295話:第四階層・黒龍の魔女SIDE.D
あたしは、目の前で階段を昇っていく面子を見ながらため息を吐くわ。正直に言って、しょっぱなでナナホシ=カナと紫麗華、次でイシュタル、そして、父さんと、強いめの方から抜けていくからかなりきついわね。あたしと紳司だけでどうにかなるレベルかもしれないけど、勝ち抜きじゃなくて、ワンフロアワンパーソンの一対一の対戦形式だから、どうすることもできないしね。
じゃあ、強いめが抜けようがそうじゃなかろうが関係ないじゃないかって思うかもしんないけど、そうじゃないわ。強いってのは単に攻撃力が高いんじゃないの、索敵や察知も含めての強さ。だから、もしもの時のために、せめて第一階層で消えたどっちかが残っていてほしかったんだけどね。あたしの方では知らないけど、紳司に聞いた話だと、途中で塔が交差する二重螺旋式になって二手に分かれることになることもあるそうよ。
そう考えると飛天の先遣隊だった天宮騎士団……その頃は飛天王直属の近衛騎士団だったらしいけど、そいつらはかなり苦労したってことよね。何せ、塔のルールも分からないままに、天辺まで登ったんだから。そして己が因果……業と向き合って戦った。
あたしが上った時は、それはまた、酷かったわね。あの馬鹿が誰と戦ったかは知らないけど、あたしの場合は、……胡乃江嬢こと、胡乃江小乃華御前よ。ったく、なんで、あんなもんと縁があることになったのかしらねぇ……。人生で最も出会いたくない人間トップ10には入るわよ。
他にも、どんな業が待ち受けているのかはあたしたちには分からない。過去の業か、現在の業か、未来の業か。それらが全て集約するのがこの【夢見櫓の塔】……第七典神醒存在の所持する黙示録の櫓なのだから。
さて、まあ、ここで生じる疑問ていうのは、この塔は、因果によって、定められたもの、つまり九世界時代よりも前から存在する、九柱の神ですらうかがい知れないものなのに、なぜ、【彼の物】の曲に目醒めた存在の第七典がそれを持っているのかってことよね。
それは、【彼の物】の曲の出典に関係しているのよ。九柱の神の時代より伝わる予言の書、因果の体現、因果を記す者、《悠久聖典》。またの名を《黙示録》。そこより曲を作っているため、そこに記されている力を拝借できるってわけよ。つまり、詩春は、力を間借りしているだけに過ぎないんだけど、その櫓との適正値が異常に高いのが白城の一族ってわけ。
第七系列は基本的に、幸福と言うものに関する力が付与されるのよ。でも、【彼の物】の言う幸福ってのは単なる幸せじゃないの。まやかし、幻想、空想、仮想、そう言ったもの……人間の幸福感情ってことね。そして、白城はそのかりそめの幸福を、自分が一番であるという思いを持ち続ける。それがゆえに、白城は櫓に好かれた一族なのよ。
もちろん、王花も、そうだったんでしょうね……。そして、詩春も。
ったく、それにしても、……っ?!これは……。何、この【力場】。まるで……、まさか、あいつが……。なら、そう言うことなんでしょうね。
ならば、運命の……業たる相手は、あたしか、真希か、真琴か、初妃……刃奈か。どれに当たるのかしらねぇ。
そんなことを思いつつ、上の階にたどり着く。皆、目の前にいる茶髪の女を警戒するようにして、構えていた。
ふぅん……聞いていたよりも年上ね。もしかして、あの子が見た夢よりもだいぶ後から来たのかしら……。
「あら……こりゃ、どーゆーことかしら?せっかく糸使いを退けたってのに……」
レヴァッサ……【暁の古城】レヴァッサ・ジル・レヴァーノフね。保安警務委員会の糸使い。それと戦ってたってのは聞いてないわ。
「……雷無、ここは、夢幻の塔よ」
あたしはあくまで普通に話しかけた。すると、彼女はこちらを伺い見て、驚きの声を上げたわ。
「暗音おばちゃんじゃないの、久しぶりねぇ……、うぇ、久しぶり?あれ、どうだったかしら」
そんな風に言う彼女に対して、あたしは苦笑した。この塔に際して記憶の混同が起こったってことかしらね。もっとも、あたしはまだ出会ってないから、実際に久しぶりかどうかは判断できないんだけどね。
「あ~、そうね、そんな説明しろ、みたいな顔でみんな見なくてもいいんじゃないの。紳司、あんたは分かってるでしょ、あれが誰であるか」
もう、名前も出したし、紳司なら話しているから知ってるはずよね。だからあえて、あたしは紳司にそう問うた。
「篠宮雷無。篠宮はやての娘にして、【悪魔でも魔女】か」
その紳司の回答に、雷無は、面倒くさそうに、言葉をつけ足していく。
「そうね、そして【天使でも魔法使い】である夫を持ち、黒き龍を従える、ってね」
【天使でも魔法使い】。2冊のみの人工第六龍人種へ至る本のそれぞれを持った者同士が結婚し、篠宮無音が生まれる。それは決まった事実らしいわね。いわゆる確定未来。それほどまでに強い運命力を持って生まれたのも、篠宮の出だからかしらね。
「それにしてもケートに別れを告げて、さあどこへ行こうというところでこれだものね。わたしの人生ってのはつくづく難儀なもんね」
ケート……ってのがだれかは分かんないけど、雷無の関係者ではあるようね。その時、紳司が意味深なつぶやきを放つ。
「……夜威、啓鳥、キャステル・ジグルットが言っていた3人の吸血鬼の1人か」
キャステル、【湖の夜風】ね。なんであいつの名前が出てくるのかしら。それに3人の吸血鬼ですって?
