03話:銀朱の教師
チャイムと共に、ドアが開いて、うっすら赤っぽい黒髪の女性が入ってきた。赤っぽく見えたのは光の加減だろう。歳は20代半ばだろうか、まだ新卒っぽい見た目だが、纏っている雰囲気は、まるでベテラン教師が来たときのようだ。
見た目と雰囲気が「ちぐはぐ」。まるで、見た目は20代、頭脳は50代、見たいな感じだ。それほどまでに貫禄がある。
あれか、どこか有名大学の卒業生で、頭いい感じの奴なのかな。
しかし、見た目は、本当に美人だ。田中が言っていた通り、本当に、美人だった。
腰元まで伸びた黒髪は、どこか赤みを帯びているように見える。そして、瞳は、両方とも薄赤い。
日に焼けていない肌は、まるで、遠目から見ても張りがあって柔そうな肌だ。
整った顔立ちと、胸はあまりないが、スレンダーで、カッコいい美人の印象を受ける。
しかし、どこかで、見たことのあるような雰囲気だな……。
「ふぅ……、っ!」
ため息をつくように教卓にたって、クラスを見回して、俺の方、おそらく俺の近くを見たあたりで少し驚いたような顔をする。
「はぁ……」
そして、今度は本当にため息をついた。そして、ボソリと呟くように言う。
「全く、つくづく縁があるわね……」
シーンとした室内には、十分に聞こえる声量。そして、教師は、自己紹介を始めた。
「はい、私は、天龍寺秋世よ」
どうでもいいが、名前の最後が「よ」でその後に「よ」って言い難くないんだろうか。
「前の担任、桜麻先生の代わりにこのクラスの担任になりました。桜麻先生は、副担任扱いで私不在時にホームルームを担当してくれると思います」
何でだ。普通、新しくやってきた方が副担任じゃないのか……?
「それで、……はぁ、聞きたくないんだけど、君、苗字は青葉よね?」
秋世、って言ったか。まあ、心の中だ、呼び捨てで構うまい。秋世が俺に向かって問いかけた。何で知ってんだ?
「ああ、そうだが?」
訝しげな顔で俺は、秋世に言葉を返した。秋世は、忌々しげにため息をつき、俺のことを見る。
「その生意気なイケメンっぷりは、本当にそっくりね。貴方のお父さん、青葉王司君に」
父さんの、知り合い?いや、しかし、20代だぞ。まあ、父さんも母さんも、未だに20代に見えると評判だが。
「それと、貴方のお祖父さんの清二さんにもそっくり」
どこか懐かしげに、そんな風に言う秋世。じいちゃんの知り合いでもあるのか……?こいつ、一体何歳だ?
「まあ、王司君ほど生意気そうでなくてよかったわ」
ホッとしたように呟いて、パンと手を叩いた。
「さて、と。私の紹介以外、もう一つ。編入生がいるわ。入ってきなさい」
廊下で「はい」って可愛い声がしたな。女の子なのは確かだ。はて、どこかで聞いたことがあるような……。
「「「おぉ……」」」
クラスの男子が俺以外、全員、思わず声を漏らした。それほどまでに、秋世なんて比べ物にならないくらい可愛らしい、などと言うと秋世が可哀想だが、事実そうなのだ。確かに秋世は美人だ。だが、今入ってきた女子生徒に比べれば、僅かに劣る。
その女子生徒は、花月静巴だった。
「もぉ、秋世は相変わらず話が長いですねぇ」
秋世に対して静巴は、妙に馴れ馴れしかった。……って、ああ、そういえば、保健室でも秋世の名前を言っていたな。
「皆さん、はじめまして、花月静巴です。そして、青葉君、お久しぶり……いえ、先ほどぶりですね」
みんなに挨拶すると同時に、俺にも挨拶をする静巴。そんなことを言ったら、ほら、見ろ、みんな俺を見てやがる。
「ん?何、アンタ、青葉の子と知り合いになってたの?」
秋世が静巴に言う。つーか「青葉の子」って表現やめてくれませんかね?
「秋世こそ知り合いなんですか?」
いや、面識はないはずだが……。
「ん?まあ、ね。そこそこ知り合いみたいなモンよ。そういえば、王司君って七峰さんと結婚したんだっけ?」
母さんの知り合いでもあんのか?
「えっと、名前、なんていうのかしら?」
「え、俺?青葉紳司だけど?」
あ、タメ口で言っちまった。まあ、いいか。何か、この人、理由は分からんがタメ口でいい気がしてきた。
「そ、紳司君ね。まあ、まだ、開花してないけど、きっと、いずれ……」
「秋世、変な話ばかりしていると、『何だ、この中二教師』って思われますよ?」
「誰が中二よ!」
秋世は激怒した。いや、激怒してる。何だろう、ウチの両親を含めて、俺の周りの大人は、頭がアレなのだろうか。
「どうでもいいが、もう一限の時間だぞ……。まあ、一限はロングホームルームだからいいが」
ロングホームルームは担任が担当する。だから、別にどうでもいい。とはいえ、秋世も赴任したばかりだ。いきなり授業をサボるというのは体面上よくないのではないのか?
