317話:第十五階層・最強の武神SIDE.D
世界が揺れた様な気がしたわ。でも、他の皆は気にしていない。気のせい……なはずもないわよね。何かしらね、この感じは……。魂を焙られるような、脳を直接つかまれたような、心臓を握られているような、そんな……、ああ、なるほど、そう言うことだったのね。はぁ……、本当に、緋葉じゃないけれど、どこまでこの塔は、あたしたち……いえ、私たちを翻弄するのでしょうね。でも、この感じだと、さっきの話通りってことは、あたしか刃奈か深紅、ってところでしょうね。で、あたしはたぶん違うし、刃奈も違うっぽいから、深紅の業ね。
あ~、これ、ヤバいっぽいわ。頭痛と胸の痛み、そして、記憶の同調が始まりつつあるもの。あたしがあるから私が引っ張られながらもどうにかなっているけど、かなりキツイわね。体の奥から滾るような熱さがこみあげてきて、全身を侵すわ。
「チッ……やばいわね……」
思うように体も動かないわ。おそらく、当人に会えば、大丈夫なんでしょうけど、ここで、向こうに丸ごと引っ張られるようなヘマはしたくないわ。今、起きているのは、体が向こうに引っ張られている状態。2つの人間が1つになろうとしている、っていえば分かるかしら。
ただ、これの難点は、タイムマシンで過去の自分とあったらどうなる、と言う疑問とは違うってことよ。同一人物が同時に存在したらどちらかが消えるか、世界が消えるか、まあ、いろいろあるけれど、それとは違うということよ。存在の確立ができているけれど、不足していないのに不足分を補おうとして、今の現象が起きているわ。だから、対面して、存在同士を確立させてやれば、違うということになって、収まるはず。
だから、あたしは、焼けるような全身の痛みにこらえながら、深紅に言ってやるわ。不敵に、そして、あざ笑うように。
「深紅、あんたの業よ。覚悟なさい。あんたが負け続けた最強が上にいるわ」
そう、深紅は、一度も勝ったことがない。それはあたしがよく知っている。だからこそ、そう言ったのよ。
「オレが勝ったことのない相手、だと?一体誰のことを言っている。そもそも、上に【力場】が感じられないんだが……、相手が分かるのか?」
……そうね、確かに上に【力場】は感じられないわ。でも、しっかりと分かるの。いえ、分かってしまう、と言うべきかしら。紳司をチラリと見ると、紳司は、上の階を見据えていた。つまり、紳司も分かっているんでしょうね。
「おそらく、戦うのを避けた方がいい、そんな存在よ。少なくとも、あんたが勝つのは無理と、散々思ったほどにね」
紳司が、やれやれと言ったように肩を竦めているわ。刃奈ですら疑問符を浮かべているところを見ると、本当に分かっているのはあたしたちだけなんでしょうね。同族の勘とでも言うやつが紳司には働いているのかしらね。
「しかし、こんなにもすぐに出てくるとはな……。俺はてっきりボス枠の1人として出てくると思っていたな。まあ、緋葉がさっき出てきたからおかしくはないのか?」
紳司の言葉に、あたしは苦笑する。ボス枠って、まあ、確かにそうなんだけれどね。単体だとボスよりもラスボス枠でしょうけど。まあ、本来主人公だから2のラスボスでしょうね。
「お生憎様、この塔にそんな偏見は通じないってことね。まあ、意外なのはあたしも認めるわ。でも、速めに出てきてもらった方がありがたいとも思うわよね」
本当にラスボスとして出てこられたら、ガチで疲弊状態で戦いたくはないもの。だからこそ、とっとと出てきてくれた方がありがたいわ。それに深紅なら戦えるでしょう。まあ、負ける確率100パーだけどね。死ぬことはないわ。
「おいおい、嫌な予感しかしない口振りだが、オレが今思い浮かべた人だと、少なくとも【力場】を感じねぇってことはないはずだ。だから、お前らは誰のことを言ってるんだ?」
深紅の問いかけに、笑うしかなかった。そうね、本来ならあなたでも感知できるんでしょうけど、今回は、この塔では特別なのよ。だからこそ、あえて答えずに、前に進むわ。フォロー・ミー……ついて来いってね。
一歩、また一歩と近づくごとに、あたしの身体の熱が引いていくのが分かるわ。その分だけ、距離が狭まっているんでしょうね。でも、だからこそ、前へと進む。会うために。
「さて、とそろそろってところかしらね。ご対面の時間よ」
階段を昇り切った、そこには、茶髪の女が佇んでいる。絆の文字の羽織を羽織る。その手には、ただの刀が2振り握られていたわ。そうただの刀。彼女の愛刀でも、その前に使っていたものでもなく、ただの変哲のない刀。ただ、大小ではなく、2振りとも本差。完全な二刀流の使い手。清水一学かってのよ。
