340話:第二十六階層・ファルノイアの神々SIDE.GOD
粛々と一行は階段を昇っていた。まるで、天高くそびえる塔のようにずっと昇っているだけと言うのはかなりつらいものがある。同じことを繰り返す作業と言うのは向き不向きがあるからな……。さて、そんなことよりも、もうだいぶ昇って、されど、階数としては26階。いったい階高はいくつなのだろうか。普通に設計していたらその設計者は施工主にボコボコにされるに違いない。
「この感じ……、ニルドッスか?」
タケルが言う。言葉の区切りからして「ニルドッス」と言う個体名ではなく「ニルド」と言う個体名だろう。てか、おそらく人名。シュピードも言っていた気がする。えっと、何だったっけかな?
『ネストラーゼのニルド様にはこの間お会いしましたよ』
とそんなことを言っていたような気がする。つまり、そのネストラーゼのニルドさんとやらがタケルの業として現れた、と言うことなのだろうか。
「タケル、お前の業か?」
俺の問いかけに対して、しばし考えてから頷くタケル。そうか、やはり、タケルの関係者と言うことだろうか。
「そうッスとは言いきれないッスけど、そうじゃないですぇ?この中で、もう、ボク以外で、あの世界の関係者がいないんじゃないですぇ?だからボクッス」
確かに、関係ありそうな愛藤愛美さんが早々に居なくなっているから、それ以外には可能性が薄いだろう。
「しかし、まあ、ニルドがこの塔に来ても……う~ん、どうするッスかねぇ。『武士に二言はないというけれど、だとしたら忍には一言もないし、将には三言、四言あるって思うんだけど、ヴァンキーはどう思う?』と話したのが最後ッスけど、特に敵対するような仲ではないッスしねぇ」
その最後に話したっていうのいるか?まあ、言いたいことはなんとなく分かるが。武士に二言はない、忍は一言もない……つまり、忍は喋る必要が無い、将は三言、四言ある……つまり、将は言うことをコロコロ変えるって意味だろう。
「ニルド・N・ネストラーゼは、おそらく、最高位のネストラーゼ襲名者ですぇ。ボクは、父上の方が上ッスし」
なるほど……でも、その名前の感じ、魔法少女の名乗る名前にそっくりだが、ニルドも魔法少女なのだろうか?
「あっと、兄ちゃんは勘違いしそうだから言っておくと、ニルドの名前は、加護名に似てるッスけど違うッス。ニルド・ナルガ・ネストラーゼ、ボクの本名のヴァンキッシュ・ヴァニッシュ・ヴァルヴァディアと同じように、ただの名前に過ぎないッス」
ああ、そうなんだ。てか、空美タケルって本名じゃないんだな。他の人は愛藤愛美さんはそれが本名らしいし、みんな日本名だと思ってた。
「正神ネストラーゼと負神ヴァルヴァディアね。ってことは。あれも……」
姉さんが言う。姉さんは知っているようだな。しかし、あれってなんだ、普通は正負が揃っているなら二神教で成立するからほかに要素はないと思うんだけど。
「なんだ知ってるでやがったッスか。その通り、正負両神ッス」
なんで正負なんだろう、普通は善神、悪神とか創造神と破壊神とか、そういう分け方をするだろう?そう言う存在だとしても、少し気になるな。
「紳司、正負なのはね、磁石や化学の原理と同じよ」
ああ、なるほど、正と負は引き付け合う、か。対局でも反発はしていなかったということだろう。磁石のN極とS極が引かれあうように、正孔と自由電子が引き合うように。
「姐さんはよく知ってるッスねぇ。そう、他の二神教とは違って正負両神の仲がいいッス」
そう言うことか。でも、そうなってくると、ますます姉さんの言っていた「あれ」ってのがひっかかる。
「もしも、あれが現存するなら、貴方の相手は……」
姉さんがタケルに言う。「あれ」とまた言っているってことは、何かあるんだろう。姉さんが警戒するにたる、何かが。
「そうッスねぇ。ニルドにあれがくっついてる可能性は高いッスよ。シュピードも知らないことッスけど、先代……父上にもあれがついていて、それがゆえに、父上は自ら腕の犠牲になったッスから」
ふむ、「あれ」が原因で【呪腕】殿が亡くなったと?そこまでのものなのか、「あれ」って言うのは。いろいろと気になるな……。
「しかし、戦うために魔法童女となったボクと、戦いを速く終わらせることだけに特化してできる限り戦闘を避けてきたニルドが正面対決ッスかぇ?」
戦いを速く終わらせる……?何でそんな必要があったんだろうか。それに、戦うために魔法童女になったとタケルは言う。それはいったい……?
