34話:蒼人と三鷹丘
SIDE.F
日本。聞いていたよりも雑多な国。慌しく空港内を人が移動し、人々が何か急くようにしてる。飛行機に乗る人も、飛行機から降りた人も。あたしは、なんてせっかちなんだろ、と思った。
ちかちかと眩く光る掲示板、電光掲示板に電車の来る時間が記されている。セイジって人は、電車の時間を見て、呟く。
「もうじきか……。まあ、30分間隔だから、30分くらいならどうとでも暇が潰せるんだがな」
30分に1度くらいで電車が来る、と聞いて、まあ、空港なら普通なのかな?と思うと同時に、時間なんて目安で当てにならないのに、キチンと確認するんだ……と驚いたのを覚えてる。
「来たな。乗るぞ」
発車時刻の数分前について、中からゾロゾロと日本人、東洋人、アメリカ人、ヨーロッパの人など様々降りてくる。そして、降りたら電車の中はガラーンとしていた。
鈍い銀色の車体に青い線の入った電車に乗ると、アナウンスが流れる。「次は第一ターミナルビル」と言っていた。日本語で入った後に拙い英語でもアナウンスが流れる。
「もうじき発車か。20分程度でつく。だからゆっくりしていろ」
20分、空港から20分程度のところに住むことになるらしい。プシュゥと音を立て、電車のドアが閉まった。時間きっかりに電車が出発する。
外を見ると、しばらく町が映る。大きな建物や車が行き交う交差点など、やはり日本は全体的に慌しそうだったの。
しばらくすると「次は、鷹之町東、鷹之町東」とアナウンスが流れた。セイジって人は、もうすぐか、と呟く。電車が止まる。学生と思しき人たちも乗ってくる。
なにやらジロジロと見られたけど、よく分からず、あたしは、俯きかげんで、床を見ていた。
「鷹之町中央、鷹之町中央。お降りの際は、お忘れ物、落し物のないようご注意ください」
そんなアナウンスに、セイジって人が荷物を準備しだす。あたしもそれに合わせてキャリーバッグを持つ。
そして、扉が開くと同時に外に下りた。皆が慌しく階段を駆け上がる。
「乗り換えとか、バスとか、色々急いでるんだよ」
セイジって人が、疑問そうに見ていたあたしに説明してくれた。やはり、日本人は慌しい。
「さて、と。俺の家に案内するわけにもいかんしな……。紫苑さんにこれ以上迷惑はかけられん」
「しおん?」
あたしが反射的に聞き返すと、セイジって人は、あ~、とどう説明するか迷ってから、教えてくれる。
「息子の婚約者だ」
あたしは、冗談だと思ったの。そりゃ、セイジって人は聖騎士王様とも親しいみたいだし、20歳は超えていることは知ってたし、妻がいることも知ってたけど、流石に子供がいて、その子供も結婚しているなんてことは……。冗談としか思えない。
「えっと、まあ、俺も50歳くらいだしな……」
そうやって、髪を掻く姿は、やはり20代くらいにしか見えないの。それでも本人は50歳近いというから、冗談にしか思えなかったの。
「ん?王司か」
セイジって人が不意に呟いた。道の向かい側からセイジって人に似た男の人がゆったりと歩いてきてた。
「父さん……と誰だ?愛人の子?」
父さん、と確かに彼は言った。こちらも20歳くらいの男。オウジって呼ばれてるみたい。そういえば、聖騎士王様との対談のときにも名前が出てた気がするの。
「いや、アーサーからの預かりもん。ミュラー・ディ・ファルファムさん」
どうやら、このオウジという人も聖騎士王様のことを知っているようで。あたしは、疑問そうにオウジと言う人を見る。
「おっと、どうかしたか?」
そのオウジって人は、あたしに優しく微笑みかけてくれた。あたしの価値を知らずに、微笑みかけてくれた。
「まっ、いいか。それで、どこにつれてくんだ?ウチか?まあ、双子共と同い年くらいだから、来るなら来るでいいけど。紫苑に連絡しようか?」
双子の子供が居るらしいオウジという人は、スマートフォンを取り出して、セイジって人に聞いた。けれどセイジって人は首を横に振った。
「お前な、紫苑さんに迷惑かけすぎだろ。まあ、お前の家のことだからとやかくは言わんが、そんなわけで俺が迷惑をかけるわけにもいかん。だから、そうだな、立原の家の力を借りるか」
セイジって人が言うとオウジという人は、先ほどセイジって人がやったのと同じように髪を掻いた。そして言う。
「父さんもなんだかんだで母さんや母さんの家に迷惑かけてると思うんだけど」
そういうオウジと言う人に対してセイジって人は、少々困った顔をしてから、オウジという人に言った。
「いや、金なんかの心配はかけてないから大丈夫だろう。こっちには、剣帝大会の優勝金がまるまる残ってるからな」
