344話:第二十八階層・龍が堕つ地獄SIDE.D
塔を昇ること27階、次で28階になるわ。長かったわね。いえ、まあ、それだけの人数で挑んだということでもあるのだけれど、でも、長かったわ。そも、酷く運命の集中が在ったがために、集団戦になるようなことが無かったのがこれだけ階が伸びた原因でもあるわね。例えば、同じチームに長年所属していたら、同じ業たる敵がいてもおかしくなくて、そいつとの集団戦になったことも過去にはあったはずなのよ。
「……あら?」
そんなことを考えていた時に、あたしの感覚に、上の階の何かがひっかかった。これは……。龍の気配ってやつね。そう、まるで、大きな龍がいるように、翠色の輝きを感じるのよ。何かしら……。
「姉さん、上の気配って、龍、かな?」
紳司もそう問うてきた。やっぱり同じことを感じたみたいね。ってことは、間違いなく龍よ。それもおそらく、三元龍と謳われる、その一体、【翡翠の牙崩】と呼ばれる翠龍王ね。三元龍は、【翡翠の牙崩】、【金剛の双翼】、【水晶の心臓】の三体からなっていて、翠龍王と金龍王と晶龍王からなるわ。龍っていうのは、世界ごとの生息数は少ないから稀少に思われることも多いけれど、全世界を見回してみると、案外いるもんで、龍系の組織ってか呼ばれている奴ってのはかなりいるのよ。
例えば伝説の九龍なんて呼ばれている奴ら。正確には九龍と呼ばれるようになった家がなる前に倒した伝説の龍の中の九体だけどね。始祖龍・イヴ、夢幻龍・リュヴァシュテイン、 深紅龍・スカーリアス、黄金龍・ファーフナー、氷河龍・ガルガンディーナ、結晶龍・クリスティーナ、太陽龍・ソルアルファ、月光龍・ルーラリフォー、時空龍・サーヤリュータ。
例えば、終焉龍のジ・エンド・オブ・ワールド、紅炎龍のベリオルグ、深淵龍のジ・アビス。
例えば、【甲龍王】、【紅龍王】、【光龍王】、【鋼龍王】、【劫龍王】、【皇龍王】のように《コウ》龍王と呼ばれるものたち。
例えば、五龍王……炎龍「紅蓮龍」・フラム=オーヴァーン、水龍「蒼炎龍」・アクア=オーヴァーン、土龍「土砂龍」・アース=オーヴァーン、風龍「風雷龍」・サンダ=オーヴァーン、木龍「樹霊龍」・リーフ=オーヴァーンとか。ちなみに、こいつらは、あたしの中にいる夢幻の刃龍皇、グレート・オブ・ドラゴンのいた世界の龍で、グレート・オブ・ドラゴンを忘れた後に、5龍のウチの誰が王にふさわしいかを競い争ったそうよ。
まあ、数多いる龍が、どこでどんな組織を作っているのか、どこでどんな風に呼ばれているのか、なんていうのは把握しきれていないのが実情だけれど。はて、さて、そんな話はおいておいて、【翡翠の牙崩】が出てくるってことは、龍殺し……ドラゴンキラーたるばあちゃんの業でしょうね。他に、縁のありそうな……っていうか、業が確定していないのは、ウチの祖父母だけですもの。
「ばあちゃん、たぶん出番よ。それにしても、よりにもよって、あの龍王が選ばれるとはね」
あたしの知る限り、面倒なのは、あの【翡翠の牙崩】か【金剛の双翼】なのよね。そう言えば、……あの子も【水晶の心臓】と戦ったことが在ったんだったかしらね……。どうだったかしら。門番は戦いが終わるのが速すぎるから記録をつける暇もないって話だものね。
「暗音、知っているのか?」
じいちゃんがあたしに問いかけてきたわ。知らなかったらそんなことは言わないわよ、とは言わずに、頷いたわ。
「ええ、知っているわ。無論のことながら、それがどういう存在かも。でも、知ってもあまり意味をなさないでしょうし、龍ってことだけが分かっていれば十分でしょうね」
そう言って、会話を切る。あたしとしては、あれに関しては知らない方がかえっていい気がするもの。特に呼び方は知らない方がいいわ。【翡翠の牙崩】なんて呼ばれるから、牙が崩れるってことは、牙が弱点なのか、と思えば、牙から攻撃を放つなんて思えば、牙は全く関係が無いのだもの。【金剛の双翼】だって、別に翼ないし。羽ないのに【双翼】なのよ?頭おかしいと思わない?考えたやつはぶっ飛ばしてやりたいわよ。それに、金龍王なのよ。ダイヤモンドじゃなくてゴールドなのよ。アホじゃないの、どの辺に金剛の要素があるってのよ。【水晶の心臓】もガラスのハート的で弱そうに思えるじゃない?全然そんなことはないのよ。てかむしろ、心臓の周りはダイヤモンド並に堅い殻で覆われているのよ。むしろこっちが【金剛】じゃないかしら?それに、コイツの牙は凄く鋭くて、ダイヤモンド並に堅いから剣もへし折るし、こっちが【牙崩】じゃないの?絶対に名前を考えたやつはバカよ。もうちょっと考えてから名前を付けなさいよ。こういうのが頭のおかしい名前を付ける親になるのよ。名前のセンスってのは本当に大事よね。いえ、別にいい名前を付けろとは言わないから、せめて分かる名前にしなさいよ。意味の通るって意味よ。読めるからいいとかそう言うことじゃないから。まあ、読めないのは論外だけどね。
