294話:青VS王司 SIDE.Metatron
SIDE. Metatron
運命の塔、業を試し、劫を雪ぐ、そう聞いてきた、それがこうして呼ばれてみて、はっきりと分かるわ。これは、黙示録の櫓と呼ばれるにふさわしい、あの櫓……夢見櫓であるのだと。そして、目の前に立ちはだかるのは、義妹、【断罪の銀剣】のサルディア・スィリブロー。いかにも業と運命ってものよね。姉妹対決、それを誘発するべくして、この組み合わせを選んだとするならば、やはり、持ち主に似てこの夢見櫓も性悪……いえ、持ち主が櫓に似たのかしら?ともかく性格の悪さはそっくりよ。
セフィロト……生命の樹。【彼の物】以前より決まっていた因果によって定められた運命。私、メタトロンが背負うのはケテル。創造や思考が司る象徴。私が生まれる前には蒼刃蒼天と言う三神の1柱が背負っていて、その後、ハル……【鴉】と私が契約したことで【銀十字】とも呼ばれた彼がその座に着き、契約の解任後は、空席。こうして、青と契約し、再び座に青と言う主が入った。
そして、義妹のサルディアが受け持つのはマルクト。そして、その相棒ともいえる人物が今はマルクトの座に着いているようね。でも、その彼からは、少し奇妙とも言える気配があるわ。ネツァクの適正が異常に高い、なのに、何かに座を攫われてマルクトに落ちたように見える。ネツァクは勝利、でも、彼は相当に勝利に好かれているように見えるのに、それすらをも超える、執念のような気配が邪魔をしたのかしら……。本当に、性悪なのね。そして、マルクトは王国、惑星は地球で、守護天使はサンダルフォン。
他にもセフィロトに運命づけられた者はいるわ。何せセフィロトは全部で14の座があるのだから。10のセフィラに隠されしダアト、そして、0、00、000。それら全てが集うことは決してないと言われているわ。何せ、永久欠番すら出ているのだから。000、最強の武神にして、第四典神醒存在、生きとし生けるものの中で、その強さは無双とまで呼ばれた。
それにしても……どうしてこんなことになっているのかしら。運命とはいえ、あの日……謎の《聖具》の反応を追ってあの世界へと足を踏み入れて、この子に会っていなければ、ここに来ていたのは私とハル……【鴉】だったのかも知れないわね。
でも……、会えたのは少しうれしいかも、知れないわね。……ちょっとよ、ちょっと。ほんのちょっと。ま、まあ、こんな奴でも、好意を持たれて嫌な気分にはならないし……。
「俺の金髪になんてことしやがる!!!!!」
とか言ってくれたし。そ、そりゃ、私も女ですもの、嬉しくなるわよ。まあ、愛の対象が
髪と眼っていうのが引っ掛かるけど、最近は、私じゃなきゃダメとかいうようになったし、ナンパ癖は直らないけどそう言う生態の生物だと思って諦めてるから。それに、こんな奴でも顔はいいし、金髪好きっていうところ以外はまともだし。料理もできるし、勉強もできる、……あれ、コイツ、意外とハイスペックなんじゃ?
