308話:彼方VS響花SIDE.KANATA
SIDE.KANATA
私は目の前で繰り広げられているやり取りがよくわかっていなかった。【夜の女王】、黒夜響花。その名前は、深紅叔母様から聞いていた。その血を最も多く継いだのが私ってこともね。そのご先祖様、本人がいるのはまだしも、清二君の孫の暗音ちゃん?が訳知り顔で彼女のことを語っているのがよくわからない。紳司君も何かを知っていたみたいだったし。そもそも、暗音ちゃんに関しては、清二君は知っていたみたいだけど、私たち《チーム三鷹丘》の面々が青葉家以外、彼女のことを認知していなかったのが謎だし。
「その言い方、その恰好……まさに、あの女にそっくりね。敢えて意識でもしたのかしら」
黒夜響花さんがそんな風に暗音ちゃんに問いかける。彼女はひょうひょうとした様子で、その問いかけに答えるわ。
「ええ、まあ、モノマネってところかしら。どうせ技を真似るなら形も真似た方がいいのよ」
それは、まあ、それを生み出した人の真似っていうのは、要するに、それの使い方を一番知っている人ってことで、その技を真似るときに、その人の格好も真似するっていうのは、一番効率のいい姿を真似するってことになるからよね。
「つまり、貴方は、あの女を良く知っているということね。それもあの女の技術をそっくりそのまま使えるほどにはよく知っている。それが引っ掛かるのよ。あの女が、身内以外においそれと技を継承するわけがない。息子の【血塗れ太陽】なんかならともかく、貴方がそれを知っているのはなぜかしら。生憎と、彼女のことはそこそこ把握していたつもりよ。それこそ、憎き相手ほど調べ尽して倒すチャンスを待つものだからね」
どうやら、暗音ちゃんが、黒夜響花さんの敵と言うか、あまり好きじゃない相手の技を使ったけど、それが普通は知るはずのない技だったからどういうことか問いかけているという感じの雰囲気ね。
「あら、貴方は、外しか見えていなかったっていうことね。いえ、それが普通なのかも知れないけれど。まあ、視野の狭い貴方らしいと言えば貴方らしいわ。でも、あの子の……いえ、あの子を含めたあの存在のことを考えれば見えてくるんじゃないかしら?」
やっぱりわからない話をするわね。そもそもの前提条件として、あの子っていうのが誰か分からないもの。でも口ぶりからすると、どうやら凄い存在らしいわね。
「外しか……、まさか、貴方、いえ、それこそありえないわ。あの女の中にいた存在は、脈々と継がれる存在。それが外にいるなんて」
「いいえ、それは違うわよ。あれは魂の引継ぎ。無限に行われるわ。けれどね、血にもそれは宿る。そして、それを呼び覚ます鍵が、天使って訳よ。まあ、尤も、そのシステムを無理やり利用して目覚めたのがあたしと紳司なわけだけれど、おそらく、これも決まっていたのか、それとも、世界のタガが外れかかってるから起きたのか。その辺は大瑠璃辺りに聞かないと分からないでしょうけれど」
訳の分からないことをのべつ幕なしに語る2人。どうやらこの2人には、他の人の知らない何かを知っているところがあるらしいわね。ああ、紳司君も絡んでいるっぽいけど。王司君の時も大概だったけど、今回は格別ね。清二君が一番マシな運命を背負っているのかもしれないわ。尤も、自分の中に妹を宿して、それが神に選ばれた何とかだっていうんだから、大概普通じゃないけど。
「大瑠璃……まさか、あの大瑠璃?春の座にある。それは驚きね。私は生憎と夏の座にしかあったことが無いけれど、あの存在に会っているだけで十分に凄い存在ってことが分かるものね」
「そうかしら。むしろ、運命に決められずにそこに到達した奴らの方がよっぽどすごいと思うんだけどね。何せなるべくしてなった私やあんたとは違う、純粋な自身の力で超えた者がほとんどなのだから」
大瑠璃ってそういえば、前の階でも名前が出てたような気がしなくもないわね。裏をかくとかどうとか。もはや、何の話かも分からないけれど、高度な話なのよね?
