362話:黒天白者―妖魔を絶つ者― 前日譚
※予定と順番が変更されています
これは、俺の物語の前日譚だ。そう言いきってしまうと、それよりも前の人生は前日譚にならないくらいにくだらないものだったのか、とも言うが、この俺、青葉裕司の人生にとってはおおよそそうである。この俺が、「黒天白者」と呼ばれるまでの人生は、おそらく、これまで母さんが通販で買ってきた似非ダイエットグッズなみにくだらないものだっただろう。それほどまでに俺の人生は、その後に比重が置かれる。それはそうだろう。今までののうのうとした日々と命がけの戦いの日々、どちらが刺激的で、物語足り得るかと言えば、後者に決まっているのだから。
だから、これは、俺がそののうのうとした日々から命がけの戦いの日々に足を踏み入れ始めてしまった物語。戦いの物語の前日譚である。
俺、青葉裕司は、高校1年生だ。今日も今日とて、いつもながらに家にいない父さんと、いつもながらに家に居る母さん、と言うアンバランスな家族に支えられながら、今日も平和に暮らしていた。鷹之町第一高校、母さんの話だと、父さんの知り合いがここに通っていたこともあるらしい。
とにかく、俺は、そこに通っている。なぜか、第二高校に進学することをやたらめったら薦められたが、断って、第一高校に進学した。何か、あそこは嫌な予感がしたからだ。人生をぶち壊しそうな、そんな予感がした。
こうして、俺は、呑気に学生生活を満喫していたのだ。あの時までは。
「なぁー、裕司。お前ってさ、最近噂になってるミュータントの噂、知ってるか?」
休み時間に、そんな風に言ってきたのは、友人の刀貴未希也、通称ミキだ。いつもくだらない話を持ち掛けてくる。しかし、ミュータント、ねぇ。いるわけねぇじゃん、そんなの。
「なんでも、奇妙な生物らしくてさ、キメラっていうの?なんかいろんな生物の特徴を持ったけったいな奴らしいんだよ」
それは、ミュータントじゃなくてキメラなんじゃないのか?そう思ったが、言うのも馬鹿々々しいので、適当に生返事をしておいた。
そして、帰り道。俺は、そいつに遭遇する。だが、ここははっきりと言っておこう。ミキの言う生物ではあるのかもしれないが、それはミュータントでもキメラでもない。情報は正確に伝えるべきだ、と本当に思ったね。いや、思ったところで、今更遅かった。
「鵺……?!」
顔は、何と言うかよくわからんが、胴体はタヌキで、両手足はトラ、ついでに尻尾の蛇が「シャー」と威嚇をしてくる。平家物語にも登場する妖怪である。
「ひょひょひょー。こりゃあ、ありがたい。今宵のメシはうまそうだ。ヒョー」
不気味な声で「ヒョーヒョー」鳴きながら、そう言った。今は夕方、今宵と言う表現にはふさわしくないはずなのに、気づけば周囲は真っ暗になっていた。急に夜になったように。
「ヒョー、ひょひょ。儂んことは知っとるようだ、食ろうたらどんな味だろうか」
舌なめずりをしながら、鵺は鳴く。流石に、マズいと感じた。人生で初めて、死ぬかもしれないと思った。……が、突如、怒声が響いた。
「なんや、カントーには、えらい変な動物がおるんやなぁ!あぁん!」
その妙な関西弁の方へと視線を向けると、真っ白な木刀を持った美少女がいた。昏色の髪を団子に結び、不敵な笑みを浮かべた少女だった。少なくとも、俺が今までの人生の中で、出会ったどの美少女よりも美少女だ、と思ったのは吊り橋効果とかそう言う感じのものかもしれない。
「おら、化けもん風情が、とっとと去ねや!おらっ、おらおらっ!」
木刀を振り回しながら、鵺を蹴ったり、叩いたり。しかもそれが鵺に聞いているっぽい。正直って、凄いと思った。この状況で、化け物に突っ込んでいって、木刀を振り回せるとか、凄すぎる。
「ひょー、びょー!なんじゃい、その木刀は!」
木刀?鵺は、どうやら、あの木刀を恐れているっぽい。当たる度に嫌がって、しまいには、どこに消えていった。空は、元の夕暮れに戻り、目の前には、ただ、少女が一人残った。
「おっし、こんなもんやろ。あ、ちょ、そこの兄ちゃん、今の、なんやったん?」
そこの兄ちゃんと言うのは、たぶん、というかおそらく、俺のことだろう。しかし、何って言われてもな、
「そんなもん、俺が知りたいよ」
「ふ~ん、さよか?その目、何か気づいとるけど隠してるちゅー目に見えんねんけどな」
何なんだろうか、この少女は。さっきまでの怪現象も当然気になるのだが、こいつの真意は、全くつかめないので、こっちの方が気になってしまう。向こうについては、そう言う存在がいる、と言うことで、決着がつくからな。
