302話:紫苑VS剣姫SIDE.Sword Princess
SIDE.No.10(Sword Princess)
それにしても、あの青葉紳司さんが目の前にいるとは不思議な気分ですねぇ。資料では拝見していましたけど。まあ、と言うことは、ここが件の黙示録の櫓……code:dreamer。その原典ともなると、流石のわたしもそのまま帰るなんてことはできなさそうですし。しかし、幻想の櫓とはいえ、今のわたしを引っ張ってくるなんて、面倒なことをしますね。いえ、全盛期を持ってくると業とはいえ相手にならないかもしれない、と言うことでしょうかね。
今や、あの頃の輝かしき剣嵐は遥か遠く、力も半分以下になってしまっていますし、クラスアップも身体がついてこられないでしょうから、せいぜい7段階が限度と言ったところでしょうか。クラスアップは、通常、常人の限界突破で1段階、魔法少女なんかも1段階ですね。しかし、ある種の超人になると数段階のクラスアップが可能になります。世界管理委員会の下位メンバーが1、2段階、48位以上からの上位メンバーが2段階、トップ11の中でもNo.0とNo.2、No.5は上限を知りませんが……あと、故人で会ったことのないNo.1もそうですが、それ以外は3段階。最上位種とされる存在達で5段階。しかし、わたしは10段階。生まれつきで10段階のクラスアップができるのです。クラスとは位階、それが上がるということは、格が上がるということを意味します。
通常は人間の格が1つや2つ上がったところで人間を脱却できません。しかし、聖騎士や【終焉の少女】のような特異な存在は別格。彼女たちがクラスアップをすれば、人間の域を一気に超える……つまり人外の領域に足を踏み入れるのです。それでも普通の最上位に届かない上位種ならそこまでは可能。しかし、彼女たちはおそらく神域……神格にすら匹敵するまで格を上げることができるのでしょう。神の遺産……神の創ったとされる神造人形や未完成人形、神醒存在、十闘士なんかの面々も、また同様に神格まで上がることができるはず。
しかし、最上位種が10段階……神まであと1歩の存在がそこから10歩進んだら、何になるのでしょうね。今までの人生で、最高位のクラスアップを行ったのは1回きり、その時はよく思い出せないのですが、おそらく、神を越えた何かに……九世界の例外にも匹敵する何かになったのだと思います。それからですね、一気にわたしに対する規制が緩くなって、青と2人で暮らせるようになったのは。
まるで、何らかの要素が作用して、無理にでもわたしを世界管理委員会から辞めさせるように仕向けられていたのではないか、と思うくらいに簡単になったんですよ。そう、理がいじられたかのように、ね。よもや、あの人たちが出張ってきたわけではないでしょうが、そう思わずにはいられないくらいですよ。
さて、武器もなく、力も半減しているわけですが、そんな状態で、どう戦えと言うのでしょうね。まあ、武器は呼び出せないこともないのですが……。
「とりあえず、大伯母さん、戦いますか?」
わたしの問いかけに、大伯母さんは、ため息をつくように、手に武器を呼びました。なるほど、あれが件の《古具》……。わたしはもう見れない環境だったので初めて見ますが、なるほど、三神の力の1つと言うだけあって、世界そのもの……因果そのものにくっついて作用しているようですね。通りで世界が変わっても効力を発揮するわけです。
「――《神双の蒼剣》」
アロンダイト……、伝承のアロンダイトの通りではなく双剣として顕現しているところを見ると蒼刃蒼天のオリジナルがだいぶ入っているんでしょうかね。他の者がどうか分からないので何とも判断できませんが、しかし、理由もなく形を変えるわけもないでしょうし、何かあるのでしょうね。さて、わたしの武器はどうしましょうか。
「――|暴虐の龍剣《タイラント・ドラゴ二クス》」
ストックの中で一番使いにくいこの子を呼び出しました。さて、とどれだけの力を使ってくるでしょうか。たぶん、わたしは負けます。でも、仕方がないことだとは思いますけど。
「【蒼刻】ッ!」
おっと、向こうは、【蒼刻】も最初から使うんですか。これはかなり不利ですね。さて、どれだけ体が持つのやら。そのとき、上に……頭上と言うよりも遥か上の階、紳司さんたちよりも上の階に、ふとあの人たちの誰かの力を感じました。誰……、これは、■■■■■ですね。咬瀬さんでないだけマシということでしょうかね。しかし、いるということですか、あの人たちも。この件、どうやら【天兇の魔女】だけじゃないようですね、裏にいるのは……まさか、べリアル公?
「考え事、ですかッ?!」
おや、どうやら考え事をしている場合ではなさそうですね。仕方がありません。少し、あの剣術を使うとしましょうか。剣天蒼流剣術、バール・フェールの御業を!
