39話:陽と陰と(後編)
俺は、不敵な笑み、というよりも笑いが堪えきれずニヤついた顔で、紫炎を見た。向こうは、驚き、俺を観察するように見ていた。俺の本質を探ろうとしているのだろう。
気がつけば、紫炎の瞳は翠色に輝いていた。間違いなく、先ほどまでは翠がかった黒い瞳だったのに、だ。それに気のせいか、紫炎から発せられる気配の密度が濃くなったようにも感じる。
紫炎がなんらかの力を使っているのは明白だ。《古具》か……?あるいは、他のなんらかの力を持っているのか……。
「《本能の覚醒》です。どうやら、私の本能が自動的に青葉君を危険だと判断して発動させたようです」
「survival.instinct」。サバイバルは、生き残ること、インスティンクトは本能だ。生存本能、という訳が一番分かりやすいだろうか。どうやら紫炎の危機感とリンクして発動するらしい。
「そして、この能力が発動している間、私は、五感や身体能力が著しく強化され、人間の限界を超えることが出来ます。まさに危機に発動する火事場の馬鹿力の如く」
なるほど、身体強化系の《古具》か。古武術と身体強化、バランスが取れているんじゃないのか?
「しかし、その能力があれば、自分で攻撃すれば、攻撃系の《古具》使いを探さなくてもいいんじゃないのかい?」
わざわざ《古具》の系統を絞って探していたら、それだけで手間になるだろう。ソレだったら、別に攻撃系に限定しなくても様々な応用が利くはずだ。
「いえ、私は、攻撃系の《古具》使いでなくてはダメなんです。もちろん攻撃系を持っていれば、他の支援も混ざっているような《古具》でもいいんですが……
その点で言えば輝でもよかったんですけれど……、第五・星死鎌《リオーネ》、第三・星双剣以外は、ほとんど使い物にならなくて……」
リオーネ……、おそらく獅子の大鎌からきているんだろうな。そして、カスターとポルックは双子座の元になったカストールとポルックスから、か。
「そう言った点で言えば、俺の《古具》とも相性は悪そうだね」
さて、もう、向こうにかなり警戒されているから、情報開示する、しないはほとんど関係ないだろう。何を言っても疑うはずだ。
「青葉君の《古具》?」
俺の《古具》に興味を持ったらしいな。まあ、この状況で、自分のパートナーに見合う《古具》の情報は欲しいだろう。
そうだな、ここは、少し誤魔化しつつも言うか。
「《無敵の鬼神剣》と《帝釈天の光雷槍》。俺が《古具》を使うことで出現させることが出来る物さ」
カフェで実際に出現させるわけにもいかないので、俺は、口頭で出来るだけのその力について説明をする。
「《無敵の鬼神剣》は柄が赤く緋色の布が巻かれた大剣。《帝釈天の光雷槍》は雷を放つ槍状の武器。メイン武装が《無敵の鬼神剣》で、支援用に《帝釈天の光雷槍》って使いかたもできる」
あくまで、それが俺の《古具》だ、と断言はしていない。それにそういう使い方もできる、というだけで、そう使うとも言っていない。
「剣と槍……?
まさか……、いえ、でも……。
あ、青葉君は」
何故だか急に考え込むようにブツブツと言い出した紫炎。一体、どうしたというんだろうか。
「大剣……、剣帝・青葉の一族なんですか?」
剣帝……?はて、一体全体、俺は、いつ剣帝などと呼ばれるようになったのか、と思ったが、よくよく聞けば、一族、なので、俺の先祖が剣帝と呼ばれていたのかも知れない、ということだ。
「蒼き血潮の一族……。もしかして、青葉君のお父さんは、あの、青葉王司さんなんですか?」
父さんの名前を知っている?しかし、「あの」ときたか……。どの、だよ?しかし、父さんの名前が有名なのか?
