311話:第十二階層・南方の守護者 SIDE.GOD
次の階への階段を昇っていると、先頭を走っていた姉さんが足を止めたせいで、殿になっていた俺と刃奈と静巴は足を止めざるを得なかった。あの姉さんが止まったのはなぜだろうか。俺は気になって、間を縫って先頭まで出てみる。姉さんのことだから大抵、何かがあっても足を止めることはないはずだけど、彩陽さんのパターンみたいに業を持つ人しか入れないパターンだろうか。そう思っていたのだが、どうも違うようだった。
「姉さん、どうしたんだ、こんなところで立ち止まっ……、はぁ?」
俺は、姉さんに問いかけている途中で、それに気づいて動きが止まった。階段が複数あるのだ。左右に階段が伸びている。丁度、下がる階段と上る階段と右側、左側で十字になっているような形だ。どうして、階段が増えているんだよ……。
「【力場】で敵が上にいるのは分かっても、どの階段が正解かが分からないのよ。今回は、上の奴もよくわからないし……。どれもが正解ってことはないでしょうけど。ここでうかつに分かれるのも問題になるし、どうしたらいいかしらね」
十字、よもや引き返したら次の階なんてことはないだろうけど、下が違うなら上か右か左か。……この十字にどういう意味があるんだ。
「ねぇ、紳司、右の扉の上にNて書いてあるけど、北ってことかしら?」
N……?ああ、書いてあるな。Nは普通ならNorthで、北とかを意味することが多いが、この塔でそれがどういう意味を持つんだろうか。東西南北……それが意味すること、そんなもの……。
「守護……、王印の守護は四方院……。それぞれ東西南北、東方院、西方院、北方院、そして南方院。そういうことか。そして、右の扉が北……北方院なら、左が南方院、正面が西方院で、今来た道が東方院。これが意味するのは……、ルラさん、か。と言うことは上にいるのは、南方院……いや、それなら左の道にSとでも書いて出せばいいはず。なら、十字路になっているのは、上に全部がいる、つまり、四方院が集結したなにかがそこにいるってことか」
おそらく、そうだろう。俺の言葉に、姉さんが眉根を寄せて、何かを考えるようにしていた。何か思い当たるのだろうか。
「とりあえず……ルラだっけ。あんたの業ね。道は左の道でいいとして、上にいるのは……剣煉か剱か、それとも王戯か。誰かは分からないけど、たぶんその3人の誰かでしょうねぇ……」
その3人、俺は知らないけど、どうやら、姉さんからすればその3人の中の誰かが今回のフロアキーパーに当たるようだ。
「まあ、おまけがついて来てなきゃ勝てるでしょうね。……どう思う、刃奈?」
姉さんが刃奈に問いかける。刃奈も知っているってことは篠宮家関連の人物と言うことだろうか。でも、篠宮の人間にそんな名前の人がいたかな?
「そうですね、【千の秋】が一番厄介ではありますが、他のおまけとして考えられる2人も相当ですからね。不動明寺王火に黒堂天翔赫。どちらも神格の化身ですからね。ですが、今のところ上の【力場】は1つですからおそらく大丈夫でしょう。……と言いたいところですが相手が【千の秋】ならそうもいかないでしょうし」
【千の秋】……その名称を聞いた俺はゾッとした。その人物は、……まさか、恐る恐る、俺は、その名前を呟いた。
「藤島ことは」
そう藤島ことは。通称【千の秋】。知る者は、大半が敵に回したくないというに違いない人物。確か、西野の人間と結婚したとは聞いていたが、よりによってこのタイミングで来られるのはまずい。その姿を見たくないからだ。
「あら、紳司でも彼女のことは知っているのね。まあ、あの【千の秋】だものね」
姉さんのげんなりしたような言い方に、ここで話している、姉さん、刃奈、俺の3人以外の人物が不安そうな顔になる。そして、じいちゃんが聞いてきた。
「なんなんだ、その【千の秋】っていうのは。相当ヤバイ奴なのか?」
う~ん、そう言われると、微妙なところではある。ヤバイ奴か、と言う疑問には、そうだと答えるかと聞かれれば、ノーだ。ヤバイ奴ではない、はずだ。噂に聞く彼女は常識人だし、分別を弁えている。人間ができていると言っても相違はないだろう。
「違うのよ、ヤバイっていうか、う~ん、あれは、どう説明すればいいのかしらね。とにかく、ヤバイとかそう言うのじゃないんだけど、マズいのよ。会うわけには行かないっていうか、まあ、この塔の業の総量を考えると、きっと彼女を呼べるだけの量は残っていないと思うから大丈夫だと思いたいんだけどね。何せ、ここまでで、あれだけの大物を呼んでおいて、あと、こっちに20人以上残ってんのよ?」
