367話:神翼のメルティア 始まりの物語
「なぁ、七峰。俺は、思うんだが、ギャルゲの主人公って節操なさすぎないか?要するに可愛ければ誰でもいいということだろ?」
そんな風に話しかけてくるのは、俺の友人の八王子湊だ。ギャルゲと言っているが、港は特にオタクと言うわけでもなく、面白いと勧められたものを集めるタイプの人間である。
「んー、そうか?現実でもそんなものなんじゃないのか?考えてもみろ、一般的な男子高校生が、女の子と肩が触れたり、手を握ったりなんて言うイベントを積み重ねて、なおかつそれが可愛いんだ、その子に振り向かないよほどの理由がない限り好きになると思うんだがなー」
そう言いながら、俺は港に借りていたギャルゲを返却する。普通の学園恋愛ものだった。特に可もなく不可もなく、と言うのがネットの評価。
「何、もうやり終わったのか?攻略対象が10人でさらにトゥルーエンディングもあるというのに……」
湊は驚いていたが、確かにその通りで、俺が借りたのは2日前の月曜。今日は水曜。そこまででできる時間が限られる中、10人をクリアするのは難しいだろう。
「あー、俺はベルちゃんしかやらなかったからなー」
ベル=ヴァーネットちゃん、10人の攻略対象の中で唯一の金髪だったし、しかも巨乳。この子以外にぶっちゃけ興味はなかった。
「はぁ……お前は相変わらずだな……。確か、俺と一緒に始めたソーシャルゲームでも、早々に3万課金してイリナちゃんを当てて、SR、SSRのイリナちゃんだけでパーティーを組んでたよな……」
その通り。俺は、無類の金髪好きだ。別に金色が好きなのではない。金髪の女の子が好きと言うだけである。そこに真偽は関係ない。例え偽物の染めた髪でも金髪であればやや心は惹かれる。
「お前の場合、女の子と何回肩が触れ合っても、手が触れ合ってもその子が金髪じゃなきゃ好きにならないんだろうな……」
「当たり前だろう!金髪であるか否かは、かなりの割合でよほどの理由に該当するに決まっているじゃないか」
この会話から分かるように、俺は、金髪巨乳の女性にしか興味がない。そのため、クラスの女子が告白してくるなんて言うイベントは、1回目の告白を断った時点で止んだ。昔からそうなのだ、俺は顔がいい方らしく、言い寄られるが金髪ではないから断る。それを一貫しているために、女子からは呆れられ、男子とも良好な関係になっているということだ。
うちの母曰く、「あなたのお父さんも金髪好きでしたね……資料によると」と、謎の発言をしていた。仮にも夫婦だったんだから資料によらなくても分かるだろう、と言いたい。「夫婦だった」と言ったように、俺の父は、現在行方不明、と言うより、俺と母さんを捨てたのかもしれないが、まあ、母さんが専業主婦なのに普通に暮らせているから、もしかしたら父さんからのお金が届いているのかもしれない。要するに詳しくは知らないのだ。
「ホント、なんで、お前はそんなに金髪好きなんだよ。何かあったのか?」
高校に入ってからの友人である湊は、俺の昔のことを知らなくても当然であるが、俺は、その質問に対する明確な解を持っていない。
「さあな、父さんもそうだったっていうから遺伝じゃないのか?」
そんなことを言いながらも父さんは母さんを選んだということであり、母さんは薄紫色の髪……色素の欠落だとかなんとか言っていた気がするが……なので金髪ではない。つまるところ、父さんは妥協したのだ。金髪好きを謳っていながら、金髪を諦めた。別にそのことを責める道理はない。そもそもそうしなければ俺は生まれなかったのだから。
だが、俺は絶対に金髪を諦めない。責めはしないが、反面教師にする。ゆえに、俺は何があろうと、金髪美女と結婚してやる。
そういえば、昔、母さんの知り合いだという茶髪のお姉さんがなんか、こんなことを言っていたような気がするな。
「君はよく彼に似ている。しかし、その運命はどちらかと言うと【鴉】に似ているというべきか。君はいずれ、金の天使と会うだろう。それは《悠久聖典》により決まっていることであり、そして、君がケテルの座についているということでもある」
