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《神》の古具使い  作者: 桃姫
終焉編
327/385

327話:第二十階層・魔王の矜持SIDE.GOD

 少し休憩をはさみながら階段を昇っていた時のことだ。下の階……静巴のところから、唐突に力を感じたのだ。姉さんも同じ反応をしていたから気づいたんだろう。そして、その瞬間に、懐に入れていた緋葉の原液がブクブクと沸騰したように泡を立てている。これは……来たか?


「どうやら、今の覚醒で、復旧したみたいだな。権能が再帰したとはいえ中途半端だった状態だったのに、今ので一気に完全に近い状態まで戻ったぞ」


 まだ完全とは言えない状態だが、この塔を昇っていれば、いずれ完全復旧できるはずだ。姉さんの方を見ても、頷いていたから同様で、まだ完全とまでは至っていないらしい。


「ええ、どうやらそうっぽいわ。出力83%、まだ切り札は使えない状態かしら」


 切り札っていうのは、まあ、十中八九あれのことだろうけど、そうか、まだ使えないみたいだな。俺の方の切り札……権能も戻り切っていないしお互いさまだろうけど。


旦那(あなた)様、下のこともそうですが、上の方も、気にした方がよさそうですよ」


 刃奈の言葉に、上に【力場】の探りを入れて、……分かる。刃奈がどうしてこういったか、どうして、刃奈が言い出したのか。だから、俺は、意識を急速に切り替えるのだった。上の方へと。姉さんも、探りを入れて気づいたんだろう。こっちを見た。


「紳司、これって……まさかとは思うけど、やっぱりそう言うことなのね。……ちっ、この塔、人の運命で遊んでんじゃないのかしら」


 そう言いたくなるのも分かるし、俺もこの塔に怒りさえ覚えるが、そう言う塔なのだから仕方がないと経験で割り切る分、ましなのだろう。相も変わらず、って思うけど。


「そう言う塔だと思って諦めなよ、親バカ。って言いたいところだけど、怒りの度合いでは()も大差ないからね」


「馬鹿に馬鹿って言われたくないわよ。しっかし、よりにもよって、あれをわざわざ持ってくるってのが鬼畜と言わずなんていうの?」


 まあ、そうなんだけどね。俺としてもわざわざ呼び出して、また戦わせることほど酷なことはないと思っている。けれど、それは確かに「業」たりうるものであり、「宿業」として、立ちふさがるのに、これ以上のものはないといっても過言ではないものでもあるのだ。


「ええ、そうでしょう。分かっています、旦那(あなた)様。私はあれを乗り越えなくてはいけない、だからこそ、そのために、この塔に昇ってきたと言っても過言ではありません。ですから、心配なら無用です。最初から、覚悟はしていましたから。この塔に昇るうえで、私の業として出てくるのは誰か、そう考えたときに該当するのは子を儲けた2人のどちらかであろうと」


 やはり、分かっていたのか。なればこそ、だろうか。覚悟を決めた面持ちの刃奈。覚悟を決めているのなら、()は止めないよ。何でもかんでも制限するだけじゃ駄目だから、だから、自分で決めたのなら貫いてほしい。無論、サポートはするけどね。


「……ま、本人がそう言っているならしゃーなしかしら……」


 親バカな姉さんは納得いっていないようだけど。ったく、……さてと、気を取り直して、進もう。妻の決めた道を、俺もまた、進んでいく。






 そしてたどり着いた階に、それはいた。間違えようのない……怪異。妖怪でも化け物でもなく、怪異。怪しくて常と異なる。それは、ある種の自然現象、台風や地震と言ったものと同類視してもいいかもしれない存在。もはや、現象と呼んでもいいかもしれないもの。その名を――天海(てんかい)空李(くうり)と言う。


 天海(てんかい)空李(くうり)は人間だった。それはそうだ。怪異、怪しく常と異なることになったからこそ、現象になっただけで、では、異ならない常とは何か、――人間だ。それは、昔にさかのぼる。彼の存在を語るには遡らざるを得ないのだ。




 篠宮刃奈は、かつて、篠宮(しのみや)初妃(はつひ)と言う存在だった。そんな彼女が、とある神に出会ったのは、偶然でも運命でもなかった。篠宮初妃の母親である篠宮無双もまた神だったから、その関係で神と出会うのはそこまでおかしくないことであった。【魔王】などと呼ばれるようになる前のこと、まだ【武神の娘】として、知られる頃の彼女は、神を信仰していた。【彼の物】ではなく、三神の一柱、蒼刃蒼天を。そう、自分の母である篠宮無双ではなく、蒼刃蒼天を、である。おかしな話ではあるが、ようするに本人にあって一目ぼれしただけのこと。【武神の娘】は、その通り、女だったのだから、惚れもすれば、慕いもする。


 【魔王】と呼ばれるようになるころには彼女の周りには多くの人が溢れるようになっていたが、しかし、それでも彼女は誰に靡くこともなく、蒼天を慕っていた。そんな彼女は、天宮塔騎士団(レクイア)と言う蒼天が人間であった頃に所属していた騎士団が気になっていた。白城事件において、壊滅的なダメージを受けてしまい、神になった団長の蒼天を除き、生き残ったのはわずかだった。その生き残りの中に、天海空李もいた。副騎士団長、天海空李。他の騎士たち……ラース・ブラースたちをまとめ何とか生き残るために戦ったのだ。


