309話:第十一階層・滾る紅蓮の炎SIDE.D
さて、と、気を取り直して階段を昇っていると、再び上に大きな【力場】を感じたわ。毎回こんなんね。ほぼ同じ展開じゃないの。まあ、塔を昇っているから仕方がないことだけれども。マンネリ気味よね。まあ、それはおいておいて、上の【力場】、実は知らない【力場】なのよ。紳司の方を見ても分からなさそうにしているから誰が来ているかも分からないわね。誰かの業なのは確かだけれど、あまりつながりのない業とかが来るとこういうことも起こるんでしょうね。
「いや、この熱く沸々と燃え上がるような【力場】には覚えがあるぞ」
そう言ったのは、あたしの中のグラムだったわ。グラムファリオ、刃神。そのグラムファリオが知っている【力場】で燃え上がるなんて言う表現が使われそうな人物は、もしかしてあいつのことなのかしら。そう考えたときに、煉巫がボソリと一言漏らしたわ。
「【紅蓮の王】……」
そう、【紅蓮の王】。グラムファリオが知っているのは、グラムファリオの刃神と言うのは、ムスペリア神話のムスペル12神の1柱であり、そのムスペリア神話の生まれたムスペルヘイムと言う地を治めていた王こそが【紅蓮の王】だからよ。
「やっぱり本物の塔は次元が違うのかしらね。化け物ばかりじゃないのよ。ていうか、そんな業を持つ人間が集まっている方が異常なのかもしれないけれどね。デュアル=ツインベル、メルティア、アーサー王、剣姫、【血塗れ太陽】、【夜の女王】と来て、次いで【紅蓮の王】。こんなの時空大戦レベルのメンツよね」
化け物たちが集っているわ。全員集めて戦わせたら、それこそ星1つどころか世界がいくつか壊れる規模の大戦よ。現存の時空間統括管理局のメンツで剣姫、【血塗れ太陽】、【紅蓮の王】に対抗できるのがそうそういるとは思えないし、てか他勢力でもそうそういないでしょう。せいぜい、【暁の古城】とかNo.0とかナナホシ=カナとか、そんくらい強くないと。
「【紅蓮の王】って聞いたことはあるけど、どんな奴なんだ。能力とか、この中の誰の業とかってのは、まあ、誰の業かは大体予想つくけどさ」
紳司は、煉巫を見ながらそう言ったわ。まあ、そうでしょうね。むしろ、他に業がありそうなのがあたしくらいだけど、あたしの場合は、そこまで密接に関係しているわけでもないからやっぱり煉巫なのでしょうね。
「【紅蓮の王】は、ある世界のムスペルヘイムと言う国を治めていた王よ。この治めていたっていうのは、今は引退、隠居状態にあるからね。現在の王代理は、【紅蓮の王】の娘たち4人が務めているわ。王妃は、現在眠りについていて目覚めないとか言われていたわね。友好国が手を貸して何とか保っている状態だけれど、内政は結構カオスじゃなかったかしら。ムスペリア神話の神であるムスペル12神も、【彼の物】が【紅蓮の王】の四女の恋人の現刃神である煉・ミル・刃をちょっと利用しているし、ベリオルグは【紅蓮の王】に敗れて自分に封印されて以降、【紅蓮の王】の引退後は煉巫の中にいるし、元刃神のグラムファリオはあたしの中、と言うか蒼天のシステムに組み込まれた存在になっているしで、2柱欠けているのは信仰上かなり問題あるだろうしね」
そもそも、【紅蓮の王】の抜けた影響の大きさは半端が無いはずよ。周辺諸国へもダメージがあるはずなのに、それをどうにかカバーしあっているのは時空大戦で戦った戦友だったからでしょうね。
「で、能力だけど。あたしはよく知らないのよね。炎を使うということしか知らないわ」
情報が少ないのよ。直接会った人間や、時空大戦に出ていたならともかく、知らない相手だもの。グラム、貴方は何か知らないの。具体的な能力とか。
