298話:ジークフリートVS彩陽SIDE.AYAHI
SIDE.AYAHI(With VALKYRIA)
お姉ちゃんは、ゆっくりと、前へと進むの。黒き炎の森、ヒンダルフィヤル。お姉ちゃんの思い出の地であり、力を手に入れた場所。王司ちゃんとの思い出もある、そんな場所に、いるの。そして、お姉ちゃんが、この戦いに負けることは、絶対にないの。それは、決まっていることだから。例え、誰が相手でも、お姉ちゃんは、負けない。
銀髪、紅眼、そんな男の人が見えてくる。お姉ちゃんは、静かにその人を見て、心の奥、リリィの思いを知るの。あの人こそが、ジークフリートなんだね。その強さは、お姉ちゃんでも計り知れないかも……。でも、お姉ちゃんは、負けない……!
「何者だ……、ここはどこだ。知っているなら教えてもらおう」
ジークフリートはお姉ちゃんに向かってそう問いかけるの。何者、それに、ここがどこか、って聞くってことは……。
「お姉ちゃんは、九龍彩陽っていうの。ブリュンヒルデの……リリィ・エルダーの寵愛を受けし者。そして、ここは、囚われの黒き炎の棘森、ヒンダルフィヤルだよ」
お姉ちゃんの言葉に、ジークフリートはピンと来てないみたいだね。やっぱり、そう言うことなのかな。だとしたら、あえて、交錯するように宿命があったんじゃないのかな。
「クリームヒルトの夫、ジークフリート、かな?」
そう、このジークフリートは、ブリュンヒルデじゃなくて、クリームヒルトと結ばれた方の世界線のジークフリートなんだと、お姉ちゃんは思うんだ。じゃないと、この姿を見ても何も言わないのはおかしいもの。
「ほう、我が名を知るか。ならば、ここを出るために目の前のものを切り進み、妻がもとに帰るまで。往くぞ、【グラム】ッ!」
【グラム】、王司ちゃん曰く、「怒りの魔剣」。そして、ノートゥングでもありし、大いなる魔剣。元は、神が創ったとされていて、北欧神話の主神、オーディンから人間に渡ったらしいの。
「ハァアッ!」
無数の剣閃と共に、その白刃が、お姉ちゃんに向かってくる。お姉ちゃんは、それをよけない。何もしない。その攻撃をその身に受けるの。
「フンッ、この程度……か」
ジークフリートは、抵抗しないお姉ちゃんを見て、諦めた、と思ったのか、【グラム】を鞘に納めたの。でも、それは、完全に間違い。
――ザンッ!!
轟音と共に、お姉ちゃんの身体には、ジークフリートの斬撃が、傷となって刻まれた……はずだった。ううん、正確には、普通なら刻まれるべきだった、かな。でも、お姉ちゃんには、それが刻まれることがなかったの。
今から、数時間前、お姉ちゃんが、この塔に上るべく家を出るときのことなの。お母さんが、お姉ちゃんにこういった。
「彩陽さん、あのことを覚えていますか。わたしたちの呪いのことを」
呪い、九龍の呪い。九龍、お姉ちゃんの一族は、昔から、呪われていたの。大昔、龍を……偉大なる九の龍を倒したことで、呪われるようになってしまった。そして、お姉ちゃんにも、その呪いが徐々に侵攻してきたの。
お母さんの言うように、お姉ちゃんの呪いも、お母さんと同じ20代を境に、発現したの。体を蝕み、徐々に、それを実感していくのが、お姉ちゃんにはつらかった。でも、それが力になるのなら、お姉ちゃんは、呪いすらも受け入れる。だから……
「ハァっ!!」
右手に呼んだ《炎呪の棘剣》に、黒い炎を灯して、ジークフリートに向かって、炎と斬撃を飛ばしたの。納刀、したのは間違いだったでしょ?
