361話:冥府の死神と聖浄の騎士 彼らの日常
「なぁ、お茶」
俺が呟くと、茶の間に座る3人のうち2人が、非常に面倒なものを見る目でこっちを見てきた。なんだよ、自分達が飲んでるんだからいいじゃんか。
「煉司、あんたは、あれか、一昔前の課長かなんかか?」
「青葉さん、自分のことは自分ですべきではありませんか?」
雑に言ってきた方は天使みたいなやつ、丁寧なのが死神みたいなやつだ。普通逆だろうに、何なんだろうな、こいつら。
天使……本人曰く「彷徨う戦人の魂を天界へ導くヴァルキリー」らしい。その自称ヴァルキリーのエル・フレック・ルフラーレと死神のフィリオラ・デスサイズだ。フィリオラは、なんか知らんが、あとちょっとで人間になれるらしい。普段から人間になりたいと言っている様は妖怪にんげ……もとい死神人間だろうか。
「もぉ、皆さん、一応煉司君は家主になっているんだから優しくしないと駄目だよ」
一番、容姿が幼いが、その実、曰く「鏡は、実は700歳を超えてるんです」と言う、自称年上の少女、秋雨鏡菜だ。なんかかなりイタい子らしく、自称魔法少女にこにこ∃ぷでぃんさんだ。
「おい、一番年下が一番大人な対応じゃないか。お前ら見習えよ」
魔法少女とか夢見がちなところは年相応だが、やっぱり対応は鏡菜が一番大人びていると思うな。
「いやいや、鏡菜ちゃんは年上っしょ。800歳だっけ、あ、いや7000歳だったっけ?ぷっ、くすくす」
「駄目ですよ、年上の方は敬わなくては」
「鏡は年下じゃありません!一番お姉さんですぅ!!」
3人が一斉に喋るから騒々しいな、このお茶の間。そもそも、俺の家なのに、どんどん俺の発言権が無くなっていくのってどうなのさ。まともに話を聞いてくれるのは鏡菜だけだし。その鏡菜も年下扱いするとこうなるし。
「そもそも、なんでお前らは人んちに居座ってるんだよ。親がいないのをいいことにさ」
そう、俺の両親は、行方不明……と言うより、どこにいるか分からない。年の離れた双子の弟と妹も存在が知らされているだけで俺と面識がないっていうおかしな家なんだよな。で、そこに上がり込んでるのがこの3人。
「貴方によって失われた私の力が回復するまでの、扶養は貴方が持つべきだと思います」
「う~ん、この家の歪んた空間は、この世界の特異点で、魔法の力を引き寄せやすいから、この周辺には魔法少女候補がいっぱいいて勧誘しやすいからかな?」
「あんたの力は、元々、あたしら天界の為のものだから、悪用されないように監視してるっていう名目」
はぁ……なんだってこんなことに俺が巻き込まれなくちゃならないんだろうな。あの日、俺は、ただただ、いつも通りに廃ビルの屋上にいただけだってのに……。
「そう言えば、鏡は、気にしていたんだけど、あの写真が煉司君のご両親なんだよね?」
そうやって、部屋の隅に飾ってある写真立ての写真を指差す鏡菜。そうだけど、なんか変なところがあるだろうか?
「あ~、煉司は父親似だね」
写真を見たエルがそんなことを言う。確かに似ているな。まあ、親子だから似ていても変ではないだろう。
「そう言うことではなくて、もしかして、お母さんは魔眼持ちだったのかなって言う話」
魔眼……?それってフィリオラの持ってるやつとかか?そんなことはないと思うけど、何だってそんなことを?俺が不思議そうにしていると鏡菜が逆に驚いたような顔をする。
「そんな不思議そうな顔をしないでって!普通に考えて蒼い眼と紅の眼って時点で相当おかしいって思わないの?今までそんな目の人間に会ったことある?」
そう言われてみれば、母さんはオッドアイってやつだったな。先天性の病気だったとかで、両目の色がおかしいらしい。けど、特に気にしていなかったからな……。
「天界じゃ普通だしねぇ……」
「魔界でも普通ですね」
鏡菜の主張は、あまり支持を得ていないようだ。まあ、うちの母さんを天使や死神と一緒にされても困るんだがな。
「え~、なんでみんなそんなに普通に受け入れてるの?う~ん鏡がおかしいのかな?でも、そう言えば、ウチのCEOも凄いから、そういうものなのかな?」
CEOって最高経営責任者のことだよな。なんの経営をしているんだろうか?まあ、鏡菜の妄想話に付き合っていても仕方がないのでおいておく。
「そう言えば、昔、俺の家にきた友達は、あれにビビってたな」
そう言って、飾ってある日本刀を指さす。あれって本物なんだよな。俺は触ったことがないけど、父さんの物らしい。
「そう言えば、いまどき日本刀を飾っている家も珍しくなりましたからね。昔、死神としてあちこちを回っているときは、腰に提げているひともいっぱいいたくらいなのにおかしなものですね」
フィリオラはいつの時代の話をしているんだ……?江戸か、もっと前とかもあるよな。本当に死神だからすんごい昔から生きていてもおかしくないんだよな。
「中々の物よ……。だって、今気づいたけど、あれには精霊が宿っているもの」
エルがそう言う。精霊が宿っているって、実は妖刀で夜な夜な動いて人を切るとかそんなんじゃないよな。
「確かについていますね。いえ、あれはそう言う風に作ったというべきでしょうか。中々に高度な技術ですよ。付喪神を先天的に付与するなんていうものは、よほどの執念がなければありえないでしょうね」
そんな凄い刀だったのか?もしかしたら売ったらすんごい高いとか。滅多に帰ってこないんだからうっぱらってやろうか?