「知らんな。直接会ったことはあるが戦ったことはない。ベリオルグに聞くのが一番だろうな。奴は、【紅蓮の王】の中から見ていたのだからな。よく知っているだろう」
そのとおりね。それが一番分かるでしょうから。あたしは、煉巫の方を見て、煉巫に……と言うよりベリオルグに聞く。
「それで、ベリオルグ、貴方なら知っているでしょ。どんな能力を持っていて、どのくらい強いのかっていうのを」
あたしの問いかけに、煉巫の手の甲に現れたムスペルヘイムの紋章がしゃべりだす。
「知っている、が、どの程度役に立つかは分からんな。そも、あの男は規格外だ。偶然が生んだ産物に過ぎないから、こちらも知っている情報は正確ともいえない。あの男自身がその力の正体を分かっていないのだから、中にいるだけの存在が知っているはずもないだろう。
それでもいいなら話そう。奴の得意な能力は炎だ。得意と言うか、それ以外できないというか、それでも奴の炎は格別だ。燃えるとか焦げるとかそう言う次元ではない。あの炎すら凍らせると評判の【氷の女王】の氷をわずかだが溶かしたほどにな。強さで言えば【血塗れの月】と同等くらいだ。尤も、実際に戦って確かめたわけではないから明確な強さとしてどうかは分からないがな。
本当に、先ほどの話の通り、ムスペルヘイムでは今、大変なことになっているだろう。エルザ・セルト・エルシアは閨で眠りについているし、残っているのは年端もいかないとまでは言わないが高くて17、低くて12の四姉妹だ。ハルキュオネの支援やラクスヴァ姫国のサポートもあるだろうが、それだけでどうにかできるわけがない。ニヴルヘイムは相も変わらず無干渉だろうしな」
エルザ・セルト・エルシア……、エルシアっていうのは、引っかかるわね。確か【彼の物の眷属】の名前だったはずよね。
「ああ、そう言えば、奴の能力で1つだけ忘れていたな。【封邪眼】と言う最高の切り札を。尤も、呼び出されたのが今の状態のあいつならば使うことはできないだろうがな。【彼の物の眷属】であり【彼の物を封印せし者】であるエルザ・セルト・エルシアが奴の記憶と能力を封じた後、その封印にリンクした封印を自分にかけたからな。奴の封印が解除されれば、エルザ・セルト・エルシアも目覚め【封邪眼】が復活する。だが、ここに俺がいるということが奴の封印が解けていない最大の証拠だ」
まあ、過去の【紅蓮の王】が呼び出されていたら、その時は終わりよね。しかし、まあ、流石は【紅蓮の王】と言ったところかしら。かなり強いっぽいわね。
「ラクスヴァ姫国っていうとアリスのところの国だな」
アリス……あの子とおじいちゃんが知り合いだったって言うのは知っていたわ。ラクスヴァの姫神とは約束を交わした仲だもの。その約束を果たしたことも、風の噂で聞いていた。この塔の天辺に、眠りについていた彼女を解放したって、それが、この世界で再び塔が現れたおじいちゃんの時の事。
「ああ、そのアリス・フェルミア・ラクスヴァが治めているラクスヴァ姫国で間違いない。あの世界は九つに分かれているが、一番下の階層にあるのが【紅蓮王国】ムスペルヘイム、【氷女王国】ニヴルヘイム、それらと繋がっているのが【人魚皇国】ハルキュオネ、【姫神姫国】ラクスヴァだ。元々、時空大戦の少し前までは、ムスペルヘイム、ハルキュオネの2国同盟と孤立していたニヴルヘイム、荒れていたラクスヴァとなっていたが、時空大戦の少し前にラクスヴァの姫神、アリス・フェルミア・ラクスヴァの提案で4ヶ国が集い4国同盟になって、時空大戦に挑んだんだ。無論、他に国が無かったわけではない。それこそ、煉巫の、この身体の主の故郷であるアルノフィア公国も近くにありはした。ただし、その4国に……【紅蓮の王】や【彼の物を封印せし者】、【氷の女王】や【血塗れ太陽】、【人魚姫】や【水神の神鉾】、【ラクスヴァの姫神】や【最終決戦兵装】ほどの武器を持っていなかったから同盟を組めなかったのだ」
