31話:プロローグ
俺、青葉紳司は、今、三鷹丘学園の生徒会室で会議を行っている。協議の内容は、もっぱら話題の修学旅行についてである。
現在、大型の梅雨前線が関西地方を覆いつくし、一帯に大雨を齎している、と連日、ニュースで報道されている。
この雨が止むのは最低でも2週間後であり、今週予定されていた修学旅行をどうするべきか、と言うことを話し合っているのである。
「いっそのこと、中止でもいいと、私は思ってるのよねぇ」
そう言ったのは、長い黒髪が湿気でうまくまとまらず、少し機嫌の悪い市原ユノン先輩である。彼女はこの生徒会の生徒会長を務めているのだ。
「だって、延期したところで宿とかどうすんのよ?きっと予約で埋まってるわよ?それをどうにかしなきゃなんないのは私なのよ」
至極当然だった。宿も、流石に2週間後にもう1度予約をいれるのは難しいだろう。特に三鷹丘学園はかなりの人数になる。二年生だけでも、だいぶ多いだろう。
「あー、宿に関しちゃ、私が何とかできると思うわ」
そう言って、面倒くさそうに肩を揉みながら言ったのは、生徒会顧問の天龍寺秋世だ。20歳にも見える美貌の持ち主だが、自称50歳近いという。まあ、じいちゃんとも知り合いらしいしな。
「ウチも力を貸せると思います」
蒼と紅の瞳に見つめられて、俺は若干引いたが、そう言ったのは、花月静巴。花月グループの跡取り娘である。そういえば、秋世と言い静巴と言い、金持ちなのか。そりゃ、宿をどうにかできるか。
「あら、静巴も?」
秋世が静巴に向かって聞いた。秋世の言葉に、静巴がこくりと頷いて、秋世に確認するように宿の名前を言った。
「楽盛館」
楽盛館って確か、13階立ての大きなホテルだったよな。え、そこのホテル取れるってこと?
「貸し切るのは無理でしょうから7階から13階まで貸し切ろうじゃないの。静巴、あんたも親に手を回すように連絡しといてね」
宿の問題が簡単に解決してしまった。流石、金持ち兼権力者が居ると、こういった問題が簡単に解決できる。
「楽盛館……なら、まあ、大丈夫そうね。あそこは新しいから、司中八家の権力外だろうし」
ユノン先輩がなにやらブツブツと言っているけれど、まあ、どうでもいいだろう。それよりも問題なのは、俺の隣の席でぐーぐーと、いや、この場合、くぅーくぅーと寝ている美少女だ。金髪のグラマー美少女、その名をミュラー・ディ・ファルファム先輩だ。
金髪巨乳、なんていい響きなのだろう。そういえば、ファルファム先輩って、スカートは超ミニのくせに、上の方は露出控えてるよな……、何でだろう。
まっ、いいか。超可愛いことには違いないし。
さて、そんなことより、修学旅行について考えるのが優先だ。学生は普通に考えて修学旅行を楽しみにしているものだ。無論のことながら、俺も楽しみにしている。そんな彼等、彼女等に延期の事実を伝えても文句を垂れるに決まってる。まあ、仕方ないので説得する他無い。中止にならなかっただけましだろう、と説得するのが一番か?
そう言えば、俺は、京都に行ったことがない。中学の修学旅行は、鎌倉だった。校外学習は、キャンプだったからな。
生徒の中には、中学のときも修学旅行で京都行ったって奴や個人的に何度も京都に行った事のある奴なんかはいたが、それよりも、俺みたいに行った事のない奴も多い。
そういえば、別の高校なんかだと沖縄や、最近だと海外なんていうのも珍しくないらしいな。海外なんて両手の指で数えられるほどしか行ったことないけどな。
さて、延期で2週間後ってことは、6月の下旬に修学旅行ってことになるな。そういや姉さんの修学旅行も同じ時期だったな。そして、姉さんも京都。まあ、日付がかぶることは無いだろうけどな。
「そういえば、し、紳司。れ、連絡先を教えてもらえない?」
毎度そうだが、ユノン先輩は俺の名前を呼ぶときに少々どもる。そんなにも俺の名前を呼ぶのが嫌なのだろうか?それとも俺の名前が言いにくいか?
