351話:第三十一階層・蒼紫の武神SIDE.D
あたしは、一人、階段を上がっていくわ。この先にいるあの子のことを考えながら、その段を一歩、また一歩と越えて、そして、あの子を思い出す。あの頃の、懐かしい日々と重ねながら。名前と裏腹の真っ黒の髪を持つ彼女を。
階段を昇った先に広がっていたのは、見覚えのある荒廃した大地だったわ。そして、どんよりと空を覆う暗雲とそこから地面へと迸り、地面から空へと逆流する紫雷と紫色の雷の柱。なつかしさと共に感じる頭痛。けっしていい思い出ではないのよ。忌々しい、あの日の記憶は、何よりも鮮烈に残っているから。だから、目の前の光景は、私にとって忌むべき、死の記憶。私の死ではないわ。共に戦った多くの友の死よ。
そして、こうなれば、もう、確信できるでしょう。ずっと分かっていたけれど、この先にあたしに立ちはだかる敵の正体を。あたしが対峙すべき業のことを。かつての部下にして、私を殺したあいつを。
かつて……それこそ、紫雪が死んでしばらくたった年末のこと。事件は起こったのよ。世にいう白城事件。その発端である、部下の殺害がね。時空間統括管理局理事六華直属烈火隊一番隊の副隊長である白城王花。全てを統べる王を目指した子よ。そして、あの日、王花は私の部下であり自身の部下でもある13人を要人と共に暗殺した。中隊長のケイベス・フェルノートや有望株の洲鎌・マオ・蓮好も13人の中に入っていたわね。
そう、それなりの強さを持つ13人を殺せるだけの実力を持つのが白城王花と言う少女だった。そして、あの子は、そのまま、逃亡。門番がいないことを逆手に取った頭脳戦。
相変わらず頭が回ると感心したわ。あの時点で、おそらく、頭脳戦も含めれば春夏には届かないけど深紅には勝てたでしょうね。それほどの人物だった。王として頂点を目指して、そして、強さを手にした哀れな人の子。
そして、決戦はあたしが今いるこの空間のような世界で行われたわ。戦争の硝煙が漂う空間に、大勢の骸を出しながらも、最後は2人で戦って、負けたわ。正確には、勝負に勝って試合に負けたというところでしょうけど。
そんなどうしようもない記憶を頭に浮かべながら、あたしは、少し小高い丘の上、切り立った崖のようになっている部分に立つあいつに目をやったわ。
「お久しぶりね、王花」
「ええ、久しぶりですね。隊長」
あたしは、手に持つ《琥珀白虎》を抜き去って双剣を構える。あいつはあいつで一振りの刀を……藍那を構える。あの刀は、私に止めを刺した刀だから、ちょいと感慨深いものを感じるわね。
「ああ、いつのことやら、隊長がわたしに言った言葉を覚えていますか?強さとは何か、最強とは何か」
「もちろん覚えてるわよ。そんな忘れっぽくはないもの」
まあ、尤も、自分本名は忘れそうになるけどね。いまや、無双も浸透してるし、てか、局入隊時の名前が無双で登録されているのが原因よね。あくまで「あだ名」だってのに。
「じゃあ、隊長は、あの言葉が今でも正しいと言えるんですか?」
あの言葉が正しいか、ねぇ……。あの時の言葉は今でも覚えているけれども、どんなものだったか、その会話は……
「……う~ん。強いって言葉だけど。あなたは、何を基準にしている?」
問いかけてきた白城に私がそう返した。未熟なあの子は、私の思っていた通りの言葉を返してきたのよね、たしか。
「えっと、戦って勝てるかどうかでは?」
こんな感じで、そう答えてくれた。戦って勝てる、なんて曖昧な言葉なのかしら。だから、私はたとえ話をしたわね。
「じゃあ、例えば、ハルカがボロボロの状態で戦ってあなたが勝ったら、それはあなたのほうが強い?」
肩を竦めながら、王花にそう言ったのを覚えている。それに対して、王花はキリッとした顔をして答えたのよね。
「いえ、それは対等な状況ではありませんから」
拗ねるように、文句を垂れるように、あるいは、からかわれているのではないか、と疑うように、あの子はそう言ったわ。私は例えを続ける。
「じゃあ、もし、対等な状態で戦って、偶然、災害が起こって、ハルカが死んだら?」
まあ、春夏は災害程度で死ぬようなたまじゃないんだけれど、この時はあくまで例だったからね。
「それは、自分がとどめをさしたものではありません」
きっぱりと言う王花。王花は、どこか自分で殺し、つかみ取ることを一番と考える、というか、何事も、自分で片付けるという風に考えるところがこの頃から目立っていたわね。
「それでも勝ちは勝ちよね。どちらが強いか。勝ったほうが強いなら、あなたが強いかしら」
まあ、私の言葉も詭弁と言うか、誤魔化しているだけよね。まあ、どうでもいいんだけどね。
「つまり、隊長。貴女は、場合によって勝てることもある。勝負は、ようは運であるってことを言いたいのですか?」
そんなもんよね。どうしようもない雑魚でも上手く追跡をかわして生き延びたり、超強いけど全方位から囲まれて殺されたり、個人の強さなんてのは状況次第でいかようにもなるわ。
「そういうこと」
まあ、最も、私のように、規格外の運ですら届かない相手が居ることがあるかもしれないけれどね。
「では、聞き返しますけど、例えば、象と蟻が戦った場合、運でも勝てないと思うのですが、それは」
蟻がそんなに弱いって誰が決めつけたのかしらね。確かに見た目は小さいかもしれないけど、それなりに力を秘めているし、場合によっては勝てないこともないのよ?
