348話:第三十階層・見守る者たちの銀朱の空SIDE.GOD
感じる……感じる。間違えようのない、懐かしい【力場】をそこに感じる。たぶん、姉さんも同じように感じているだろうし、交流は姉さんの方が在ったはずだ。だからこそ、姉さんもきっと、俺と同じか、俺以上にあの子のことを思いだしているに違いない。何せ、初期の局員や烈火のメンバーなら、全員が面識が有ったはずの人物なのだから。ああ、久々に、そして、階段の奥、閉ざされたが開く音が聞こえた。時空間統括管理局の正門たる「次元門」、それと同じ形の扉が開いたのだ。
そして、そこに居たのは、美しい女性。長い髪を流麗に靡かせて、こちらを見て、にっこりと笑う彼女の姿には既視感を覚えざるを得ない。かつては何度も何度も何度も見ていた、その姿を。姉さんも同じように思ったのか、微笑んでいた。
「お帰りなさい、蒼天さん、無双さん」
あの頃と同じように、同じセリフを口にする。すこし泪が出そうになるのを我慢しながら、俺は、……俺たちは、言葉を返す。
「ああ、ただいま」
「ええ、ただいま」
俺と姉さんの答えに、微笑む彼女を見て、そして、姉さんは、泣くのを堪えながら、彼女に言う。
「そして、あなたもよ、お帰りなさい、紫雪」
紫雪、そう、彼女の名前はそう言う。そして、彼女は、その圧倒的な存在感を放ちながらも鼻にかけず、姉さんすらも彼女のことを尊敬しているだろう。それは力の強さや権威の強さなどが要因ではなく、その人柄ゆえだ。
「はい、ただいま。……そして……私の片割れ、いえ、不完全な私、と言うべきでしょうか。初めまして、と言うのも自分に対しては変な言葉ですね。かと言って、久しぶりでもない。何とも言えませんけど」
紫雪は、秋世にそう言った。そう、秋世と紫雪は、俺や姉さんんが考えていたように転生の関係にあったのだろう。最後の瞬間が最期だけに、完全な転生が出来なかった、と言われれば納得できてしまう。
「私が貴方……?それって、どういうこと?」
秋世は、恐る恐ると言った様子で紫雪に問いかけた。若干震える唇……否、全身。その震えを抑えるように自身の身体を抱く秋世。
「そのままですよ。死した私の霧散した魂の大部分があなたの魂として入っているのですから。今ここにいる私は、残り香に過ぎません」
あくまで自分自身とはいえ、はっきりとものを言うなー。しかし、まあ、それも仕方がないのかもしれない。自分に厳しい子だからな。
「それって、つまり、私は貴方の転生体ってことなの?」
「ええ、そうですよ。そして、……それを気づいていましたよね、御2人とも?」
あちゃー、いや、気づいていたけど。それを今、俺たちに振るか?俺は、初妃……刃奈に再開した日に全てを悟ったけど、姉さんはいつ分かったのか分からないんだけど。まあ、あの姉さんのことだ、いつ分かっていても不思議ではないな。
「紳司君、知ってたの?!」
秋世がそんな風に言ってくる。さて、どう答えたものか。誤魔化してもいいけど、今更誤魔化してもな……。仕方がないから言うしかないんだろうが……。
「ああ、知ってたよ。お前の《銀朱の時》は特別だからな」
そう、本当に特別なのだ。それが使えるというだけで、その特別なことが分かってしまう。そして、この能力だけは、特別な条件が無ければ使うことが出来ないのだ。
「尤も、私の分……残り香が入っていない所為で不完全な目覚めとなっているようですけれどもね」
その通り、秋世の持つ《銀朱の時》と本家本元の《銀朱の時》は違っている。本来の性能を発揮しきれていないのだ。まあ、所詮、俺の物も猿真似で黒減が再現したもの同様、微妙な性能だな。
「秋世の使う『触れているものの転移』や『自身の転移』じゃなく、物体を呼びつける『召喚』なんかもその能力の範疇なんだ。使ったことはあるだろう?それが万全で引き出せていないだけで」
俺の言葉に思い当たるところがあるのか、秋世は少し悩んだような顔をして、思い当たる節が事実かどうか考えているようだった。
「確かに、清二さんの持つ《殺戮の剣》がかつて目覚めたばかりの私の力を使って、清二さんの《切断の剣》を転移させてきたこともあったし、私も、無意識に、触れずに人を転移させることもあるわよ?それこそ、《鉄壁神塞》が襲ってきたときも王司君たちを触れずに呼んだし。それと普段の使い方の差ってのはあんまり考えたことが無いんだけれど?」
秋世はそう言ったがそれはそうだろうな……。その2つは似た能力だが、詳細は違う能力だ。「転移」と「召喚」、簡単に分けるとこうなるわけだが、この2つでは発動する時に必要になるものが違う。転移に必要なのは飛ぶ先の情報と、距離、環境くらいだ。召喚に必要なのは、呼ぶ相手のデータ。ただし、これらには「本来は」と言う注釈がつく。そう、《銀朱の時》は別となる。元々の《銀朱の時》には、それらは全て必要ない。そもそもにおける《銀朱の時》とは、《古具》ではなく固有の能力だった。それをコピーした劣化のさらに劣化になっているのが今の秋世の《銀朱の時》だ。だから、把握などの枷が出ている。能力の可能性と言う海は、常識と言う名の陸を侵食しようとしているが、欠落や人格と言う名の消波ブロックが防いでいるのだ。本来、消波ブロックと言うのは、そう言う役割なので、例えとして適当ではないのかもしれないが、他に思いつかなかった。そして、防ぐこと自体は正常である証でもある。人間の脳は、常識が崩れないように防ぐものなのだから、前提の常識が欠落している場合は、それを拒むものだ。
「まあ、お前にとっては、その区別が無くても当然と言っては当然だし、そう思っても仕方がないんだが、使い分けてる自覚くらいしてくれよ。そうだよなぁ、紫雪」
俺の言葉にしばし無反応の紫雪。どうしたんだろうか、と思って、顔を見ると、微妙な顔をしていた。何か変なことを言っただろうか。もしかして紫雪も使い分けている自覚がない、とか?
