373話:夜に籠を啓く鳥 始まりの物語
※え~、本日2話目です(タイトル別名:九番目の吸血鬼)
深夜……と言っても、この地に喧騒は絶えない。いや、この地に限らず、どこへ行っても今や、深夜が喧騒に塗れているのには違いないのだろうが、それでも、この町は特に酷い。人間がろくに寝られなくなるのも仕方がないことじゃないだろうか。まあ、尤も俺には関係のなくなった話だが。
別に、この町が不良のたまり場だとか、会社や工場の所為でずっと騒がしいとか、そんな旧時代的な考えで喧騒に塗れているのではない。町を見れば、うじゃうじゃいるのが見て取れる。
魔人。人の形をとるが、人よりもはるかに優れた種族。腕力や握力などの膂力に優れ、また、種族特有の力をも持つ、人にとって恐るべき存在だ。そんな存在と人が対等な関係を気づけているのは、主に連盟と協会のおかげと言える。
西暦1999年12月31日、予言の日。この日、確かに世界は終わりを迎えた。重層崩界などと言う言葉を同居人は使っていたが、要するに重なり合って存在する2つの世界の境界が崩れて1つになってしまう現象で、本来ならば、ほとんどの確率でどちらの世界の成分もがぶつかり合って消滅するらしい。原理上、などと言われたが、それがどういう風な仮定でどういう風に証明された原理なのかは知らない。知りたくもないし、興味もない。
しかし、世紀末のあの日、1999年の終わりの日に、この世界は、新たな世界へと生まれ変わったのだ。
魔法使いと呼ばれる人間たちと魔人と呼ばれる人ならざる種族の者たちがこの世界にやってきた。地形もぐちゃぐちゃに入り乱れて、世界は大混乱に陥り、結果、それらが落ち着くまでに100年の歳月を要した。
そして2130年。この世界を支配するのは1体の吸血鬼と2体の獣王、2人の人間だった。1体の吸血鬼、不死王。2体の獣王、神獣王と魔獣王。2人の人間、魔導連盟の盟主と錬金術協会の会長。これらによって、この世界は平和になった。それまでの100年の間には戦争なんかもあったらしいし、それこそ大変な歴史もあったのだろう。まともな記録は残っていないがな。
尤も、不死王は1999年以降、稀に姿を見せることはあれど、ほとんど現れない故に、実質の運営は8体の真祖に任されている。
そんな、この世界の人間なら当然の常識を同居人に話したのはつい先日のことだ。同居人は、「重層崩界」などという変な言葉を知っていながら、この世界に関するありとあらゆる知識が欠落していた。まるで過去から来たかのような、そんな風を思わせる人だった。
さて、その同居人はと言うと、現在はベッドでぐっすりと眠りこけていることだろう。俺は、その同居人が食い散らかしたせいで空になった冷蔵庫をどうにかするために、コンビニへと向かっているのだ。
夜は吸血鬼や夜行性の獣人の領分。人間が勝手に出て襲われても文句は言えないだろう。上位の吸血鬼、それこそ真祖や貴族なんかになると、吸血なんていう行為は、生きていく上で必須ではない。貴族はともかくとして真祖に至っては、吸血鬼の弱点と言われている日光、十字架、流れる水、にんにく、聖水はおろか、胸に銀の杭を打たれても平気だし、招かれなくても建物に入ることができるだろう。
ただ、下位の者たちは違う。吸血行為とは人間でいうところの性交と食事を一片に行うようなものだ。理想の食事とも言える。
現在の取り決めでは、所謂献血のような感覚で、人間が吸血鬼に血を与えるような店もある。まあ、当然、人間側にも見返りはあるわけだが、その辺は、吸血鬼が人間と変わらないような体の構造をしていることからも想像はつくだろう。
さて、では、このような時間に人間の子供……17歳と言えば、もう子供とも言いづらいが、吸血鬼のような長命種には人間は大抵子供のようなもの……だが、それがうろついていたらどうなるか、と言うと
「そこのキミ、こーゆーのに興味のあるお年頃?それとも自殺願望?」
指を丸めて作った輪に人差し指を抜き差しする女。吸血鬼だ。獣人や吸血鬼、淫魔と言った魔人は、膂力もさることながら嗅覚なんかも人間を遥かに凌ぐ。それ故に、相手に人間の臭いが染みついていたら人間と判断するのだ。
ただ、俺がジロリとその女吸血鬼を見る。その瞬間に、女吸血鬼の動きが完全に止まった。そして、焦ったように冷や汗を流し始める。
「き、キミ、もしかして?」
女は後ずさりして、足早に去っていく。俺は、その吸血鬼のことを振り返ることもせず、ただただ、コンビニへと向かったのだった。
「らっしゃーせ」
気怠そうな声で対応する店員は獣人だ。屈強そうな体格だが、夜行性の動物の獣人種なのだろう。俺はおにぎりとパンを適当にカゴに入れ、お茶と水のペットボトルを取るとレジに並べた。
「2600円だ」
俺は、2600円ちょうどを出すと、商品を受け取った。その瞬間、獣人が俺のことを訝し気に見た様な気がしたので、見返すと、
「あ、悪ィ、なんでもねぇーぜ、旦那」
慌てたように獣人が取り繕った。俺は何も言ってないだろうに……。まあ、いいさ。ゆったりと、俺は、コンビニ袋を持って外に出る。まだまだ夜は深い。天高く昇った月がその証拠だった。
