまっていない、結論の出ていない考えを聞かれるのは恥ずかしいな。
「ええ、声に出てたわ。ちなみに、今のが私の能力よ。これで、私の歳、信じてもらえたかしら?」
くすくすと笑う秋世。ふむ、50歳か。オバサンだな。
「いま、オバサンって思わなかった?」
す、鋭いな。いや、怖いな。しかし、この超能力者の秋世が、ウチの両親とじいちゃんの知り合いだって言うのだから、もしかしたらウチの両親も……。
「まあ、そう言った力があるのは分かった。それで?俺に何の話だよ」
俺はとっとと本題に入りたい。色々と面倒だからな!
「話って、言っても簡単よ。貴方に提案があるのよ」
提案?何だ、そりゃ。
「紳司君、貴方、生徒会に入らない?」
……、暫し、理解に時間がかかってしまった。数分とまでは言わないが、数刻、俺は理解できなかった。
なんて書くと重大な話みたいだが、そんなことは特にない。生徒会、と言っても特にこの学園での重要性は感じられない。
「何で俺が生徒会に入らなきゃなんないんだ?」
一応、聞いてみる。
「貴方のお父さんは、生徒会の会計だったのよ。それにお母さんは会長ね。貴方のお祖父さんも会計ね。お祖母さんは副会長」
……、それが俺に一体何の関係があるのだろうか……。
「貴方が、開花しようが、しまいが、貴方の知識は、絶対的に必要になるわ。私は生徒会の顧問を務めることが決まっているし、現在の会長、副会長以外の職は全て空席。書記には静巴さんを入れる予定だから、やっぱり貴方は、会計に入れたいのよ」
俺の知識が必要になる、ね。
「言っておくが、俺は秋世が思っているほど博識ではないぞ。俺の知識も上辺だけの物の方が多い。その辺のネットに転がっている知識や、趣味で呼んだ聖書やらの知識だけだからな」
そう、俺の知識は、そんな程度のものだ。
「だから、」
「だから知識の量なんてものは、幾らでも補えるし、今の時代、スマホ一つあれば、大抵のことは調べられる。どれだけ持っていても意味をなさない。むしろ大事なのは、秘匿情報や、信じられていない裏側に対する知識の方だ、とでも言いたい?」
俺の言おうとしていたことをズバリ言われてしまった。こいつ、エスパーか?これに関してホントに驚いた。
「まあ、そういうことだ」
そう言うと、秋世は「うふふ」と笑った。ちょっと不気味だ。
「私は、そんな感じのことを言われて、確か、こう言ったわね。『そうね。そう言う方面もある。けれど、調べる手立ての無い状況や、それこそ、未開のジャングルに放り出されて、そんな状況で活かせるのは、自分の覚えてる知識だけ何てこともあるわよ』、と」
ふむ、正論ではあるが、前にも言ったことがあるような言い方だな。まさか、俺と同じことを言っていた奴がいたのか?