「別にいいですよ?ふるふるですか?二次元コードですか?」
二次元コード、と言うのは、いわゆるマトリックス型二次元コードの中の一種の四角形やモザイクの様なもので形成されているあれだ。一般的に言われている「QRコード」とは一応登録商標なので、あまり使いたくは無いので、二次元コードと呼ぼう。
「えっと、どうすればいいんだっけ?」
機械類があまり得意じゃないのか、ユノン先輩は、スマートフォンを少し弄りながらも操作が分からず困っている。
「ちょっとミュラー!」
こういうとき、頼りになるのは、副会長として連れ添っているファルファム先輩なのだろう。眠っているファルファム先輩を叩き起こす。
「ふみゃ?」
ファルファム先輩は、そんな妙な声を上げて起きた。くぅぁーっと背を伸ばす。上体が逸れ、ファルファム先輩の豊満な胸が揺れた。その瞬間を俺は見逃さなかった!眼福だった。
「なぁに、ユノン?」
寝惚け眼で、目を擦りながら、ユノン先輩を見るファルファム先輩。ユノン先輩は、ファルファム先輩を揺すりながらスマートフォンを手渡す。
「何?」
まあ、ただ、スマートフォンを渡されてもそんな反応になるわな。ユノン先輩は、ちょっと焦るように、ファルファム先輩に説明をする。
「えっと、連絡先の交換ってどうやるのよ?」
ユノン先輩の言葉に、ファルファム先輩が、欠伸をしながら、ユノン先輩のスマートフォンを弄る。
「ぶっ」
急にファルファム先輩が吹き出し、俺は、ビックリして思わず見てしまう。一体何だと言うんだ?
「ゆ、ユノン」
笑いを堪えきれないのか、失笑するファルファム先輩。俺は表示されている画面を見て、固まった。
まさか、友だちもグループも無い、だと……。むなしくポツン表示されているマイプロフィールですら画像なし、コメントなし、本名・フルネーム。
「ユノン、友達、いないの?」
唯一の親友のファルファム先輩ですら連絡先を交換してなかったので、ユノン先輩はとっても悲しい状態だったのだ。ちなみに俺はどうかと言うと、男子も女子もそれなりに登録されている。同じ中学の奴とかもな。
「あ、あたしも登録するよ。ほ、ほら、シンジ君も」
ファルファム先輩に言われ、俺もいそいそと連絡先を交換する。ついでに、ファルファム先輩、静巴、秋世が、ユノン先輩のスマートフォンと連絡先を交換し、アプリと同期させ、アプリで連絡できるようになった。
そして、俺とファルファム先輩や静巴、秋世も連絡先を交換しておいた。いざと言う時の連絡用だ。
「それにしてもファルファム先輩って、スカート短いですよね?」
俺が、ちらりと捲れてパンツが見えそうなファルファム先輩のスカートに目を向けながら言うと、ファルファム先輩は少し恥ずかしそうに、スカートの裾を下に引っ張りながら上目遣いで俺を見た。その頬は朱に染まっていた。
「な、なに……?シンジ君、あたしの身体に興味あるの?」
まるで姉さんみたいなことを言うな……。だが、興味がないわけではない。というか興味がないわけがない!
「ありますね」
即答だった。即答すると、ファルファム先輩は動揺して、オロオロとする。即答されることが初めての経験だったのだろうか?
「ほ、ホントに?」
少し確認するかのような声に、俺は、思わず、どもりそうになったが、キチンと言葉を返す。
「ええ。興味ないわけないじゃないですか。例えその胸がパットだったり、整形だったりしても変わりませんし、全身刺青まみれでも変わりませんよ」
冗談っぽく言ってみた。すると、ファルファム先輩の動きが止まった。どうかしたのだろうか。何か失礼にあたることを言ったのか?
「し、紳司って、知ってたの?」
ファルファム先輩ではなく、ユノン先輩から、そんな質問が来た。「何を」と言う部分が抜けているので意味が分からない。
「知ってたって、何がですか?」
俺は、本当に分からないので聞いてみる。すると、ファルファム先輩の目から、涙が一筋零れ落ちた。
「ミュラー?」
ユノン先輩が、ファルファム先輩に聞く。だが、ファルファム先輩は、答えない。
暫しの沈黙が、生徒会室を包んだ。
そして、たっぷり1分はあっただろうか、ファルファム先輩がようやく口を開いた。
「シンジ君……、Thank you」
ありがとうって、言われる意味が分からんのだが……。え?本当にどゆこと?俺、何かお礼言われること言ったっけ?
「えっと、一体どういうことでしょうか?」
俺は訳が分からず、聞いてみるが、ファルファム先輩は、少し考えてから、頷いた。意味が分からん。
「sorry……、ゴメン。それは、あたしが話す覚悟が出来てから」
お、おう、何かよく分からないが、そういうことらしい。そうして、その日の生徒会は解散となった。
この出来事の意味が本当に分からなかったので姉さんに相談してみたのだが、姉さんは、
「う~ん、そうね……。赤薔薇ってところかしらね」
とウィンクしてきた。意味が分からん。何で俺の周りには、こういうキチンと説明しない系の奴が多いんだろうか。
分かった、俺がキチンと説明しない系の奴だからか。そんな自己完結とともに、このよく分からない出来事を忘れようとしていた、今日手に入れたファルファム先輩の連絡先からポップアップでメッセージが表示されるまでは……。
「明日の朝、5時に生徒会室で待ってます」
ファルファム先輩とは思えないほど、真面目な文に、誰かが代弁しているのかとも思ったが、ところどころの「い」抜き言葉とかを考えると本人なのかもしれない。待ってますじゃなくて待っていますだろ。