「それも一理あるわね。でも、まあ、なるべくしてなった者とそうでないものの違いは、一歩間違えれば、ならなかったという未来があるわ。そのならない、と言うのが無い時点でこっちが凄い、とも思わないかしら」
「まあ、茜の前例もあるし、ある意味凄いわよ。あの時点で到達するのは、定められた者だからってことでしょうね。でも、まあ、結局のところどちらも凄いっていう結論で、得た力が同じ。過程があるかないかの違いっていうことなら、どちらも変わらないのかも知れないわね。そのどちらが凄いかなんて、それこそ見る人の主観に過ぎないのだから」
う~んと要するに、例えば魔法使いの世界があるとして、努力で凄い魔法を使えるようになるのと、生まれつきで凄い魔法が使えるのとどちらが凄いか、と言う話で、努力して手に入れた前者が凄いっていうのと、生まれつき持っている後者が凄いっていう話よね。結局のところどっちが凄いのか、なんていうのは分からないっていう。
「まあ、そう言うものかしら。それで、【氷の女王】の中にいた武神様、貴方がお相手をしてくれるのかしら。このつまらないシステムに呼び出されなくてはならないとは、私も随分と酷い目に遭うものね。こんなシステムにさえ、世界に生きる人間には抗えないというのが本当に……。まあ、尤も、今の神もこのシステムには逆らえないのでしょうけれどね。それこそ、逆らえるのは、九世界以前の存在か、九世界の例外くらいのものでしょうよ」
きゅうせかい?旧世界ってことかしら。でも何かニュアンスが違ったような気がするのよね。どういう意味なのかもさっぱりだし。
「まあ、そうよね。でも、【終焉の少女】は……ああ、そうね、今回は挑戦する側だったからってことね。つまり呼び出しに応じないこともできるって訳。まあ、例外はこの件に絡んでこないにしても、理か概念辺りは絡んでくるんじゃないの?」
「理と概念、ね。まあ、何にしても、私も戦わないとここを出られないことには変わりないわ。今は何が関わっているかよりもどうするか、と言うことを話題にしたいわね」
まあ、そうでしょうね。議論よりも早く帰りたいんでしょうね。暗音ちゃんはやれやれと言ったように肩を竦めると、問いかけた。
「今のあんたは、どの時点でのあんた?深紅に対する反応が無いってことは、おそらく、冥羅くらいの頃合いかしら」
冥羅……確か、母様と叔母様のお母様の名前、つまり、私の祖母の名前だったと思う。けど、私が生まれた時点で既に死去なさっていたはずなのよね。
「あら、と言うことは、そこの子たちは、……そうね、気配の濃さを感じれば、そちらの子が冥羅の娘、そちらが冥羅の孫かしら」
そう言って、指し示すのは深紅叔母様と私。……あれ、秋世は?秋世も自分が指示されなかったことを不思議に思いながら、おずおずと問いかけるようね。
「あの、私も孫なんですが……」
秋世の言葉に、黒夜響花さんは訝し気に秋世を見ていたわ。まるで胡散臭いものを見るかのように、じっと見つめて、しばらく……と言っても30秒くらいだけど、見てから言う。
「貴方本当に冥羅の孫?義理とかじゃなくて直系なの?それにしては気配が……」
そう言った瞬間に、紳司君が妙な顔をした様な気がした。何、あの反応。秋世に何かあるのかしら。そう言えば、さっきも秋世をなだめるときに妙に焦っていたように見えたし。前に天龍寺家で見た秋世とのやりとりを考えると、完全に手綱を握っているようだったから、今になって冷静に考えるとあの焦り方は少しおかしい気もするわね。
「貴方は、私の血族と言うよりも、あの……いえ、そんなはずが……。まさかっ、そんなことはあり得ないわ。でも……。いえ、まあ、いいわ。それはそれで面白そうでもあるし、しかし、まあ、私の子孫になるとは……」
どういう意味かしら。あまりにも血が薄くて分からないとか?でも、黒夜響花さんの血を継ぐ濃さで言えば深紅叔母様曰く、私が一番継いでいて、2番目が叔母様、3番目が秋世らしいし。
「人生、何が起こるかよくわからないものね。ふふっ、いい教訓になったわ。そうね……、人間も捨てたものではないってことかしら。これが終わっても覚えていたら、新しく使用人でも起用しようかしら。……ああ、でも当分は辞めておこうかしら。もし、年でも取ったら、雇ってみるのもいいかも面白いかもね」
くすくすと笑う黒夜響花さん。そんなに面白いことだったのかしら。本当によくわからない。秋世に何かがあるのか、ないのか。いえ、あるから笑っている可能性の方が高いんでしょうけど、文章からすると、無能すぎて、こんな奴が生まれてくることもあるのね、的な感じで笑ってるかもしれないし。
「まあ、面白いかも知れないけれど、それはひとまず置いておきなさい。そして、あんたの相手は、この天龍寺彼方よ。たぶん、あんたの血を最も色濃く継いだ人間だとは思うけれど、力まで継いでいるかは保証しかねるわ」
悪かったわね。てか、よく考えたら、私の《緋色の天女》は攻撃性ほぼ皆無よ。緋色の天女を顕現させても、おそらく攻撃は無効化できないでしょうし、天女顕現状態だと、そもそも飛んでよけながら囮になるくらいにしか使えないんだけど。
「ふぅん、まあ、いいわ。じゃあ、あなたたちは行きなさい。いるだけ邪魔でしょう?巻き込まれたくないのなら行くことね。それで、えと……冥羅の孫だったわね。戦いの準備とかがあるなら今のうちにしておきなさい」
私は言われた通りに《緋色の天女》を使って、天女顕現状態になる。漆黒の髪は赤く染まる。天女の羽衣を纏って黒夜響花さんと戦うために。
皆の背中が遠ざかっていく。清二君の背中もね。……美園、任せたわよ。
「なるほど、天女……でも、その力、中途半端ね。蒼刃蒼天がロックでもかけているのかしら。かなりデチューンされているように見えるわ」
え……、全て解放したからこの形になったから、これ以上の解除なんてないはずだけど、まさか、まだあるのかしら。でも、そんなことってあり得るの?
