35話:裕音と紳司
なんだか、2話ほどファルファム先輩に乗っ取られていた気がしないでもないが、いいだろう。さて、と、俺は、放課後、生徒会室へ向かっていた。朝方、あんなことがあったわけだが、まあ、その辺は思い出さないようにして生徒会活動に従事しようじゃないか。
「青葉君、今日の生徒会の仕事は、書類仕事だそうですね。なんでも延期された修学旅行の書類をまとめる作業だとか」
俺の横について歩く花月静巴が、そう言った。どうやら、今日は書類仕事だけで終わりそうだな。しかし、まいった。書類仕事となると隣の席にはファルファム先輩が座るのだ。居心地が悪くなりそうだな。まあ、気にしていてもしょうがないか。
「こんにちわ~っす」
「失礼します」
俺と静巴はそれぞれ声をかけて、生徒会室に入った。すると、そこには、書類に目を通しているユノン先輩と、半裸で爆睡中のファルファム先輩だった。
なぜか上は着ているのに下は何も穿いてないという奇妙なスタイルである。朝はキチンと穿かせたはずなので、放課後、俺たちより先に来て、なぜかこの状況になった、と言うことだろう。
「あっ、し、紳司。ミュラーの方、見ちゃダメよ!」
観察しようとしたら、先にユノン先輩に釘を刺された。チッ。舌打ちしたい気分だったが、何とか心の中に抑えた。
「てか、俺の名前、そんなに呼び難いですか?」
いつも俺の名前を言いよどむので、俺は、思わず聞いてみるが、ユノン先輩が答える前に、隣の静巴が俺の袖をくいくい引っ張る。
「鈍感ですね」
意味が分からず、俺は、首を傾げた。その様子に、静巴が溜息をついた。よく分からんな。まあ、どうでもいいが。
「……ノ」
ん?今、何か聞こえたな。どうやらファルファム先輩の寝言らしい。何かを呟いているようだ。
「……クノ」
良くは聞き取れないが、何かを言っているようだ。人の名前か、場所の名前か、物の名前か、どれかは分からないけれど、固有名詞っぽいな。
「サクノ」
サクノ、人名か?まあ、寝言だし気にする必要は無いか。それよりもファルファム先輩の下半身にどうしても目がいってしまう。
「青葉君、不潔ですよ」
静巴に注意された。どうも、静巴の蒼と紅の目で見られると萎縮してしまう。しかし、見ないように気をつけようにもな。
まあ、とりあえず、眠いので、欠伸と伸びをして、ふにっ。朝にも似た感覚があったな。あ~、二度あることは三度あるってか?
「……悪い」
銀朱の光を散らしながらいつの間にかそこに立っていた秋世の胸を鷲掴みにしたらしい。朝の謎の先輩、ファルファム先輩の全裸抱きしめに続き、このタイミングで秋世の胸を揉むとは……。
「……」
秋世は無言で、俺の手と自分の胸の結合部を見ていた。試しにもう一度揉んでみる。ふにっふにっ。
「ぁんっ」
色っぽい声が出た。ファルファム先輩と比べたら小ぶりだが、十分に柔らかく気持ちのいいおっぱいだった。
今度は、片手で急いでスマートフォンで録音の準備をしつつ、準備が出来た瞬間、揉んでみた。
「ぁあんっ」
ちょっと音量がでかくなったな。バッチリ録音できたので、手を離した。静巴がジト目で俺に言う。
「後半、わざと何度も揉んでましたね」
静巴が少し蔑むような目で俺を見ていた。大丈夫だ、録音はバレてない。俺はそこに安心していた。
「秋世は、未だ生娘なので、そんなことをしていると勘違いされますよ、青葉君」
勘違い、と言うのは、どういう意味やら……。まあ、別に勘違いされても問題は無いんだけどな。
「か、勘違いなんてしないわよ!」
頬を真っ赤に染めてそういう様子に、静巴が「嘘つけ」と言ったような表情で秋世を見ていた。
「それで、まあ、その辺はいいとして、いい加減仕事してくれる?」
ユノン先輩が怒り気味にそう言った。どうやら怒らせてしまったようだ。何故怒らせたのだろうか。うるさかったか?