「あ、いえ、ああ、少し驚いていたんですよ。あなたのそんな口調聞いたことが有りませんから。でも、そんな蒼天さんも雄々しく見えて素敵ですよ」
お世辞を言われてしまった。しかし、そういうことか。まあ、そう言えば、そうだろうな。あの頃を知っている人が今の俺を見れば違和感を覚えても仕方がない気がする。
「そう言えば、刃奈……初妃に再会したときも似た様な事を言われたっけっか?まあ、そうだろうとは思うな。まあ、姉さん……彼女の方は、一人称の違いくらいだから違和感ないだろうけど。いや、まあ、自分でも違和感を覚えるときもあるくらいさ。でも、まあ、俺は俺なんだよ。僕でもあるけれど、ね」
肩を竦める。それにしても、この塔は恐ろしい。俺と姉さんだけではなく、刃奈に緋葉、敬介くん、深紅……さん、そんな名だたる連中、それもあの頃の連中だ。それに加えて、紫雪がいる。ここはどんな魔境だよ、と言われてもおかしくないだろう。ツイニー……デュアル=ツインベルもいるしな。
「本来、訪れるべき『死』と言う概念が、いつの日からか欠落しているかのように、我々は、転生と言うものを繰り返しているのですね……っと、それは、貴方が為そうとしたことでもありましたね、救国の英雄にして、世界を救い続ける人」
姉さんに向けてそう言う。そう、彼女が世界に契約して手にした力はそう言う力だった。死の宮へと誘う者である彼女は無限に転生しつづける生なる力を。破壊に特化した俺はものを生み出すことをできる力を。そうして、3人は力を手にしたんだ。
「そんな高尚なもんじゃないわよ。私も雪美も茜も祢祇も華恋も……、世界を救うだなんてことは考えてなかったもの。いえ、雪美はそうでもないかも知れないけど、他は、それにみんな短命だしね。茜なんて幼くして死しているのだから」
姉さんはそう言った。おそらく、姉さんが……あいつが代々転生していった相手なのだろう。俺が僕として知っているのは雪美ちゃんくらいのもので、あとは直接の面識もない。雪美ちゃんは、白城事件の後にはもう、春夏ちゃんが預かっていたからね。
「自覚がないだけですよ。貴方たちはそう言う人なのでしょうから。貴方以外には会ったことはありませんけど。私が死んだのも、貴方の契約が発現する前ですしね」
そうだ。姉さんが、とある契約によって神の座へと上がった時にはもう、紫雪は死んでいたんだよな。だから、雪美ちゃんも知らない。
「手を伸ばせば……きっと、世界と言うのは、貴方のように手を伸ばせば救えるものなのでしょうね。九柱の神がいなくなったことで九世界は終わりを告げ、幾多分岐する世界になったとはいえ、こうして、手を伸ばすだけで、救えるのでしょう」
世界を救うか……。
「そりゃ、あんたもでしょう?あんたも手を伸ばして世界を救ってる。それこそ、あんたも自覚がないってやつよ」
姉さんは肩を竦めながらそう笑った。さて、昔ばなしは尽きないが俺たちは、先に歩まなくてはならないだろう。丁度見えている階段は2つある。ご丁寧に、俺たちの道を分断してくれているようだ。
「紫雪、積もる話もあるが……、みんなが下で終わるのを待っている。行かなくちゃならないんだ」
そう、誰かが上り切るまで出ることはできないだろう。だからこそ、俺と姉さんはそれぞれ前に進まなくてはならない。
「俺は、フィーラと、姉さんは……あの子と。それぞれ戦わないといけないからね」
「ええ、位置的に言えば、私が31階、あんたが最終階ってところかしらね。それぞれ、突破しなくちゃねぇ……」
「ええ、分かっています。いってらっしゃい、お2人とも。私は、門番として、此処で、貴方たちを見送りますから」
懐かしさを覚えながら、僕ら……俺たちはそれぞれに行動を始めるのだった。




