329話:第二十一階層・桃色の覇者SIDE.GOD
信じたのなら前に進む。だから、刃奈を信じて前に進んでいた。姉さんはやや心配そうに時折下の様子をみていたけれど、それでも前に進んでいた。そうして、前に前にと進んでいくと、早くも次の階の入り口が見えてきた。ここまで、【力場】を感じていないんだけれど、どういうことなんだろうか。そう思って、そのままその階へと足を踏み入れた。
部屋に入った瞬間、周囲の光景に唖然とした。まるで世界が死んでいるかのようにモノクロだったのだ。地面も壁も木や花も、全てがモノクロによってなされている世界に、思わず開いた口がふさがらずに、しばし立ち尽くして周囲を見渡していた。他の面々も似た様な思いだったのか、ぼっーっと周りを見ていた。けど、最後に入ってきた姉さんは、別の反応だった。知っている場所を見たかのような、そんな反応。
「ここは……灰燼の首都じゃないの?!G支部のところの……。なんでここなのかしら。……ここに縁のある人、もしくはG支部……」
姉さんは何かが分かるようで、一回叫ぶなり、何かを考え込むようにして、しばし、そして、俺たちの方を見て言った。
「ユノン、今回の業は、あんたの業よ。それ以外に考えつかないわ。そして、おそらく来るのは、まあ、……あの子でしょうねぇ」
その親し気ないいようからして、どうやら、やってくるのは姉さんの前世か前々世の関係者らしいことが分かるが……そう言えば、修学旅行の時の市原家で姉さんが言っていたような気がするな。もしかしてそれなんだろうか。
「私の業……、一体どんなものなのかしら……。てか、一応、紳司の双子の姉だったら私よりも年下よね。まあ、とやかくは言わないけど」
それはとやかく言っているんじゃなかろうか。まあ、結局のところ、姉さんに突っ込んでも意味がないんだけどさ。絶対敬語にしないし。
「いいじゃないの、将来的にはあたしの義妹になりたいんじゃないの?流石に、義姉が年下だからって、義姉に敬語を強要しないわよね?」
人の恋心を逆手にとって、自分の不敬を正当化するなよ。ユノン先輩もユノン先輩で、頬を朱に染めて「将来……義妹……、これは、もう、認められてる!」とか舞い上がってるし。たぶん、姉さんの適当なでまかせだから、まともに受け取るのはどうかと思うな。まあ、俺もユノン先輩のことは好きだけどさ。そう思っていた時、急に近くに、湧き上がるような【力場】を感じた。近い……てか、すぐ、そこだッ!
「あっらぁ?そこはかとないラブでコメな匂いがすると思ったらぁ、もしかして、裕音ちゃん?」
甘ったるいような、のんびりした、優しい声音が聞こえてきた。敵意はない。ユノン先輩を「ちゃん」付けで呼ぶということは、姉さんの予想通りユノン先輩の業なんだろうが、俺はてっきり、ユノン先輩の業はあの馬鹿だと思っていたから、ちょっと予想外だ。
「意外と言えば、意外ね。あたしはてっきり、ユノンの業は亞月だと思っていたもの」
姉さんが、俺の考えていたことをそのまま口に出した。絶対に、亞月が来ると思っていたんだがな……。予想外だったんだが、結局この人は……。そこで、その急に現れた人物の容姿を確認して理解する。
なるほど、確かにユノン先輩の業だろう。桃色の髪、桃色の瞳、纏う気配はのびのびしていようと、その濃密な【力場】と圧するかのような波動は、幾千万の戦いを勝ち抜いた将の如きものだ。この人がうわさに聞いた、【桃色の覇王】姫野結音、いや、結婚後の姓は市原だから市原結音、か。
「お、かぁ、さん……?」
ユノン先輩の漏らした声で、それが確信に変わる。間違いない。この人が市原結音さんだ。市原家の時も、姉さんが口に出した名前だし知っていてもおかしくないんだろう。
「うん、そうだよぉ、裕音ちゃん。薄々、感じていたけど、やっぱり、お母さんの力を一番継いだのは裕音ちゃんだったねぇ……。すっかり、桃色の髪になっちゃって。それに、戦いも勝ち抜いたよね。お母さん知ってるよ。隊証を通して、裕音ちゃんを見ていたから」
結音さんはそう言った。隊証?何のことだろうか、と首を傾げていると、ユノン先輩は、ハッとしたようにポケットからピンバッチのようなものを取り出した。姉さんは「へぇ」と呟きながら、一瞬ニヤけたので何かを知っているっぽい気がする。分かるのはあれがただのピンバッチじゃないってことだけだな。
「隊長証明の襟につけるやつじゃないの。わざわざんなもん、取ってるなんて律儀なのは相変わらずなのね、結音」