 蒼天と肉体関係を持ったのは、このあたりで、まだ、天海空李と接触する前のことだったはずだ。そうして、蒼司を身ごもったころに、天海空李とであい、紆余曲折の末、天海君の誘いで、婚約することなった。


 むろん、蒼天は、その時点で、初妃に自分の子が宿っていることを天海家にも無双にも伝えていたし、了承を経て、初妃と天海君の婚約後に生まれた蒼司は蒼天が預かる形になった。そののちに、初妃は天海君の子を授かり、空麻(くうま)と名付けた。ここまでは、順風満帆と言ってもいいほどに初妃の人生は輝いていたのだろう。本人も「好きなお方と、婚約者の2人に囲まれて、2人も子供を産んで幸せだった」と刃奈として言っていたから間違いない。……が、ここから、事件が起こる。いや、事件と言うよりは事故、と言うべきなのだろうか。それとも、――運命か。


 天海空李の死、それは随分と簡単にやってくるものだった。本来、ありえない、されど、起こってしまったからにはあり得たのだろうか、天海空李は死なずに死んだのだ。死んだのに死ななかったという蒼天などとは違う。生きているのに死んでいた、と言うのとも違う。とにかく、死なずに死んだのだ。その特異的な現象……概念とも呼べるものは、ある現象を引き起こした。それは死なずに死んだ事実を改変するかの如く、世界のゆがみを修復するが如く、死と言うものを天海君の中に集めたのだ。そうして出来上がったのは、死の概念の怪異だった。


 それは、ただ死するよりも悍ましく、そして、何より死者を冒涜するものに他ならなかった。婚約者の成れの果て、初妃はそれに立ち向かい、消し去った。なのに、それがいま、また目の前に居る。それらのことを知っているから、俺も姉さんも怒っていたのだ。





「久しぶり、ですね。天海さん」


 目の前の、もはや天海君とは言えないそれに対し、彼女はそう言った。もはや死しているために、彼の存在はなく、彼の意思も人格もないはずなのに、それでも彼女はそう言った。そして、階段を昇ってきて、フロアに入り、あれを見て驚いている中の1人、篠宮真琴さんの方を見た。


「……旦那(あなた)様。よろしいでしょうか?」


 その刃奈にしては簡素で、普通なら意味も汲み取れない言葉に、俺は、全てを察する。ああ、そうだろう、お前はそうするよな。と言うよりも、そうせざるを得ないだろう。だから、許可する。誰が何と言おうと、俺が許可すれば、そのことに関しては認められるのだから。


「ああ、いいぞ」


 俺の頷きに、俺が悟っていることにも気づいたのだろう。そして、刃奈は、俺に会釈をして、真琴さんの方へと向かっていく。まっすぐに、覚悟を決めた面持ちで。


「失礼しますよ」


 ボソリと言いながら、唐突に真琴さんを押し倒す。殺す勢いで、思いっきり。じいちゃんやばあちゃん、周りにいた面々は何事か、と慌てるが、刃奈はいたって冷静だった。


「何をする気?!ちょ、紳司君、止めなくていいの?!」


 秋世が叫ぶが、俺は、秋世を制止した。止めなくていい。止める必要なんてないんだよ。


「真琴、すみませんが、返してもらいますよ……」


 真琴さんは訳が分からず首を傾げたが、そんなことはどうでもいい。刃奈は真琴さんの胸に手を当てる。そして、言う。


「――私の力を」


 その瞬間、真琴さんの周りに薄黒く歪な【力場】が形成され(うすぎぬ)がかかったように、2人の姿を闇が覆った。そして、その中から、薄ら聞こえ漏れる声。


「う、ぐっ、あぁあっ」


 それは、真琴さんの悲痛の声だった。それもそうだろう。あの力は魂に密接にくっついているようなものだからな。それを一時とはいえ、他人に渡すのは通常なら無理だからだ。今は、俺の不完全な権能でそれを成立させているだけだ。


「ちょっと、紳司、なんかヤバそうじゃない?!」


 ユノン先輩が言う。しかし、問題はない。真琴さんには多少痛みは感じるだろうが、それは、魂に傷がつかないようにするための俺の措置であり、決して、刃奈が攻撃しているとかそう言うことではない。


「大丈夫ですから、見ていてください」


 俺は、ユノン先輩をそうなだめると、(うすぎぬ)色の向こうをうかがう。徐々に霧が晴れるように、再び見え始めていた。薄黒いのも、真琴さんからではなく、刃奈の方から出ているように感じるようになった。――譲渡には成功したようだな。もう、完全に姿が見えるようになっていた。


「ちょっと、あなた、真琴さんに何をしたの?!」


 秋世がヒステリックに声を飛ばす。しかし、刃奈は微塵も気にした様子を見せない。それこそ歯牙にもかけないと言うやつだ。


「言ったままですよ。力を返してもらいました」


 その瞬間に、鎧が、角が、剣が、そして――誓約(ルール)が、刃奈へと戻った。それこそ、元の【魔王】の復活である。


「返してもらったって……どういう?」


 そのすごみに押されたのか、秋世は少したどたどしくなりながらも刃奈に問いかけた。


「ああ、そう言えば自己紹介ができていなかったんでしたね。私は、篠宮刃奈。またの名にしてかつての名を篠宮初妃。この力を神よりいただいた【魔王】です」


 刃奈の奴、「神より」の部分で、わざとらしくこっち見やがって……。そして、姉さん以外の皆はあっけにとられるか、訳が分からずキョロキョロするかだけだった。ちなみに、静巴には既に刃奈のことは教えていた。

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