330話:裕音VS結音SIDE.YOU KNOW
SIDE.YUNON
……で、どういうことなのよ。この訳の分からない状態をまんべんなく呑みこんでいるのは、おそらく、紳司のお姉さん……その私のお義姉さん、だけ……っぽいし。紳司もところどころ分かってなさそうだから、結局どういうことかも聞けないし。どうすればいいのかしらね。
「それにしても、裕音ちゃん、ほんとぉ~に、大きくなったねぇ。お母さん、嬉しいなぁ。もう、見れないと思ってたから、裕音ちゃんの成長」
少ししんみりした様子のお母さん。その様子に、私はちょっと胸が痛むわ。でも、それと同時に、見て貰えてうれしいという気持ちもある。
「それはそうと、支部長の弟さん……、君……、うふっ」
お母さんが紳司を見て、何やらちょっとだけ不気味な笑い声を漏らしたわ。え、何その声。まさかの、お母さんが紳司に目を付けた、とか……?
「なんでしょうか?俺がどうかしましたか?」
ちょっと引き気味に紳司がお母さんに聞くわ。あんまり引かないで上げてほしいんだけど……。まあ、私も軽く引いたから人のことは言えないわね。
「裕司と裕華」
ぼそりと呟くように言った言葉に、紳司がピクリと反応したわ。誰、その2人。お母さんの知り合い……と言う感じでもないし、紳司の反応もどうにも怪しいところがあるのよね。
「【黒天白者】の裕司……ですか?」
紳司も半信半疑って感じだけど、誰のことなのかしらね。何か、知ってるような知らないようなむず痒い感じがするのよね……裕司って名前。
「そうですかぁ……、どうやら、裕華は心当たりがないみたいですねぇ……。でも、たぶん、そうだと思いますよ。娘たちがお世話になっているようですし」
そう言えば、紳司は他の兄弟姉妹とも会ってるのよね。でも、なんで、お母さんがそのことを知っているのかしら。言ってないし、知らないはずじゃないのかしら。さっきの名前に関係があるとか?
「娘たちって、ま、まさか……、そういうこと?いや、だが、イシュタルは『達』って言っていたとは言え、まさかまだまだ増えるのか?」
紳司は、何かが分かるようで、びっくりしているわ。どういうことかしら。増えるとかどうとか。なんだかよくわからない話を2人がしているところに、さらに、お義姉さんも加わる。
「剣姫が言ってたので10人くらいだったわよね。その中に?」
「いや、俺が聞いていたのは8人だけ。残りの2人は、もしかしてってのが2人いたんだが、その中で裕華はたぶんないんだけど……、それが全部じゃないってことかもな」
もはや何の話をしているのかが分からないからついていけないわ。もっと分かるように言ってほしいんだけど。こっちはさっきからずっと蚊帳の外で、ぼっーっとするしかないじゃない。
「まあ……裕司の運命は、わたしや支部長、そして、君や裕音ちゃんの所為でねじ曲がっちゃってるみたいですけどね。わたしは隊証を通じてみた範囲だけですけれど……無ノ淵ちゃんは、完全に、そう言う因果の元に裕司のところに来ているみたいですから」
無ノ淵?何それ、名前っぽいけれど、全然知らないわね。でも私や紳司、お義姉さんやお母さんが運命を捻じ曲げたって言っているし、どういうこと何でしょうね。
「無ノ淵……無の淵……無と淵の対義語は……有……一?それと瀬……まさか……?!」
あ、出たわ、勝手に分かるパターン。しかも、大抵説明しないのよね。ちゃんと説明するってことを覚えたほうがいいわよ。
「ふふっ、それが本当だとしたら、かなり嬉しいことよね。それで、もう1人の裕華だっけ、そっちはどうなのよ」
ほら、やっぱり説明しないじゃない!説明を!しなさい!っての!まあ、言う勇気はないけど。てか、一々、話の腰を折るなって言われそうだし。
「そちらは、隊証が無いので、ほとんど名前だけですね。ただ、明津灘家のお嬢さんと同じ世界で、暮らしているはずでしたね。『雷司君たちとは交流が無い』とあの子が言っていたのが聞こえていたので、同じ世界と言うだけなんでしょう」
その時、しーちゃん……紫炎ちゃんが、ピクリと反応したわ。明津灘紫炎、私とは昔交流があったけど、今はそこまで交流がないわ。
「どうかしたの?明津灘のお嬢さんとか雷司とか言っていてたけど、知り合いだった?」
私の問いかけに、少し戸惑うような紫炎ちゃん。何か言いづらいことでもあるのかしらね。……なんか、妙な気配を感じる気がする。恋愛レーダーがビンビン受信してるわよ。
「あ……いえ、あの、まあ、心当たりと言いますか……え~」
ものすっごい言葉を濁されたわ。まあ、いいけどね、いいんだけどね!それよりも、これからどうすればいいのよ?
