297話:第五階層・幾年もの願いSIDE.D
さて、と、下はどうなっているかしらね。まあ、あたしにとってはどうでもいいっちゃどうでもいいわね。どうせ、殺し合いにまでは発展していないでしょうし。どうせ雷無が勝って終わるわよ、……舐めプしてなきゃ。いえ、舐めプしてももしかしたら雷無が勝つかも知れないでしょうけど。それにしても、今度は、階段から妙な気配が漂っているのよね。まるで、何かを阻もうとして……前の動きが止まったわ。これは……?
「どうやらこの道を進めるのは1人だけだ。このパターンだと、その1人が入った時点で、残りの奴が次の階段へと転送されるんだが……」
問題は誰が入れるのか、よね。妙な気配の階段……焼けつくような、焦げるような……。
「……輝、あんたは無理そう?ちょっと行きなさい」
輝があたしの言葉に、疑問に思いながらも行く。そして、何とか、階段を、人をかき分けて上ったであろう輝の声が聞こえる。
「駄目だ、入れない。けど、分かる。これは、確かに、場合によっては俺に権利が与えられていたかも知れない」
って、ことは、方向性は正しいってことよね。焼けつくような、焦げるような、からこの中で連想したのは煉巫、でも、煉巫の場合はもっと溶けるような暑さ、むしろ融けるとか熔けるかしらね。とにかく、ベリオルグなんてもんのことを考えると、もっと熱い場所って考えだったから違うと思ったし。
で、そうなればってことで、輝を連想したわけだけど、違った。惜しいってことは、それに近いものなんだけど。あたしが、輝を選んだのは、輝の持つ聖剣からなのよ。
――聖剣・バルムンク。その逸話は、知っての通り。だけれど、その剣は、神話によって、物語によって名前を変えてきたわ。時には魔剣にもなった。そんなバルムンクの本来の持ち主は、ジークフリート。
そこであたしが連想に至ったのは、北欧神話の物語。悲しき戦乙女の話。
かつて、兵士の魂を【ヴァルハラ】へと導く神の遣いを戦乙女と呼んだわ。ワルキューレやヴァルキリーの方がなじみがあるかも知れないけどね。そんな戦乙女は、書かれている文献によって人数が違うけど主に9人と言われているわね。その1人、スクルドと並んで有名かしらね、その名はブリュンヒルデ。
ワルキューレたちは、北欧神話の主神であるオーディンに逆らわないと言われているけど、ブリュンヒルではある戦いにおいて、それに背いた。それによりオーディンの怒りを買い、神性を剥奪されて、戦乙女としての能力、力、格をすべて失ってしまうのよ。さらに、罰として「恐れることを知らない男」と結婚させられることになる。
その男が現れるまでヒンダルフィヤルの炎の森の中で眠ることになり、そこにやってきた「恐れることを知らない男」こそジークフリートだったのよ。ジークフリートはブリュンヒルデと結婚して、まあ、その後いろいろあるんだけど、最後はまあ、ジークフリートは火葬されて、ブリュンヒルデが後を追って火に焼かれ死ぬんだけどね。
とにかく、だからこそ、輝なんじゃないか、って踏んだんだけど……。いえ、待って。そういえば、クリームヒルトは、確か、言っていたわね。
『この地に私の真の持ち主が現れたのも、きっと偶然ではないのでしょう。近くに、ブリュンヒルデの気配を感じますからね。引き寄せられた、と言うことでしょうか』
それはつまり、この三鷹丘かそれとも鷹之町かにブリュンヒルデの気配を持つ者がいて、しかも不知火はこういっていた。
「なるほど、九龍家の……」
そこで思い至るわ。なるほどね、彼女がそうだったということかしら。あたしは、その女を見て話しかける、
「彩陽っつったわね。この階、貴方の進むべき道なんじゃないの?」
あたしの言葉に、不思議そうな顔をしていたわ。説明が必要かしら。そう思ったときに、急に彩陽の雰囲気が変わるわ。
「……なるほど、さもありなん。わたくしの因果にこの子が巻き込まれることになろうとは……」
明るい水色の髪に、勝利の金眼、黒の鎖帷子に銀の鎧。クラスアップしたかのような【力場】の跳ね上がり……。これは、一体。
『【炎柱で眠る姫騎士】、第五典神醒存在。初めまして、いえ、お久しぶりかしら』
バルムンクの中にいたクリームヒルトが姿を現す。ジークフリートを愛し、彼から愛された2人の女が目の前に集まったわ。
「残念ながら【炎柱で眠る姫騎士】ではございませんわ、クリームヒルト。今のわたくしは、ほら、神性も、格も、力も、かつてのままでしてよ」
誇るブリュンヒルデの【力場】からは神々しさも、あふれ出る力も確かに感じるわね。でも、オーディンに剥奪されていたんじゃなかったの?
