38話:陽と陰と(前編)
春秋宴という先輩に会ってから数日。修学旅行まであと1週間、と言ったところだろうか。いや、まあ、正確には、あと1週間と1日。今日、日曜日を含め、残り8日。俺は、日曜日なので、その辺をぶらつくことにした。姉さんは、修学旅行の荷物を揃えに行く、と言って鷹之町の方へ行ってしまった。俺もついていこうとしたが、「はやてと生理用品含め買いに行くんだけど、あたしは良くてもはやては良いって言わないと思うから、今回はダメ」と言われてしまった。
てゆーか、姉さんも俺がついていくのを「あたしは良くても」て良いのか?ついていってもいいってことなのか、普段なら。
ちなみに、「そういえば、あたしはナプキン派だけど、はやてってタンポンかしらナプキンかしら。あ、でもキツイ日は、あたしどっちもするし、どっちも買っとくってのもいいわね。一応、重い日とは重なってないから大丈夫だと思うんだけど……」と女子特有の話をされたが、なんと答えたらいいのか分からないので、スルーした。
なお、姉さんの場合、重い日は月の真ん中、第二週に来るらしい。本人から聞いたのもあるが、パンツが……、げふんっげふんっ。
まあ、そんなことあって、俺は、この日、凄く暇をしていた。それゆえに、ぶらぶらと、三鷹丘学園の方へ歩いていたのだ。特に理由はない。なんとなく、そうしたかっただけなのだ。
ボーっと歩いていると、なにやら遠方からキャーキャーと歓声が聞こえる。うるさいな……。一体、何事だろうか。騒ぎの方を見てみる。
……。ウチの学園の女子だな。それも制服を着ているところを見ると部活に行くところなのか?
なにやってるんだろうか。少し気になって、近づいていってみる。すると、どうやら、女子が誰かを囲んでいるようだった。何人か、はしゃぎすぎてジャンプしてスカートがめくれているが、パンツではなかったようだ。艶のあるあの素材は、もしかして……、いや、確信はない。
もう一度めくれる。スカートに隠れて見えにくいが白の線も確認した。あれは……、競泳水着だ。
ということは、「競泳部」の部員達か。「競泳部」は「水泳部」と交代で屋内プールを使用している部活だ。大会などにも出場するために、「競泳部」は火、木と平日が少ない分、休日のどちらもの使用を許可されている。だから、今日も「競泳部」は部活なのだろう。着替えるのが面倒で下に着てきているに違いない。
なお、それで下着を持ってくるのを忘れてノーパンで帰る、などというイベントは起きない模様。
「どうかしたのかい?」
俺が、群がっている女子達の端の方にいた女子に声をかけてみる。俺に、偶然とは言え競泳水着チラを見せてくれた女子だ。
「え……」
俺が声をかけると、女子が振り向いてくれた。そして、振り向くと俺の顔を見て、固まった。どうかしたのだろうか。ちなみに、俺は制服ではなく普段着である。ナンパ男にでも思われてしまっただろうか、と俺が心配していると女子生徒が頬を染めて答えてくれる。
「あ、あの、い、市原会長とミュラー副会長が、偶然歩いていて、ファンの子がみんな群がってるんです……。あ、あの、青葉君ですよね。ウチの部の先輩達、たぶん、当分ここから動かないので、向こうでお茶でもしませんか?」
お?お茶に誘われてしまった。なるほど、この騒ぎはユノン先輩とファルファム先輩だったのか。ちなみに、先輩がいて、俺のことを君付けで呼んでいたのだから、俺と同じ2年生だろう。
「あ、私、明津灘紫炎って言うんですよ」
明津灘……?というと、この間、ユノン先輩の言っていた京都司中八家の一つ、【古武術】の明津灘家か。というか、明津灘紫炎……?確か、姉さんが鷹月って人の知り合いとかでウチの学園に居るって言ってたな。なるほど、ちょっと情報を収集するのもいいかもしれんな。
「ああ、ご存知の通り、青葉紳司だ。そうだな……、そこのカフェでいいかい?」
お茶の場所を提案した。紫炎は、まさかオーケーされるとは思っていなかったみたいで……まあ、俺がオーケーすることが珍しいんだが、意気揚々と俺の腕を引っ張ってカフェに入る。
ここで、一応、紫炎の容姿について触れておこう。長い茶髪を頭の頂点より少し下で結うアップポニーテイルの髪型で、髪はさらさらしている。顔立ちは整っているが、少しツリ目気味だ。瞳は少し翠がかった黒。【古武術】の、と付くからには武道をたしなんでいたのだろう。引き締まった身体に、少し筋肉質な腕と脚。しかし、それらは、彼女の腕や脚をよりしなやかに見せている。
このしたに競泳水着を着ているのだろうが、今は学園の制服だ。ちなみに学園を示すタイはつけていないが、式などが無い場合はつけていなくてもいい、と校則にもあるため許容範囲だろう。
そして、胸は、あまりない。あくまで、あまり、という言葉がつく程度にはある。Bカップくらいだろうか?いや、一概にカップで表すことが出来ないから、大体の目安として、あくまで俺の目測でBカップくらい、という予想にすぎないのだが。
「そういえば、青葉君は生徒会の役員、でしたよね?」
カフェに入り、席についたところで、紫炎が、そう話を切り出した。なるほど、生徒会役員が《古具》使いだ、というのは、意外と裏の世界では有名なのかもしれない。もしくは、ユノン先輩が《古具》使いであることは、同じ京都司中八家の人間なら知っているから、その仲間も《古具》使いなのでは?という発想かもしれないが。
「ああ、そうだよ」
俺は、あくまで、簡潔にそう答えた。《古具》使いであるとは言わない。まだ、相手が、本当に明津灘紫炎だ、という確証はないからだ。
「でしたら、知っていますよね。《古具》と呼ばれる力について」
紫炎は、そう言った。ふむ、間違いなく明津灘紫炎という人間なのかも知れない。まあ、俺には確認のしようがないからどうしようもないんだけど。まあ、ここは、あくまで、俺の情報をあまり開示しない方向で行くか。
「知っているよ」
そう知っている。持っているとは言っていない。あまりみだりに情報を提示すると、危険なことになる可能性も否めないからな。
「そうですか……。では、直接攻撃系、もしくは、間接攻撃系の《古具》を持っている人間を知りませんか?」
直接攻撃系か間接攻撃系の《古具》?