「なるほど……、同じ世界……つまりほとんどが……、そうか、そう言うことになったのか。まあ、納得と言うか、……ああ、まあ、うん」
紳司がすんごく何かを納得していたけど、その意味はほとんど分からなかった。まあ、彼には分かる何かがあったんでしょう。何か、頭の出来そのものが違うような、見ているものが違うように感じるときが時々あるのよね。そう、まるで、未来を見ているかのように、何かが起こることを知っているみたいな。かと思えば、過去のことを知っている、不思議なのよ、彼は。
「おっと、話している時間もそろそろもったいなくなってくるわね。紳司、先に行くわよ」
お義姉さんが、そう言って紳司を急かす。つまり、ここからは、私とお母さんの時間ってこいとよね。戦えとか言われても困るんだけどね。そもそも、私の《古具》には対人戦闘の能力はないし、そうするとなぐり合うしかなくなるのよ。
「ああ、分かってる、じゃあ、市原先輩……いや、ユノン、ここは頼むよ」
呼ばれた瞬間、心臓が飛び跳ねたわ。あぁ、もう、みんなに同じ態度だって分かってるのに、それでも反応するんだから、つくづく単純よね。でも、それでも、私は……。
「ええ、任せておきなさい」
満面の笑みで、みんなを見送るわ。ここで、戦わないといけないものね。だから、私は……全力でお母さんと戦うわよ。まあ、と言っても、殴り合いとかしたくないんだけど。
「さてぇ、裕音ちゃん、殴り合いコースと、ほんわかコース、どっちがいい?」
2択、……まあ、ほんわかコースよね。てか、この状況で殴り合いコースを選ぶやつ、いるのかしら?……まあ、いるかもしれないけど。
「ほ、ほんわかコースで……」
私は無茶はしない主義なのよ。だから、ぶん殴るとか無しの方向でいきまーす。はい、うん、いいじゃない、別に。だって、お母さんに勝てるわけないし、てか殴れないし。
「そっか、まあ、いいでしょう。じゃあ、ほんわかコースだねぇ。う~ん、じゃあ、裕音ちゃんは、お母さんのこと、どこまで聞いているかなぁ?」
お母さんのこと?あんまり聞いていないわ。実家とも疎遠だし、ほとんど聞く機会がなかったもの。だって、お母さんは私の前からいなくなるのが、あまりにも早すぎたから。
「たぶん、何も聞いていないよねぇ。だから、少し昔話をしようかなぁ。お母さんはね、昔、ここじゃない世界で戦っていたの」
なんで、いきなりそんなウソぶっこいてんのよ。あれかしら、久しぶりの会話で盛り上げなくちゃとか思ってちょっとやりすぎちゃったパターンかしら。
「信じられないかも知れないけど、本当だよ。その世界には、幽賊害蟲って言う化け物たちがうじゃうじゃいて、それを狩らないと、生きていけなかった。裕蔵君と一緒にいたのも世界だねぇ。その世界で戦いに戦って、生きるために、強くなるために戦ったんだよぉ」
そんな化け物が存在する世界、ねぇ。その世界なら、もしかして私の《破魔の宝刀》が通じるかも知れないわね。でも、うじゃうじゃって、どれだけいたのよ。
「そんな世界の有名人、最強と呼ばれていた支部長が、紫雨零士支部長。さっきの茶髪の美人だよ。尤も、あの世界では男の人だったけどぉ」
は?お義姉さんが男……?って、ああ、そう言えば、自己紹介の時に2つの前世を持っているって言っていたわね。たぶん、そのうちの1つでしょう。うん、たぶん、ね。