「全く、王司君と紳司君はそっくりね。言ってることがそっくり。あと、私を呼び捨てるのと、タメ口も」
父さんかよ!あ~、どうやら、俺の知識欲は父さんに似たらしい。知りたいことが合ったら調べる、なんてことをしていたうちに、割りと知識豊富になった節はある。
「しかし、まあ、そんな常識外れの能力がある奴が顧問なんだ。それにお前もそれなりに知識があるように見える。俺は要らないんじゃないのか?」
秋世は50歳越えだという。それなら俺よりも知識があってしかるべきだろう。むしろ、俺よりも知識がなかったら、50年間何やってたんだ、と言いたくなる。
「たしかに、私にも知識はあるわ。でも機転が利かないのよ」
つまり、知識はあるが応用は出来ない。典型的な記憶タイプの人間である、と言うことだろうか。俺もどちらかと言えば、そちらのタイプだ。
「それに比べて、おそらく、貴方は、私よりは、応用が利くでしょう?」
まあ、おそらくと言ったとおり、実際にそうなのかどうかはまだ分からないな。俺も緒戦は、一介の高校生だ。言うなれば、ただの高校生だ。
いや、待て……
「そもそも、たかだか高校の生徒会に入会するのに、なぜ、それほどに知識を欲するんだ?」
そうただの高校の生徒会。別に、異能バトルの舞台ではないと思いたい。生徒会や部活で異能と戦うなんてことがないと思いたい。
「あら、説明が要るの?王司君は自力で、いえ、それよりも前に、すべて分かっていたみたいだけど」
父さんは父さんで、俺は俺だ。一緒にされても困る。ただ、やはり、前々からうすうす勘付いていたが、やはり、この町は、おかしい。だから、やっぱり、そういうことなのか。
「まさかとは思うが、この町は、異能の生まれやすい土地で、それゆえに、警察や学園がそれらを積極的に庇う、あるいは監視する役目を持っていて、その中心的なものが、この学園の生徒会であり、だからこそ知識が必要で、俺を欲している、と言う妄想じみた、あるいは空想じみた、そんなことがあるわけがないよな」
俺は、気づいていた。この町にある警備会社の数の多さ。警察官の巡回の数、あるいは、階級の高さ。この学園の編入、留学者の数。
いや、でもさ、そんなことがあるわけがない。秋世のような奴がいるかも知れないけど、それはごく一部であって、そんなにいてたまるか。
だけど、秋世の答えは、俺の願っていた回答とは違った。
「ええ、そうよ。全く持ってその通り。この町はそういう町で、この学園はそういう学園なのよ」
俺の求めていた答えは、「そんなわけがないじゃない、妄想乙」と言うものだったのだが、空気が読めない秋世は、平然と言ってのけた。
「はぁ、いやな予感はしていたんだよ。今朝、夢を見たときからずっと、今日はきっと最悪な一日になる予感はしていたんだ」
そう予感はあった。だが、静巴との出会いや、秋世の50代発言ですっかり薄れていた。しかし、予感的中だ。
「しかし、生徒会か」
そこで、俺に閃くものがあった。そう、生徒会だ。秋世があんな前振りをするから、すっかり忘れていたが、現在の生徒会長は市原先輩だ。美人で有名な。
たしか、市原先輩の名前は、先ほど、静巴が教室に入ってきた時にも心の中で思っていたはずだ。市原先輩、櫛嵩先輩、倉敷、ファルファム先輩、天導。この5人の名前を。
そして、市原先輩が会長でファルファム先輩が副会長。どちらもとても美しい先輩だ。美女だ。美少女だ。美女と学園生活をエンジョイできる……。これは、……あり、だな。
「まあ、いい。生徒会には入ろう」
美少女がいるのだ。入らない選択肢はあるまい。そんな理由で決めて良いのか、と思うかも知れんが、いいのだ。
何せ、金髪美女見たさにこの学園を選んだ俺だ。ましてやファルファム先輩と言う金髪美女がいると言うのに、入らない選択はあるまいて。
「急に、驚くほど分かりやすく入会の意思を示してきて、なんか怖いんだけど……。なんか、どことなく清二さんを思い出すんだけど、なんだろ、この感じ」
そんなことを秋世が言い出す。はて、どうかしたのだろうか。急に自分で自分を抱き寄せた。
「思い出した。私や姉さま……姉さんの……を見てたときの、あの目に似てる」
何を見ていたときだろうか。なんとなく「胸」と聞こえたような気がしないでもない。じいちゃん、何やってんだ……。そりゃ、母さんにもじいちゃんの知り合い=女って思われるようになるわ!
「もしかして、生徒会の女子が美人だからって理由だけで入会、決めてないわよね?」
ジロリと、まるで俺のことを睨む様にして、秋世は俺のことを見た。ふむ、あまり胸はないな。そんなことを思っていると、じいちゃんと同類視されかねないので、すばやく目線を上に上げ、秋世の顔を見つめる。
「俺がそんな理由で決めるとでも?」
「私の胸を見てから言っても、全く説得力がないんだけれど……」
即答された。そして、バレていた。秋世にはバレバレだったようだ。そんなに凝視したつもりはないんだが……。