「ああ、そうね、紳司は【呪腕】のことも大して知らなかったものね。そう思うのも当然かしら。いいわ、あたしが代わりに話してあげる。
――昔々あるところに無が在ったのよ。そこに二柱、神が生まれた。正神ネストラーゼと負神ヴァルヴァディア。その二柱は相反しながらも仲が良く、共に世界を築いたわ。海と土地をネストラーゼが、空と人をヴァルヴァディアが。二柱の神は共にあり続けたけど、そこに悪神ファルノイアが現れて二柱を引き裂いてしまうのよ。二柱は滅ぶものの、それぞれの子孫たちがファルノイアを滅ぼしたとさ、って話よ。でも、ファルノイアは滅ぶときに子孫たちに呪いをかけて、その子孫たちのどちらかの末裔に乗り移るって話。
これが神話なんだけど、その子孫たちには、二柱の力が受け継がれたの。それが神の呪い、神呪と呼ばれる物ね。【右の腕】ってのがヴァルヴァディア、【左の腕】ってのがネストラーゼよ。この力を解放すると一時的に腕が神化して神の力が使えるんだけど、人間には魔力がある所為で、その魔力……魔とはファルノイアと同質だから反発し合ってね、人によって違うけど、大体4分くらいかしらね、それ以上使うと体内から身体がバラバラになっていくのよ」
そういうことか……。タケルが魔法童女になったのは、腕を使わずとも敵を倒す力を得るため、ニルドが速く終わらせようとしたのは、腕をできる限り短時間しか使わないため。
「末恐ろしい姐さんッス。ウチの神話はともかく、【右の腕】と【左の腕】の使用制限まで」
まあ、姉さんに関しては道理だろう。俺は【呪腕】に関して名前しか知らないが、姉さんは……。
「あら、当然よ。貴方の父、ヴィッフェムに直接聞いたんだもの。まあ、貴方があいつの娘だとまでは知らなかったし、だから貴方の【右の腕】に気付いたのもさっきだけど」
まあ、姉さんは交流があるだろうと思っていた。俺……僕は、一世界の塔の管理を任されていただけだけど、姉さんの方は人事と話すことも多かったからな。
「【呪腕】殿は本局人事管理員だったからな。姉さんと話すことも少なくなかっただろうし……、まあ、姉さんが特殊だったのもあるけど」
「あら、それはあたしの所為じゃなくてよ?そも、あの馬鹿王が悪いのよ」
「あんまり、ウチの王を悪く言ってくれないでくれよ。あれでも若くして飛天を継いで、いろいろと忙しかったんだから」
俺と姉さんがそんな昔ながらのやり取りを始める。この辺の会話は、生まれや関係が変わろうと相変わらずだ。
「あの王がしっかりしないから理事六華とか無垢聖天とか八法六理とか卦電無楽とか上がコロコロかわんのよ」
「ははは、返す言葉もない。最終的には理事六華に収まっているが、ああなるまでにいろいろあったからな……」
理事六華に始まり理事六華に終わる。そう言う決着になったものの、あの人が揺れていなければもっとしっかりしていたことだろう。それが分かるゆえに言い返せない。
「そそ、あの王が悪いのよ。まあ、そう言った縁もあるからヴィッフェムやファット、チューズとかともそこそこ話す機会が在ったし、田所とは会えば上の愚痴を言うような仲になったんだけど」
学ちゃんか。そう言えば、仲が良かったんだっけ?その辺の人間関係はよく知らないからな……。
「【帝姉妹】とも仲がいいから、割と人事に口出しできてたし」
人事トップ1、2と仲がいいってんだから当然だろう。しかし、帝姉妹なんていう大物と会うなんてすごいよな。普通に人事と話すだけじゃ、まず会えない人物だからな。まあ、戦に出張ってくるときには会えるんだけどさ。
「本当にその人脈は凄いと思うよ。局内に知らぬものなしと言わしめる強さがあったればこそだろうけどね」
篠宮はその名を轟かしたる最強の名だったからな。そも、噂だけはずっとあった101人委員会の……世界管理委員会の方にも篠宮と名がつく者がいるためか、必然的に「篠宮」という名前は噂に上がってたからな。
「よくわからないッスけど、姐さんと父上が知己だったってことッスかぇ?」
おっと、みんなを置いてけぼりにした話を長々と続けてしまったな……。そろそろタケルの話の方へ戻そう。
「そういうことだね。てか、姉さん、どのくらい親しかったの?不破の一件には姉さんが噛んでたのは知ってるけど、それよりも前から?」
「ちょっと、不破大山に関してはあたし、巻き込まれただけよ。あん馬鹿に文句言ってちょうだいよ。噛んでたとかいい迷惑にもほどがあるわ!」
「え、でも、ユメルダが馬鹿と牡丹が集まって、大輪牡丹がノリノリで指示をしていたって」
「誰が大輪牡丹よ!そこまで突っ込ん行くような馬鹿じゃないわよ!」
牡丹とは牡丹鍋、すなわち猪、猪は猪突猛進。猪武者のように突撃しまくる馬鹿のことを指す。その中でも大輪とはリーダーのことだ。
「え、じゃあ、誰のことなのさ、ユメルダが言ってたのは」
「キリリリリか、熊じゃないの?」
キリ・璃々華・リーロッドか球磨川熊子のどっちか?たしかにどっちも牡丹だ。しかし、大輪というほどの将でもないような気が……。
「っと、そんな話をしている間に、次の階か……」
「タケルの業が次ってことは、その次はたぶん紳司のところの最後の1人でしょうけど」
まあ、そうだろうな。そして、ばあちゃん、じいちゃんと続いて、俺と姉さんの前に立ちふさがるのは……きっと、……。待っていろよ。




