291話:第二階層・超越者の祭典SIDE.GOD
七星佳奈のことだから大丈夫だとは思うが、少々心配も残る中、階段を上る。俺が先頭に立って進んでいる関係上、俺が立ち止まれば、あとが詰まってしまうからな。殿はきっと姉さんがやってくれているだろうと思っているから後ろからの襲撃は考えていないが、そろそろ2階に上がる頃だ。2階になれば、もう、運命の塔のシステムが働いている領域に達している。つまり、出てくるわけだ、業ってのがよ。
「もうじき、2階に着く。警戒のために少しスピードを落とすから後ろに伝言してくれ」
すぐ後ろにいる静巴にそう伝えながら、スピードを落とし始める俺。出てすぐの奇襲なんてことはないと思うんだが、相手が何もかにもよるからな。警戒するに越したことはない。
「……何だ、この【力場】は。どこかで感じたことがある【力場】と知らない【力場】が2つ。しかも知らない方の1つはめちゃくちゃヤベぇ……。業で3人同時に相手が出てくることもあるのか?」
とにかく、かなり危険な可能性もある次の階。だからこそ、最大限に気を付けていかないとまずいだろう。もし、いきなり爆撃とかされたら爆風と爆炎で全滅エンドもあり得るからな。今のところ知っている【力場】と知らない【力場】が合流している気配がないから、もしかしたらどちらかが味方と言う可能性もある。
この塔の業に作用して、敵を用意するのではない、業に見合った存在を用意するのだ。敵を呼ぶこともあれば味方を呼ぶこともある。全部敵であることよりは、そちらの可能性が高いのだが、断言はできない。とりあえず、昇らなくては始まらないのだから、昇っていくが、果てさて、今度はどんな化け物がいるのだろうか。
そして、光が見えてきた。つまり次の階への出口である。あそこまでたどり着けば2階なのだが、無駄に広そうだし、【力場】を持つ者同士が接触していないのだとしたら、障害物のある部屋と言うことになるのだろう。だが、トラップルームと言う可能性もあるからな。
「気配群が2つあるから人数の少ない方に先に近づくぞ。その方が、何かあっても対処できる可能性が高いからな」
俺は知っている【力場】の方へと近づくことにした。知らない【力場】の片方がヤバイのと知らないと言うことは話がまともに成立するかどうかが分からないということである。なら、知っている方を選ぶのが正解だろう。尤も、それが誰なのか、いまだに判別できていないんだがな。少なくとも、敵対者ではないと思うんだが……。
「紳司ー、この【力場】、デュアル=ツインベルのじゃなーい?」
階段の下の方から声が聞こえてくる。もう出口も見えているので、あまり大きな声を出すのは避けてほしいんだが、まあ、気配の遠さから見れば普通は聞こえない距離なので大丈夫だと姉さんは判断したのだろう。しかし、言われてみればなるほど、デュアル=ツインベルの【力場】である。しかし、彼女は……彼女を含めた世界管理委員会の面々は、ほとんどが第一未完成人形の件でアオイ・シィ・レファリスの世界へ行っているはずじゃなかったか?なんで、この塔に……って、まあ、この塔にそんなことを言うだけ無駄なのは俺が一番よく知っているんだが。おそらく、強制的に召喚されたか、過去のデュアル=ツインベルが呼ばれたか、それとも未来のか。ともかく、あの人が、世界管理委員会No.2がいるのは間違いないだろう。
だが、その世界管理委員会のトップクラスの力を持つ彼女よりも強い【力場】を放つ別の存在とは一体何なのだろうか。化け物か、魔物か、それとも人間か。この場合、人間であった場合が一番恐ろしいんだがな。
「とりあえず、あの人なら話が通じないこともないだろう。真面目そうな人だったし、頑固者でもなさそうな、ちょうどいい塩梅の人だからな」
