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《神》の古具使い  作者: 桃姫
終語編
363/385

363話:狂想のオメテオトル 始まりの物語

※え~、本日2話目です。

 俺は、休日だから、家でのんびりしようとしていたのだが、ラノベの発売日であることに気づき、ネットで予約し忘れたことを悔やみながら、渋々外出を決意した。


 大手本屋、2階建ての広い本屋ではあるのだが、漫画などとまとめてラノベは2階にある。1階は一般的な小説と参考書、雑誌だ。雑誌が1階の、それもレジカウンターの目の前にあるのは、立ち読みが最も多いからだそうだ。2階には、漫画、ラノベ、あとはオカルト本やアダルト雑誌などだな。無論、仕切りはある。


 ラノベの新刊を手に取ると、レジにそれなりに並んでいることに気づく。あまりレジに並びたくないから、俺はオカルト本でも読んで暇を潰すことにする。


 何々、神々だとか天使だとかくだらねぇなぁ……。


 オーディン、ゼウス、オメテオトル、アフラ・マズダー、仏陀(ぶっだ)、いろんな神の名前が羅列されているだけの本。いや、軽く説明も書いてあるがな。しっかし、うさんくさい本だなぁ。他にも、占いとか呪いとかの本を流し読んで、レジが空いた隙を見計らって、会計を済ませる。これで、今日買わなきゃならんのは買ったな。さて、帰るか。そう思って1階に降りた瞬間、寒気というか悪寒というか、とにかく言い知れないなにかを感じたんだ。


「ああ、そうですわ。全員、殺してしまえばいいんですわ」


 その不穏な言葉とともに、その少女の影が、まるで形をぐにゃぐにゃと変形し、実体を持っているかのように、空気を裂く音をたてながら一気に広がった。


――ズバンッ


 奇っ怪な音とともに視界がブレ……あれ、声がでな……

 そこで俺は現実へと引き戻される。今のは一体……幻覚?いや、それにしてはリアルだったような……?


「……ッ?!」


 それは、ほぼ、反射のような形だった。影が変形し、広がった瞬間、転げるようにして避けていたのだ。


――ズバンッ


 音と共に、ボトッボトッと周りの人の首が落ち、そこから鮮血が勢いよく噴き出している。浮世離れしたその光景に、ただ、呆けて動けなかった。腰が抜けていたことに気づいたのは後になってからだ。


 そして、その鮮血を浴び、彼女自身の白い肌と、驚くほどに真っ白だった純白のドレスは、(あか)く、(あか)く、(あか)く、染まっていた。


 その狂気的な姿を見てもなお、芽生えた感情はただ、一つ。――美しい。それだけだった。血にまみれてもなお、美しいのではない。血にまみれた、その姿、血を浴び笑う狂気的な姿こそが美しいのだ。――猟奇的(りょうきてき)()つ幻想的。狂っている美しさに、眼も心も奪われたのだ。


「うふふふふっ、うふっ、あら、生き残りがいましたの?驚きですわ。わたくしの影犖万死(オメテオトル)を避けるなんて。もしかして、片割れ……いいえ、貴方からは、オメテオトルの気配はしませんもの。まあ、いいですわ。また、いずれ、鮮血の泉で会いましょう。うっふふ」


 そう言って女性は姿を眩ました。まるで影に呑まれるように影に包まれて、次の瞬間には消えていたのだ。俺は動けずに、ただただ、じっとしているしかなかった。







 そんな血にまみれた、……血みどろの出会いから、2週間。その間、俺は、警察から話を聞かれるなどの拘束を受けて、学校にいっていなかったのだが、ようやく解放されて、行けるようになったのだ。「また話を聞くことになるかもしれないから、その時はよろしく頼むよ」などと言われたのだが、あまり協力したくはないよな。


 さて、そんなことよりも、俺は彼女が誰であったのか、何であったのかが気になってしょうがない。ラノベでは、こういう時、俺は主人公で、あの子がヒロインなりライバルなりになるわけだが、そうなると自然に、あるいは不自然に、でも自発的になにもしなくても再会するって訳だ。だが、現実は甘くない。だから、俺は、過去に似たような事件がなかったかを調べることにした。


「あら、青葉くん、今日も図書室に来たの?」


 そういって俺の顔をマジマジと見る司書。まただ。どうかしたんだろうか。最初はハーフ特有のこの髪と眼が珍しいのかと思っていたが、1年も利用しているのに、もはや珍しいもなにもないだろう。


「いや、今日は読書ではなく調べ事をしに」


 俺が答えると、司書は「ふぅん、そう」、と髪を弄りながら興味無さげに言う。興味ないなら聞くなよ。


「そういえば、今、話題になってるわよ。君が先々週の集団殺人に巻き込まれたってね」


 噂にまでなっていたのか?普通に新聞に俺のことは少年Aとして載っていたはずだが。未成年だし被害者だし、で名前は公開されないだろう。生きてるからな。死んでいる人は報道で名前まで出ていたはずだ。


