301話:第七階層・剣嵐と双剣のノクターンSIDE.GOD
俺は、微妙に先ほどの戦いのことが気になっている。やや意識を……【力場】の探索等を下にも向けていって進んでいく。注意散漫と言われればそうかもしれないが……。さて、と、この先には何がいるのかな。化け物か、人間か、機械か、何が出てくるか分からないのが、この塔ってやつだからな。少し上の方だけに集中してみるか。そう思って、上に意識を集中した瞬間、俺は、思わず階段なのも忘れて一歩後ずさりそうになった。刃奈がそれを支えてくれて事なきを得たが、……これはまずいな。
鳥肌が収まらない全身を抱くようにしてさすりながら、後ろの様子をうかがう。すると、姉さんの反応が悪い。ってことは、姉さんもあれに気付いたってことか。他のが気づいていないのは、単に探索を俺と姉さんに任せきりにしているからなのか、ただ気づいていないだけなのか。少なくとも、深紅さん辺りには気づいてほしい、というか気づけよ、と言う気持ちになり始めている。いくら三番目だからと言って無能すぎやしないか?
「姉さんッ、どうする?」
俺は、普通の声で、姉さんに問いかけた。やや声が震えていたかもしれない。流石の姉さんは、少し苦い顔をする程度だが、俺からすればやりたくない相手、と言うべき相手なので、鳥肌が収まらないし、体も震えている。
「あんたねぇ、いや、あたしもできれば避けたいけど、この先を見る限り、どうにも彩陽って人がさっきぶち当たったタイプじゃなくて、全員でお目見え形式でしょ?
つーか、なによ、あの剣気、相当ヤバイわよ。それに闘気もそうだし。しかもたぶん、当人は抑えてるつもりっぽいのが相当ヤバイってことよ。ちなみに、あたしには心当たりないんだけど、あんたは?」
あ~、どうだろうか。俺には1人心当たりとも言えなくもない人物が浮かんでいるが、いくら何でも、こうもばったり出くわさないだろう、と思いたい。そうなってくると作為的と思いたくなるから。まあ、この塔に呼び出される仕組みが分かっていない以上作為的なのかもしれないけどな。本当に、どう決めているんだろう。
「もしかしたら、っていう思いはあるが、実際にはあったことが無いから分からないな。違う可能性もあるし、そうかもしれないってのはある。しかし、まあ、そうなると、俺が相手ってことになっちまうし、違ってほしいな」
まあ、他に縁がないこともないだろうけど。特に母さん当たりが引っかかるかもしれないが……。だが、できれば別の人物であることを願いたい。戦うって意味でも手ごわいだろうが、それ以上に……、いや、憶測の域を出ない状況でとやかく言うのもあれだな。
「どうかしたのか、紳司、暗音。お前らが、ここまでウダウダ言うってのは初めてだが、何かあるのか?」
じいちゃんがそう言った。何かあるのかも何も、……自分で感知しろって話だよ。そうすりゃ分かる。しかし、【蒼き力場】と圧力をかけるように迫る剣気。まるで魔力の塊を見ているかのような魔力量。人型をしてなければ化け物だと思っただろう。
「この先にいるのは、おそらく、世界管理委員会の切り札、そして、現在は不在の座にあり、そこに座った存在、と言ったところか」
俺の言葉に、姉さんが疑問の声を上げた。階段の下方から俺に聞こえる声で姉さんが聞いてくる。
「今、座ったって言ったわね。どういう意味、あの先にいるのは座を降りた後ってこと?」
ああ、そこに引っかかったのか。だが、おそらく俺の発言には間違いがないだろう。つまりは、……姉さんに説明するのもあれなんだが、感覚で分かるものもあるということだ。
「おそらく、だけどね。俺とあいつのつながりが、そう言っている気がする。そもそも、下であの子が出てきた時点で、これも勘定に入れておくべきだったんだろうな」
そう、だから、今は、下に気を配っている状況ではないな。アーサー・ペンドラゴンには悪いが、こちらに集中させてもらおう。でないと、ちょっとややこしいときにまで、下には構えない。おそらく、会った後に説明が必要になるだろうからな。
そう思いながら、恐る恐る階段を上がっていく。さあ、この先にいる化け物のような……――妻に会おう。
フロアに上がると、そこには女性が立っていた。年のころは20代に見えるが、【力場】から感じる限り、その数倍は生きている。
長い茶髪をポニーテイルのようにして、ゴムで結っている。灰色のトレーナーに少しきつめのジーパンと言う生活感溢れる主婦のような服装。手に持ったままの畳みかけのエプロン。そして、その見た目に反して、裡に秘めるように隠しているが、隠れ切れていない圧倒的な力。
俺は、この人物の予想がついていた。ここまで圧倒的だと、浮かぶのは数人だし、その中でもあったことはないっていうことを考えたときに浮かんだのは、彼女だった。そう、その人物こそ、……
「不在のNo.10。七峰、剣姫ッ」
世界管理委員会において、代々不在だったNo.10にふさわしいものとして選ばれて、その職務を全うした最強の剣姫。【剣天の姫】とまで恐れられた剣嵐。その実力は、世界管理委員会の中でもトップクラス。あのデュアル・ツインベルとも並ぶだろう人物だからな。
「元、不在のNo.10ですよ。今はしがない主婦ですって」