そう言う意味ではありがたい。敵だった場合は相当やばいが、味方だったら相当頼りになるだろう。いや、味方になったとたんにポンコツになる可能性が無くもないんだが。しかし、デュアル=ツインベル、二木鈴々、……まさか、な。それよりも、何よりも、今回が誰の業によるものなのかが分からないのが不安だ。流石に、デュアル=ツインベルとの面識が有るのは、魔法少女組ぐらいで、それ以外の業に心当たりはない。しいて言うならば、俺と刃奈になるのかも知れないが、確証はない。
……むしろ、デュアル=ツインベルも業を持つ者と考えた方がいいのかもしれない。ならばもう2つの【力場】こそ、業の相手……だが、誰だというのだ。デュアル=ツインベル、だったら、まさか……。幾つもの名前が頭に浮かぶが、誰も、デュアル=ツインベルを越えるほどの【力場】を持っているとは思えない。だが、1人だけ……人と数えていいのか?まあ、1人だけ浮かばなくはない。人外じみた存在らしいが。
そんなことを考えながら2階のフロアへと踏み入れた瞬間、その異変を感じ取る。正確には感じ取れなくなったことを感じ取ったというべきか。踏み入れた瞬間に、【力場】や気配を一切感じ取れなくなった。しかも、まるで富士の樹海のように生い茂る木々。
「これは……ファルマンテムのセヴァロイアだな。えっと、俺たちの言葉で言えば、ファル山の喪失森ってところか。方角や気配、そう言ったものが感じられなくなる森だ」
じいちゃんがそう言った。なるほど、通りで、【力場】同士の接触が無いわけだ。感じ取れないのだからほかに誰かがいるかどうかも分からない。なら、警戒してその場を動かず陣を敷くものだろう。いや、姉さんくらいになると、全部ふっとばしそうだが。
「ああ、ヴィクロムシヴェッツェのファルマンテムか。あそこは本当に迷ったな……。クレーチア帝国の領内から逃げるためとはいえ、あれは……本当に」
父さんも何かを思い出していたが、今はそれどころではない。森が再現されているのはいいとして、俺は、先ほどの感覚だけを頼りに、デュアル=ツインベルの元へと向かう。動かずにいてくれるとありがたいんだが。それと、刃奈に耳打ちするように小声で話しかける。
「なあ、刃奈。新婚旅行で行ったアルミスタ、覚えているか?」
アルミスタは、飛天やフェニックスのように時空間統括管理局のテリトリーにある世界の1つだ。そして、大戦争によって滅んだ世界でもある。時空間統括管理局の管理する範囲は、世界同士の戦争などの回避であって、その世界が自然な終焉を迎える場合は仕方がない、と判断する。移民を受け入れる世界があればその仲介をすることもあるが、基本的に手を貸さないことになっている。
ガジャランダ大戦、分かりやすく言えば第八次世界大戦とでも言ったところだろうか。アルミスタには46の国があって、まあ、正確に言えば45だったり50だったり時によって分裂併合を繰り返しているんだが、とにかく、国同士が仲が悪い。
そして、新婚旅行で訪れたキレンタックの首都、ベーチェ。そこで、俺と初妃は、1人の少女と出会った。拳闘士、この場合は、見世物とかの野蛮なものではなく、拳で闘う人のことを指し、転じて、剣や銃を使う人も含めてこのカテゴリーに入っていたが、要するに、武道家のことだ。そして、少女も、ツイニーと言う彼女も拳闘士だった。その頃の俺は、まあ、所謂特殊な力を持つ存在だったわけだから、彼女に双剣をプレゼントしたわけである。ツイニーは、あらゆる双剣を生み出す能力を持っていた。だから、要らない、と彼女は言ったが、無理やり託した。そして、別れ際にある約束を交わしたのだ。
――もう、会えないの?