「驚いたわね、ケートのことを知ってるの?」
雷無の問いに紳司は首を横に振った。知らないってことよね、でも名前を知っていたってのは、ただ名前しか聞いてないってことでしょうね。
「夜威綺桐、東雲彰、夜威啓鳥、この3人を育てたと聞いている」
夜威……あの夜を覆う……あの子の、司の家系の人間だっていうの?でも、あの子はただの夜の魔法使いであって吸血鬼でもなんでもなかったはずよ。つまり、途中で、第五鬼人種あたりの血が混じったのかしら?
夜威司は、ある世界で会ったことのある夜の魔法、《黒星天》と言う魔法を使う子供よ。しかし、こんなところでその名前を聞くことになろうとはね。
「そうね、懐かしい名前ね。まあ、育てたっていうのともちょっと違うっていうか、仕事でもあるし。ま、彰に関しては完全に偶然だったんだけどね……。今、どうしているかしらね。たぶん、高校生くらいよね」
そう言って懐かしむ様子の雷無。そして、そのまま、こちらを見た。それは覚悟を決めたようにも、諦めを付けたようにも見える。
「それで、ここって、どうせ戦わなきゃ出られないとかいうオチなんでしょう?とっとと蹴りをつけちゃいましょうか。面倒だもの」
雷無の言葉に、あたしと刃奈の視線が交錯した。この感じだと、あたしでも刃奈でもないようねちらりと該当者の方を見ると、真希が一歩踏み出す。
「まあ、戦うのはわたしよね。まあ、王司が自分の孫と戦っているんだし、わたしも自分の孫と戦うべきでしょ?」
まあ、確かにそうね。さっきといい今回と言い、祖父孫の対決って。まあ、いいんだけどね。それよりも真希が雷無に勝てるのかしら?
おそらく、無理でしょうね。魔女に成り立ての頃の雷無ならまだしも、今の状態の雷無は、おそらく篠宮の血筋で10指に入る実力の持ち主でしょうから。もちろん、分家の西野、東雲、別の家でありながら血の流れる青葉の末裔であるじいちゃんや父さん、紳司なんかを除いた純粋な篠宮の血統で、ってはなしよ。武神を筆頭に初妃、液梨、黒徒、冥羅、絆、匡子なんかに並ぶってこと。数多いる篠宮の血族でも類まれなる実力、度量、意思を持つとみていいわ。
「それじゃあ、俺たちは前に進ませてもらう」
紳司がそう言ったわ。紳司もおそらく真希が負けることは分かってるでしょうね。でも、前に進むことを選んだ。だったらあたしからは言うことはないわね。
「雷無……やがて、天魔へ帰す天乱魔闘の鬼神」
刃奈がそんなことを呟いていた。どうやら、あたしの知らない何かを刃奈は知っているみたいね。さて、とこの戦い、まあ、結果は分かっているでしょうけど、まさかってこともあるかもしれないしね。それにしても、相手が孫ってことは次は何が来るのかしら。
遅くなって申し訳ありません。例によって課題提出が立て込んでおりました。一昨日無事に提出して、晴れて自由の身……と思いきやテスト勉強漬けです。
え~、今回は、スピードを重視したために第四階層と第五階層の内容を入れ替えてお送りしています。雷無はキャラとか設定がガッチリ固まっているので書きやすいんですよ。
あと司、三神物語にも登場した夜威司の名前もここで出しています。
もう一度、遅くなって申し訳ありません。あと少しで2週間経つところでした。次話はもう半分くらい書き終わっているので早めに投稿できると思います。




