36話:聖王と炎の剣
SIDE.F
熱い。あたしは、本能的に、そう思った。何が起きているのかはよく分からないけれど、寝ていたら熱いと感じたの。何かに内側から焦がされるような熱さを感じて、思わずパンツを脱いだ。
ここはどこなの?
灼熱の地獄のような熱さだけど、痛みは感じない。むしろ、熱く滾る優しさすらも感じる。まるで、あたしになじむように、この熱は、あたしに吸い込まれていく。
どこからだろう、声が聞こえるの。低いしわがれ声の様な声が聞こえたの。誰だろう。この声の主は。
「ああ、お前に頼まれていた《太陽の剣》の修復が終わったぞ」
え?《太陽の剣》って、聖騎士王様が修理してもらったあの《聖剣》のこと?
「新たな名前は《煌陽の剣》。どうだ、アーサー」
アーサー……って聖騎士王様?何で、あたしの夢に聖騎士王様の名前が出てくるの?どういうこと?
「ええ、いい出来ね。……あら?もう一本は?」
もう一本?《聖剣》は確か、全部揃ってたはず……。それなのに、聖騎士王様は、もう一本は?と聞いた。
「それなんだが。頼まれてから造ったはいいが、どこかへ消えてしまったのだ。おそらく、そちらの世界の誰かの身体に宿ったのではないか、とこちらでは推測している」
《聖剣》が宿る……?そんなことがありえるの?あたしがそんなことを思いながら話を聞いていると、低い声は言う。
「炎を媒体に作った《聖剣》だ。炎魔火ノ音の炎を全て注ぎ込んだ《聖剣》。その名は、《悠久聖典》の炎の章より取り《赫炎の剣》だ」
サクノ……?サクノ?……サクノ?
思わず三回ほど呟いたけど意味は全然分からなかったの。それでも、どこか、知っているような気がして……。
「炎魔の呪印と呼ばれるものがある」
低い声は、急にそんな話を切り出した。あたしは、何事だろうと首を傾げたの。呪印?ってなんだろう。
「呪印?それって何かしら?」
聖騎士王様がそう問いかけたの。すると、声は、少し考える様な間を空けてから答えたの。
「世界によって、意味は異なるが、究極たるところ、師から弟子への継承の証と言ったところか?
まあ、言った様に世界によって異なる。血が繋がるものに自動で継承されることもあれば、師から弟子へ儀式を経て継承されることもある。あとは、ランダムに誰かに継承されるなんてのもあったか。
まあ、その辺は、どうでもいいか。
今回、随分前に預かった轟火の魔女、炎魔火ノ音の炎をありったけ注ぎ込んで剣を作ったのだが、その影響か、おそらく、この《聖剣》を宿した者には、その炎魔の呪印が表れるだろう」
低い声の言葉に、聖騎士王様は、う~んと唸ったの。それはそうでしょう、あたしみたく、きっと意味が分からず悩んでるの。
「もし、《聖剣》を宿しているのだとしたら、それは《古具》に認定されるのかしら?」
ああ、なるほど。聖騎士王様は、そういう風に考えたの。確かに、宿っているとしたら、それは《聖剣》とも《古具》とも判別はつかない気がする。
「分からない」
分からないの?と思わず聞きたくなるようなことだけど、まあ、分からないんじゃしょうがないの。
「いいかげんね……。
そもそも、流していたけれど、《悠久聖典》の炎の章ってのは何なのよ?」
そういえばそうなの。アシャノス?炎の章?さっぱり分からない。
「む、そこを説明するのは難しいのだがな……。
《悠久聖典》は、それこそ、世界の全ての過去から未来までを記した全ての原点とでも言うべきものだ。読み手は限られるがな。全9章から成り立つ創世史だ。
飛天姫の刹那は、これの一部を読み解く『巫女神鳥』の力を宿すが故に白髪白眼という見た目になったとされているな。
炎の章、氷の章、光の章、闇の章、土の章、風の章、水の章、雷の章、神の章によって構成されているとされているが、読めるもの以外に分かるはずもあるまい。
まあ、これらは、《聖典》と呼ばれる章ごとに分割した擬似聖典にも活用されて、さらにそれが、人工数列種計画の難関とされた擬似第六龍人種のための龍を封ずる本として利用されているらしいな」
何を言ってるのかさっぱり分からん。これは、あたしが悪いの?それとも、訳の分からん声が悪いの?
「しかし、《聖剣》、ね。そうだ、その呪印とやらの特徴を教えてちょうだい」
聖騎士王様は、《聖剣》を探すのでしょう。だって、それが《聖王教会》の仕事の中の一つなのだから。
「ああ、そうだな。しかし、どんなだったか?
