375話:運命の傍観者
世界のどことも知れぬ場所。いや、世界と称するのにも曖昧な、どこでもない、全ての中心の近く。アカシックレコードの中枢、根源魔力のすぐ傍ら、そこに5人……いや人と言う表現が正しいのかはともかく、人型が5体そこに居た。
「いや~、正直、ここに5人が揃うのっていつぶり?」
軽薄な態度で1体が笑った。どこかあざけるような、小ばかにするような怒りを煽る女性の姿だった。桃色の髪が鮮やかに見える。
「わたし達は人ではない、というべきなのか、迷うところがあるんですけど」
少し真面目な態度で言う緑色の髪をした女性。……着ている服の印象かどことなく若く、見えるのは気のせいだろうか。
「無駄話は控えるべき」
淡々と言うのは青い髪をした少女。赤いマフラーが特徴的な女学生のような外見をしている。
「わたくしとしては談笑も時として大事だとは思いますが」
丁寧な言葉で言うのは銀色の髪をした少女。年は、先の青い髪の少女よりもさらに幼く見える。なのにこの中でも一番しっかりしていそうなのはどうしてだろうか。
「まあ、いいんじゃにゃいのかにゃ?でも、本来の目的は忘れたらダメにゃ」
妙な語尾で言うのは曖昧な髪色をした猫耳を付けた濃紺の瞳の女性が言う。この不思議な空間に集ったのはこの5体だけだ。
「しかしにゃ~、ずっと外を回っているキレイんとナリアんが珍しく顔を出しているからにゃ、ここに引き籠ってるオオルんとビタキんは再会できてうれしいんじゃにゃいのかにゃ?」
そんな風に言う曖昧な神の女性に対して、残りは呆れた様な目をしていた。
「べっつにぃ~、あたしら姉妹って訳でもないのに、んなもん気にしちゃいないわよ。てか、ここに時間なんて言う概念が存在しないんだから、どれだけ外に居ようと、どれだけ中に居ようと、変わんないわ」
オオルんと呼ばれた女性がそんな風に言う。他の3体も同調するようにうなずいた。所詮、彼女らにとってはその程度の関係性なのだろう。
「前から思っていたんにゃけれど、何故に理が4で概念が1にゃのにゃ?不公平じゃにゃいかにゃ?」
集団で否定されて拗ねた曖昧な髪の女性はそう言った。
「と言うよりも、今回は、金糸雀の件で何があったかを話すために集ったのでしょう?こちらは哀戸先輩を待たせているので早くいかなくては。灰色の世界の方も終盤に差し掛かっていますからね」
キレイんと呼ばれた女性がそう言った。そうして、その空間での話は続く。
また、とある場所にある城。それもまたどことも知れぬ場所にそびえたつ魔城だった。
「にしても、世界の例外、ねぇ。俺らが九世界の例外だとするなら、あいつらは、新世界の例外とでもなるのか、いや、もしかすると、未来には旧世界の例外と呼ばれているのかも知れないけどな」
一人、玉座に座りそんな風に言う彼の様子は酷く滑稽に見える。そこに、玉座の間の戸を叩く音が響く。
――ドォオン、ドォオン
まるで砲撃が撃ち込まれているかのような轟音が響くが、玉座の彼はピクリともせずにフィンガースナップを鳴らすだけだった。
「【天魔の王】よ!また勝手に外出をして、身勝手が過ぎますぞ!それもガイアなどと接触するなど愚考でしかありません!」
扉から入ってくるなり、そんな風に玉座に向かって叫ぶ1人の騎士。鮮やかな紅い髪と美しい赤紫の瞳がとても特徴的な美男子だった。騎士にしては長く伸ばした髪を後ろで三つ編みにしている様子は女性と間違えても仕方がないほどだが、間違いなく男性だ。
「おいおい、そう怒鳴るなよ、赤い……なんだっけ、お前の二つ名、彗星だっけ?」
「違いますよ!そのような仮面の男といっしょくたにされては困ります。私の二つ名はそもそも、貴方が直々に与えたものでしょう?そんなことも覚えていなのですか【天魔の王】よ」
ベリアルを短縮した呼び名、ベル。真に親しき者たちは、彼のことをそう呼ぶ。天の王たる天神と魔の王たる魔王の2つを同時に関したことから呼ばれる【天魔の王】と言う名と共に。
「落ち着けよ、《赤い天使》。【天魔の王】にお小言は無駄だってのは幼馴染がよく知ってる。いや、逆効果だ」
黒髪黒目の美少年がそう言った。その瞳にはどことなく、重い力が宿っているようにも見えて、その全身からは【魔性】が噴き出していた。
「なんですか《黒い》……なんでしたっけ?二つ名って定着しないですし、20年に1回あるかないかの席でしか使わないし、偶にカッコつけて言おうにも思い出せないとか無駄過ぎませんか。それで、三連星でしたっけ?」
《赤い天使》と言う二つ名で呼ばれた青年が黒い少年に対してそんな風に言った。少年の方は首を傾げたが、逆に玉座の王が笑う。
「ばっかやろう、そりゃ、ジェットでストリームな攻撃をする奴らだろうが」
そう言って、玉座から飛び降り、《赤い天使》の肩を踏みながら騎士、皆の後ろへと降り立った。その行動の意味不明さに皆が首を傾げる中、《赤い天使》のみが言う。