ちらっと見ても、この手首の筋とか、骨のでっぱりとか、手の甲の浮かび上がってる筋とかうっすら見える血管とか、その欠陥が浮かび上がってるときとか、もうたまらな……って、何よコレ、私が手フェチになってるみたいじゃない。
べ、別に手だけじゃなくて、この間、風呂上りにパンツ一丁でうろついていた時に見た内腹斜筋がよかったとか、割れてる腹筋を触りたいとかそんな願望は決してないわよ、うん、ないわ。ないって言ったらないのよ。
「お~い、メルティア、いつまでもお前のフェチをぶつぶつと言ってないで、目の前の戦闘に向き合えよ」
うるさいわねっ、別に……うん、今、青ってばおかしなことを言っていなかったかしら?私のフェチがどうとか……
「もしかして、私、声に出してた?」
私の呆然とした声。その声に、冷ややかな視線を送る男2名と、同情の視線を送るマイシスターの姿が……。
「ええ、それはもう、『この手首の筋とか、骨のでっぱりとか』とぶつぶつと喋っておりましたわ。お義姉様……随分と面食いになり果ててしまわれたようで」
誰がメン食いよ。別に人を面だけで判断してるわけじゃないわよ。何を根拠にそんないい加減なことを言っているのよ、この義妹は。
「わたくしは、もう、感動で、涙が出そうです」
――は?なり果てたから全くつながってないんだけど、何言ってんのこの義妹。脈絡が無さ過ぎて怖い。
「文脈がおかしいぞ相棒。何がどうなって感動している。なり果てるという負の意味に対して、感動するという正の意味はそこはかとなく矛盾だ」
マイシスターの相棒もそう言っている。その通りで、正論過ぎてそこには何の反論の余地もないわ。
「いえ、ハ……【銀十字】さんは、その少々変わった方でして、昔はそう言った趣味だったのか、と義理ながらも姉である方なので、心配していたのですわ」
そう言う趣味て……、いや、まあ、あいつもあいつで悪い奴じゃないのよ。むっちゃいい奴だから。うん、見た目はともかくとして、良い奴だから。この間も、見に行ったら女の子に囲まれてオドオドしてたし。その中に、【血塗れ太陽】の義妹がいたのには驚いたけどね。それと、私の一部ともいえる、メタトロンの名を冠する各世界にある存在の1つと契約していたから【金十字】も使えるっぽいわ。
「別にあいつとは利害関係が一致したから協力してただけよ。506の連中に手を貸してたのはそんな理由だし」
尤も、今やバラバラになったけどね。本局直属・特殊訓練教室、第506代卒業生。それは、最強の集う場所だったわ。【鴉】は最弱だったかもね。【血塗れ太陽】を筆頭に、【虹色武装】の舞野織式、【血塗れの月】の雨月時雨、【銀十字】……そして【銀翼の鴉】とも呼ばれたかつての相棒、あとは……裏切り者の白城王蘭。単純な武力なら、【鴉】が最下位。ただし、相性と言う意味ならば、王蘭よりも強くなる。【鴉】の呼び名【銀十字】、その能力は、一日一回に限り、あらゆる能力を無効化する。王蘭の得意とする幻覚に対して、唯一の有効打になるのよ。尤も、似た様な事が【血塗れ太陽】もできるんだけど。そして、【金十字】となれば、その無効化が制限なしで使えるようになるわ。強さは拮抗、良いバランスだったのよ。でも、【血塗れ太陽】の死を切欠にバラバラになる。
【血塗れ太陽】の死ってのはそれほどに大きな影響だったわ。彼と関わって剣を握っていた人たちが、一斉にそれを放棄した。先も名前を出していたベリオルグの宿主だった紅蓮の王も同じように剣を置いたのよ。ラクスヴァの姫神なんかもほとんど表に出なくなった。【鴉】も記憶を封じて己の世界へと戻ったしね。……そういえば、こないだ覗いたとき、王蘭の気配もあったような気がしたわね。まあ、それは【鴉】の運命、もう、私には関係のないことだけれど。
「しかし、まあ、こんな形で、孫の顔を見ることになるとはなぁ……」
義妹の相棒が呟く。……近しい気配から兄弟だと思っていたけど、親子の方ね。歪な【力場】で分かりづらいのよ。まるで、何層にも重なっていて、あちこちに【力場】があるようで。ってことは、まあ、青と同じで【蒼刻】を使えるってことでしょうね。
