322話:フルカネルリVS怜斗SIDE.ZERO
SIDE.ZERO
俺は、先ほどまであった唇の感触を確かめるようにしながら、一度目を閉じて、そして、意識を切り替える。さっき、暗音からきちんと受け取った「とっておきのプレゼント」。そのおかげで俺は今、猛烈に負ける気はしない。俺は、しっかりと懐の短剣を握りしめて、スッと構えを取る。
「熱烈なキスを見せてくれてありがとう。僕は、そう言ったことに関心はないから、逆に興味深かったよ。しかし、そのキスがプレゼントと言うのもよくわからないな。欲情や劣情からそれらを力に変換する方法でもあるのかな。それとも、気持ちと言う非科学的なものなのかな?」
こいつは何を言ってるんだろうな。それに、キスをしたから強くなるって訳じゃないし、暗音のキスだから意味があるんだよ。そして、だからこそ、負けることはない。
「生憎と、戦いのときはしゃべらないのが流儀なもんで、なっ」
手を振り抜き様に短剣を投げる。暗音と……闇音と会う度にやっていた……いや、暗殺者と会うたびにやっていた短剣投げと同様だ。常人には見えない速度で短剣を投げ飛ばす。
「ほぉ、でも、コレ、完全に虚を突かないと、中々、当てるのは難しいんじゃないだろうか?」
ああ、その通りだ。だから、これは囮に過ぎないんだよ。俺は、短剣を弾き飛ばすフルカネルリの死角を突く位置に、素早く移動して、2本目の短剣で首を狙う。流石に虚を突かれたのか、フルカネルリの首にナイフが当たる……直前で壁のようなものに阻まれた。魔法使いが暗殺防止でよく使う障壁だろう。ただの短剣じゃ破れないってやつ。あれを使われると結構厄介なんだよな。
だが、虚を突けば、攻撃を通せることは証明できた。後は、あの障壁を張られる前にぶっ刺すか、障壁を貫通するほどの一撃を使うか、だよな。
「死角を突かれた、かな。驚いた、あの一瞬で僕の死角を的確に判断して、攻撃してくるなんて、そうそうできることじゃない。つまり、死角をよほどつきなれているんだろうね。しかも、あの一瞬で、あの位置まで素早く移動できなければ成功しない、自身の身体能力に裏打ちされたものだ。いいじゃないか。中々に修練を積んでいるようだね」
修練なら常に積んできた。筋力も体力も、維持し続けるために、欠かさず、ずっと。だからこそ、俺は、今、あの頃にも似た動きができている。だが、それでも幾分、あの頃よりも劣っているのは、年齢による体格差や生活環境の違いからくる食事の違いなんかだ。あの頃は、野菜なんて食ってなかったしな。だが、だからこそ、ああいった体になったんだろうが。
俺は、次の一手を決める。貫通力を持つ技……、それは、短剣を投げるよりも、直接、力を込めて叩き込んだ方が強く、また、回転や突きの一点突破の方が障壁を壊しやすいことは前世の体験から実証済み。
「ならッ!」
踏み込みざまに短剣の切っ先を障壁の隙間にめり込ませるように突っ込み、回転を加えて障壁を破壊するように突き進む。少し時間がかかるが突破できそうだ。
「むっ、――水銀の楯よ」
とっさに、フルカネルリは手元から液体をこぼし、壁を作った。これが錬金術ってやつか。魔法とは違って媒体を変化させるからな、隙が作りやすいみたいだが、それでも難しいか。だが、これで障壁を貫通できることがわかった。
「まさか、障壁を貫通できるだけの威力があるとは、短剣も侮れないな。しかし、今のはあまりにも君に隙が多いからね。使うのは難しいだろうね。さて、次はどうするんだい。君の次の手はどんなものなんだい?」
さて、これで準備はおおよそ整った。これで失敗したら、まあ、そこまでだろうな。だが、失敗するわけにはいかないんだ。あいつが……暗音がプレゼントをしてくれた以上な。
「行くぜッ、フルカネルリィッ!」
俺は声を張り、こちらに注意を引き付ける。そして、懐に入れていた最後のナイフを素早く投げつける。
「何度も同じ手が通用すると思っているのかい?それとも、それに先ほどの貫通を付けくわえて破る気なのかな?でも見たところ、懐のナイフもこれが最後なんだろう?」
その瞬間、全てが逆転する。フルカネルリが自分の死角を振り返った瞬間に、俺は、死角でもなんでもない目の前に出現し、そして、とっさに張られた障壁と、何か攻撃する準備をしているフルカネルリが目に入る。だが、――遅い。確かに、障壁を突破するあの技は時間が少しかかるが、それは普通のナイフなら、だ。
そう、俺が持っているのは懐の普通のナイフではない。別のナイフ。黒い刃のナイフだ。全てを切り裂くこのナイフに障壁を破る時間など必要ない。
「こいつで終わりだ」
首にナイフを突きつける。ここで殺す必要はないだろうからな、あくまで、こいつを負かす、それだけだ。フルカネルリは、降参するように、手に持っていた瓶を放り、手を挙げた。
「びっくりしたね。よもや、僕の裏をかいてくるとは。しかし、どうやったのか、それを説明してほしいね。そのナイフもどこから出したんだい?」
