307話:第十階層・星空の楽園SIDE.D
さてはて、下の階はどうなるかしら。まあ、あれと会うことがあるのなら勝てるでしょうね。まあ、私に大瑠璃が会いに来たのは「予言」の意味合いもあってでしょうから、あれなんだけどね。しかし、まあ、下ばかりじゃなくて上にも気を遣わないとまずいかも知れないわね。……この感じ、あたしは知らないし、私も知らない【力場】だけど、どこかで感じたことがあるような気がする。どこでって言われると困るんだけれど……、このねちっこい、性悪そうな【力場】は……。
「なるほどね、そういうこと。つまりは……」
この中であいつと縁があるとしたら天龍寺の人間かしらね。あたしだって、あの子を介してみていただけだからほぼ縁がないし。それこそ、あいつの弟子たちならまだしも、それに該当する人間はいないし、おそらく、深紅、彼方、秋世の誰かの業ってことでしょうね。でも、……正直、深紅はともかく、残り2人であれをどうにかできるかは微妙よね。正面突破系ならまだしも、範囲攻撃がお得意のババアだから。
「姉さん、心当たりありか?」
紳司の言葉に、あたしは、若干苦笑いを浮かべていたでしょうね。正直に言えば、あたしなら簡単……とまでは言わないけど突破できるわ。面倒な能力の所為で狙いがつけづらいのよ。まあ、伊達に【氷の女王】の前の世代を築いたと言われるだけはあるわよね。
「ええ、まあ……。でも、あ~、嫌ね。できれば会わずに通り過ぎたいわ」
あのババアの戯言を聞きたくないのよ。無言で戦うだけってんなら別にいいんだけどね。まあ、あの子が嫌われてたってのもあるんだけど、それを差し引いたって、ねぇ?
「面倒くさい系の人間ってことか?ウザいとか鬱陶しいとかそう言う意味で」
ああ、まあ、ある意味そうだけど、態度が気にくわないっていうか、自分が一番みたいなところが嫌いなのよ。特に全盛期のあいつが来たらね。耄碌した状態で来れば少しは丸くなってるかも知れないけど、【力場】の強さから言ってないわ。
「う~ん、まあ、あいつはある意味、そんな感じ。自分が一番で、そのくせ肯定しても妙につっかかってくるし……。あたしは苦手なタイプね。あの子はその滑稽さが愛らしいって評価してたけど」
愛らしいよりも見苦しいでしょう。まあ、その辺はおいておいて、実力は確かで、頭も回る。油断はするし、無駄なことはするけど、それさえなければ強いわ。
「あの子……ああ、なるほど、だとすると……。あの世代か、ひとつ前ってことだろうから、【雷帝】とか【救世】とか【轟炎】とか……いや、姉さんの言い方からすると、もしかして【夜】、か?」
おお、よくわかったわね。流石ってところかしら。その通り、今、上の階にいるであろう人物は、
「そう、【夜の女王】、黒夜響花よ」
【氷の女王】の前の世代を築き、しかし、【氷の女王】が頭角を現すと引退して、月面で暮らしていたとされる存在で、幾人かは弟子を取っていたわ。天龍寺夜紅魔、五木林魔菜火、ルシルフ・レイラ・キリュー・メリアル・フォン・ヴァルヴァディア=ディスタディア、様々な弟子がいたけど、まあ、人間性の問題から人との付き合いは上手くいってなかったんでしょうね。ルシルフ・レイラ・キリュー・メリアル・フォン・ヴァルヴァディア=ディスタディアはすぐに弟子をやめて故郷に帰ったそうだし、他の2名に至っては人外だしね。その後、1人雇い入れたとか言う話も聞いたけど、事実かはあたしの認知外だし。
「あ~、やっぱりか。となると、業は、天龍寺家の3人……、あ~、なるほど、そういうことか。なら、……おそらく彼方さん、貴方の業ですね」
紳司が途中で何かを悟ったようだったけど、刃奈の頷きようから見て、なるほど、そういうことなのね。だから……、しかも、あたしにも関わってくるじゃないの。