……これ、何の話だったかしら?まあ、いいんだけれど。それよりも、敵に対するどうするべきか、って話だけれども、特に弱点とかも知らないし、言えることもないのよね。
「とにかく相手は龍なんですね。なら、私なら戦えるってことでしょう?」
やる気満々のばあちゃんね。はてさて、どうなるのかしらね。龍殺しと龍の闘いってのは興味があるわ。龍同士とかよりも断然ね。何せ、専門家のようなものなのだから。ラ・ヴァスティオンや九龍なんかと同じようにね。
「それと……、暗音さん、先に、貴方にこれを渡しておきましょう。私には《龍滅の剣》も《刀工の龍滅刀》もありますしね」
そう言ってあたしに渡してきたのは、一振りの刀……いえ、正確には一振りに見える刀。あたしのよく知る刀だったわ。そう、本当によく知っている。
「いいですか、暗音さん、その刀は……」
とばあちゃんが説明をしようとするけれども、その必要はないわ。だって、この刀に関してはあたしが……私が一番知っているはずだもの。
「一振りに見えるけど鞘の逆端にもう一刀仕込まれた仕込み刀でしょう?知ってるわよ」
そう言って、いつも通りに背負うわ。懐かしいこの刀。背中にあるのがしっくりくるのはずっと一緒だったからかしら。いえ、あの頃は、分けて両腰に最初から掛けておくことも多かったから、違うわね。そう、あの子が……雪美がよく大太刀を背負っていたからかしらね。あの子の感覚に引っ張られているところもあるんでしょう。だから、それを矯正するためにも、腰に直そうかしらね。
そして、関節部分を外して、二刀に分離して、腰に提げたわ。昔を本当に思い出すように、その刀が流れ込んでくる。
『お久しぶり……なのかのう……』
嫌に古風な声だけれども、この刀の付喪神ってところでしょうね。そんなものができるほどになったのかしら。どことなく白い猫を彷彿とさせるそれは、私の首に巻きつくように存在している気がする。
『ふむ、本来の持ち主の下へとようやっと帰って来れたのかのう。晴香、そして、東雲の小僧と経由し、本来の、お前さんの下へと』
ええ、お帰りなさい。今までごめんなさいね。でも、貴方が居れば百人力よ。そう、これで、全力を出すための条件がほとんど整ったもの。あと2階ほど登ったころには、もう全快でしょうね。それは紳司も同じ。いえ、鍵の力を使ったラグか、紳司の方が回復が遅いようにも思えるけどね。
「どうして、その刀のことを知っているんですか?」
ばあちゃんの声に、紳司とあたしは苦笑した。どうしても何も……と思うしかないもの。だって、これはあたしの……私のものだから。
「《琥珀白虎》、《緋王朱雀》、《蒼王孔雀》の三本のことは知っているわ。そして、この塔ならば、それが本来の持ち主の元へと集うんじゃないかしらね……」
そう、本来の持ち主の下へと至っていないのは残り一振りだけ、そして、もしかしたらそれは元の持つ主へと戻るかもしれない。
「さ、そんなことはどうでもいいのよ。さっさと行きましょう。この刀にかけてでも、この塔を踏破しないとね。そして、おそらく、あたしを待ち受けているのは、あいつでしょうから。今度こそは、説教をぶちかましてあげないとね。だから……」
上へと向かいましょう。あたしが持つべき刀をこの手に持って、因縁のあいつのところへ……。この長い長い、そして、命を懸けた怨念とも呼べる因縁を断ち切るために。白い城の彼女のところへと……。だから、あたしは決して止まらないわ。
「地獄の底から這いあがってきたのなら、再び地獄の奥底へと叩き落とすのも、私の役目。そうよね……■■」
あの時、あの事件より続く因縁を断ち切って、遺恨を残さないように、完膚なきまでに内滅ぼすのよ。あの子の犠牲の後に、あんな事件を起こしたあいつを……、いえ、あの子が犠牲となって、門番がいなくなってしまったがために、あんな事件を起こせた、と言うべきなのかも知れないわね。
そして、進んで、進んで、ようやく、次の階へとたどり着いたわ。龍の居る、その階へと。