フルカネルリは困惑しているようだ。だが、言ったじゃないか。頭いいやつの裏の裏の裏までかかなくちゃ、暗殺者はやっていけないって。だから、こそ、これは単純なトリックなんだ。頭がいい奴ほど、単純なことに気づけない。考えすぎる。だからこそ、俺は勝って、こいつは負けた。
種を明かせば簡単な話で、俺はずっと言っていた。思い返してみよう。「キスがプレゼント」だ、と言うフルカネルリに対して、俺は「暗音のキスだから意味がある」と、当たり前だ。あいつがキスをするということ自体に意味があるんだ。暗音がこの状況で何の意味もなくキスと言う行動はしないだろう。だから、それには意味があった。
そして、一回目のナイフ投げ。これは、通常の手段が通じるかどうか確かめると共に、ナイフを持っていることを印象付ける行為だ。ナイフが飛んできたら、他にもナイフがあるかもって思うのは当然だ。
だから、次のナイフでの攻撃も、その印象付けって意味もあった。防がれるだろうとは思っていたからな。さらに、「死角を突く攻撃」と言うのを深く強く印象付けさせたんだよ。俺は死角を突くのが得意なんだ、って強く思わせる。
で、さらに、ナイフで時間がかかるけど障壁を突破できることを証明する。これもまた、同様に印象付けだな。ナイフでも破られるってことが分かれば、ナイフによる突き攻撃を警戒しなくちゃならない。
これらの印象操作が終われば後は楽だった。同じことをすると思わせたうえで、違うことをすればいいんだからよ。簡単なことだ。今までのことをしっかり覚えているから、つい同じことを、同じ手法を取ると考えすぎちまうからそうなるんだ。
だから、俺は、ナイフを投げると同時に、俺の《古具》である《漆黒の外套》を使い、気配を……俺の存在を極限まで薄くし、その認識を外させた。そのことで、フルカネルリはさっきと同様に死角に入ったと勘違いして、今まで死角になっていた方を向く。すると隙ができる。だから、その瞬間に、腰から黒刃のナイフを抜き、やすやすと障壁を切り裂いたってことだよ。
とそんな風に、おおよそのことをフルカネルリに語ってやる。ネタバラシってやつで、聞くと案外あっけないものが多いんだよな。
「いや、待ってくれ。その黒刃のナイフはいつ用意したんだ。まさか、こうなることを予期して、一本だけ業物を持ってきていたのかい?」
フルカネルリの疑問に、俺は、ため息を吐いた。頭がいい奴なのに、何でここまで言っても分からんのか。いい加減に気付くだろう。いや、あいつのことを知らなかったら当たり前っちゃ当たり前の反応か。
「だからあいつのすることに意味のないことなんてないんだよ。キスは、ただ単に、腰に手を回しても不自然じゃない姿勢にするのが目的だ。あの時、俺の腰に手をまわしたあいつが、咄嗟に造って、腰に差しこんだんだよ」
そう、だから「とっておきのプレゼント」ってさんざん、あいつも俺も言っていたのだ。キスなんかじゃなく、本当のプレゼントである、この黒刃のナイフを称してな。
「まさか、全ては計算のウチ……、僕の行動や特性を読んで、ここまで計算していたのかい?恐ろしいな。確かに、君は暗殺者だ。僕さえも殺せる暗殺者だよ」
「いいや、違うな。本物の暗殺者なら、お前に気配すら感じさせず、障壁を張る暇すら与えず一撃で仕留める。それが本来の暗殺者さ。ここまで派手にやらかしてたら、別の仲間が来たり、外的要因で仕留め損ねたりする可能性が出てくるからな」
それこそ、一撃瞬殺、決して、その証拠を残さず、すぐさまに殺す。でなくていいのなら、正面から乗り込んで、全て殺せばいいんだからな。暗殺をするという以上、ターゲット以外に気付かれるのは御法度だし、ターゲットに気付かれるのも本当はよくないんだよ。その点、闇音は、本当にうまかった。しかし、暴れるときは暴れてやがったけど。ま、だからこそ、闇色の剣客であって、暗殺者じゃなかったんだろうな。セオリー無視だし。その点、俺は、暗闇の暗殺者ってきちんと呼ばれてたが。
「いや、君も立派な暗殺者だと思うよ。何せ、最初から対面していた状態で、こうも覆すように僕の首を狙えたんだ。過程が違っても、きっと、君は僕を倒せたし、それこそ、最初から君が隠れていられる状況を作れたら、間違いなく君が瞬殺していただろうしね」
そう言うフルカネルリの身体は徐々に透け始めていた。消える……これは、戦いが終わったってことだろうか。
「おや、終わったようだ。ふむ、面白い体験ができたよ。感謝する。また、いつか、どこかの次元で会えることを楽しみにしている。君とは、また会えそうだからね」
俺としては、あまりもう会いたくはないんだがな。できれば敵同士として会うのは特に避けたい。
そんなことを考えながら、黒刃のナイフにキスをする。暗音からのプレゼント、助かったからな。サンキュ、暗音。黒刃のナイフは溶けるように消えていった。