「そりゃあ、その時期に不自然に休んだのが君だけだったって話よ」


 不自然に休むってなんだよ。休むのに自然も不自然もなかろうに。自然に休むってのは病欠か何かか?いや、自然に休むのは与えられた休みに休むことだから土日のことか。だったら平日に休んだやつは不自然な休みで、俺1人じゃないと思うんだが。


「それに君は有名人だからねぇ」


 そんな風に言われた。それは知ってる。何せ、ハーフってだけで目立つからな。最初の頃は、教師たちにも先輩たちにもいろいろ言われたものだ。顔は父さん似だから日本人っぽいしな。染めていると思われても仕方がないかもしれない。


「ハーフってだけじゃないよ。成績優秀とか、文武両道とか、お母さんが金髪巨乳で若いとか、女が担任だと君を贔屓しちゃうから男を担任にすることになっている、とか」


 確かに担任は初老の男性教諭だ。天龍寺(てんりゅうじ)秋文(あきふみ)先生。でも、体調を崩して休みがちだから交代するとかなんとか……。てか、母さんのこととかどっから漏れたんだよ。


「おや、図書室で勉強ですか?」


 噂をすればなんとやら、天龍寺先生が図書室にやって来た。その背後には、赤みがかった黒髪の女性が立っている。


討華(うつか)、この子は教え子の青葉君だ」


 天龍寺先生は、俺のことを後ろの女性に紹介していた。ずいぶんと親しげだが知り合いだろうか。いや、まあ、一緒に居るし、呼び捨てだからたぶんそうだろうけど。


「この子が、青葉(あおば)宵司(しょうじ)君ね」


 …………?俺のことを知っているのか?どことなく、噂に聞いていた人物と初めて実際に会った、と言う感じがする。


「そう、秋世姉さんの――が彼だ」


 一部聞き取れなかったが、何て言ったんだろうか。小声で2人が何かを話しているようだ。人前で内緒話はマナー的によくないんだがな。


「紅司君の――、か」


 紅司?誰だ、それは。聞いたことないんだが。言い方からすると、そいつと俺が関係のあるような感じがする。知らないけど。


「青葉君、これは天龍寺(てんりゅうじ)討華(うつか)。私の娘でしてねぇ、私に代わって君の担任になってもらうことになってます」


 この人が新しい担任、だと……?ふむ、少し変わっているようにも見えるが、ふつうの女性のようだ。しかし、天龍寺先生の娘さんにしてはかなり若く見えるんだが、何歳の時に生まれたんだろうか。


「俺は青葉宵司です。……ん、どうかしました?」


 なぜかしかめ面の討華先生。俺は、なにか機嫌を損ねることを言ってしまったのかと思って問いかけた。しかし、返事は返ってこない。しばらくの沈黙ののちに、ようやく口が開かれる。


「【蓮華(れんか)が、咲いた】……?!」


 れんか?なんのことだろうか。討華先生は、慌てたように、俺を警戒する眼差しで見ている。その目つきは生徒に向ける先生のそれとはまったく違うように感じる。


「やはり、咲きましたか……」


 天龍寺先生が感慨深そうに呟いた。なんなんだよ。それが咲くと何かあるんだろうか。占いか何かか?


「貴方には死相(しそう)が付きまとっているという意味よ。地獄の加護、そして死者の加護と言うものを持っている」


 やっぱり占いの類なのだろうか、死相とか言われても2週間前に死にそうな目に遭ったばかりなんですが……?


「やはり、血筋なのかしら。昔、貴方のお父さんに会った時も同じことを言ったもの」


 え……、まさかの言葉に、俺は固まった。父さんに会ったことがある人が居るなんて……。滅多に帰ってこない、ウチの父さんは、母さん曰く、「あの人はいろんな人のために世界中を駆け回ってるの」とのことだが、帰ってこないどころか連絡すらない。だから、父さんの事情は貴重なのだ。


「父さんとはどこで?」


 俺の疑問に、討華先生は天龍寺先生と顔を見合わせてから、何かを確認し合うようにして、頷き、言う。


「私の実家で、よ。彼は、一度、大きな戦いの前に、天龍寺家に来たことがあって、その時に初めて会ったの。彼の強さは、その後にも聞いて、とどまるところを知らなかった、と言われるくらいね。まあ、お姉さんの方が強いらしいけど、裏方に徹しているのか、あんまり記録がなかったし」


 伯母さんが裏方に徹するような性格とは思えないんだが、というよりも、どちらかと言うと厄介事を起こしていくから名前が轟かないのはおかしい気がする。


「それにしても、流石は青葉の一族、しかも貴方の場合は、より一層濃く見えるわ。そして、その運命は、きっと……」


 その以後の言葉が紡がれることはなかった。





 俺の運命……それが何かは分からない。けれど、きっと、いや、絶対に言えることは、平穏は訪れないということだろう。それでも、俺は、……俺は、あの血塗れの彼女へと手を伸ばし続ける。俺が血にまみれても、何が血にまみれても、ずっと……ずっと……。そして、いつか、その手が、届けばいい。

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