ちょっと待っていてくれ。白羅、炎魔の資料を持ってきてくれ」
「はぁい」
誰かに呼びかける声と、それに答えるやる気のなさそうな女性の声。
「さて、白羅が戻ってくるまで、別の話をするとしよう。そうだな、奴の話でもするか、聖騎士王?」
奴?聖騎士王様の知り合い?誰の話をするんだろう。あたしにはさっぱり分からないけど……。
「奴……、旭日君か」
あさひ……?ゆきおりあさひ?聖騎士王様とセイジって人が話してたあさひって人のことなの?
「そうだ、雪織旭日についてだ。奴が最後の戦いのために、武装を欲しがっている。お前の持っているものは蒼刃蒼天の造った《C.E.X.》は言ってみれば贋作だが、それ以外のものは本物だろう?
例えば、そちらの【鉄壁神塞】とか言う組織が持っていた《聖盾》だが、あれは、本物だな。そもそも蒼天の奴が造ったのは、7本の《聖剣》と数本の《魔剣》だけのはずだ。それ以外は、《古具》に組み込んでいたしな。
だから、お前の持つ愛剣、セクエンス。《聖槍》ロン。《聖鎧》ウィガール。《聖兜》ゴスウィット。《秘宝》姿消しのマント。《聖盾》ブリウエンは、奴に渡してやれ」
あれ、とあたしは違和感を覚えたの。何か、あたしが聞いたものとは違った気がしたからなの。
「ふむ、いえ、まあ。1つ訂正するなら《聖槍》ロンではなく《魔槍》ロンゴミニアドよ。アーサーは、自分の息子であるモードレッドと戦ったとき、《聖槍》ロンを用いて戦ったのよ。そして、アーサーは、モードレッドに何とか勝った。そのとき、《聖槍》ロンで己が息子を刺し、その影響で《魔槍》ロンゴミニアドになったの。
それがあの有名なカムランの丘で行われた『カムランの戦い』なのよ」
あたしが受けた説明と全く同じ説明をする聖騎士王様。どうやら、皆に説明しているらしい。
「まあ、その辺は、向こうに任せるとしよう。幸いにも向こうには、かの有名なマーリン卿がついているらしいしな。魔法使いとして名高いマーリン卿がいればどうとでもなるだろう」
マーリンって人はあたしでも知っているの。アーサー王伝説で、アーサーの成長を見守ってた魔法使いのお爺さんなの。セクハラ爺さんって印象。
「マーリンね?私としては、魔法使いというのが胡散臭そうであまり好きではないのだけれどね」
聖騎士王様、それを言ったら《古具》も十分に胡散臭いの!
「お前がそれを言うか……。しかし、マーリン卿と《遠き日の邂逅》、そして自分の装備が揃えば、向かうところ敵なしの集団が出来あがるだろうな」
意味は分からずとも、なんと無く、すごそうな気がするの。それに対して、聖騎士王様が言うの。
「限定結界《遠き日の邂逅》。かつての仲間とともに愛しき日々を過ごしていたアーサー王の記憶を元に創られたもの、ね。それこそ眉唾ものだと思いたいわ」
これまたよく分からない話なの。記憶を元に創られたとか訳が分からないの。聖騎士王様の言葉に、低い声が言うの。
「そうは言うがな……、《手の及ばぬ先へ》や《白銀雪夢》の様なものはいくつか確認されているしな」
またもよく分からない会話を続ける二人の方へ、女性の声がかかったの。先ほどの、面倒くさそうに返事をした女性の声なの。
「龍神、これでいい?てか、これしかなかったわよ」
女性がガサガサと何か、紙みたいなものをめくる様な音が聞こえたの。そして、低い声が響く。
「うむ、これだ」
そう言って、暫し、考えるように間を空けた低い声。そして、言う。
「呪印の形は、紅い薔薇だ」
トクン、とあたしの心臓が跳ねたのを感じたの。紅い、バラ?それって、あたしの胸にある……。
「右の脇腹から右胸の乳房へとかけて咲き誇る紅の薔薇。それこそが炎魔の呪印だ」
間違いないの。それって、あたしの身体に刻まれているコレのことなの。驚きがあたしを支配する。
これは、《聖剣》を宿す証なの?でもそれは事実なの?そもそも、今聞いているコレは、あたしの夢、それとも事実?
よく分からないの。だから、だから……、考えるのをやめたの。
その瞬間、故郷での出来事が様々フラッシュバックしたの。この間、シンジ君に聞かせてあげたせいなの?
覚醒の兆しがある。隣からシンジ君の声が聞こえる。
「ふぁあ、変な夢見た……」
あたしは、そう言って起きたの。