「いえいえ、少々どう攻めようか決めかねていただけですよッ!」
剣天蒼流剣術は、あらゆる武器での戦闘を想定した剣術です。剣の間合い、形、様々な剣のための業が存在していて、わたしはおおよその剣技を習得した剣聖。バール・フェールのような天剣にはまだほど遠いですが、手持ちの武器での業は全て習得しました。
「破剣……漆華」
刀身が見えなくなるほど早い切り上げ、空気すらも切り裂きその通り道に黒い斬痕を残すというものです。まるで黒い塊が自分を喰らいに来ているかのように錯覚するほどに恐ろしく感じるもので、わたしも最初に喰らったときは、驚きのあまり気合で掻き消してしまいました。
「ハァアアアッ!」
蒼色の斬撃が黒の斬撃を十字に切り裂きました。なるほど、あれを斬りますか……。実力は、世界管理委員会下位メンバーと互角に届くか届かないかくらいでしょうかね。今のわたしがそれ以下まで落ちているので、勝ち目が薄いです。クラスアップを一回で同等、【蒼刻】だと超える、そのくらいの戦力差でしょうね。だから、わたしは、クラスアップを選ばざるを得ない。
「……上位転身」
【力場】が高まるのが実感できます。髪がやや紫がかって瞳が淡く紅く発行しているはず。完全上位転身後は、No.5曰く、紫の髪と赫い瞳だったそうですから。
「破剣……刈藍ッ!」
前方に大距離の大型斬撃を飛ばして消し飛ばす……と言うものですが流石に威力は抑えめと言うか、今のわたしが撃ったところでたかが知れています。
「ハッ!この程度……ですか?うちの子たちがあれだけ警戒していたので何かあると思っていたんですが……」
あら、それはそれは。まあ、紳司さんたちが警戒しずぎと言うのもありますが、少々厄介な状況ですからね。……え、上のあの人の気配が……消えた?
「ふふっ、お望みなら、見せましょう。少々限界を越えさせてもらいますよ?」
あの人の気配が消えた瞬間に、枷が緩んだようなので、……よもやとは思っていましたが、あの4人がわたしの因果を強制的に動かしていたということなのでしょう。今は、許可が下りたということ。尤も、この戦いが終われば元通り、と言ったところでしょうけど。
「上位転身、7階位」
クラスアップの掛け声は人によって異なり、感覚のようなものですがこの声、と言うのが決まっています。そして、わたしは一気に七段階目までクラスアップしました。
紫の髪に、紅の瞳。そして、さらに【蒼刻】。体内に7つの【蒼き力場】を形成して体中が蒼く染まります。それによって、髪は蒼紫、瞳は赤紫になっていることでしょう。
「これはッ……?!」
さて、と、久々の本気……流石に十段階まで上げると体がもちませんから出せる限界としての本気ですが、それを出せました。さて、ここからは、わたしの剣技で相手をしましょう。
「――破魔天嵐、剣鬼乱盛、苦邪劣悪、不変万化、栄華没落、――逢魔剣・不烙ッ!
――剣嵐ッ!」
逢魔剣・不烙を呼び出し、四方八方に無数の斬撃を飛ばす物量攻撃、剣嵐を使いました。
「……グッ、ハァアアアアアアアアッ!」
蒼紫の斬撃と蒼の斬撃がぶつかり合い、衝撃がフロア全体に広がります。そして、打ち勝ったのは、蒼紫の斬撃。わたしの斬撃が大伯母さんに向かって飛びました。
「っと……この辺にしておきましょう。勝敗は決しましたから」
あの頃に比べれば随分と甘くなったものですね。常勝無敗の剣聖姫ともあろうものが、この程度で相手を見逃そうとは……。
「おや、わたしの方もタイムアップですかね……」
全てのクラスアップと【蒼刻】を解いて、大伯母さんのほうを振り返ります。疲労して【蒼刻】も解けているようですね。
「では、またいずれかの未来で、会えることもあるかもしれません」
わたしは今のところ会っていませんが存命中なのは知っていますしね。会えることもあるかもしれません。そう思って、そして、前を向いたら、そこはいつもの街なみでした。
ふむ、こうなってくると、おそらく……。わたしが思う通りに、背後を振り返れば、夕日に照らされる眩い金色の髪。メルティアちゃん、ですね。そして、メルティアちゃんに抱えられている青。
「ふふふっ、メルティア、貴方も聞いたんでしょう。青の出生の秘密を。それから、紳司さんにも会ったのよね」
わたしの言葉に、メルティアちゃんは、驚いたような顔をしています。まあ、それもそうでしょう。
「なんで知っているのよ、……それに、話を聞く限り、貴方は、一体……?」
メルティアちゃんの言葉に、わたしは言います。
「な、い、しょ。女は秘密を着飾って美しくなるものですよ」