「よくないわよ!」
どうやら、教師としてサボるのはよくないと理解しているらしい。やはり、一応、教師なのだろう。
「全く、それじゃあ、授業を始めます。静巴さんは、好きなところに座ってちょうだい」
好きなところって、空いてる席は一箇所しかねぇんだが……。それにしても、静巴か……。ウチの学園の女子人気ランキングが変動を見せるかもしれんな……。
市原先輩、櫛嵩先輩、倉敷、ファルファム先輩、天導。今までのトップ5が揺れるな。
「えっと、今日のロングホームルームは、……特にすることはないわね。じゃあ、そうね、なるべく静かにするなら、静巴さんへの質問コーナーにしようかしら」
秋世の提案に、クラス中が、一致団結して、頷いた。無論、俺も文句はないので頷いた。さて、俺も何か質問するか?
「あ、紳司君は、空き教室で私とお話ね」
って、おい!
秋世に言われて、俺のテンションはガタ落ちだ。何が悲しくて教師と二人きりで話し合わなくてはならんのか……。
まあ、おおよその予測はついている。俺の両親やじいちゃんに関することで話があるんだろう。そうじゃなかったら、さっきの「開花」ってやつについてだな。
「はぁ、……、この時間なら、第4選択教室が使われてないはずだ」
俺が場所を言うと、秋世は「じゃあ、そこへ行きましょ」と言って、教室から出た。仕方ない、俺も行くか。
秋世について歩くこと数分。秋世は、土地勘があるように校舎内を歩く。事前に校舎内のチェックでもしていたんだろうか?
「あら、ここが、第3選択教室?」
そこは、去年まで第4選択教室だった部屋だった。
「ああ、今年から1年が1クラス増えて、第1選択教室が教室に変更になってな。その影響で選択教室のナンバリングが1つずつズレたんだよ」
しかし、去年以前のウチの校舎内を知ってるってことは、事前に校舎内を探索したってのは違うな。
「へぇ、ところどころ変わってるのは分かったけど……。まあ、流石に10年以上来てないとこうなるわね……」
10年以上……?それ以前は、頻繁に来ていたみたいな言い方をするな。さすがに、それはないだろう。その頃、秋世はせいぜい中学生のはずだ。
「あ、なるほど。今、紳司君は、10年以上前に私がここに通っていたのはおかしい、って思ったでしょ?」
秋世の指摘はまさにその通りだった。よく分かるな。
「私、こう見えて50歳越えてるのよ?」
はぁ?50歳を越えている?そんなわけないだろ。誰がどう見たって、せいぜい26歳くらいだぞ。
「20年くらい前には、この学園で教鞭をとっていたこともあるもの」
20年前って言えば、父さんや母さんが学生のときってことだよな。いや、そんな分けない。
「そんなわけない、とか思わないでよ?目で見えることだけが現実じゃないのよ?」
そうやって笑う秋世は、どこか達観しているように見えた。どこか浮世離れしていて、何か、普通じゃない。そんな気配が、匂いが、雰囲気がある。
「頭をやわらかくして考えてみて。この世は、表沙汰になっていることが全てじゃないのよ」
何が言いたいのかは、おおよそ察した。つまり、そんな常識の埒外もありえるのだ、と言いたいのだろう。その言い分は分かる。
「なるほどな。つまりは、お前は表沙汰に出来ない裏側の人間だってことか?それも、普通の意味での裏側じゃなく、世界的な意味での裏側だな」
そう、暴力団とかヤクザとか、そう言った意味での裏側ではない。もっと深い意味での裏側。
「魔法とかそう言った意味合いでの裏側、か」
そう、魔法使いや陰陽師、そう言ったものが表にいたのは、たとえば日本では平安時代。あの頃は、安部清明だの何だのって多くの陰陽師が鬼退治や妖怪退治をして地位を獲得していた。しかし、武家政権に移行してからは、姿を見せなくなる。
たとえば、西洋では中世の初期やそれ以前。それ以降になると魔女狩りが始まり、それ以降、魔女、魔法使いの話はめっきりなくなった。
そう、それらは、それを境に裏側になったのだ。まあ、もっとも、これらは、魔法が存在していれば、の話であるんだが……。
「そういうことよ。流石は清二さんの……、王司君の息子ね。歩く図書館三世になるのかしら?」
あ、歩く図書館?なんじゃそりゃ。
「っと、着いたわね。第4選択教室」
そう言って、秋世は、第4選択教室のドアに手をかけた。