意味は分からなかったが、その時、金の天使と言う言葉に興奮したのは酷く印象に残っている。確か……つ……つゆ、思い出せんな。そんな名前だったような気がするんだがなー。
ともかく、俺は、いまだに、その金色の天使とやらの降臨を楽しみにしているわけだ。しかし、今思い返してもカラスに似ているってなんだよ、とは思う。
放課後、俺は、家へと向かって歩いていた。無論、その道中は、金髪美人探しをしているが、そうそう見つかるものではない。今日もいつものように見つからないのだろう、と思って、曲がり角に差し掛かった時だ。揺れ輝く金の稲穂のようなそれが目に入った。一瞬のすれ違いだったが、間違いない……あれは「至高の金髪」だ。
いてもたってもいられない俺は猛然と彼女を追いかける。なぜ、髪しか見ていないのに女だと思ったのかは自分でもわからない。でも、そう分かったんだ。
「待ってくれ……」
俺は彼女を追いながら、思わずつぶやく。俺は、今、あれを見失うと、一生巡り合えないような、そんな気がした。だから、無我夢中で走り続ける。
――ズゥウウウン
何が衝突したような音が辺りに響く。それでも、俺は、彼女の後を追った。それが音の発信源だとしても、とにかく、俺は……。
「貴方が、この世界に【聖具】をばらまいている犯人……ってわけではなさそうね」
鈴の音のような可愛らしい美しい声が聞こえた。彼女のものだろう。直感的にそう思えたのだ。
「我は、この世界を変えるための手伝いをしているに過ぎない」
もう1つ聞こえてきたのは男の声だ。彼女はこの男と話している、という風に聞こえるな。内容の意味はよく分からないけど、とにかく、俺は、彼女に……。
そして、そこには――天使がいた。黄金の双翼、黄金の美髪、黄金の瞳、全てが金でしつらえられた金色の天使がそこに居たのだ。これがあの人の言っていた天使……ってやつなのだろうか。俺が、彼女に声をかけようとしたとき、男が何かをした。彼女に夢中で気づかなかったが、男は手に何かを持っている。
俺の眼前を何かが勢いよく通った。その瞬間、舞い上がったのは、美しい金髪。彼女は避けたようだが、その金髪は無残にも宙へと舞った。
――ヒラリ、ハラリ
黄金の羽と共に僅かに舞うそれが目に入った瞬間、俺の中のスイッチが切り替わる。あいつを許してはいけない、と。あの男を決して許すわけにはいかない。そう思った瞬間、俺の身体の中に湧き上がるものを感じる。俺は、それに身を任せた。
「――テメェ、俺の金髪に何してやがるッ!!!」
静寂の世界で、俺はそう怒鳴った。男と彼女の視線が俺に向けられる。俺は、あの男を決して許せない。だから……
「え、いや、え、大事なモンって、え?だ、誰?」
そんな彼女の言葉を聞き流しながら、俺は、その体の奥に眠るそれに手をかける。叫べば来る、そんな風に思ったから、俺はその名前を叫ぶ。
「来やがれッ!【永劫の神剣】ッ!」
俺の手に握られていたのは美しい剣だった。そして、俺の全身から噴き出した蒼いオーラ。体が軽い。
「【聖具】ッ?!」
俺は、俺の愛しいものを傷つけることだけは絶対に許さない。なぜだろう、俺から噴き出るオーラの中には、母さんが時々発する鋭さのようなものも感じられる。
「凄まじい剣気……何者だ、この少年は?!」
男がなんか驚いているが、そんなことは知ったこっちゃない。俺は、あいつをぶっ飛ばす。だから、うぉおおおお!
「吹き飛べや、この野郎ッ!」
【永劫の神剣】から、蒼い輝きが放出される。まるで、世界を飲むような光が、辺りを満たした。
「この力、【蒼刻】よね……、それに、この剣気……、彼は何者なの?」
あの男は、どこかに吹っ飛んでいった。俺は、剣をしまって、力を抜く。すると、オーラは自然と収まっていった。
「あ、あなたは、一体?」
「俺は、七峰青。あんたは?」
「私?私は、メルティア。メルティア・ゾーラタよ」
こうして、俺とメルティア、蒼と金の運命の出会いが果たされた。




