357話:全てが終わりを告げ、始まりへと歩き出すNo SIDE
全てが終わりを告げ、倒れ伏すフィーラ。その傍らに立つ者がいた。フィーラはうっすらと目を開けて、その人物を確認した。三鷹丘学園の制服に、赤いマフラーと青い髪。そしてその瞳は、虚ろにフィーラを捉えていた。
「フェスタ……」
自分の娘の名前を彼女は呼ぶ。しかし、娘……宴は彼女に返事をしない。言葉を返さず踵を返した。その遠ざかる背中を驚愕の面持ちで見る。フィーラには信じられなかったのだ。己の娘が裏切る、そんなことはあるはずがない、彼女はそう思っていた。しかし、眼の前で事実、娘は助けようとする素振りすら見せていない。
「フェスタ……どうして」
その言葉を放ったときに、気づいた。自分の娘が、娘ではない何かであることに。その事実にフィーラは恐る恐る呟いた。
「まさか、貴方は……」
その瞬間、宴の背後がぱっくりと不気味に割れた。まるで背景を裂くように、その間から現れた人物を見て、娘の正体に確信を持った。
「べリアル公……第一級特異点!やはり貴方が……そう言うことだったのね。じゃあ、娘は……フェスタは生まれたときから■■■■の器だったということなの……」
第一級特異点、九時代の遺物。今現在、この世に存在していてはいけない脅威の一つとして時空間統括管理局からも第一級補足目標に指定されている。
「べリアル・クロイツ・メイデン、【魔城の主】たる貴方が……それと協力していても大丈夫なのかしら?」
フィーラは、無理を承知で体を無理やり起こしながら、べリアルへと話しかける。痛む傷を押さえながら、壁に寄りかかった。
「第一級特異点、九柱の神が現存だったころのルールによって創られた貴方が、現在の理を司るそれと一緒にあるのはまずいんじゃないの?」
ルールに適用されない例外とルールを監視する者の協力……フィーラには信じられないことだった。
「ふん、適用されないなら近くで見ている、と言う話だろうさ。それに仲介役もいたからな」
こんなバカげた存在達の仲介をするなど、それこそ普通ではない何かの仕業に違いないとフィーラは考える。しかし、その人物の心当たりはなかった。
「別に仲介してやったわけではないぞ、小僧」
そんな鈴の音を鳴らすような声と共に、齢10ほどの美しい少女だった。艶や色気があるかはともかくとして可愛らしく美しい少女であった。
「巨悪殿下……わざわざ来てくださったのですか?」
べリアルが敬った言葉で、恭しく頭を下げた。そして、その言葉に驚いたのがフィーラである。べリアルほどの存在がそのような態度をとる人物に覚えはない。現在の神ですら、べリアルにとっては恐れるべきではないからだ。
「ジャガンナート……インド神話?」
青葉紳司と言う存在を調べているうちに知った、そしてこの時空間の何処かの世界で存在したはずの者だ。
「フンッ、それはコヤツらが勝手にほざいておるだけだ。我が名ではないぞ、女」
ジャガンナート……ジャガーノートは、巨大な、止められない、最悪の、などの意味も持つ。そう、彼女は、そう言ったおよそ最悪と言えるだけの力を有していた。べリアルを世界が生まれる前の特別と、【血塗れ太陽】を世界が生まれてからの例外と、それぞれするなら、彼女は理が生まれたときに生まれた例外と言うべき存在である。
「そも、べリアルやリリスのような九柱の神が生んだ存在や、田舎娘の縛りを離れて生まれた小僧や三神のような偶然とは違い、儂は生まれるべくして生まれた天然ものだ」
巨大で甚大で莫大なる、最悪で最恐で最強なる、誰も彼女を止めることはできず、誰も彼女に逆らうことができない。
「そうじゃ、小僧、お主のコピーを借りようと思ってここへ来たんだったな。余計なことをしている場合ではなかった」
そう言って、彼女はべリアルを向く。当のべリアルは、しばし考えるような素振りで、彼女に聞く。
「コピーとはハルレオンでしょうか、ハールフィンでしょうか」
その問いかけに、彼女はべリアルを鼻で笑いながら答える。
「男なんぞに興味はないわい。女の方をよこせ」
その言葉にべリアルは「ハールフィンですね、了解いたしました」と告げる。そして、同時にべリアルは思ったという。
「巨悪殿下にハールフィン、数奇な組み合わせですね」
その言葉に、彼女は不思議そうな顔をする。無論フィーラも何を言っているのか、その意味は分からなかった。
「なに、ただ、彼女を創ってやった時に、とある王族として創ってやったのですが、その王家に伝わる剣の名こそ【創造剣・ジャガーノート】と言うのですから」
