30話:報告会
あたしは、その夜、紳司とリビングで向かい合って座っていた。無論、話す内容は今日起きた、あの出来事についてである。ここまで前振りすれば嫌でもよく分かるわよね。
そう、あのこと、
「紳司、今日のデートの相手、誰だったのよ!」
紳司のデートについてだった。……ってのは冗談なんだけど、まあ、紳司は答えてくれるわよね。
「律姫ちゃんだよ。後輩の子だよ。水泳部に視察行ったときに知り合ってね。デートじゃなくてご飯に行っただけだよ」
律姫ちゃん、ねぇ……。まあ、いいわ。本題に入りましょうか。
「まあ、それはおいおい聞くとして、今は、《古具》の話をしようじゃないの」
あたしは、紳司を見る。特に紳司に変わった様子がないところを見ると常時発動とかそういうんじゃないわね。
「アンタの《古具》について教えて頂戴」
あたしの言葉に、紳司は、やれやれと肩を竦めた。どうやら、紳司は、面白い《古具》に目覚めたらしいわね。
「ったく、誰にも言わないでくれよ」
そういいながら、紳司は、囁くように《古具》の名前を言った。
「《神々の宝具》って言って、古今東西あらゆる神に関係した武器が出せる《古具》みたいだよ」
神の祝福、ゴッド・ブレスね。なるほど、あらゆる神の武器を出せるってことは、神話関連から引っ張り出し放題よね。そもそも、大抵の《聖剣》とかの基本的な原点が、「神から貰った」である以上、基本的なものは出し放題じゃない?
「なるほどね……。神の力で呪いを跳ね除けたってことかしら?」
あたしの言葉に、紳司が、こくりと頷いた。そして、さらに、自分の武器の情報を開示してくる。
「《無敵の鬼神剣》、《帝釈天の光雷槍》。この2つが今回、俺が呼び出した武器なんだけど」
紳司の言葉に、あたしは思わず唸った。アスラ……、まあ、阿修羅よね。それにインドラ、帝釈天のことだとすると、基本系統が「インド神話」なのかしら?
「インド神話系統がメインなの?」
あたしの問いかけに、紳司が肩をすくめた。どうやら、その辺は、分かっていないらしいわね。
「おそらく、使ってないだけで、きっと他の神話体系からも呼び出せると思うんだが……」
紳司がそういうんなら、そうなんでしょうね。まあ、普通に考えて、そうなると「印度の神々」とか言う《古具》の名称になりそうだしね。
「それで、姉さんはどんな《古具》に目覚めたんだよ」
紳司が、俺ばっかり教えるのはズルイと言わんばかりの目であたしを見るので、仕方なしに教えることにするわ。
あたしは、そっと念じる。その瞬間、あたしの服……まあ、現状、家に居るので下着姿だったんだけれど……、まあ、あたしの服の上に絡みつくように黒い何かが這い上がり、ドレスを形成したわ。
「それが姉さんの《古具》……?」
あたしの物にしては服が変わるだけなんてあっけない、と言った様な顔であたしの服をまじまじと見る紳司。
あたしの現在の格好は、オフショルダーで、右胸の上辺りから斜めにフリルの線が左腰上辺りまで伸びている。背中はオープンで結構開いていて、あたしの背中がかなり見えている。下の方は、パニエとかが使われていなく、普通にひらひらした感じになっているわね。
「あー、ぶっちゃけ、この服はおまけみたいなもんよ」
よくわかんないけど、《古具》を使う上で、必ず身に着けなくちゃいけない戦闘服みたいなもんね。その所為で、基本的に、人前でこっそり使うことすら不可能なんだけど……。
そう言った点では、大変不利になるけど、全身が真っ黒に自動でしてくれるから、夜戦や奇襲には向いてんのよね~。何か、暗殺者みたいよ。
「おまけ?じゃあ、本来の能力は?」
あたしは、机の上を見て、切っても大丈夫そうなものを選ぶ。う~ん、どら焼きでいいわね。
あたしは、どら焼きの上に手をかざした。その瞬間に、一瞬、黒い線がどら焼きの上を四方に駆けた。
「おぉ、切れた切れた。さっすがあたし、出力調整も完璧ね!」
制御できる自信は無かったけど普通に制御できたわね。結果オーライ!
「万物を斬る刃の神、刃神の力を宿す切断の《古具》ね」
正確には、切断と言うより、破壊に近いのだけれど。まあ、斬って壊すから大差ないわよね。
「刃神……?」
紳司がその言葉に、やはり首を傾げた。まあ、知らない神話だから仕方ないわね。確か、グラムのやつは「ムスペル神話」とか言っていたけれど……。
まあ、ムスペルに関しては心当たりが無いわけじゃないんだけど、そうしたら、北欧神話のカテゴリーじゃない?でも北欧神話で刃神なんて聞いたこと無いのよねー。
あっ、一応、言うけど、ムスペルは、北欧神話に登場する巨人の一族のことを言う名前ね。火の国「ムスペル」に住むとされているとか何とか……。
まっ、それはどうでもいいんだけどね。
「何でもムスペル神話とか言うところの12柱の神の中の1柱だとか……。いんや、元1柱だっけか?