「確かに、そういうこともあるわ。そうね。子供と貴女が戦った場合、どちらが強いかしら」
まあ、誰に聞いても、同じ答えが返ってくるような質問よね。特に烈火隊なんていう軍隊みたいなもんに入っている連中に聞いたら、おそらく春夏以外は、同じように答えたでしょうね。
「それは、無論、自分です」
はい、予想の通り、この時の王花も予想に洩れず、思った通りに返してくれていたわね。そう、自分が勝つ、女子供に負けない。軍人の常套句。
「そうかもね。でも、その子が、強力な、世界ひとつ滅ぼせるような爆弾を持って居たらどうかしら。攻撃する前に、道連れドカン」
私は、手でジェスチャーを交えながら説明する。まあなんで子供が、んな爆弾持ってんのよって話だけど、いえ、むしろ持っているから止めろっていう任務ならなくはないのかしら。
「象と蟻も同じ。蟻の中には毒をもつ蟻も居るの。象が潰した蟻が飛び散らした毒を像が喰らえば、象も御陀仏」
まあ、毒なくても、集団戦なら軍隊蟻が勝つこともあるんだけどね。1対1ならってはなしよ。
「ですが、それは、相討ちでは?」
相打ちねぇ……まあ、そうなんだけどね。両方死んでるものね。でも、……あの頃の私にとっては……
「そうね……」
まあ、そんな風に返事をしながらも、死んだらどうなるかが分かっていた私は、魂を移す相手を考えていたのよ。
と、まあ、回想終了。つまり、「相打ちでも殺せばいい」っていうのが強いかどうかって話よね。私は……あたしは今でも変わらない考えを持っているわよ。
「ええ、そう思っているわよ。死んででも相手を殺せば、あたしの勝ちだし、それだけの思いを持っていることこそ最強だと思うわ」
その意思があるからこそ、転生なんてことが起こるのかも知れないしね。あたし……私みたいな特例を除けば、普通は、転生は不可能。それを可能にしているのは意思だって思うのよね。
「そうですか。やっぱり、わたしと貴方は相いれないようですね。わたしは、あの戦いを通じて思ったんですよ。勝った者が強い。生き残った者が強い。そして、孤独であることが強さを引き立てる、と」
確かに相いれないようね。そして、王花は決定的に間違っている。確かに勝った者は強いし、生き残った者は強いわ。それこそサッカーじゃないけれど「強い者が勝つのではない、勝った者が強いのだ」ともいえる。けれど、孤独だけは、――孤独だけは強さではないわ。
「さて、戦いましょうか。隊長。どのみち戦うことになっていたのですから。今、此処で、あの時の決着をつけましょう。この殺し合いの……血に任せて、幾度か戦った、その決着を……」
馬鹿は死んでも治らないってね。ええ、確かに、馬鹿は治っていないようね。ま、それは紳司を見ても分かること……といいたいけど、紳司は、私の血の所為か蒼天の馬鹿よりも頭がよさそうだから死んだら治ったっということなのかしら。
「ええ、戦いましょう、王花。因縁ってやつを、全部ここでぶっぱらいましょうよ。後に恨みってのを残さないようにね。父さんみたいな、先祖の闘いをする羽目になるのを無くしましょう」
手に握る《琥珀白虎》に力を籠めるわ。さあ、戦いましょう。全てをかけた因縁の闘いってやつをね。




