319話:第十六階層・輝きを呑む闇SIDE.D
さて、と。はぁ……めんどいわね。なんとな~く、なんとな~くだけど、おおよその検討がついて来て、おそらく上にいるのが何かは分からないけど誰の関係かが理解できたのよね。たぶん、輝と讃ちゃんの業だわ。正確に言えば光と燦ちゃんの業。宿業、それが現世に降りかかってきた。そう考えるべきなんでしょうね。輝と讃ちゃんの足取りが重いように感じられるし、どことなく、その理由は、さっきまでと趣の違う階段にあるようにも思うわ。
「輝、讃ちゃん、この光景に見覚えはある?何やら足取りが重そうだけれど」
あたしの言葉に、2人は、周囲を再度見渡してから、頷きあって、そして重い口を、ためらいながらも開いたわ。そんなに言いづらいことなのかしら。
「ここ、『無名な有名』と呼ばれる結社の根城に似ているんですよ」
「無名な有名」……ノーネーム。確かに聞いたことがあるような気がするわ。でも、あたしは少なくとも知らないはずよね。あれがぶっ潰されたって話を聞いたのは、確か、所用で国外の暗殺に出ていて帰ってきたらことが終わっていた感じだったもの。
「ああ、たしか第五都市の近くにあった奴だよな。俺は直接行ってねぇから覚えてないけど。確か、燦と光で倒したんじゃなかったか?」
怜斗も曖昧な記憶しか持っていないようで、そんなことを言っていたわ。第五都市。剣帝王国の西部に位置する都市で、中国の黄河ばりにだだっ広い河が流れているわ。そこで取れる魚を国中に出荷しているから、比較的に都市は潤っているはず。
「あ?リオラゴスラって言ったら、クソ田舎じゃないか?そんなところに根城を作ってどうするんだ?もっと商場とかのある街に普通作るもんじゃないのか。まあ、だからあえて作ったのかも知れないけど」
紳司がそんな風に言った。何言ってるのかしら。漁が盛んで、出荷するのに商人も集まるから、あれほど情報収集に適した場所もないでしょ。いざとなれば、橋を渡って他国に行くなり、船で逃げるなりできるし。急場船が用意できない騎士たちは逃がしてしまうってこと。
「って、ああ、そうだったわね。そりゃそうか、紳司、あんたの知ってるリオラゴスラとあたしたちの言う第五都市は全然違うわよ」
あたしは苦笑しながら言った。すると花月ちゃん……静巴ちゃんが、首を傾げながら、あたしに問う。
「どういうことですか?あの掘っ立て小屋の集合みたいな町のことを言っているんじゃ……」
掘っ立て小屋の集合ねぇ、まあ、年月が経てば姿は変わるってことよね。たぶん、紳司や静巴ちゃんの時代だと王都くらいしかなかったんでしょう。
「掘っ立て小屋だけって、あそこにはヴュヘルム大河があると思うんだけど」
輝がそんなことを言う。まあ、輝や讃ちゃん、怜斗が言いたいことも分かるわ。だって、自分の時代のことを基準に考えているんだもの。
「違うのよ。あれは、あたしらの生まれる少し前くらいの時だったかしらね、当人である蒼子さんなんかが居れば聞けたから、母さんなら詳しいことが分かったのかも知れないけど、あの時代に、亡者の怒りっていう大自然災害がリオラゴスラであったのよ。大地震による地割れと、大嵐による土砂や大雨で、地形が変わるほどだったわ。そうして出来上がったのがヴュヘルム大河ってわけ。そこから、十数年で、隣国の漁師なんかの渡来で、あの辺に漁業都市が生まれたのよ。だから紳司の言う剣舞帝国や剣帝王国初期のリオラゴスラとは全然違うのよ」
その辺の話は、昔、近くに住んでいた婆さんに死ぬほど聞かされたから覚えてるわ。光は寝てたから覚えていないでしょうけどね。
「そんなことになってんのか?俺らの時の河どころか川なんて、北西の方にちっさいのが流れてるだけだから、主食は魔物とか獣の肉だったぞ?魚なんてほぼ無し」
静巴ちゃんも紳司の言葉に頷いていたわ。まあ、それで鍛えられていたんでしょうけどね。食べ物である魔物を狩るっていうのが修行で、しかも生きるために必要なことだから。
「てか、あの時代だと、第二都市も第三都市も第四都市もなかったんじゃないの?」
王都の第一都市は流石にあったでしょうけど、その辺は、紳司の生きていた時代から都市としてあったとは思えないんだけれど。