狗に神の座を譲ったから」
あたしの言葉に、ふむぅ、と考え込む紳司。
「もしかして、神なら、俺の《古具》で呼び出せるんじゃないのか?」
その言葉に、あたしは、「確かに!」と叫びそうになった。でもその可能性は大いにありえるわね。古今東西、あらゆる神を呼べるというのなら、どんな神でも呼べる可能性は大いにあるわね。
「その発想はなかったわ……。あんたの《古具》を聞いた時点でそれを思いつくべきだったわね」
あたしはそういいながら、考えてみるわ。もしも、あたしと同じ能力を同時に発動できるとして、そのメリットを。
メリット……メリット……、特に無いわね。むしろ邪魔じゃない?まあ、牽制とか引っ掛けとか、隙を作るとかそんぐらいには使えるけど……。
「まあ、使いようはいくらでも有るわね……。それに、同系列が呼び出せるなら、最強とか言う炎神・紅炎龍のベリオルグの力が使えたら無双でしょうしね」
グラムが最強って言ってたからね。てーか、よくよく考えたら、あたしのは元神なんだから、今、紳司が使えるとしても狗とか言うほうの刃神なんじゃないの?
「それよりも、そうだ。あの天姫谷螢馬って子とどういう関係なんよ?」
念のために、あたしは聞いてみる。まあ、聞いたからってどうってことは無いんでしょうけどね。
「ん?ああ、後輩だよ。水泳部」
また水泳部の後輩か。えっと律姫ちゃんだっけ?その子の他にも知り合ってたのが天姫谷ちゃんってこと?
「会ったことはなかったけど、何か、ウチの水泳部のシャワー室に結界張ってたらしくてさ。あ、張ってたのは部下だったみたいだけど」
なるほどね。それで、今日会ったってところかしら。そういえば、あたしは、天姫谷たちの顛末を紳司に話して無かったわね。
「そういえば、あいつ等、螢馬ちゃんと龍馬は、京都に帰るらしいわよ。今度、あたしが修学旅行に行ったら両親を紹介してもらう約束してるわ」
あたしの言葉に、紳司が一瞬きょとんとする。しかし、なるほど、と頷いた。そして紳司が言う。
「結婚を持ちかけられたのか」
予想していた、と言わんばかりの表情で聞いてくる紳司。まあ、紳司なら、あの兄妹の関係に気づいていてもおかしくないわよね。おそらく、兄の汚名返上のために、《古具》使いの婚約者でも探しにきていたんでしょうね。
「でも、修学旅行のときに両親に会うのは、婚約のためじゃないな」
紳司の言葉に、あたしはニヤリと笑ったわ。
「あら、気づいちゃった?そりゃそうよ、よく知らん男と結婚するはずないじゃない」
よく知っていたとしても友則みたいなのはお断りだけどね。まあ、そんなわけで、婚約なんて毛頭考えて無かったわよ。
「ええ、あたしってね、昔の仕来りとかに囚われてる頑固者とか大っ嫌いなのよ」
特に爺婆共ね。とっとと消えればいいのに、とまでは言わないけど、若者に自分の価値観を押し付けんな。時代遅れなんだよ、とか思っちゃうのよね。
「だから、潰すの?」
紳司が聞いてくる。紳司も答えなんてとっくに分かってるくせに。
「当然!」
そう、例え、あたしが《古具》に目覚めていなかったとしても、もし、天姫谷兄妹にあったなら、同じことをしていたでしょうね。どんな手段を使ってでも。そして、親を家諸共ぶっ潰すでしょうね。
「分かったよ、そうだよね。なら俺は姉さんを止めないよ」
そう言って紳司はあたしに微笑みかける。うん、格好いいわね。さすがあたしの弟だわ。
「さて、とそうと決まったら、あと1ヶ月くらいあるけど、修学旅行まで、どうやって潰すか」
あたしは極めてあくどい笑みを浮かべていたことでしょうね。まあ、紳司もあたしの顔には慣れっこだから何も言わないけれど。
「さて、じゃあ、あたしは、そろそろ風呂にでも入ろうかしら」
あたしがそう言うと、紳司も次いで立った。あたしは、にやりと紳司に笑いかけるわ。
「なぁに、紳司、一緒に入りたいの?」
紳司があたしの言葉に、一瞬考えてから、頷いた。
ピチャリ、と水滴が湯面に落ち音を立てる。あたしは、湯船に浸かりながら、紳司に視線を向けた。紳司は、あたしが湯船の縁に押し付けてる胸を凝視してたけど、あたしから視線を向けられると少し逸らす。
「何見てんのよ」
つんつん、とあたしは伸ばした人差し指で信じの頬っぺたをつつく。紳司はちょっとうざったそうに、あたしの指をのける。
「やめろよ」
まるで、バカップルのようなやり取りをしながら、あたしと紳司は、今日の目覚めと戦いの疲れを癒すように、ゆったりとお風呂に浸かったのだった。