「俺は青葉王司だ」
そう名乗られた。そして、その手には、気が付けば、2本の剣が握られている。あれは……。私は、驚愕に眼を見開く。そう、あれは【断罪の銀剣】と……本物よりも神格が3つくらい落ちてるけど《勝利の大剣》?!なるほど、通りで、ネツァクと相性がいいわけだわ。でも奪われたから、名前の「王」とサルディアからマルクトの座に収まったのね。ネツァクとマルクトは月でつながっているし。
「七峰青だ」
そう言って、青も、手に剣を呼び出す。左手には黄金の炎を、右手には《聖具》の1つ、【永劫の神剣】を握っている。そして、青は、その2つを混ぜ合わせる。
「行くぜっ、終極神装!」
青の髪が金に染まり、眼は蒼。その【力場】は【蒼金の力場】となり周囲へと展開される。その手にあるのは1つ。【黄金の神剣】。そして、私の背中の翼は【黄金の神翼】へと変化を果たす。【黄金の炎柱】は熾天使の上へと至るのよ。
「じゃあ、俺も行くとするか、サルディアっ!――終極神装!」
一方向こうも、銀の鎧をまとってるし。【白銀の天剣】と【白銀の天鎧】の顕現ね。
「互いに全力ってことだよな。一撃決着……か」
まあ、そうなるわね。長く続けても意味がない、力もほぼ互角ね。本人の技能は向こうの方が上で、天使の格は私の方が上。プラマイゼロ。
「ああ、分かってる。一撃で決めよう」
互いに構え合う。その剣は、それぞれ1本と2本で違うため、その形は違うけど、どこか向こうの方に熟練された様子を感じる。今生で磨いた技、それだけではない、どことなく、生き死にすらも思わせる修羅の構え。
2人の間に緊張と静寂が蟠る。されど2人とも動く気配はない。風などの動く切欠になりそうなものも、この部屋にはないわ。だから、どちらが先に動くか、それで勝負が動き出す。
――ガッ
青が先に動いた。地面を蹴り、短距離転移で間合いを一気に詰める。どんな人物でも、この距離の短距離転移についてこれるのはそうそういないわ。でも、稀にいるのよ。
――ガギンッ
金属音。そして、互いの剣のぶつかりと共に【蒼金の力場】と【蒼銀の力場】、大きな2つの力場が衝突する。隕石もかくやといわんばかりの威力で衝突した2つは、周囲の床をえぐり飛ばし、その破片は宙に舞う。
砂煙が辺りを包んだころ、その【力場】の片方が消失した。砂煙が晴れるのを待つまでもなかったわ。だって、互いにつながっているんだもの。
――そう、勝ったのは……相手だった。青は負けたのよ。
「剣技は天性、思い切りもいい。ただ、経験が不足していたな。もう、4、5年修行をしていたらきっと負けていたのは俺の方だっただろう。こりゃ、紳司の言っていた最強ってのも嘘じゃないんだろう。俺の人生1回と少し分を産まれて17、8のガキが越えるんだから才能と血ってのはつくづく大事だな」
人生1回……まさか、転生?!そんなバカなことがあり得るの?!でも、あの堂に入った構え。あれを見ていると、嘘ではない気もするわね。
ったく、マイシスターは厄介な男を選んでしまった気もするけど、勝利を引き寄せる縁ってやつだったのかしらね。
気が付けば、いつもの街へと戻ってきていたわ。見慣れた家。私は、気絶した青を抱えると、家へと向かって歩き出す。その途中、見知った、されど先ほどの話を聞いた後では顔の合わせづらい女性が笑顔で立っていたわ。
「ふふふっ、メルティア、貴方も聞いたんでしょう。青の出生の秘密を。それから、紳司さんにも会ったのよね」
何もかもを見透かしたように、彼女はそう言った。それが恐ろしくなって、なんで知っているのか思わず問いかける。
「な、い、しょ。女は秘密を着飾って美しくなるものですよ」
笑顔のままに彼女は私と私が抱える青の前をクルリと回りながら子供のようにはしゃいで歩くのだった。
え~、メルティアの視点にしたのは、【鴉】とかセフィロトのこととか、そう言ったのを地の文で語らせるのにちょうどいいやくだったからです。あと、最後の元の世界に戻った後の話とか。