そう朗らかに笑う。この人物こそ、七峰青が母親にして、俺の遺伝子を使って青を生んだ……産んだ、七峰剣姫。
「主婦とは思えないくらいに闘気がにじみ出てるんだけど?つーか、紳司、あんた、よくこんなのと子供を作ったわね。って、ああ、そっか人工授精だから、あんた関わってなかったっけ?」
まあ、そうだし、実際、これから先の話だから俺は剣姫自身とは会ったことがないんだよ。だから、俺に聞かれても困るんだが。
「子供……、あら、……青葉紳司さんではありませんか。よもやこうして会うことになるとは思いませんでしたね。貴方にとってわたしは初対面の女性に過ぎないと思うのですが、子供と言う言葉が出てきた以上、下の階でメルティア・ゾーラタちゃんか、青にでも会いましたか?」
あっけらかんと笑う剣姫に動揺は見られない。流石は不在のNo.10、肝が据わっている戸いうか、動じないというか。
「いや、確かに下の階でその2人には会ったが、それ以前から君と俺のことは知っていたし、青にもことの真相を全部伝えておいた」
俺の言葉に、剣姫は「そうですか」と少し苦笑を浮かべていた。勝手に話したのはまずかっただろうか。だが、まあ、別に俺には話す権利もあるし、そう言うことにしておこう。
「まあ、いずれきちんと話そうと思っていたのでいい機会でしょう。おそらく、その青とわたしは同じ時間軸から引っ張ってきているでしょうし。なぜ、不在のNo.10時代のわたしを呼ばなかったのか、と言う疑問は残りますが、それよりも、紳司さんはわたしとのことをどこでお聞きになったんですか?見たところ、まだ、学生時代のご様子。全盛期には程遠いようじゃありませんか?」
俺が剣姫とのことを知ったのはイシュタルの予言だ。正確にはキリハ・U・ファミーユの予言らしいがな。
「予言の魔法少女、キリハ・U・ファミーユの予言をイシュタル・ローゼンクロイツから聞いた。その中に君のこともあったということだ」
ああ、正確には他のこともあったけど、具体的に名前を聞いたのは剣姫だけだったはずだ。まあ、大体の予想はついているけど。しかし、あの時イシュタルは、「『……など、数多のこれからの時空における時代を築くものの父』」と言った。つまり、他にもいる可能性は否定できないな。
「【ユリアに悠か先を見ることを許された者】ですか。流石は……しかし、その予言、まさかとは思いますが、紅司君や――あの煉司君のことも聞いているということでしょうか」
確かにその2人の名前も聞いた中にはあった。しかし、まさか知り合いだったのか……?ありえない話ではないんだが。
「ああ、三界連盟の盟主である煉司と天明煉紅の紅司」
その時に、チラリと静巴と秋世を盗み見た。おそらく、だが……いや、この話はよしておこう。
「そうですか、聞いている限りだと、そのほかに7人ほどいるようですが……なるほど、貴方の周りにいるのが、彼らの……。資料では分からないこともあるものですね。しかし、なるほどなるほど、《偽王の虚殿》……だからこそ、彼女は……。三神が惹かれあうのは必然か、それとも……。しかし、姫聖ちゃんは、彼女の力を強くひきすぎてしまったようですねぇ」
そう言いながら剣姫が見ていたのは律姫ちゃんだった。まあ、おそらくそうだろう。しかし三神がどうとか言っていたが……そこだけは俺の知らない何かを。それに7人いると言っていたか?青、紅司、煉司の3人を除けば、俺が聞いていたのは裕司、雷司、宵司、姫聖、紳由梨の5人だけ。あと2人は一体……。いや、1人は心当たりがなくもない。《魔典の王者》を継ぐ者、史乃さんが言っていたやつだ。あとの1人はおそらく、……刃奈の方を見る。
「10人以上って節操ないわね、あんた。流石にちょっと引くわよ?」
姉さんがあきれ顔をしていた。しかし、知っていたであろう紫炎だけは、ニコニコと笑ったままだった。一応、俺は弁明を試みる。
「まあ、可能性の1つってだけさ。全部が全部あり得る未来じゃねぇってことだよ。未来の可能性ってのは、姉さんがよく知っているだろう?まあ、尤も、《悠久聖典》なんぞにそうなることが記されてちゃ分からないけど。その《聖典》も徐々に狂いを見せだしてる。刹那ちゃんなんかは慌ててるだろうね」
「まあ、あの子がそそっかしいのは昔からだけど。刹那の予言の精度なんて大したもんじゃないし」
そう言ってやるなよ。あの子もあの子で頑張ってるんだから。四代目天辰流篠之宮神と一緒に活動してたとか。尤も、今は五代目の代だから何をしているのかは知らんけど。
「まあ、可能性と言うのは否定しませんよ。でも、そう言う未来が無いと、あの子が一番可哀想だと、わたしは思いますけどね」
どこか遠くを見るような剣姫。その眼には誰が映っていたのか。未来の俺たちか子供たちか、それとも別の誰かか。
「さて、とそろそろ無駄話は終わりにして、戦いと行きましょう。相手は、大伯母さん、だと思いますけど」
大伯母さん、つまりは、母さんだろう。俺は、母さんの方を見る。当の母さんは自分のことだとは思っていない模様。父さんとの脳の連携が無いと妙に鈍いところがあるからな、この人。
「と、言うわけだから母さんの番みたいよ?」
姉さんが言うと、母さんは「ふぇ?」とアホみたいな声を漏らした。実際、アホなのかもしれん。いや、まあ、一応しっかりしたところもあるし、大丈夫だと思いたい。