「チーム三鷹丘。かなり人数が少ないにも関わらず、そこに集まる面々は異常と言ってもいいほどの力の持ち主だ、と聞いています。
特に、その中でも、《切断の剣》を持つ青葉清二さん、二振りの大剣を持つ青葉王司さん、この二人は破格の実力者だ、と京都司中に名を轟かせています。
他にも、元司中八家の天龍寺家から天龍寺彼方さん、秋世さん。それに元立原家の青葉美園さん、南方院家の南方院ルラさん、《聖王教会》の長の聖騎士王アーサー・ペンドラゴンさん。
他にも多数、世界屈指の有名人が活動している活動団体、それがチーム三鷹丘なんです。《聖王教会》や他の組織などと並ぶほどには有名です。拠点が三鷹丘だっただけに日本人の割合が圧倒的に多いそうですが……」
紫炎の話を聞いて俺は少々驚いていた。なるほど、父さんの出張じみたほぼ帰ってこない仕事は、その「チーム三鷹丘」の仕事とやらだったのか……。しかし、名家ばかり集まっているが……、まあ、おそらく、京都司中八家とやらが知っているなら、《古具》か、あるいはそれに準じた力の持ち主達なんだろうな。
そもそもウチの家自体、父さんも母さんも何かワケありって感じだったのは薄々感づいていたしな。それにしてもじいちゃん、ばあちゃん、父さん、母さん、4人とも《古具》使いだったのか……。いや、《古具》使いだと確定したわけではないが……。
しかし、情報が少しばかり足りないな。まだ、「三鷹丘」と「青葉」と「名前」という3項目でしか合致をしていない。明確な証拠にはなりえない。まあ、おそらく100%、間違いないとは思っているのだが。
「俺は、俺だ。親が誰だろうと関係ないさ」
一応、それっぽいことを言っておく。俺は俺だ、ってなんのこっちゃ?話に脈絡もなさ過ぎるが、それっぽく言ったら紫炎はあっさりと「なるほどー」と深い話を聞いたような目で俺を見ていた。そんな羨望の眼差しで俺を見るなよ……。
「しかし、二つの《古具》使い、ですか?私、今までそのような話を聞いたことがないんですが……。
開花は、その人物が劇的な急変、感情の激動によって引き起こる現象だ、とは、《古具》使いに伝わる伝承の様なものです。例えば、急に訪れた幸福や圧倒的な絶望、そう言ったもので、《古具》使いは、《古具》に開花するのです。しかし、人生において転換期がそう何度も訪れるはずもなく、二つの《古具》に目覚める、なんていう実例は聞いたこともないんですが……」
なるほどな。その言い方だと、絶対にいない、とは言い切れない、ということだろう。しかし、この誤解は長引くと厄介そうだ。それゆえに、誤解を解いておくとしよう。
「いや、君の知り合いの鷹月という人と同様で、俺の《古具》が複数の物を出せるだけさ」
そう言うと、どこか腑に落ちたような顔をする紫炎。身近な例えを出されることで、より分かりやすかったのだろう。
「なるほど、納得しました。
おっと、長話が過ぎましたね……。そろそろ先輩達も部活に行くころでしょうし、有意義な時間をありがとうございました」
紫炎がそう言って席を立つ。俺は、それにあわせて席を立った。そして、紫炎に付き添うようにレジのところを通り、割り勘にしようと財布を取り出した紫炎よりも早く二人分の会計を済ませる。
「あ、青葉君、私、払いますよ」
紫炎は、こんなことを言っているが、俺は無論、金を受け取る気はない。基本的に女性と食事やお茶をした場合、よほど高額でない限り、極力自分で払うことにしている。それが男性の女性に対する最大限の礼儀だと思うからだ。
「いや、いいよ。女の子に払わせたくないんだ」
俺がそういうと、顔を朱に染めて、財布を引っ込めた。一応、俺も男なので格好をつけないといけないのだ。
「さて、学園まで一緒に行こうか」
俺は、笑いながら紫炎の手を引いた。紫炎は、一瞬、驚いたが素直に、俺に手を引かれるまま、カフェを出た。
学園へ向かう道中で、俺は、ふと、足を止めた。必然的に、俺に引っ張られていた紫炎の動きも止まる。何故止まったのか、と紫炎が怪訝な顔で俺のことを見たが、俺は、それよりも視界に入っている謎の人物達に目をやった。
「どうかしましたか?」
紫炎の声に、俺は、ローブを着て、フードをかぶった謎の人物達から視線を逸らさずに答える。
「あの二人。何だと思う?」
俺の警戒心を本能的に感じ取ったのか、紫炎は、俺の視線の先を見る。そして、数秒の沈黙。
「あのローブ、《聖王教会》のローブですね」
《聖王教会》……?ファルファム先輩の言っていた、あの《聖王教会》のことか。だとすると、本境地はイギリスのはずだ。なんだって日本なんかに来ているんだ?それにしてもやたら目立つな。
「とりあえず、無関心でいきましょう。何もしなければ、何も害はないと思うので……」
俺と紫炎は、手を繋ぎっぱなしなのも忘れて、ローブの奴等の横を、なるべく平静に歩きすぎる。
「Hey、1つ聞きたいんだが」
しかし、声をかけられた。どうやら男らしい。俺と紫炎が立ち止まる。そして、少々迷ってから男の方を振り向いた。
「What goes?」
俺が英語で適当に返したのに驚いたのか、男は、少々無言だった。しかし、男は、フードを取って、俺に顔を見せた。薄茶色の髪と蒼い目の青年だった。
「日本語で構わないさ。僕はイギリスから、ちょっとした用事でやってきたんだけれど、三鷹丘学園ってどこだか分かるかい?なるべくスチューデントに聞こうと思って探していたんだよ」
なるほど、学生を探していて、ちょうどそれっぽい年齢に見える俺と、制服を着ている紫炎に声をかけたのか。一瞬、《古具》使いなのがばれたかと思って驚いた。
いや、まあ、《古具》使いだとばれて困ることはないのだが、厄介なことは避けたいのだ。
「ああ、この道をまっすぐ行ったところにある。
だが、何のようだ……」
俺は、一瞬、睨むように見た。俺は、こいつ等の目的に心当たりがあった。
「ミュラー・ディ・ファルファム」
俺がその人物の名前を言うと、目を見開かせた。紫炎を巻き込むことになるが仕方ない。少し話をつけるとするか。
「場所を変えようか、《聖王教会》さん?」
俺の言葉に、俺をいぶかしみながらも男は頷いた。