そういえば、聖騎士王様との対談でも、剣帝大会がどうとかと言っていたような……とあたしが考えていると、オウジと言う人が溜息をつく。
「そういう意味じゃねぇんだけど……。つーか、その金、使えんのかよ」
そう言って、オウジという人がセイジって人に聞く。すると、セイジって人は、にんまりと笑う。
「純金貨。換金すりゃ、向こう以上の価値だぜ」
そう言ってコインを投げるセイジって人。純金?本物なのか、あたしは真剣に疑ったの。まあ、それだけ純金は貴重と言うこと。
「なるほどな。かなり高値になるだろう。それで、母さんの実家に頼るってどうするんだよ、具体的に」
「あ~、まあ、家の用意かな。あと必要ならメイド」
あたしは、それを聞いて驚いた。家を用意してもらえるのはありがたいけど、メイドはいらないの。
「メイドは要らないの」
拙い日本語であたしは言った。それを聞いて、オウジって人が、う~んと唸った。そして言う。
「それよりも日本語講師だな。都万那珂女史に教えてもらえばいいか」
つまなか?日本人は妙な名前が多い。
「都万那珂紗紅羅麻か。あいつ、俺、苦手なんだよな」
セイジって人が若干、嫌そうにした。それにしても長い名前。
「まあ、2年前の借りがある以上、父さんの提案を無下に却下できない立場なんだから、それを利用していかない手はないだろ?」
どうやら、この時点から2年前に、都万那珂って人と何かあったらしいけどあたしは知らないの。
「まあ、それもそうか……。じゃあ、とっとと連絡して家を決めて、そこに都万那珂紗紅羅麻のやつを呼ぶか。あいつ、名前が長くて面倒なんだよな」
そんなことを言うセイジって人は、どこかに電話をしだしたの。そして、10分くらいで、電話が終わった。
「どの辺だって?」
オウジと言う人が、セイジって人に問いかける。セイジって人は、「ん~」と唸ってから、答えたの。
「ウチ……お前んちから徒歩5分くらいのところにある花月グループのマンションの26階」
そう言って、指差すのは、ここからでも見える27階立てのマンション。あたし、あそこに住むのか……。
「ん?最上階じゃないのか?」
「何でも花月の愛娘が最上階に住んでるらしくてな」
とりあえず、かなりの上層に住むらしいの。あたしは、今まで、そんなに高い建物に登ったことがないの。飛行機も通路側だったし。
「さてと、とっとと行って片付けるか」
連れて行かれたマンションは、近くで見ると本当に大きく、あたしは圧倒された。セイジって人は、ズンズン先に進み、入り口のコンソールで受付を呼び出して、鍵を受け取るとエレベータに乗る。
あたしは、追いかけるので精一杯だった。エレベータにカードキーを刺して、そして、ぐーんとエレベータが上がるにつれ、耳がおかしくなることもあったけど、すぐに直ったの。
「ここだな」
それは、フロア全体が1つの家だったの。どうやら、カードキーによって、入れる部屋が決まっているみたいで、あたしのカードキーでは、全階、26階以下の人は、26階までが限界らしく、階段の方も、26階以上に行こうとすると柵があって、そこにカードキーを通さないといけないの。
部屋に入ってすぐに、チャイム音がなったの。あたしは、インターフォンのモニターを見るの。すると女の人が映ってた。
「都万那珂紗紅羅麻か。開錠だ」
セイジって人が、許可をして、マンション内に入る。そして、しばらくして、首に上位ゲストキーをぶら下げた26歳くらいのショートボブの髪をした女の人がやってきた。
「久しぶりね、青葉清二。ったく、何のようよ?あたしだって、暇なのに暇じゃないの」
あたしのこの口調は、明らかにこの人の影響なの。
「暇なんだろ?コイツに日本語を教えてくれ。月200万。簡単なお仕事だろ?」
簡単すぎて怖いお仕事である。あたしは、恐る恐る、女の人の前に出てみる。すると、女の人は、目を見開いて、次の瞬間、――あたしは飛び掛られていた。
「何これ、可愛いぃ~!」
「年甲斐なくはしゃぐな、26歳」
飛び掛る女の人に対してセイジって人が、蹴りをかました。
「あひん、ちょっと、女性に対して尻、蹴っ飛ばすってどういうことなの」
蹴られた女の人は、暫し、パンツを見せながら転がっていたの。そして、立ち上がると、コホンと咳払いをして、セイジって人に言う。
「あたしとしては好条件だからいいわよ。金もいいし、じゅるり」
最後、あたしの方を見て涎を垂らす女の人に、あたしは、おびえていたという。
それから2年間、日本語を学んで、そして、三鷹丘学園に海外留学生推薦枠で入学するの。そして、そこで、ユノンとであって、……そして、シンジ君と出会ったの。