「でも、あの刀……、おそらく、ううん、きっと、大事に使われているね」
ん、鏡菜は今、なんていった。使われている?刀を何に使うんだよ。飾られているでもされているでもなく使われているってことは、実際に何かを切るのに使われているってことか?
「ええ、それも、鞘から抜かねば分かりませんが、名刀の域を越えた妖刀か神刀……あるいは魔刀の可能性もありますよ」
妖刀とか神刀まではなんとなく分かるが、魔刀ってなんだよ。もう、こいつら3人はいつもこうやって俺を置いてけぼりにして話すから困る。
「青葉さんのお父さまは、もしかしたら、相当なコレクターなのかもしれませんね」
いや、コレクターならもっと本数があるだろう。それこそ弁慶みたいにさ、何本も集めて回るもんだろ。1本だけでコレクターって言われても困る。
「ますます謎が深まるわね。煉司、貴方は結局何なのかしら?」
俺が何かだって、そんな哲学的なことを問われても困るんだよな。いや、もしかして、すごい力があるんじゃないかってそんな中学生みたいなことを考えたこともあったけど、今になって、凄い力があるとか言われてもなぁ……。
「【聖浄の騎士】の力ってのはね、聖騎士とおんなじくらい凄いもんなのよ?」
その白騎士だとかなんだとか言うのを俺は知らないんだよ。
「っと、はい、煉司君、お茶だよ」
変な話が進んでいこうとしていたところに、鏡菜がお茶をくれた。俺は、すっと鏡菜の頭に手を伸ばす。
「おう、ありがとう。やっぱ、鏡菜は大人だな。……あっち2人とは違う」
頭を撫でながらそう言った。まったく、お茶を淹れるくらいいいじゃんか、本当に。そんなことを思いながら、気づいたことがある。
「そう言えば、死神に天使、魔法少女って、いろいろと濃いよな」
「むしろ、今まで濃いと思ってなかったの?」
鏡菜の驚き。いや、でもさ、別にそこまで実感があるわけでもないし。特に魔法少女は自称でしかない気がするからな。
「いえ、でも、死神や天使はともかく」
「魔法少女は……あれよねぇ?」
苦笑気味のフィリオラとエル。それに対して、反論をするのはむろんのことながら鏡菜である。
「何を言っているのかな!死神や戦乙女のような一世界の固定概念じゃなくて、鏡たち魔法少女は、各世界の理を越えた魔法少女独立保守機構の人間だから、文字通り、概念的に違う存在なんだよ?だから、鏡たちの方が凄いんだから」
「「「はいはい、すごいすごい」」」
俺とフィリオラ、エルが口をそろえて言った。いつもこの話になると、こんな感じで流す。子供の妄想話を信じるわけにはいかないが、真っ向から否定してひねくれた子に育っても困るからな。
「おっと、そろそろ晩御飯の時間か……」
時計は午後6時を指していた。普通で言えば、晩御飯の時間は、あと1、2時間遅いだろう。俺にとっての晩御飯の時間と言うのは、「晩御飯を食べる時間」ではないから当たり前だ。
「お前ら、今日は何がいい?」
そう、俺にとっての晩御飯の時間とは「晩御飯を作る時間」だ。だから出来上がるのは2時間後くらいで、ちょうどいい。
「そうですね、ゾッバルバイレとかですかね?」
「あたし、ティーファム」
「鏡は鮭茶漬け」
「お前らさ、ちょっとはまとめようとか思わんのか、てか、せめて地球上の食べ物を言え、あと鏡菜はもっと別なのにしないか、おばあちゃんじゃあるまいし」
なんだよゾッバルバイレとティーファムって、あと、鏡菜はもっと、年相応の物を食べようぜ、ハンバーグとかカレーとか。
「別にいいじゃないですか、青葉君」
「そうよ、てか、あんたが聞いてきたんでしょ?」
「別にいいじゃない、それとも山葵茶漬けにする?」
こうして、俺と彼女らの騒がしい日常は過ぎていく。
これは、俺、青葉煉司と、この家に居座る居候3人とで繰り広げる物語だ。たぶん。はぁ……、でも、居候ならもうちょっと常識のある「人間」に来てほしいな。
「煉司君?!魔法少女は人間だよ?!」




