33話:聖王と蒼人
SIDE.F
あたし、ミュラー・ディ・ファルファムは、幼き日々のことを今でも思い出すの。あの、周りが勝手に持て囃していた時期のことを、よく夢で思い返してしまうの。
あの頃、あたしは別段あたしが普通だとは思ってなかった。これは本当だよ?えっと、ユノンは、たしか、子供は、自分の周りに有るものだけが世界の全てだと認識し、それがイコール常識となる、とか。
つまり、あたしは、持て囃されるのが、当たり前だって思ってたってことだよね。まあ、自覚は無かったんだけどね。
そう、あたしとしては、それが当たり前に過ぎず、そして、その押し付けを真に受けた別の大人達に祭り上げられる。事態は少しずつ広がってくけどあたしは、気にしてなかった。
それでもいつの日か、あたしは、《聖王教会》に預けられたあたりからおかしいって思い始めたよ。
《聖王教会》。イギリスに本支部のある教会で、いわゆる表の仕事ってのと裏の仕事ってのがある教会なんだ。表の仕事は、懺悔を聞いたり、ミサを開いたりする一般的なもので、あたしも何度か手伝ったことがあるの。
そして裏の仕事は、《聖剣》の保管と収集。《聖剣》を持っている人から奪い保管することが仕事で、他にも、《古具》使いの抑制なんかもやってるらしいよ。
この世界にあると確認されている《聖剣》は、《切断の剣》、《太陽の剣》、《慈悲の剣》、《龍滅の剣》、そして《C.E.X.》。この5本だって、他のシスターが教えてくれたの。
後で知ったけど、《切断の剣》はセイジって人が、《龍滅の剣》はその妻のミソノって人が持ってるんだって。あとの2本、《慈悲の剣》は、今、何代目か忘れたけど、トリスタンさんが。《太陽の剣》は修復に出しているとか……。
もちろん、《C.E.X.》は、アーサー・ペンドラゴン様が持ってるんだけど。
そして、ある日、あたしは教会の地下の掃除を申し付かったの。簡単な掃除で、地下の車庫の掃除だった。
車庫には黒塗りの日本製の車が3台。あたしは車に疎いので、それがなんと言う車種かは分からなかったけれど、随分と小さな車だという印象を受けた。どうやら、聖騎士王様は、小さい車の方が好きらしい、とは他のシスターの話なの。車に車種とは別に名前をつけているらしく、右のいつも乗られているものがドゥン・スタリオン、そして残りの2台がスプマドールとラムレイ。車に名前をつけるなんて、相当な変わり者なのだろう、とあたしは思っていた。
さらにその翌月、あたしは、聖騎士王様に呼び出されたの。何が目的か、なんて全然わかんなくて、かなり緊張したのをあたしは今でも鮮明に覚えてる。
聖騎士王様は、噂に聞く限りだと、黒いローブに身を包んだ20歳程度の男性だ、と言う話で、剣技は他の追随を許さないほど高いって。
「どうぞ、入ってくれ」
ノックをしたあたしに対して、そう声がかけられた。思ったよりも高い声で、男性にしては高めだな、と思う程度。だから、あたしは、部屋に入って驚いた。
金色の長髪が煌く。翠の目があたしのことをしっかりと捕らえていた。
室内の椅子に脚を組んで座っていたのは、紛れも無く女性で、しかし、室内に居るのは彼女だけで、っと混乱したけど、結局のところ、彼女が聖騎士王様である、と言うことだった。
「貴方が、ミュラー・ディ・ファルファムさんかしら」
鈴の音の様な綺麗な声で問われて、あたしは困惑した。だって、こんな綺麗な人が聖騎士王様だなんて全く聞いてなかったんだもん!
スタイルもよく、金髪翠眼。あたしでも思わず見とれちゃいそうになるくらいに、綺麗な人だった。
「はじめまして、アーサー・ペンドラゴンよ。まあ、この名前も世襲制で、《聖王の剣》と《選定の剣》を受け賜った者に与えられるのだけれど」
どっちも聞いたことの無い剣の名前であたしは、首を傾げたの。それに対して、聖騎士王様は美笑を浮かべてあたしに言う。
「今は、《C.E.X.》と呼ばれている剣、それがこれなんですが」
そう言って、椅子の横から、聖騎士王様の髪同様に、黄金に煌く輝かしく神々しい一振りの剣が出てきた。あまりの美しさに、あたしは、言葉を失った。
「これは、《聖王の剣》と、折れてしまった《選定の剣》を修復して生まれ変わった《黄金の剣》とが交じり合って生まれた《聖剣》なのよ」
剣が交じるなんて、そんな荒唐無稽な話を信じられない、わけじゃないの。まあ《古具》なんてものもあるしね。
「それで、これが修復に出していた《太陽の剣》が修復された《煌陽の剣》よ」
綺麗な剣だった。刀身の右半分が銀色で刀身の左半分は金色の荘厳な剣。元がどんなものか、あたしは知らないけれど、この剣の凄さはよく分かる……気がした。
「じゃあ、それも?」
あたしは、聖騎士王様の背後の壁にかけられた物を指差す。銀色に輝く剣と白色の長い幅広の槍。
「あ~、いえ、あれは別よ。剣はセクエンス。槍は《魔槍》ロンゴミニアド。ついでに、その横の鎧は《聖鎧》ウィガール。その上の兜はゴスウィット。ついているマントは、姿消しのマント。その逆側にあるのが《聖盾》ブリウエン」
聖騎士王様曰く、ロンゴミニアドが魔槍なのは、己が息子であるモードレッドを貫き殺したからだ、とか。それがかの有名なカムランの丘で行われた「カムランの戦い」だそうで、まあ、あたしは知らなかったけど。
「まあ、じきにここから無くなる物ですけどね」
聖騎士王様が笑う。いや、笑い事じゃない!とあたしは思ったが、まあ、聖騎士王様にも何か考えがあるのかと思って聞いてみる。
「何故、無くなるんです?」
あたしの疑問に、聖騎士王様が答えようとしたとき、ノックの音が響く。聖騎士王様が「誰かしら」と言いながら開ける。
「あら、セイジ」
入ってきたのは、聖騎士王様と同じくらいの年齢に見える東洋系の男の人……名前からして日本人かな?