「今のわたくしは【天翔ける勝利姫】、リリィ・エルダー。あなたの知るわたくしとは違いましてよ。この身体の主の『弟を思う純粋な姉力』に感化されて、かつての神性を取り戻したのですわ」
姉力凄いわね。てか、そんなんで神性が戻るの?ブリュンヒルデにとって「神性=弟を思う心」と言うことなのかしら。
「第五典、そろそろ体を持ち主に返しなさい。あまり長時間顕現するのはよくないわよ」
じいちゃんの隣に現れた聖大叔母さんが、ブリュンヒルデにそう言ったわ。そういえば大叔母さんも第六典神醒存在だったわね。
「あら、第六典、前回、夢の世界で会ったとき以来ですわね。そうですわね、そろそろ戻さなければならなりませんわね」
そういえば疑問なんだけれど、【炎柱で眠る姫騎士】は神性を剥奪されたから《魔性》を持っていたって聞いてるけど、今のブリュンヒルデは当時の状態に戻ったなら、その魔性は消えて神性だけになったのかしらね。
「神性を取り戻したなら、魔性は消失したってことでいいのかしら?」
ブリュンヒルデに直接問いかけてみる。すると、ブリュンヒルデは、あたしを見て、やや驚いたような顔をしていた。何かあったかしら。
「いえ、まあ、そう言うこともあるのでしょう。それで、その疑問に対する答えはNoですわ。魔性もしっかりと残っていますの。神性と魔性を宿した不可思議存在とでも言いましょうか、本来なら相容れることのないものが共存したみょうちきりんなものになっていますわ」
なるほどね。両方持ち合わせている。でも、神の性質と神の真逆の性質を持つってのは、普通ならあり得ないわよね。でも、それがどうして可能になっているのか、神醒存在だからって可能性もあるわね。神の曲に目醒めたことによって、既に神性を受けるにたる資格はあるわけだし。実際、神性存在のうち、何人かは、神に近い存在だしね。
「それよりも……、まさか、貴方のような方が、後ろに控えていたとは。驚きのあまり、今一度、闇に堕ちるところでしたわ。何が目的ですの?」
ああ、やっぱり第五典は気づいているのね。あたしが何であるか、と言うことに。無論、彼女が気づくと思っていたけれど、
「目的なんてもんは、到底持ち合わせちゃいないわよ。ただ運命に従って、わたしがここにいるってだけ」
あたしではなくわたし。その言葉に、ブリュンヒルデは失笑する。そんなに変なことを言ってないでしょうに。
「貴方らしいですわね。ならば、わたくしも、わたくしの運命に従って、この子に全てを託しましょう。それが勝利のルーンの思し召しだと思いますもの」
そう言って、おそらくブリュンヒルデが引っ込んだわ。そして、彩陽は、表に出てきた。眼をパチクリと開いて、こういった。
「それじゃあ、お姉ちゃんは、行くよ」
彩陽は歩いていく。階段を上って、そして、――あたしたちは、そこで、別の階段へと飛ばされたのよ。
え~、遅くなって申し訳ありません。テスト勉強で、……と言いたいところですが、体調不良です。胃腸炎って40℃近く熱が出ることもあるんですね。時期が時期だからインフルエンザかと思いました。まだ本調子ではありません。