元の人数が人数だけに、ぞろぞろと一緒に行動している人数は相当なものだ。ましてや、一階層につき1人ずつ減っていっているようなものだからな。静巴の業と姉さんの業、刃奈の業、そして、■■の業。これだけの重い業を持つ人間がいるのに、ここで【千の秋】なんていう大物が出てくるとは確かに考えにくい。
「そりゃ、そうだが、しかし、それよりも、さっきの3人の名前に関しては、俺も知らんが、どの程度の実力なんだ?」
剣煉だか剱だか王戯だか。そんな感じの3人の名前がさっき挙がっていたはずだ。流れから何となく苗字は分かったが、どんな人物なのかは分からないからな。
「あ~、実力としてはそこそこってところじゃないかしら。強いか、って言われるとう~ん、って感じね。あれよ、剣煉は嫁が強すぎたし、剱も同様、王戯は夫が強かったから、本人の実力と言うよりは守護者がって感じよ。だから単体で来ればそこまでの脅威にはならないんだけどね」
あ~、そう言う感じか。だが、油断はならないだろう。強さはそこそこあるってことは、油断していたらやられる可能性があるってことだろう。
「とりあえず、左の階段を昇って、とっとと、上の階に行くとするか」
俺の言葉に、姉さんたちが賛同し、なし崩し的に全員の賛同を得て、階段を昇っていく。その瞬間、どこか、不思議な気配のようなものを感じて、後ろを振り返る。特に変なものは無いはずだが、……。今の、■■?
「どうしたのよ、紳司。何かあったの?」
「いや、何でもないよ。少し、感じ取っただけだから」
刃奈も俺の言葉に頷いていたので、そう言うことなのだろう。なら、既に……、いるのか。……いや、今は、目の前に集中しよう。
「それにしても、結構上ったからいつも通りなら次の階の光が漏れてくるころなんだが、全くないな。どういうことだろうか。もしかしてはずれだったか?」
心配になってくる。これで行き止まりとかならまだしも、即死トラップでもあったらヤバイ。周りを気にしながら階段を慎重に上ると、そこには、大きな扉があった。それも大きな錠前で閉ざされているようである。
「なるほど、鍵、ね。そういうこと。おそらく、どこを昇っても鍵が必要だったんでしょうね。で、あたし等が唯一開けられる鍵っていうのがこの南だけだから、ここで正解ってこと。ルラ、あんた、この鍵に触りなさい。王印の一族の、南方院の人間なら開けられるはずよ」
姉さんの言葉に、ルラさんが出てきて錠前に触れる。その瞬間、眩い光と共に巨大な鍵が現れる。あれは……、
「『宝剣にして宝鍵《朱金》』か……」
まさか、この目で見る日がくるとはな。……ん、と言うことは、マスターキーを持っている俺と刃奈がいるってことは、どこでも開けられたんじゃないのだろうか。
「んっ、何これ、鍵が回らない……。ちょっ、ええい、もう……」
なんかルラさんが悪戦苦闘してるし。できるかどうかは微妙だがやってみる価値はあるか?てか、南が外れだったのかな?
「ルラさん、ダメそうなら一旦、下がってください。もし、トラップがあったら大変ですから」
俺の言葉に、ルラさんが下がる。すると鍵も消えてしまう。さて、これはどうしたものかな。こうなってくると、全部昇って確かめてみるしかないような気がするんだが。
「……ねぇ、紳司。この塔って、南は当たりだけど、この扉が南じゃないような気がするっていうかね、ご丁寧に扉の上に、Nって書いてくれちゃってるのよ。コレ、どう思う。下の扉のNがフェイクなのか、途中で、ここに飛ばされたかのどっちかだろうけど、結局全部試さなきゃいけないわよね」
ふむ、どうしたものか。前者にしても後者にしても上り下りを繰り返せば疲労がたまるだけで得はないしな。どうするか……。やっぱり試してみるか。
「じゃあ、戻るか?」
じいちゃんの言葉に皆が戻ろうとするが、俺と刃奈は錠前に触れる。それを見て皆の動きが止まって、こちらを見ていた。これは……いけるかな。鍵は今は、俺の権能を返したからただの鍵として存在しているからな。
「顕現展開、『剣にして鍵』、起動します」
刃奈の言葉とともに、空中に黄金の光と共にグレートグランドマスターキーたる「剣にして鍵」が現れる。そして、錠前の鍵穴に入れると、スムーズに扉は開かれた。
「なっ、開いた……?!」
ルラさんの驚愕の言葉。まあ、俺の使った方法って一種のチートみたいなものだからな……。狡い手だし、本来想定されていない手段。まあ、いいんだけどさ。
「んじゃ、行きますか」
俺の言葉に、皆、唖然としながらもついてきた。