と、言っても、俺が知っている《古具》もたかが知れている。《紅天の蒼翼》、《破魔の宝刀》、《赫哭の赤紅》、《銀朱の時》、《黒刃の死神》、《星天の黄道》、《不死の大火》、《千里の未来》、《刀工の呪魔剣》、そして《神々の宝具》。
これら、10個の《古具》だが何系かを考えてみると、
《紅天の蒼翼》は不明。
《破魔の宝刀》はおそらく直接攻撃系(霊に対してのみ?)。
《赫哭の赤紅》はおそらく間接攻撃系。
《銀朱の時》はどちらかと言えば支援系。
《黒刃の死神》は直接及び間接攻撃系。
《星天の黄道》は姉さんに聞く限り直接攻撃系だが、他にもあるかもしれない。
《不死の大火》は不明だが攻撃系ではないらしい。
《千里の未来》は支援系。
《刀工の呪魔剣》は直接攻撃+支援系。
《神々の宝具》は直接攻撃、間接攻撃、支援、その他様々可能。
さて、となると、俺が不利になる物を除くとなると、俺のと姉さんのを除いて、直接攻撃系と間接攻撃系はユノン先輩、ファルファム先輩、鷹月って人、天姫谷の4人ってことになる。
「4人、だな」
俺は、紫炎に向かって言った。すると、紫炎は、少し驚いたような顔をしてから、慌てて、俺に聞く。
「4人もいるんですか?」
その問いに対して、俺は、どうやって言ったものか、一応他の奴にもプライバシーはあるしな、と思ったが、別にどうでもいいかな、と思い、言うことにした。
「市原先輩の《破魔の宝刀》、ファルファム先輩の《赫哭の赤紅》、姉さんの知り合いの鷹月って人の《星天の黄道》、天姫谷の《刀工の呪魔剣》だ」
俺が告げると、紫炎は、少し難しい顔をして、困ったように笑った。ふむ、今言ったのは気に入らなかったのだろうか。
「う~ん、市原会長は、家の件もありますし魔の物に関してしか直接攻撃性を発揮できないのが痛いですね……。ミュラー副会長も海外の方なので……。
あと輝の《古具》は私と相性が悪いのかうまくいかないのでダメですね。あと天姫谷家のお嬢様とも家の関係で無理ですし、そもそもあの人の性格が好かないので……」
輝って言うのが、鷹月って人の名前なのだろう。しかし、俺の知っているものが全部ダメなのか……。
「【古武術】の明津灘か……」
俺は、つい口に出してしまった。紫炎は、それを聞いたのだろう。少しばかり目を見開いて俺を見ていた。
「知っていたんですか?まさか、それを知っているとは……。市原会長からですか?それとも天姫谷のお嬢様?」
ふむ、これに関しては素直に言って構わないだろう。そう思い、素直に誰に聞いたかを告げる。
「市原先輩だよ。他の家のことも名前だけなら聞いていたかな」
俺がそう言うと、紫炎は納得したように頷いた。ふむ、納得されたらしいな。事実を言っているからなんらおかしいことは無いんだが、釈然としない。ちょっと人を煽りたい性分なのか、素直に言うことを聞くだけの人間は、何か面白みがない気がする……。まあ、だからと言って、素直じゃない子が好みのタイプか、と聞かれたら違うんだが。
ふむ、ちょっとこちらの情報も開示するか……。
「それで、明津灘の家は、古武術を使う自分を『陽』、それをサポートするパートナーを『陰』と呼ぶんだったよね。もしかして、君が攻撃系の《古具》使いを探しているのは、そのパートナー探しのため、かな?」
もちろん、この情報は、姉さんが提供してくれたものであって、ユノン先輩や天姫谷から聞いたわけではない。
「っ?!」
目を見開いて、驚いた様に……もとい、驚いて、顔を強張らせた。流石に、そこまで聞いているとは思っていなかったのだろう。
少し構える紫炎を見て、俺はニヤつきを堪えるので精一杯だった。