「まあ、いいわ。ロックのかかった状態で、私の相手になるとは思えないけれど、本気で行くわよ」
え、いや、ちょっ、え、ロックのかかった相手に本気で行くってどういう神経しているのよ。御先祖様、もう少し人のことを考えてちょうだいな。
「――空を覆い尽くす漆黒、
――やがて訪れる終端の空、
――光に対を為す闇の訪れ、
――禍月は空より全てを見下ろし、
――黒翼は天を舞う、
――《月禍狼》」
無数の黒い狼が私目がけてかけてくるわ。ちょい、流石に拙いわ。仕方がないわね。とりあえず、飛ぶわ。
「《緋色の天女》ッ!」
空を飛びながら、羽衣を伸ばして、狼を覆う。天女の力で闇を照らすことで、たぶん魔法を消せる……はずっ!
「へぇ……なるほど、封じ込めた状態でもある程度は天女の力を有しているってことね。なら、その程度じゃ、打ち消せないほどの闇をぶつければいいってことよね。
――幽月の闇により世界は終焉を迎える、
――霊妖蠢く魔界の如き深淵の底、
――悪鬼夜行が犇めく狭間、
――永劫に渡る帳を張った世界、
――天を劈く鬼の声、
――我が名を呼ぶのは誰の声、
――闇に閉ざされ己の過去さえ分からない、
――闇に導かれる己の行く末、
――其方は誰、此方は誰、
――幾度も繰り返される闇の空、
――すべてを呑みこむ夜の王、
――《夜天の破明》」
押し迫る闇。まるで世界を呑もうとするほどの闇が何らかの作用を持って迫っていた。飛んでるとか飛んでないとか関係なく、この階、そのものを包む勢いよ。
「身を守って、羽衣ッ!」
私は自分の周囲に羽衣を纏わせて、無効化しようとした。ただ、この闇は、羽衣すらも侵食するわ。周囲に広げた羽が徐々に飲まれていく。
「守り切れない……、マズいッ」
詠唱の長さから、その威力も大体分かる。これはヤバイやつよ。どうする、どうすれば……、ええい、もう、良いわ。いっそのこと《最終解放》でもしようかしら。そうすればどうにか切り抜けられる可能性くらいあるかもしれないもの。
その瞬間、何かが、頭をよぎったわ。それは一面の星空。でも空にあるのは月じゃなくて、大きな大きな青い星。ここは……そう、そうよ。
「《月下城殿》」
周囲に広がるように闇に抗うように、徐々に空間を、世界を侵食する。そう、ここは、彼女にとっても覚えのある空間のはず。
「ここは、月面城、星空の楽園よね。《夜天の破明》を上書いての侵食、まさかっ!」
闇ではなく夜。そう、夜の支配は月の支配。この力は、……。
「天女、なるほど、天の羽衣じゃなく、天上王、それを天の羽衣で覆い隠して封じていた。天上王は、月の王。月天、チャンドラ。十二天が1柱。そうか、そういうことなのね」
赤く染まっていたはずの髪は、すっかり黒い髪に戻ってしまっているわ。ただ、感覚として分かるのは、瞳が淡いレモン色にも似た黄色に染まっていること。
空の彼方……それすなわち天上。天にあるのは太陽と月と星。そして、太陽は、明るく世界を照らすけど、それは持つべき者が決まった力。故に、私が受け継いだ夜は、天へと形を変え、それはチャンドラへと至った。
「でも、おしいわ。それを使いこなしていたなら、私の負けだったでしょうね。残念ながら、まだ甘い。
――炎天、日出水平線、
――夜は明け、次の日が来る瞬間、
――其方も、此方も、その答えを見つける、
――昇る太陽、沈む月、沈む太陽、昇る月、
――炎天、日没水平線、
――夜は再び訪れ、世界を包み込む
――《夜天流転》」
世界を逆に塗り替えられる。地球の周りをぐるぐると回り、太陽もぐるぐると……朝と夜がひたすら繰り返されているような……。
――びしっ
そんな音を立てて、世界は崩壊する。その余波は、私を包み込み……、うぐっ……
「貴方とはまた会いたいものね。まあ、叶うかどうか分からないねがいだけれど」
え~、すみません遅れました。少々、忙しかったのとカクヨムの方に投稿しようかと思っていたものを書いていたせいです。すみません。次の階では、ついに、あの人が登場します。燃える炎の御方。