【紅蓮の王】が治めるムスペルヘイム、【氷の女王】が治めたニヴルヘイム、【人魚姫】が治めるハルキュオネ、【ラクスヴァの姫神】が治めるラクスヴァ。ニヴルヘイムだけ治めたとなっているのは、【氷の女王】の死後は、【氷の女王】のクローンが引き受けているからあの頃ほどの力が無いという意味よ。
「ムスペルヘイムの名前は、一般名・家族名・真名と言うように定まっていますが、【紅蓮の王】は、家族名しか知らないのですわ。あの方の一般名は、どうやらあの世界でも少し風変りだったようでして。ベリオルグは聞いても答えてくれませんし。ただ、家族名のセルト、それはムスペルヘイムにとって特別な名前を意味していますの」
煉巫の言葉。名前の風習は国によって異なるわ。その中でも特別なんでしょうね。真名と言うのは、まあ、親しい人にだけ教える名前と言うことなのかしら?
「先ほど名前が挙がった煉・ミル・刃の刃が真名で、普通の自己紹介の時は煉・ミルと名乗るのが普通と言うことだ。エルシアもそうだな。エルザ・セルト、と普通は名乗る」
ベルオルグが補足で説明した。それにしても、北欧神話に登場するムスペルヘイムやニヴルヘイムとは随分違うのよね。ムスペルヘイムって元来はムスペルって巨人が住んでいる場所だもの。
「それで、セルトが特別な名前っていうのはどういうことなんですか?」
紳司が、煉巫に問いかける。一応、敬語を遣っているようね。あたしは最初っからタメ愚口で話していたけど、紳司は律儀ね。
「ええ、こちらで言うところの北欧神話、と言うのはご存じですよね。それはそこに起因していますわ。わたくしの知っている北欧神話の知識が正しいとは断言できませんが、ムスペルヘイムには有名な存在がいますわよ」
北欧神話のムスペルヘイムで有名な存在っていうと……ああ、いるわね。と言うよりも、他の奴の名前がほとんど浮かばない程度には有名な奴ね。
「ムスペルヘイムの門番、スルトね」
「ええ、そうですわ。そして、セルトはスルトから変化した名前とされていますの。元々、ムスペルヘイムを率いているのがスルトと言う人物でしたわ。門番の巨人はスルトの意思と呼ばれる炎でできた巨人だった、と言うのがわたくしの世界での伝承です。そして、ムスペルヘイムの発展の中で率いていたスルトがセルトと言う家名で王となり、それが【紅蓮の王】の祖となったと言われていますわ」
なるほど、それなら、なんとなくは納得ができるわ。名前が揺らぐなんて言うのはよくあることだしね。そう死宮が篠宮になったように、名前と言うのは変わってもおかしくはない。
「つまり、【紅蓮の王】は神話の時代から真に王たる人物だったというわけね。そりゃ強いわけだけど……」
スルトの剣を持っているかどうかっていうのも気になるけど、力を封印したのならその時にまとめて封印しているんでしょうね。
「とりあえず、現役時代じゃなくて、封印状態の彼が出てくることを祈りましょう」
あたしはそう言うと先頭に立って歩き出す。自然と紳司と刃奈と静葉が一番後ろで殿を務める。さぁて、とご対面と行きましょうか、【紅蓮の王】。
え~、今回、長文説明会話が非常に多いです。まあ、いつものことなんですけど。