「お母さんは、その世界で、【桃色の覇王】って呼ばれていたんだよぉ。そして、裕蔵君と一緒に、あちこちで敵を倒しまくって、【真紅の武人】君とかと敵を倒しまくった後に、この世界……って言っていいのかな?まあ、裕音ちゃんの生きていた世界に来て、裕蔵君と結婚して、みんなが生まれたの。裕太君、結衣ちゃん、裕音ちゃん、華音ちゃん。みんなと一緒で、それで、亞月君なんかもいたよね。みんなで……のんびり……」
そう、あんなことが無ければのんびり、生きていたのかも知れない。みんな一緒に生きていたのかも知れない。けど、それでも……。
「人っていうのはねぇ、不思議なもので、《古具》を持ったのは裕音ちゃんで、そして私の力を持ったのも裕音ちゃんだった。どうして、裕音ちゃんだけ、って思うかもしれないし、それが他の誰かにあったなら、って考えるかもしれない。もし、みんな平等に持っていたり、持っていなかったりしたら、って思うかもしれない。
けどねぇ、裕音ちゃん。それでも、裕音ちゃんが持って生まれたし、みんなは持っていなかった。それはね、運命なのかもしれないし、運命じゃないのかもしれない。でも、ただ1つだけ言えるのは、持っていることには意味があるし、持っているからできることもある。だから、その力を否定しないで上げてほしいの。裕音ちゃんが持っている、その力を。みんなを……お母さんや亞月君を傷つけた嫌な力かも知れないけど、それでも、お母さんも、亞月君も裕音ちゃんを恨んでないよ。だから、その力に誇りを持って。みんなのために、守りたい人のために、守りたいもののために、その力を使ってあげて」
確かに……私はこの力を憎んでいた。割り切っていたけど、それでも割り切れなかった。人の思いなんて、頭でいくら割り切ろうと、心では割り切れない、そんなもの。だけど、そっか、お母さんは恨んでいないのね。
「もう、時間かな?裕音ちゃん、隊証を貸してちょうだい」
隊証……?あ、あのバッチのことね。私はポケットからそれを出して、お母さんに預ける。
「ここに、お母さんを置いていくから、だから、この隊証を大事にしてね。そして、いつか時が来たら、裕音ちゃんの子供に預けてあげてほしいの」
私の子供に?て、子供産む機会があるかどうか怪しいんだけど。
「大丈夫、裕音ちゃんは、絶対に紳司君の子供を産むから」
思わず吹き出しそうになるのを堪えながら、お母さんを見た。するとお母さんはにっこりとほほ笑んで私に言う。
「名前は、そうね。裕音ちゃんの『裕』と紳司君の『司』で『裕司』かな。それで、無ノ淵小豆ちゃんと、結ばれる。そう言う運命だと思うの」
え、その名前ってさっきの……。それってどういう……。いろいろと聞きたいことはあったけど、お母さんは、気づいたらそこに居なかった。そこにはお母さんのバッチだけが堕ちていた。だけど、そのバッチは……
「あったかい……」
まるで、私が今まで否定してきて、ずっと痛み続けていた心の傷を、癒していくかのような、そんなあたたかな光をバッチは放っていた。
――ずっと一緒だからね、裕音ちゃん
だからかしら、そんなお母さんの声が聞こえた気がしたのよ。
え~、すみません、大変遅くなりました。そして、ギリギリ日付変更前と言う。遅くなった理由は、特に何でもなく、強いて言うなら裕音の一人称って書きづらいよね、ってことだけです。