姉さんの呆れた様な口調。結音さんは、一瞬で、バッと姉さんの方を見た。そして、何か思い当たるようなことがあったのか、驚き空いた口を手で押さえながら、そのあとすぐさま、姉さんに敬礼した。
「え、ちょっと、お母さん?何で、敬礼?急に敬礼?どうしたの?」
ユノン先輩が大パニックに陥っていた。急に自分の母親が、クラスメイトの双子の姉に敬礼をすればこうなるのは道理だろう。
「あ~、敬礼はいいっての。軍隊じゃなくて組織だからね、ネメシスってのは。しっかし、まあ、見てくれがこんだけ変わっているのにすぐ分かってくれるなんてありがたいもんだけど。桜子や零桜華は下の階においてきちゃったけど、あいつらくらいのものよね。あ、あと百合も分かってくれたけど」
そんな風に、肩を竦めて笑う姉さんに、結音さんは、敬礼を崩して、元のふにゃっとしたというかのほほんとしたというか、のんびり空間を形成しそうなオーラに戻った。
「ったく、仕事の時と、平時であんたのギャップあり過ぎよ。ま、4人も子供を産んで、裕蔵と仲良くやっているようで安心したけどね」
裕蔵とはユノン先輩の父親のことだ。4人の子供、裕太、結衣さん、ユノン先輩、華音ちゃんのこと。
「ええ、まあ、仲良くやっていましたよ。ただ、わたしの死後……いえ、わたしや亞月君の死後、家の方ではいろいろあったようですがそれは、まあ、裕蔵君が基本的に悪いので。あの人も、悪い年の取り方をしてるから、頑固ジジイですもんね」
苦笑交じりに言う結音さん。ユノン先輩は唖然として何も言えなくなっているけど、まあ、裕蔵氏本人に会ったことのある由梨香は微妙な顔をしていた。まあ、俺も正直、あの騒動を「裕蔵君の所為」と言いきってしまえる結音さんが、ある意味凄くてびっくりする。まあ、そう言ってしまえば本当に裕蔵氏が悪いんだろうけどさ。
「それよりも零士支部長が、どうして、そんなお姿になっているんですか?おっぱいばい~んと、腰きゅっと、お尻で~んと、完璧女子じゃないですか」
どちらかと言えば、スタイルで言えば、でかさだけを言うなら結音さんとミュラー先輩がいい勝負だ。姉さんはその次点くらい。だが、全体的なバランスで言えば姉さんがダントツだけどなっ!なお、秋世……。
「転生ってやつよ。零士から闇音に、闇音から暗音に、って2度ほど転生しているわ。まあ、それだけと言いきるつもりはないんだけれど」
まあ、実際にそれだけではないからな。しかし、まあ、そう考えると亞月が転生していたら面白い話ではあるよな。会えるかどうかは別として、あいつならのうのうと暮らしていそうだ。
「流石支部長、相変わらず規格外な方ですね。しかし、まあ、灰燼の首都で再会するというのは、どうにも寒気がしますぅ」
灰燼の首都、姉さんもそう呼んでいたな。ここはどういった場所だったんだろうか。
「そうね、異常種によって灰になった都市で、どうやら、亡霊とで会っちゃったみたいね」
姉さんはふざけ気味にそう言った。向こうも苦笑している。灰にされた都市、ね。それでモノクロの世界になったのだろうか。
「まあ、この姿形で呼び出された時から、薄々は勘付いていたんですが、もしかして、コレ、戦う系ですよね?」
姿、と言えば、結音さんの格好は、普通の服ではなく、どこかの制服のような服を着ているように見える。そこ、無理のあるコスプレ、とか言ってはいかん。まあ、思っているのは俺だけだろうが、と思ったらじいちゃんも何やらそんな感じで見ていた。いや、まあ、見た目で言えば20代ってところだから違和感は少ししかないんだが、それでも、何か、こう……、無理している感じが出ているような気がする。
「そうね、ただ、あんたが叩くあのは自分の娘だけど。この塔は、業に相当する相手を呼び出すもの。貴方が業として呼び出されたからには戦うのは娘さんと、よ」
しかし、まあ、親子で戦うっていうのも中々に酷なものがあるような気がする。父さんではなくじいちゃんとは戦ったことがあるがな。
「そうですか……、裕音ちゃん、それじゃあ、よろしくねぇ~」
普通に戦う気満々なのは、やはり武人と言ったところだろうか。この世界がどういった世界かは分からないが、おそらく、この都市が灰になってしまうくらいには戦いが横行していたんだろう。そんな世界を生き抜いてきた結音さんと、のうのうと暮らしてきたユノン先輩では戦闘に対する思いは全然違うだろう。
「え、あ、うん」
それでも、ユノン先輩は断らずに受け入れた。それは、状況が呑み込めていないから生返事での答えか、この状況で断れなかったか。そのどちらともな気がしてならない。俺は、嘆息しながら、前に進む準備を始めるのだった。