「それはどういうことだ。オレや秋世の可能性はない、と言うことでいいのか?」
深紅が紳司に問うわ。それくらい察しなさいと言いたいところだけど、パワーアタッカーの深紅に【力場】の感知だの、これから先のことへの考察だのを期待するのは無駄だものね。
「残念ながら、ね。本当は深紅、あんたと当たってもらうのが一番だったんだけど、あんたの相手は、どうやらもっとヤバイやつのようねぇ……」
ヤバイってのをあたしが言うのは少しおかしいとは思うけど。まあ、お生憎様、あたしがどうにかできることでもないでしょうし。
「じゃあ、私は?私がヤバイのに当たるってのは考えづらいんだけど」
秋世の言葉に、紳司が、刃奈が、落ち込むようにため息を漏らすわ。やっぱり、そう言うことなんでしょうね。だからこそ……。
「ま、まあ、今回の相手も深紅さんのと比べたらマシってだけでヤバイほうだから、秋世はないってことだよ。な、なあ、姉さん」
ちょっと、紳司、もうちょい何とかならないの。声震えてるし、焦ってるのがあたしじゃなくても分かるわよ。まっ、真意が悟られなきゃ大丈夫でしょうけど。傍から見れば秋世をなだめてるようにしか見えないでしょうし。
「むぅ……、それはそれで単に弱いって言われているみたいで嫌ね……」
どっちなのよ。面倒な女ね。まあ、単純でチョロいのは今はありがたいけどね。追及されるのは面倒でしょうし、それよりも、あのババアをどうするかよ。
「はぁ……、嫌なこと思い出したわ……」
今、あたしの頭をよぎったのは、あのババアのこと。開幕先制全体攻撃とかするやつなのよ。いきなり、《冥夜の流星》とかぶっ放して来たら確実に全滅するわ。塔のプロテクトがあるわけでもないでしょうし、死ぬときは死ぬと思うわよ。
「ねぇ、紳司、一応聞くけど、自分の業以外でも死ぬときは死ぬわよね?」
あたしの言葉に、紳司は、思い返すようにしながら答えるわ。まあ、あたしも答えは予測で来てるからいいんだけどね。
「ああ、巻き添えを喰らって死ぬことはあるな。それがそいつの業という可能性もなくはないが、つながりが見受けられなかったし、そういうこともあるとは思うが……どうしてだ?」
この「どうしてだ」は巻き添えを喰らって死ぬという事象に対するものではなく、そんなことを聞くのはどうしてだ、って意味でしょうね。
「あたしの知る【夜の女王】って女はね、自分がわけの分からない空間に飛ばされて、そこに階段が2つあって、そこから何かが来る気配を感じたら、とりあえず攻撃をぶっ放す女なのよ。マジで」
おそらく、向こうも【力場】は感知しているでしょうし、感知していなくても、何かが足を踏み入れた瞬間に攻撃できる準備をしているでしょうしね。
「ここは、あたしが一番前を行かせてもらうわ。あれの初撃をどうにかできるのは、きっとあたしくらいでしょうし、紳司ならどうにかできるでしょうけど、後ろを守り切れるかって言われたら微妙でしょ?」
紳司の攻撃だと、一応全体防御の雷っぽい技とかもあるけど、威力が弱すぎでダメでしょうし、そうなると武器で跳ね返すってことになるけど、後ろを守るには範囲が狭すぎるってことよ。
「頼める?俺だと、やっぱ全体攻撃とかに対しては俺自身は守れても、やっぱり他がきつくなるんだよな。姉さんなら、防げるんだろ?」
誰に向かって物を言ってるのよ。そもそも、あのババアの攻撃パターンも大体見えてるしね。だからこそ、あたしは前に行くのよ。
「まっ、あのババアが嫌ってるパターンもあって、その1つが初撃をいとも容易く破ってくるってやつ。だからこそあの子は嫌われてたのよ。ま、今回は、ちょいとあの子のモノマネでもさせてもらおうかしら。体の感覚も、技の感じも、ずっと見てたし感じてたから分かるしね」