「あっと、私の古い友人のセイジよ。《古具》使いではないから《切断の剣》を持っているの。この人の妻のミソノは、《古具》使いだけれど、剣との適合性の高さから《龍滅の剣》を持っているのよ」
聖騎士王様のご友人。あまり凄い人に見えないけど、凄い人なのかなぁ~、とか思っていた。
「ああ、それで、これらの武具が何故無くなるか、だったわよね。譲るのよ。私のような偽アーサー王じゃなく、れっきとしたアーサー王に、ね」
れっきとしたアーサー王ってどういうことだろうか、と疑問に思っていたけど、セイジって人が、あたしが口を開くより先に言った。
「なるほど、旭日君か」
あさひ?ジャパンの地名なのか人名なのか、そう言ったセイジって人の方を見ているあたしを見て、聖騎士王様が教えてくれた。
「雪織旭日君。本物の《エクスカリバー》を持つアーサー王の転生体、らしいわ。まあ、セイジが言うんだから確かなんでしょうけど?
それにしても《遠き日の邂逅》だっけ?凄い能力よね。さらに、それを使えば9人の姉妹が揃って別の方まで使えるのだから卑怯よね」
聖騎士王様はそう言っているけど、あたしには意味がさっぱりわからなかった。それにセイジって人が答える。
「まあ、向こうも向こうで大変そうだからな。まあ、異世界に居る俺たちには関係の無いことだが」
向こう?こっち?その人はどこか遠くに居るのだろうか、その程度にしかあたしは思わなかった。
「まあ、前回、俺たちがヤバイ時、駆けつけずにアポとってただけはあるよな」
そうやって笑うセイジって人。ヤバイ時、ってピンチってことで、前に何か大変なことがあったらしい。
「悪かったわね。ヤバイ時って、あれよね。王司君たちと塔に登ったとき。まあ、仕方ないじゃない。龍神様のところから旭日君に会いに行ってたんだから。そもそもあの件は、セイジが持ってきたんでしょう?
剣帝大会に出たら耳寄りな情報を聞いたとか言って私に押し付けて……。こっちも正直言って大変だったのよ?」
そうやって笑いあう2人には、それだけの築き上げてきた思い出が有るんだろうなぁと思わず思わさてしまったのと同時に、あたしにもそう言った思い出を築ける仲間ができるのかなぁと思ってしまった。
「あっと、そうだったわ。ミュラーさん。貴方、たぶん、この環境に辟易してるでしょ?」
急に話を振られて、あたしは挙動不審になった。それは心中を言い当てられたから、驚きのあまりだったと、あたしは今になって思うの。
「な、何で?」
あたしの短い問いかけに、聖騎士王様は、「うふふ」と笑い、セイジって人が「キモっ」と言ってクッションを投げつけるという一幕をはさみながら、あたし答える。
「貴方の気持ちはなんとなく分かるのよ。勝手に持て囃されて、いいように祭り上げられるってところが私と同じだから。まあ、その自惚れた自分が強いって感情はセイジに悉く砕かれたんだけれど」
どうやら、2人は戦ったことがあったらしい。それも聖騎士王様に勝っているというのだから、あたしは驚きを隠せない。
「あ~、まあな。俺もお前も若かったってこったろ。今ならどうなるか分からん」
そう言って肩を竦めるセイジって人は、どこと無く、楽しそうに笑っていて、聖騎士王様も釣られて笑う。
「ふふっ、【蒼刻】も《蒼天の覇者の剣》と聖ありのセイジに勝てる人間が居るのなら、ぜひお目にかかりたいものだわ」
どうやら、このセイジという人には色々と凄い力が宿っているらしいけど、あたしにはよく分からない。
「てゆーか、お前も随分、普段から女言葉を使うようになったよな。昔は、男口調だったのに」
男口調だった?今こんなにも普通に話しているのに?と思ったけれど、よくよく考えてみれば、この部屋へ通してもらったときの声も男性のようだったの。
「それだけ気を抜ける時間が増えたってことよ……。
って、話が逸れすぎね。あ~と、ミュラーさん、貴方、日本に行ってみる気はない?」
初めてその話を聞いたとき、とっても驚いたの。でも日本へ、ううん、どこでも良かった。この環境じゃなくなるんなら。
「行く」
そう口にしていた。そうして、あたしは、セイジって人と日本の三鷹丘に行くことになったの。