「レグヴィンス?ラングバルデ?知らんな。あ、でもファルザリアは知ってるが……え、ファルザリアが都市になってるのか?」
紳司のひきつったような笑みと、静巴ちゃんのキョトンとした顔。紳司は知っているのに、静巴ちゃんは知らないみたいね。どういうことかしら。
「青葉君、ファルザリアってどこでしたっけ。わたしの記憶に欠片もないような気がするんですけど?」
紳司の気まずそうな顔。何かあったかしら、と思って、それで、思い出したわ。あの都市、ってか街の裏の顔。「花の街」の名称の通り、綺麗な花の都なんだけど、ちょいと裏に入ると遊女犇めく遊郭街、別称「華の街」。まあ、そのほかにもホテルとかもあって、独り身だけじゃなく、お熱い人たちの集まる場所だったわね。
「い、いや……、言いたくはないけど、まあ、国の要人とかの御用達のラブホ街みたいな……」
紳司が言いづらそうに言ったわ。へぇ、あそこってそっちが先にあったのね。初めて知ったわ。そのあとに「花の街」ができたのね。
「で、青葉君がなんでそんな場所のことを知っているんですか?もしかして行ったことがあるんですか?」
静巴ちゃんの顔が怖いわね。話の輪に加われていない紳司の仲間たちもラブホ街に行ったっていう話に、少し耳をこちらに傾けているように感じたわ。どんだけ気になってるのよ。
「あるわけないだろ。お前は俺の事情を理解してるんだから、それを一番よく知ってるだろうに」
そう言う紳司に対して、静巴ちゃんがホッとしたような、何か嫌なことを思いだしたような顔をしたわ。何を思い出したのかしら。
「そう言えば、基本的に、わたしかアルデンテかナナナがいないときは刀を打つことしかやっていなかった人でしたね」
ふぅ~ん、そんな感じだったのね。それにしても、まあ、時代によって、風景が変わるのは当然だけど、ここまで話がかみ合わなくなるなんてね。……って、んな話じゃなかったでしょうに。
「まあ、紳司の話はおいておくとして、『無名な有名』って奴らの根城に似っているっていうのがどうしたの。そんなにヤバイ相手だったの?」
噂だけだと、そこまでヤバイ連中じゃなかったと思ったんだけど。光と燦ちゃん……輝と讃ちゃんにしか分からない何かがあったってことなのかしらね。
「【十王将】って言うよくわからない人たちの中の1人、【無貌の王】っていう人が居て、戦ったんですが、正直に言うともう戦いたくないくらいには強かったです」
【十王将】……?!あの【悦楽の王】とか【落魔の王】とか十体いるっていう王?でも、数体が、No.0が倒したってことになっていたはずだけど、数体行方不明のはずだったわよね。そのうちの一体かしら。
「【十王将】ッ?!あの、【十王将】ですか?まさか、他に居たなんて……。剣帝王国にいる奴らは、だって、あの時ッ!」
静巴ちゃんがそう言ったわ。静巴ちゃんは、知っているってこと?でも、聞いたことが無いんだけれど、それって、一体。
「【暗黒王】ッ……あいつの……あれの仲間かッ!」
紳司もなんか知っているっぽいけれど、【暗黒王】……?どうやら、紳司と静巴ちゃんも前世で一戦交えているっぽいわね。
「なるほど、じゃあ、今回、上にいるのは、その【無貌の王】ってやつでしょうね。はぁ……、じゃあ、上に行きましょうか。でも、輝、讃ちゃん、大丈夫なの。勝てる自信はあるの?」
光は、長年の護衛などで得た力を持っていたわ。でも、輝は、戦っていないはず。実戦経験はほとんどない。かつての経験はあっても、今の体験は、実力はないわ。経験に実力が追いつかない、っていう妙な状況になっているはず。
「俺には、こいつがあるし、それにいざとなれば、切り札もあるから」
切り札、それは、きっと……。讃ちゃんも同様なようで、2人して剣を引っ提げて、敵に向かう似たもの夫婦ね。どっちも前衛ってのはバランス悪いけど。息はピッタリだし、相手が1人ならまあ、問題はないんじゃないかしら?
「しかし、まあ、この塔にはどれだけの化け物が集まってきているんだろうな……。この分だと、もしかして、……いや、流石に……ねぇ、よな」
紳司がそんな風に呟いて、上の階を見据えていたわ。誰を想像したのかしら。まあ、誰であろうとどうでもいいんだけどね。それよりも早く天辺に行きたいわ。ねぇ、かつて■■、あんたが、果てた……。