「な、……んだと?!あれを受けて、……死んでいないのか?!」
そう、お姉ちゃんは、死なない。王司ちゃんのために、死ねない。だから、この「優しい呪い」を受け入れた。
始祖龍・イヴ。終焉の龍・ジ・エンド・オブ・ワールドと対になる始まりの存在。原初の龍にして、始祖の龍。最も心優しい龍にして、愛すべき龍。その寵愛を受けた人間は永遠の幸福を得て、その呪いを受けた者は不老不死となる。
「お姉ちゃんは、絶対に死ねないの。そう言う呪いにかかっているから」
それは九龍の絶対なる定め。この塔が、運命の塔だというのなら、お姉ちゃんは、ジークフリートと対峙すると同時に、この呪いとも対峙しているんだと思うの。
「呪い……、龍を打倒したことで得たものか?ファフニールの血を浴びて不老不死となるように……」
そんな一過性の……ううん、1人にだけ与えられるような、かな、そんな生ぬるい呪いじゃないの。偉大なる九の龍を倒したからこそ、一族は呪われた。お姉ちゃんの一族は、この九龍の血を継ぐというだけで、呪われて生まれてくるの。
「ならば、その呪いの弱点を探すまでのことだ!」
ジークフリートは、「恐れることを知らない男」だから、決して臆することなく、お姉ちゃんへと向かってくる。でも、お姉ちゃんは、本気を出したくなかったの。だって、お姉ちゃんがお姉ちゃんじゃなくなっちゃうから。
――彩陽、貴方ならば、わたくしの寵愛を受ける貴方ならば、きっと……
リリィは、そう言ってくれる。でも、お姉ちゃんは……。この力を解放すれば、きっと、お母さんが言っていたように……。
――恐れることなかれ、彩陽、わたくしの……
そうだね、だから、お姉ちゃん、覚悟を決めるよ。きっと、元に戻れなくなっても、王司ちゃんがどうにかしてくれるだろうし。
「始祖の龍、イヴ。お姉ちゃんを呪いし、心優しき龍。お願い、お姉ちゃんに力を……、呪いを貸して……」
お姉ちゃんの言霊、それが届いたのか、お姉ちゃんの中に、力が湧き上がってくるのが感じられるの。疑似神格……ううん、疑似龍格。第六龍人種とも違う、龍の力を間借りする方法。だから、お姉ちゃんは、一時的に、龍になる。
「始祖龍の……花王風ッ!」
龍が息吹、それがお姉ちゃんの周囲に吹き荒れる。徐々に龍化の浸食が始まったのを感じる。でも、お姉ちゃんは、戦う。
「何をしようと無駄だッ!喰らえ!」
ジークフリートの攻撃、とてつもない速さの剣撃が、お姉ちゃんに迫る。それも、無数、いくつあるかもわからないくらいの量が。おそらく、全てを切り裂いて、回復させる隙すらも与えないってことなのかな。そうだね、この龍化する前のお姉ちゃんには、1本くらい通っていたかもね。それでも、死ななかっただろうけどね。ううん、死ねなかったかな。
「う~ん、そのセリフはお姉ちゃんのセリフな気がするなぁ~」
今のお姉ちゃんに、それはダメージを与えるどころか、当たりすらしないの。龍の周囲には、常に障壁があるんだから。
――バリンッ!
障壁を引き裂いたッ?!でも、斬撃はお姉ちゃんには当たってないの。だから、こっちが反撃するよ……
「――天地開闢、始まりより生まれし龍、
――その優しき呪いを……冥天の府より深淵を覗くために、
――九つの魂がお姉ちゃんが身を裁きし時、お姉ちゃんは人に還らん、
――始祖天覇龍……聖天」
聖なる光が世界を包む。お姉ちゃんを中心に発せられた光は、天を焦がし、地を焼く、そんな神聖にして、裁きの光。一応、死なない程度には加減したんだけど……。
「ぐあっ、……はぁはぁっ、今のは、流石に拙かったぞ」
……流石に、ここまで傷が浅いとはお姉ちゃんも予想してなかったかな。でも、勝負はついたよ。ドクンドクンと心臓が跳ねるのを感じるもの。浸食率、6割5分ってところかな。素髪は、もう、きっと白くなっているんじゃないのかな。元々の緑も、沙綾おばあちゃまの龍化の影響が、遺伝で出ていただけだから。おばあちゃまは、時空龍・サーヤリュータの呪いを受けて、永遠に時空間を彷徨い続ける宿命を受けたらしいの。同じ時空軸に長期間滞在することはできない。
「次は、どんな手品を見せてくれるんだ、女ァッ!」
ジークフリートの剣閃。お姉ちゃんは、それを素手で受け止める。素早く振りぬかれた【グラム】を素手で掴んで止めたの。
「グッ、動か……ない。何をした、女」
「お姉ちゃんは、ただ受け止めただけだよ」
流石に、浸透率7.5割だと、神の剣を握りつぶすレベルまでは達してないみたいだけど。それでも、お姉ちゃんは、龍になり始めている。ううん、龍の域に片足を突っ込んでしまっているの。
「ならば、この身で倒すまでッ!」
【グラム】を手放して、お姉ちゃんに向かって殴り掛かってくるジークフリート。それを軽く躱しながら、お姉ちゃんは、ジークフリートのお腹に一撃、叩きこむ。
――ドォオン!
衝撃波が出る勢いで、ジークフリートは、黒き炎の棘森に倒れ伏したの。さあ、ここから、元の世界に帰るべき。クリームヒルトと共に過ごすのなら、ここでのことを忘れて、のんびりと。お姉ちゃんは、お姉ちゃんで、これから、どうにかすることがあるんだから。
――ええ、ジークフリートをありがとうございましたわ。わたくしの知らない彼とはいえ、彼ですもの
お姉ちゃんはお姉ちゃんのするべきことをしただけだよ。だから、貴方は何も言う必要はないんだよ、リリィ。それに、始祖龍・イヴ、貴方もありがとう。お姉ちゃんのために呪いを貸してくれて。
――呪って喜ばれたのは、これが初めてです、名無しの末裔よ
龍化……始祖龍と同化し始めているからかな、お姉ちゃんにはイヴの声が聞こえる。イヴは、お姉ちゃんに何かを伝えようとしているのかな。
――本来、名無しの末裔が、呪いを最大活性した際に、代償を奪わないことはないのです
沙綾おばあちゃまは、髪だけではなく、いろいろと弊害が出ているって言っていたからそうなんだと思う。
――でも、貴方は、名無しの末裔の中でも異質。その異質性は、代償を取るこちらの身が不安になるほど。ゆえに、このイヴは、貴方から何も貰わない。ただ、呪い続ける。今一度、その力を最大活性すれば別だが、今回は、代償は無しとします
龍の力が体から抜けていくのを感じる。お姉ちゃんは、人のまま。ううん、呪われたままだから呪われた人のまま、かな。
さあ、お姉ちゃんの役目はこれで終わり。運命との向き合いを果たしたから、あとは、みんなしだいだね。
 