「そうですね、書類仕事しますか。書類をください」
俺は、仕事を始める。すると、横で寝ていたファルファム先輩が起きた。くぅ~と伸びをして欠伸をする。
「ふぁあ、変な夢見た……」
変な夢、さっきの寝言と関係あるのだろうか。寝起きのファルファム先輩は俺に寄りかかってきた。
「シンジくぅん」
甘えるような声で俺に寄りかかるファルファム先輩に、ユノン先輩が消しゴムを投げつけた。
「あうっ」
消しゴムがファルファム先輩のデコに直撃してから、そのまま跳ねて俺のアゴに向かう。ギリギリ上体を反らして避けた。
「ミュラー、仕事しなさい!」
ユノン先輩の怒鳴り声。俺は、ファルファム先輩の足元に丸まったパンツを拾い渡す。ちなみにまだ少し生暖かかった。
「てゆーか、流石にそろそろ穿いてください」
ファルファム先輩が、「むぅ」と言いながらパンツを穿く。ほぼ俺の視界内で、だ。眼福ではあったな。
「う~ん、久々に昔の夢を見たせいかあっついの」
昔って、ファルファム先輩は、まあ、何かよく分からんが周囲の大人に持ち上げられて育ったんだっけか?
「う~ん、やっぱり似てるの」
俺の顔を見て、そんなことを言い出した。似てるって、誰に似てるんだ?よく分からんな……。
「セイジって人にも、オウジという人にも似てる気がするの」
清二に王司?ウチのじいちゃんの名前と父さんの名前じゃないか?そういえば、そのセイジって人に連れられて、この三鷹丘にきたんだったな。
「清二に王司って、紳司君のお祖父さんにお父さんじゃない」
秋世がそうやって補足した。それに対してファルファム先輩は驚きを隠せないように目を見開いていた。
「それってあれよね、ミュラー。貴方が昔お世話になったっていう、今でも生活費を振り込んでくれてる人よね」
ユノン先輩の確認の意味を込めた問いかけに、ファルファム先輩が静かに頷いた。そして、何か言い出す。
「で、でもシンジ君の家族が聖騎士王様と知り合いだなんて……」
そういえば、朝も聖騎士王って言ってたな、ファルファム先輩。イギリスの《聖王教会》のお偉いさんなんだっけか?
「聖騎士王……、ああ、アーサーさんのことね。そら、知り合いでしょうよ。あの人、日本に滞在中は、清二さんの家に住んでたこともあったらしいし」
なにやら、俺が知らないだけで、俺のじいちゃんも父さんも凄い人と知り合いだったらしい。
「まあ、紳司君の家系にはいちいち驚かないほうがいいわよ?清二さんはあたしの姉様や聖騎士王なんかと知り合いだし、王司君は南方院の御令嬢と親友であたしの教え子だし」
なるほど、ウチの父さんやじいちゃんは少々凄い人々と知り合いだったらしい。まあ、かく言う俺でさえ、花月グループの一人娘、京都の旧家の市原の娘、秋世、と言った異常な面々とはすでに知り合っているのだから。
「そういう家系なのかしらね、し、紳司の家は」
ユノン先輩がそういうが、それに対して、秋世が「そういえば……」と頬を掻く。そして、数刻考えるようにしてから言う。
「紳司君と市原さんって極論で言えば親戚よね?すっごく遠縁だけど」
その言葉に固まるユノン先輩。俺も知らんかったが、そうなのだろうか。どういう意味かと探っていると、ユノン先輩が秋世に聞いた。
「それ、本当ですか?」
ユノン先輩の確認する様な強い語調の質問に、秋世が少しビビリながらも、質問に答える。
「え、ええ。だって、市原って確か、立原と血が繋がってるんだったわよね?紳司君のお祖母さんは、旧姓を立原美園って言って、立原家の人間だったから、その血が混じっている紳司君は、市原家の人間である貴方とも血が繋がっているんじゃないの?」
美園ばあちゃんは、立原の人間だから、市原と立原に血の繋がりがあれば、確かに極論的に言えば、親戚だな。
「え、ほんまですか?」
あ、関西弁が出た。それほどまでに動揺していたのだろうか。珍しくユノン先輩が取り乱している。
「そんなんどうでもいいよぉ~。シンジくぅん、あたしの抱き枕になってよ~。ねぇむぅいぃ」
俺に抱きついてくるファルファム先輩。二の腕に柔らかい感触が伝わってくる。これは、ヤバイ。
「ちょ、ファルファム先輩、ダメですって」
あくまで、やめてくださいとは言わない俺である。この双丘に包まれていたのは、男なら仕方の無いことである。
「こら!ミュラー!」
ユノン先輩が激怒した。こうして、会議の時間は過ぎてく。この暖かい日々が続けばいいのに、と俺は思う。