「久しぶりね、深紅……」
にっこりと笑う、その女の名前をあたしは知っている。紳司も、刃奈も、おじいちゃんも、そして、何より深紅がよく知っていた。知らぬはずのない、かつての戦友。
「無双……。どうして……、だって、あんたの【力場】は、一切感じなかった……」
今、現在、広義的に言えば、篠宮無双は3人いるわ。意味が分からないかも知れないけれど、そうなのよ。1人は、天辰流篠之宮神として、魂を5代目に刻み付けている、神としての篠宮無双。2人目は、神醒存在として第四楽曲・天神神奏を司る篠宮無双。3人目は……、まあ、今回関係ないからいいとして、【力場】は、魂と血の力。いいえ、正確には違うんだけれど、まあ、おおよその意味としてはそんなところ。そして、精霊である、……神醒存在の篠宮無双は、どちらも有していない存在なのよ。神醒存在だから【力場】を持たないということではないけれど、篠宮無双としての【力場】は確実に持っていないのよ。それは、目醒めた時点が、神として確立される前、そして、【究極力場到達点】へと至る前。生まれながらに神の曲へと目醒めていたからこそ、その後に経た【力場】を持たずに彼女はここにいるのよ。
「その説明をしている時間も勿体ないでしょうし、それに私の規格外は今に始まったことじゃないでしょう?」
無双は、深紅に微笑みかけるわ。ええ、本当に、規格外は昔からだったでしょうね。そして、無双は、刃奈を見やる。愛娘を見るように、視線をやるだけだった。声はかけないのね。まあ、そうするべきなのかも知れないけれど。
「それで、ここは、天宮の塔なんだから、どうせ、業としてまた呼ばれたんでしょうね。あ~嫌になるわ。それに……。六花信司、なるほどね、刹那の予言も伊達じゃないってことよね」
そうね。本当に、刹那は時々予言を的中させるから困るのよ。そう思いながら、あたしは無双を見るわ。目が合った。もうその頃には、あたしの熱はすっかりと引いて、体も軽くなっていたし、引っ張られていた部分も、もう治っているみたいね。
「にしても、本当に、世界は狂っているようで何よりよ。くそったれな世界にさよならを告げる日は、思ったよりも近そうってことが分かるわ」
まあ、それは、あたしと紳司が何より証明していることだものね。徐々に、神の手は、あたしたちから離れていってしまっている。手を出せない、そんな領域があるんでしょうね。だから、こそ、存在している。三神なんかもそうよ。裏をついた契約とはいえ、本当に神が全知全能だというのなら止めることができたはずよ。ここで、全知全能のパラドックスについて説く気もないし、だからこそ、神の力には限界がある。それは事実でしょう。そして、手に負えないものが増えれば増えるほど、神の力は届かなくなり、世界は瓦解するわ。ただでさえ【魔城の主】なんていう九世界の例外もいるし、4つの理と1つの概念、その奥の何か秘めたる存在、そう言った者たち、この世界の神よりも、そして、それを選んだ九柱の神よりも上の存在がいるのに、よ。
「でも、この塔のルールってのは面倒なものね。あまり呼ばれたくないから断りたかったんだけれど、業のある相手ってのは、何も一方的に因縁があるわけじゃない方が多いのよ。ならばこそ、相手に少なからず敵意なり好意なりがある以上、断るわけにいかなくなるじゃないの」
肩を竦める無双に、苦笑するあたしと紳司。尤もなことを言うわね。それでこそ篠宮無双、と言うことだと思うわ。
「さて、と、どうせ深紅でしょうから、とっととそれ以外の人には退場してもらいましょうか。できれば、貴方にはそれを置いて行ってほしいけど、無理でしょうね。ま、深紅程度ならどうにかなるからいいわ」
おばあちゃんにそう言う無双。ふふっ、それはあたしが使わせてもらうわよ。さて、深紅、絶対に勝てないでしょうけど、せいぜい頑張りなさいよ。万が一にでも勝つ可能性が、……なくはないはずだから。
「ねぇ、■■、あんたは、今、幸せなのかしら?」
無双は、小さく、あたしたちの……あいつの背にそう問いかけるわ。どうなんでしょうね。幸せかもしれないし、そうじゃないかもしれない。ただ、あの子は、きっと、この先で再びあたしたちの前に立つでしょうね。それがあの子の道なのだから。
「ウチの子を……頼んだわよ。ふっ、貴方に頼むのは妙な気分だけどね」
それは小声過ぎて、あたしと紳司以外の誰にも聞こえていなかったでしょうね。でも、それでいいのよ。あたしに届けば、それで、いい。
「ええ、もちろん。そして、本当に、貴方に託されるのは不思議な気分よ」
互いに小さな声で言葉を交わして、先へと進む。さて、この先には何が待ち受けているのかしらね。