そう言って、あたしは、太刀に分類される刀を《黒刃の死神》で生み出して、鞘の紐を肩掛けにすることで背負う。さてと、ついでに、服も、動きやすいタイプの服として、あの子の好んでいた服に似た形状のドレスにしたわ。
「あの頃の感じに似て非なる気配がするな」
そう言ったのは怜斗。まあ、暗殺者って意味なら近い気もするけど。どちらかと言うと、あまり暗殺に重きはおいてないのよね、あの子。
「残念ながら、このスタイルは暗殺者よりも忍者って感じよ。さて、と、それじゃあ、階段を昇るから、後を遅れずついてきなさい。階段の下方に居れば安心とか決して思わないことよ。おそらく初撃は《冥夜の流星》だから」
あたしが出した技名に反応したのは、紳司、深紅、おじいちゃんの3人だった。深紅はともかく、あと2人はちょっと意外ね。
「おいおい、あの追尾型魔法かよ。オレも使い手とやったことがあるが、割と厄介だな。速度はそこまでじゃなかったが」
「いや、それは使い手が弱かったか、手加減したんだろう。本気で放てば、普通に避けるだけの時間がないくらい早い」
紳司の言葉に、おじいちゃんも頷いていた。本気の相手とやったことがあるのかしら。ちょと気になるけど、聞いている時間もあまりないわよね。
「そういうこと、追尾型だから、むしろ離れて階段の下方にいると思いっきり喰らうし逃げ場もないから間違いなくやられるってこと。これを破る手段は、まあ、幾つかあるけど分身とかで相手の魔力消費量を増やすとか、ね。でも、一番簡単なのは、一か所に固まって、飛んでくる攻撃を全て叩き落とすことよ」
ただ、これが最初に判断できるのは、攻撃が《冥夜の流星》だって分かっているからだけどね。じゃなかったらバラけて逃げて全滅ってことになるし。
「じゃあ、行くわよっ」
駆けだすあたしの後をみんな着いて来ているわね。さて、開幕の一撃には、ちょっと本気を出さないとマズいわよねぇ……。
階段の出口、そこに差し掛かった瞬間に、攻撃が来たのが分かるわ。間違いないわ、この感じ《冥夜の流星》ね。予想的中。
「雪美流忍術・多方陣」
【力場】を使った分身体の形成。正確に元の技を再現するには魔法の行使が必要だったけど、幸いあたしにはけた外れの【力場】があるから、あの子は節約のために氷魔法で作った分身の中心に【力場】を入れて動かしてたようだけど。
「藍那流・崩閃花ッ!」
空間を斬りながら進む斬撃。この技、あまり使いたくはないんだけど。生憎と、この藍那流にはいい思い出が一切ないからね。あの子もどこで習得したのやら。
「藍那流・斬刺花ッ!」
鋭い突きを連続で繰り出す技で、魔法を散らしていく。あと少しってところかしらね。なら、次はアレにしましょうか。
「雪美流忍術秘伝・四方苦無ッ!」
本来は、苦無を大量に投げるって技なんだけど、あたしの場合は《黒刃の死神》があるから技を使わなくても同じことができるのよね。まっ、いいけど。
四方八方に跳ぶ苦無が全ての魔法を打ち消したわ。さて、と、この辺であたしの出番は終了にしとかなきゃ、業でもない相手と戦わされることになっちゃうわね。
「その恰好に、その技……フッ、私の嫌いなあの女によく似ている。何者かしら。この私の攻撃を全て破壊せしめるなんて」
その高圧的な言い方は相変わらずむかつくわね。まあ、あとは、彼方に任せるとしましょうか。そう思いながら、あたしはババアに返答するわ。
「この塔を昇りたいだけのただの一団よ。しかし、まあ、中々に凄い攻撃だったわよ」
あれ、もしかして挑発になっちゃったかしら?まあ、どうでもいいけど。