「ま、ええわ。ちゅうか、兄ちゃん、うちとどっかでおうたことあらへん?どっかで見た様な気ぃするやけど」
絶対に会ったことない。こんなキャラの濃い奴、会ったら忘れないだろ。少なくとも、人生で一度も見たことはないはずだ。
「知らないが……。そもそも、俺の身の回りで、関西弁を使うのは母さんだけなんでな」
母さんの関西弁も実家と話している時くらいだ。実家とは仲たがいしていたらしいが、気づけば元の状態に戻っているらしい。じいちゃんも頑固だけど優しいからな。ちなみに父方の祖父母には会ったことが無い。母方も、ばあちゃんは、俺が生まれるよりももっと前に亡くなっているそうだしな。
「さよか?ま、ええわ。それで、自分、名前、なんていうん?」
さっきまで兄ちゃんだったろ、なんで、急に距離縮めてタメになってんだよ。まあ、たぶん同い年くらいだろうけどさ。
「青葉裕司だ」
簡潔に答えてやる。すると、向こうは、「青葉……やっぱ、聞いたことあるような気ぃすんねんけど。どこでやったやろか」と首を傾げていた。
「それよりも、お前は、なんていうんだよ」
俺だけ名乗っておいて、向こうが名乗らないのは癪なので、そう言う風に聞き返した。すると、考えるのをやめて、少女はこっちをみた。
「あっと、すまへん。うちは、無ノ淵小豆って言うんや、よろしゅーな」
無の淵って変わった名前だな。それにしてもあずき?あづき?真ん中にアクセントがあったからあづきだろうか。
「亞、月?小豆?」
「あ~、そう、それや。亞に月で、亞月ってかっこいいやろ。うちもそっちの方がええんやけど、残念ながら、ちんまい豆っちゅーふうに書くほうや」
どうやら小豆という名前らしい。ちなみにだが、やっぱり聞き覚えはないな。しかっし、なんていうんだろうか、やんちゃなガキを彷彿とさせるような雰囲気を身に纏っているな。そのせいでせっかくの美少女っぷりが相殺されてしまっていて残念で仕方がない。
「それにしても、……、三鷹丘……、ここがあの三鷹丘なんやな……」
三鷹丘とは俺の住まいがある場所だ。学校は鷹之町市にあるが、隣の三鷹丘市から俺は通っている。帰宅途中だから、ここは三鷹丘市。だが、「あの」ってのは何だろうか。どちらかと言えば、三鷹丘市よりも空港やショッピングモールがある鷹之町市の方がよっぽど有名のはずなんだがな。
「なんちゅーか、初めて来たはずなやのに、懐かしい気ぃするわ」
いやいや、別にそんな郷愁溢れるような場所ではない。ただの一般的な街と大して変わった点もないだろう。しいて言えば、鷹之町市の隣だけあって国際色が豊かだったり、企業が多数あったりする程度のそんなものだけど。
――カツン、カツン
そんな少し高い音が響く。ハイヒールが地面を突く音だ。閑静な住宅街だからこそ、その音が余計耳についた。そして、ブロック塀の向こうに見えたのは、黒。漆黒のスーツを纏った茶髪の美女だった。っつーか、知り合いだ。いや、親戚だ。
「ったく、あー、もう、今日は変なのに絡まれる、とは思ってたけど、そう言うことなのね」
その美女は、20歳ほどの外見だけど、もっと年を取っていて、俺の父さんの双子の姉、つまり伯母さんだ。
「久しぶりね、裕司。そして……」
俺にそう言った伯母さんは、次に小豆の方を見た。何だろうか、伯母さんは、この小豆って女に何かあるのか?
「久しぶり、それとも初めましてかしら」
どっちなんだよ、とツッコミたいけど、伯母さんのことだから意味のある発言何だろう。この伯母さんは適当に見えて無駄なことはしない合理主義者っぽい部分があるからな。
「ん、どういう意味やろか?」
小豆の言葉に、伯母さんは笑った。それも嘲笑ではなく、普通に笑ったんだ。一瞬、幻覚かと思ったね。
「ふふっ、貴方、頭悪いって言われるでしょう?そしてガキっぽい。まさしくあいつそのものね」
あいつそのもの、という表現、もしかして、小豆の親とかとの関係者何だろうか。よくわからないな。
「まあ、これが運命と言う奴なら、それは相当いじわるってやつよね」
そんな風に笑いながら伯母さんは歩いていく。そして、この時より、俺の運命というのも意地悪な方へと転がって、そして、気づけば、俺は黒天白者などと呼ばれるようになるのだった。
え~、遅くなりました。課題提出が忙しかったので、といういつもの理由です。それと、本来、362話は、F→Tの話だったんですが、少々事情があって、363話の方を先に持ってきました。おそらく、371話の前までのどこかに入ると思います。




