303話:第八階層・龍神の子、女王の子SIDE.D
あたしは、下の剣迫を感じながらも、階段を上っている。前の連中は、少し疲労気味で、こりゃ、どっかで休憩挟まないとまずいかもってくらいの状況になってきたわ。紳司やじいちゃんなんかはともかく、他の連中は……特に三鷹丘学園生徒組はかなりキツイでしょうね。そも《古具》持ちの一般人か、特殊能力持ちの一般人がほとんどで、戦闘経験はほぼない、あっても1、2回なんて状態で、これだけ階段を上らされてればね。いざ戦いになったら、まあ、かなりきついでしょう。
そう思って、紳司に休憩の指示を出そうと思った瞬間、階の向こう……そこから見知った、おそらくあたしの知る限り最強の【力場】を感知したわ。こりゃ、マズいわね。
「紳司、一旦、昇るのをやめなさい。休憩しないと、この先、無理よ」
無理、と言っても反論が上がるのは分かっているわ。大丈夫だ、と息巻くことも。されどあたしにはそれを止めるだけの根拠がある。
「し、紳司のお姉さん、私たちを気遣ってのことなら、大丈夫よ?」
ユノンとか言う紳司のところの会長、……市原家の子が言うわ。けれどそう言う問題じゃないのよ。おそらく、このまま登れば耐えきれないでしょうね。
「無理よ。この先にいるのが何か、知らないからそう虚勢も張れるんでしょうけど、あれにこの状態で対面したら、気を失うくらいわけないわよ?」
真剣みを帯せた声でそう言うわ。本当に、この先にいるのはそれくらい警戒すべき者なのよ。あの男は、あたしですら勝てるか危うい存在なのだから。
「姉さん、姉さんは、この先にいる、あれが何なのか知っているのか?」
紳司は【力場】を感じ取っていたんでしょうね。そして、その驚愕も分からなくもないわ。何せ、剣姫以上の存在がそこにいるのだから。いえ、全盛期の剣姫なら同等だったのかもしれないわね。
「そうね、あんたが死んだ後だったものね、第二次時空大戦の勃発は。いえ、存命中だったかしら?とにかく、あんたが表に出ていない頃のことだから知らなくても無理はない、か。
あれは、例外の例外、常識はずれの天性、運命が生んだ化け物、『蛙の子は蛙、最強の子は最強』、三丁銃、氷の翼を持ち手から火を吐き月の光で敵を討つ者、破壊と再生の鬼神、赫色の執事、様々な呼び名があるけれど、最も有名なのは【血塗れ太陽】かしら」
あの子の異名は数知れないわ。それこそ、相手が恐れて言ったものから、仲間が讃えて言ったもの、噂を流すために母親が言ったもの、様々あるけど、まあ、やっぱり、【血塗れ太陽】よね。
「【血塗れ太陽】……?!雪美ちゃんのところの。ああ、そうか、それで納得だ。通りでこの【力場】」
その言葉に、納得が行かないものが一人だけいたわ。龍神の子等が1人、白羅よ。まあ、白羅は家族同然に育ったって言うし、それが上にいるって言われても、ねぇ。
「待ちなさい。あの人は、死んだはずよ?……ああ、いえ、ここはそう言う塔だったわね。なら……、やはり、相手は……」
あら、そう言えば、その時、白羅って龍にワンパンで食堂の方まで吹き飛ばされて気を失ってたんだっけ。こいつホント使えなかったからね。スライム飲みそうになるし。
「あんた、そういや知らないんだったわね。生きてるわよ?三縞の【輪廻】を隔世遺伝しているから、【赤の世界】へと飛ばれる最中に別の世界へと跳んで、その後は故郷で妹……実妹と暮らしていたそうよ」
あいつ、姉2人に妹1人、義妹3人だからね。雪美のクローン、【雷帝】、氷魔の羅刹、銀髪の雷皇女、黒髪の闇喰姫、緋色の巫女。うち、2人は異世界にはとどろいていないけれど、その世界内で高名轟く人間ね。
まさしく最強の一族と呼ぶにふさわしい血統、三神の末裔の中でも、篠宮のように全体が繁栄したのではなく、三神の直系だけが繁栄した例ね。雨月なんかは、一代で潰えたけど、他がもともとに繁栄していたしね。
「はぁ?!ってことは、貴方、あの時に会ってたの?」
会ってたわよ?会ってたってか、あっちからやってきたんだけれど。まあ、その辺はおいておいて、
「あんた、一撃でふっとばされて食堂の奥までふっとんで気絶してたじゃない。あれを治したのも、そいつよ?」
つーか、のびてたこいつが悪いわよね。それにしても、今、わたしが認識できるだけでも、相当ヤバイってことはあたしだけなら絶対に敵わなかったわよね。つまり、おそらく、ここにいる全員があいつには敵わないってことよ。唯一可能性があったのが七星佳奈くらいでしょうね。あと紫麗華。ただ、それでも例外には届かない。おそらく、大瑠璃のやつが言っていた「私たち」ってのが鍵なのよね。
「とりあえず、階段で少し休む。そして、しばらくしたら階段を上って相手に対面することにしよう。しかし、……まあ、何とも言えないが、この先の先行きが不安になる相手ではあるよな。彼が出てくるんなら、おそらく、煉巫さんの相手は……」