「俺を踏み台にしたぁ?!って、こんな状況でやるものではないでしょう。せめて私の後ろにあと2人ほど並んでから使ってください!」
怒るところはそこでいいのか、と皆が疑問符を浮かべる中、王は、「とうっ!」と掛け声と共に跳びあがり、再び玉座にストンと座った。
「んで、《漆黒の騎士》、お前がいつ、俺の幼馴染になったんだよ」
王は面倒くさいものを見るような目で、黒い少年にそう言った。《漆黒の騎士》、その二つなよりも前に、この姿に転生する前に持っていた二つ名はもっと有名なものだ。そして、それこそ彼の纏う気配に関係がある。そうかつての名は【黒騎士】。最強の騎士として名高い存在だったのだ。
「いつって、お前なぁ~、何度転生を繰り返しても、俺とお前は戦う関係に生まれるんだよ。んで、4回前だ。忘れもしねぇよ。俺んちの隣の家に生まれたお前はできそこないの龍騎兵で、俺は女ながらに最強と言われた龍騎兵。俺がヒャッハーしている間に、覚醒しやがったお前が最強の武器を手にしてチート三昧。頭に来た俺がお前と戦って負けて『貴方、強いわね……とでも言うと思ったか、この屑。何回転生してると思ってんだ。次は容赦しねぇぞ【天魔の王】』つって俺死んだ。以上あらまし」
それは本当のことであり、そして、戦い続ける運命であるがゆえに、いまだにこうして何度も互いに転生を繰り返している。
「戦う運命とやらがあるとして、じゃあ、なんで先輩はここにいるんスか?」
金髪碧眼の美青年が《漆黒の騎士》に対して言った。その口調はガラの悪い後輩の様だった。
「テメェな、いくら実力あるからって、先輩舐めてっと怪我すんぞコラ!」
「いやだな、舐めてないッスよ、てか舐めたくもないッス。ぶっちゃけ、あんたはヤバイの筆頭なんスから自覚を持ってくださいッス。その気になりゃ、俺なんて瞬殺っしょ」
この集団の中で王を除けば《漆黒の騎士》と《赤い天使》は同率2位だろう。では1位は、というと、
「ええかげんにせぇや。ちゅーか、ほんまにうるさい奴らやな、これも主の性格がもろに出とるからやろな。ぁあん、何か反論せぇや、イツキ」
妙なエセ関西弁でからんでいる。
「だからイツキって呼ぶなよ、てかそのエセ関西弁は辞めろ。本当に辞めねぇとテメェのドたまかち割って、脳みそをぐっちゃぐっちゃに潰してハルキに飲ませるぞ」
「最終的に俺が不幸な目に?!」
《漆黒の騎士》が驚いていた。イツキと言うのは王のある転生の時の名前であり、ハルキはそのときの《漆黒の騎士》、そして、エセ関西弁の彼は
「え~、関西弁もだめなん?もう弾切れなんだけど」
とすんごいフランクなヨシトだ。いちおう、こんなのでも強いのである。とてもそうは見えないが。
「トップ3は仲がいいご様子で。それで、【天魔の王】、今回の件、早急に説明していただけるのですよね?」
「なんだっけ、乙女座な男の話だっけ?ミスターな武士道の話だっけ?」
「どっちも同じ人物じゃないですか?!と言うか、先ほどまで初代の話をしていたのに、急に別の年代に飛ばすのは理解に一瞬時間がかかるのでやめてください。せめて、『なんだ、男か』あたりから順に踏んでいってください」
何の話をしているんだ、この人たちは、と残りが冷ややかな目で見ていた。そんな王と騎士たちの会話はまだ続く。
とある世界の端の端。そこに、ある少女が立っていた。まっすぐに、空を見上げて。いつか、その空の遥か彼方、時間も空間も超えた先にいる、ある男を切るためにひたすら見上げる。それは、【魔城の王】の天敵。そして、【魔城の王】は彼女にとっても天敵であった。互いに互いが天敵、というのは矛盾しているようだが、生態系の頂点が2人出た場合は、そのようにしてつり合いが取れるものだろう。
「くくっ、くははははっ、なるほど、世界を揺るがすほどの何かの反動で、【力場】に宛てられて目覚めてしもうたのか……。だが、しかし、封印状態がそう簡単に解けるとは思えんが……」
海の底に沈んだ古館から上を見上げるその様子を常人が見たら、ありえない光景だと思うだろう。
「それにしても、どれだけたった?最後に暴れまわったのも随分昔だしのう」
全裸でボリボリと股を掻く。そんな彼女を表すのに的確な言葉が伝わっている。
――死せる■■■■■、ルルイエの館にて、夢見るままに待ちいたり
その夢が覚めてしまったのだろう。
「この感じ、そうか、あのクソったれな神の影響力もだいぶ弱まっているのだのう。そのせいか、この封印が解けたのも」
そして、彼女は、嗤うとともに、その手を天にかざした。海を通して見える朧な月に、【無貌の神】が手を伸ばす……
え~、これにて最終話、あとは登場人物紹介だけなのですが、数が数だけに時間がかかっているので、先に完結済みにさせていただきます。ここまでのご愛読ありがとうございました。次回の作品については、割烹などでいずれ予告などをいれたいと思います。
ここまで読んでくださった読者の方々、本当にありがとうございました。