翌朝、俺は、昨日の夜買ってきたパンを貪りながら、同居人の目覚めを待つ。豪快に脱ぎ散らかしながらソファで寝ている茶髪の女こそ、俺の同居人だ。名前は知らない。
「おい、起きろよ、先生」
俺は先生と呼んでいる。いや、呼ばされている、だな。出会ったときに「そうね、私のことは先生とでも呼びなさい」と強要されたのだ。
「んぁ~、何よ、綺桐」
先生は、俺をそう呼んだが、残念ながら、俺の名前は綺桐などと言う名前ではない。俺は、先生に呆れたように言う。
「だから、俺は何度も言うように……」
俺の言葉を遮って、先生が言う。
「じゃあ、彰?」
あくびをしながらそう言う。何人浮気相手がいるんだ、この人は。
「啓鳥だよ。夜威啓鳥」
俺、夜威啓鳥は天涯孤独の身である。家族は幼いころに亡くした。唯一の支えであった祖父も他界し、天涯孤独となった。そして、しまいに変なことに巻き込まれたところを拾ったのがこの先生だったというわけだ。
「あ~、ケートか……。ふぁあ、そうだ、糸使いの所為で彰んところを出てから、綺桐を育てて、ここに来たんだったわね」
育てるという表現からして、綺桐ってのは俺と同じように拾われた人間のようだ。初めて会った日に「夜威?綺桐のところの親戚かしら」と言っていたので、非常に珍しいことに、その綺桐と言う人物も俺と同じ「夜威」と言う姓だ。しかし、うちの親戚は1人も残っていないので本当に偶然だろう。
「先生、とにかく、ここに飯置いとくからな……コンビニおにぎりだけど。じゃあ、そろそろ愛が迎えに来るだろうから」
その言葉にタイミングを合わせたかのようにピッタリ、ピンポーンと言う古めかしいチャイム音が鳴る。2130年、22世紀となった今ですら、先生曰く「21世紀と大して変わんない」そうだ。先生は20過ぎそこそこにしか見えないのに、21世紀の何を知っているんだろうか。
「はいは~いっと、おはよう、愛」
「あら、起きてたんですの?最近は早起きですのね?」
俺を迎えに来た女性、雪華堂愛。簡単に言ってしまえば俺の幼馴染だ。俺の両親が存命の頃からの知人で、愛の両親とウチの両親は親しかったそうだ。今でも、俺に少しお金を送ってくれている。
「まあな。いろいろあるんだ」
そう言って、玄関を出ようとして、愛が目ざとく反応した。何かあっただろうか、と思い玄関の方を振り返る。特に何の変哲もない玄関である。
「ねぇ、啓鳥ちゃん、あの靴はどなたのですの?」
それは先生の履いているパンプスである。特におかしなものではないだろうが、何をそんなに気にしているのだろうか。
「ん、これは……」
説明しようとする俺の声を遮るように、リビングの方から大きな声が響いてきた。
「あ、ケート!帰りにビールとつまみ買ってきて!」
昨日さんざん飲んで食い散らかしただろうが……。そう思うも、仕方なしにため息をついてから答える。
「はいはい、分かったから、ビールの缶とか食ったチップスの袋とかちゃんとまとめとけよ。あと、せめて服を着て寝てくれ」
と言って、愛の方を向く……と、愛が鬼のような形相をしていた……ような気がした。そして、なぜか、ものすごい満面の笑みで、俺に言う。
「あ、あのぉー、啓鳥ちゃん。今の声は、どなたですの?」
そういえば、先生が同居していることを愛にはまだ話していなかったな。愛は、時々家に来て料理を作ってくれることもあるから、紹介しておいた方がいいだろう。
「ああ、先生だ。じいちゃんが死んじまったけど、あの人が面倒を見てくれることになったんだよ」
そう言うと、愛は、たらたらと汗を流し始める。そして、ヅカヅカと家に上がり込んでしまった。
「ちょ、愛?!」
愛が行ってしまったので、俺も後について、靴を脱ぎ散らかしながら上がる。いったいどうしたんだよ、愛のやつは……。
「な、なんというハシタナイ格好ですの?!ま、まま、まさか、そのだらしない格好で啓鳥ちゃんをゆ、ゆゆ、誘惑など」
「なんで、私がケートみたいな餓鬼を誘惑せにゃならんのよ。私ゃ子持ちで旦那もいるってのよ。こいつの面倒を見てんのは単なる善意と、役割ってだけ」
あ、先生子持ちだったんか。まあ、20歳そこそこでも子供がいるのはおかしな話ではないだろう。でも、ほったらかしで大丈夫だろうか。
「では、啓徒ちゃんの面倒はわたくしが見ますので子供の面倒を見に帰った方がいいんではないですの?」
「あのねぇ、旦那は無職みたいなもんだし、私ゃ、私で、こうやって糸使いから隠れながらケートみたいなのの面倒を見て、局から金貰ってんのよ。それに、娘ももう11歳くらいよ。2人で面倒見なくても十分にやっていけるでしょ」
……旦那が無職とか、俺みたいなのを面倒見て金を貰ってるだとか、いろいろ驚く話はあったが、それよりなにより、娘が11歳ってのに一番驚いた。
「あ、あなた、一体、おいくつですの?」
愛の訝し気な声が妙にリビングに響いた。
え~、2話目というか昨日更新できなかった分が今日に回ってきただけのような気がします。