まあ、あいつでしょうね。あたしも紳司も直接の面識はないけど、その武名は轟いている。あいつが来るなら、まあ、その時も負けるでしょうね。
「まあ、今からずっと先のことを考えても仕方ないわ。今は目先ってことよ。まあ、あの例外君のことだから自分で勝手に帰れるかも知れないけど」
それでも残って番人をやるのが彼だからね。あ~、どうしよっかな。白羅の相手でしょうけど、負け確定よね。ぶっちゃけ、同じ氷龍の第六龍人種だからって、それしかない白羅とそれ以外もある彼じゃあ、まあ、彼が勝つわ。
「厄介だよな。話に聞くところによると真面目だそうじゃないか。役目を放り投げるタイプじゃないだろ?それでいて、最強。考えうるにこの手の門番としてこれほどに厄介な存在はないだろう」
紳司も考えは同じ。はぁ……なんだってあの子が来るかなぁ……。運が悪けりゃ全滅だってあり得る相手ってのが一番嫌よ。
「まあ、あの人のことだからなんでもやっちゃいそうではあるわよ。……我が家族ながら申し訳ないわ……。てか、できるなら、私も相手したくないんだけど。あの人に勝てる自信はないわ」
白羅も弱気。まあ、仕方がないことでしょうね。家族ってだけでもやりづらいのに、相手が彼じゃあ。
「てか、こん中に、あれの詳細と実力を知ってもやりたいなんて戦闘狂はいやしないわよ。いたとしたら馬鹿か無謀者か、とにかく、あたしですらあれを前にすりゃ降りるわよ」
紳司も同感したようにうなずいてたわ。てか、同じ龍神の子等なのに、白羅と彼で違いがありすぎるのはなぜでしょうね。血統かしら?……まあ、白羅が如何に凄い家系で凄い力を秘めていたとしても、あのバカっぷりじゃ使いこなせないでしょうけど。
「待て待て、さっきもそうだが、この先にいるのはいったい何なんだ。化け物か、それとも神か?」
怜斗がそんな風に問いかけてきた。まあ、こいつが知らんのも無理はないわよね。何せ、一世界の住人で終わっているうえ、時代が時代だけに外界の情報も入ってきにくかったしね。だから、あたしは、怜斗に……いえ、事情が分かっていなさそうな全員に向けて言う。
「そうね……ある意味、それも正解よ。最強の血統種、だものね。あ~、分かりやすい説明をすると……。
例えば、氷龍の第六龍人種……白羅とかだけど、その龍を完全に使いこなしている人間は、まあ、戦力としてだいぶ使えるわよね。有名なところだと雷璃とか黒霞とか、あの辺は弱い龍の群れなら数百匹まとめて倒せるレベルの強さってところかしら。
で、他に、燃え盛る浄化の炎って言う、どんな邪悪をも浄化してしまうし、威力も龍の火炎と同じくらいに強い炎を使える人間がいたとするでしょ。
んでもって、血筋がらいろんな一族の血が混ざって、いろんな技を使える奴がいるとするわ。そのいろんな技ってのは、例えば古武術だったり、一族に伝わる伝説の武器だったり、特殊な遺伝形質の能力だったりね。
さて、この3人のどれになら勝てるかしら。怜斗、一応前条件として察知能力があたしより上、基本体力も威力もあたしより上、頭脳もあたしより上、ってのがあるとして、どうかしら?」
あたしの問いかけに、怜斗は笑った。それは諦めの笑い。
「無理だな。どれにも勝てないってのが俺の意見だけど。それがどうしたんだよ。それと同じくらいの力を持ってる奴ってことか?」
「いいえ、違うわ。どれでも1つと互角なんじゃなくて、その3つ全てを……いえ、今あげたのは一例だから、それ以上を併せ持った存在よ。そんなのが上にはいるのよ。まあ、白羅なら家族だし殺されずに済む……といいんだけどね」
彼の状態によっては殺される可能性もなくはないってのがあるから断定はできないのよね。まあ、たぶん大丈夫でしょうけど。
「まあ、あの人、戦いが好きな部分が無くもないから……。でも、まあ、私相手なら修行感覚でやってくれる……と思うわ」
自信なさげに言うわね。まあ、分からんでもないけど。てか、彼が、適当に本気を全く出さない状態でも白羅に勝ち目があるとは思えないのよね。
「なんなんだよ、そいつは……」
怜斗の驚愕の声に、あたしは微笑みかける。
「まあ、あれに関しては、本当に例外でしょうね。……はぁ……面倒だわ。紳司、紫雪あたりを呼んで、どうにかしてもらえないの?」
紳司に言うと、紳司は肩を竦めて首を横に振る。まあ、……でしょうね。紫雪は、紳司の昔の……まあ、いいわね、この話は。
「流石に、この状態では呼べないさ。力も……」
紳司は、自分の後ろの仲間たちの誰かを見ていたわ。それは、刃奈も一緒で、つまりこの中に、あの子の力が……、ああ、なるほど。そう言うことなのね。これもまた運命ってやつなのかしら?
何はともあれ休憩をしたあたしたちは、化け物の待つ上の階へと向かったわ。さて、どうなるかしら。
え~、遅くなりました。家の方で少々ゴタゴタがありまして。