そう、べリアルの能力の1つに、自信のコピーを創るという能力がある。まあ、創るには誰かの子として産ます必要があるのだが。そして2人いるコピーのうち1人がアジャートと言う王族の姫だった。ハールフィン・べリアル・アジャート。【饗宴の狂王】と呼ばれる【終焉の少女】が存在した世界にて、アジャート王族最後の希望とまで言われ、その手で【終焉の少女】を屠った《覇天の剣聖》にして《天魔の剣姫》である。
もう1人のコピーがハルレオン・べリアル・フェルフェニクス。
この2人とそしてべリアル本人、その全員の補足が難しく、時空間統括管理局も第一級補足目標に指定しているのだ。
「【創造剣・ジャガーノート】、それに【狂王の遺産】。ハルは、人として生まれながらべリアル公にも匹敵する」
宴も口を開く。「ハル」とはハールフィンの愛称でありハルレオンの愛称でもあるのだが、この場合はハールフィンを指す。
「じゃから、そのジャガンナートって呼び名は、おぬしらが勝手に呼んでおるだけで、儂には感慨深みの欠片もないわい。それよりも、イムニクタが持ちだされてのぉ……。そのうちの1ページを6分割して紙片としてどこぞの誰かが、どこへとやら持っていきよったのじゃ」
イムニクタ。魔導書の一種で、本物のアーティファクトの一種だと言える。そして、その紙片は、後に、篠宮紫希の元へと渡るが、それは、今からだいぶ先の話である。
「イムニクタ、ですか……あの、べルオ……いえ、もはや滅んだ世界の名前などどうでもいいですが、とにかく、あれは相当危険なのでは?」
べリアルはそう言ったが、彼女は「じゃから探しに行くんじゃろ、アホか」というような目ででべリアルを見ていた。ちなみに、彼女は、結局、イムニクタを見つけることは叶わない。
「さて、とでは、こちらもそろそろ行くとしよう。この塔はもうじき崩れるようだし」
そう言って、べリアル公、ジャガンナート、そして、宴が、空間の裂け目へと消えていく。残されたのは、ボロボロになったフィーラ、ただ1人。
崩壊の兆しを見せていた塔は、下の階からどんどんと崩れて、もうじきフィーラの元へと達するだろう。フィーラは天を……天上を仰ぎ見た。
「クラマ……」
死を覚悟して、愛する人の名前を呼んだ。そして、崩れる床に身を任せ、そのまま、時空の割れ目の底へと落ちていく。崩壊をこれ以上広げないために、魔力を奥底から絞り出しながら、塔を封じるように願いながら、意識が薄れていく中でも、それだけは途切れず、そして、……。
塔の崩壊を見届けるように、フィーラは気を失った。そのまま、その体は、次元を彷徨っていく。本来、漂うことなく、死ぬはずのその身は、神の奇跡か、はたまた、どこかの誰かの親孝行か、次元派や時空の歪の影響を受けることなく、彷徨い続けて、吸い込まれるように世界に落下する。
落下した彼女は、地面にクレーターを作り上げる。未だ意識の戻らぬ彼女の元に、白銀の鎧を身に纏う騎士風の男が近づいてきた。
「貴殿、大丈夫だろうか?いや、……大丈夫ではなさそうだな。《目》で見る限り、酷いのは魔力の枯渇だろう。それ以外は、傷やケガはあるものの、そこまで酷くはないな」
赤く鈍く光る眼で、その容体を見るなり、騎士風の彼は、彼女をどこへ運ぶか考える。友人の家に運ぶという手も考えたが、面倒くさがりで寂しがりな友人なことだ、きっと面倒が起こるに違いない、と仕方なく、城へと連れ帰ることにした。
フィーラが目を覚ましたのは、それから6日後の夜のことだった。それまで、騎士風の彼はと言うと、用事があるらしく、彼女の元に顔を出していなかった。友人の浸りを邪魔しないように帰ってきた彼は、フィーラの元に顔を出して、そして、彼女が意識を取り戻したことに気付いたのだった。
「目が覚めたのか?」
そんな軽い言葉に、フィーラは眉をしかめて、ため息交じりに、彼の方を見た。顔だちはよく、どことなく高貴な雰囲気すら漂わせる彼を見て、やや驚くも、フィーラは動じることなく、そして彼に問う。
「ここは、どこ?」
おそらく自分に分かる答えが返ってこないだろうと予測しながらも、フィーラは問いかけたのだった。
「ここは、城だよ。君は、ここの東側に倒れていた。あ、……いや、別に素性を問うたり、何か目的があるのかと問うたりはしないから安心してほしい。私はこの城で騎士団長をしている者だ。君は、見たところ、魔法の心得があるようだな。雰囲気が友人に似ている」
面倒くさい友人の方ではなく、もうすでに故人となった友人のことを思い浮かべながら彼はそう言った。
「なあ、もしよかったらだが、この城で宮廷魔導師になってみないか?」
「素性も聞かない女にそんな役目を負かせてもいいのかしら?」
そんな風に言いながらもフィーラは悪い気がしていなかった。魔力も万全ではない彼女は、この世界で魔力が回復するまで過ごして、愛しい彼に会うことを画策し始めるのだった。もう、彼女の瞳に狂った様子はない。闇は晴れ、希望へと歩き出したのだった。