彼女の寂しげな声はよく覚えている。そして、俺と初妃は、彼女と約束を交わしたのだった。
――いや、また会いに来るよ。そうだね、その時には、僕が今日あげた剣に名前をあげよう。剣に名前を付けるのは、剣に魂を上げることになるんだ。だから、なるべく早く会いに来る。
そうして、次に会うことはなかった。ガジャランダ大戦の勃発、俺と初妃が訪れたときには、砕けた剣以外、何も見当たらなかった。もう、彼女はいなかったのだ、どこにも。
そして、そのツイニーと、デュアル=ツインベルがどこかかぶって見える。雰囲気と言うか、何と言うか。でも、だとしたら、おかしいことがある。世界管理委員会は、その頃にはもう結成されていたはずだし、現に、その頃にはNo.0も所属していた。No.1が死んだのも、時期的には六花信司の人生が始まった頃でなくてはおかしい。つまり、その頃にはNo.1はNo.1として存在していたのだ。そして、No.1とデュアル=ツインベルも面識が有ったようだった。つまり、ツイニーとデュアル=ツインベルは別人と言う結論に至るわけだが、では、俺の感じた同じ雰囲気とは何だったのか。
「どうかしたのですか、我が神、質問したきり考え込んで」
刃奈の言葉でハッとなる。今は考えている場合ではなかったな。改めて、刃奈の方を見て、俺は刃奈に問いかける。
「ツイニーを覚えているか?」
俺の言葉に、頷いた刃奈。その目に浮かんだのは動揺だった。やはり、覚えているのだろう。約束も何もかも。だからこそ、動揺と悲しさがその目に浮かぶ。
「ええ、もちろん。ですが、あの子は……」
刃奈の言いよどむ声。それも当然なのだろう。逆の立場だったら、俺もそうなっていたと思う。だが、確証も何もない。むしろ状況証拠では別人の可能性の方が高い。でも、なぜか心のどこかで、彼女とツイニーを結び付けて考えてしまっている。
そして、彼女が見える。初動を感じ取るのは簡単だった。いわば、こっちが奇襲をしかけた様なものなのだから、彼女の方が慌てて行動に出るのは分かっていた。そして、飛んでくるナイフを【王刀・火喰い】で弾き飛ばす。流石に避けると後ろの連中にぶつかる恐れもあるしな。
「おいおい、ちょっと待て、デュアル=ツインベル。俺だ、青葉紳司だ!」
声を上げて俺であることを知らせると、デュアル=ツインベルの動きが止まった。そして、ため息とともに彼女が構えを解く。その姿を見た刃奈が驚きの顔をしていた。やっぱり、お前もそう感じるんだな。
「はぁ……そう言うことですか。まったくため息しか出ませんよ。つまりこれは、黙示録の櫓と言うことですね。ここ一番と言う時に。これは【師匠】には後で謝らないといけないですかね」
やれやれ、と言わんばかりに肩を竦める彼女。しかし、今は迷っている場合でも、考えている場合でもないのだ。
「つかぬことを聞くが、貴方よりも強い【力場】と爆ぜるような【力場】の持ち主に心当たりは?」
俺の言葉に、大きく目を見開いて、「まさかっ!」と口にした。あまりにも大きな声で少々驚いたが、この反応を見るに、そうなのだろう。
「でも、彼と彼女なら、呼ばれるべきは私ではなく椛さんではないんですか?!なんで、って……まさか、私の相手は彼だけで、もう1人の相手は……」
そう言って、俺たちを見回すデュアル=ツインベル。そして、彼女は、1人に目線を定めた。そう、それは……
「貴方、超越者でしょう?」
イシュタル・ローゼンクロイツだったのだ。それに椛、この間のイシュタルと買いものに行ったときにも聞いた。
「と言うことは、間違いないわ。私が迦具夜君を、そして彼女がアルスと戦うということになるんでしょうね」
そう言ったデュアル=ツインベルの目つきは普段と違っていた。おそらく本気なのだろう。全てを切り刻まんとするほどの殺気にユノン先輩やミュラー先輩なんかはおびえてしまっている。
「仕方がない、か……」
デュアル=ツインベルは、そう言って、何か覚悟を決めた様な顔をして、叫んだ。
「迦具夜君!アルス!いるならこちらに来なさい!話があります!」
それで来るのだろうか……と思ったが、遠くから木が薙ぎ倒れる音が響いてくる。マジで来るらしい。
「ったく、あのアホは……」
珍しく辛辣なデュアル=ツインベルが手に呼んだのは、ナイフではなく双剣だった。そう、しかも俺の見覚えのある、あの双剣だった。刃奈の顔も驚きから歓喜へ。
「みんなは先に行きなさい。どうやら、この階で残るのはわたしみたいだから」
イシュタルがそう言う。だから、俺は、後ろを振り向きおそらく階段があるであろう方へと向かいながらデュアル=ツインべルに言う。
「お嬢さん、いいことを教えてあげよう。その双剣、片方を【炎剣レドヴィア】、もう片方を【氷剣シャヴィドウム】と言う。その剣の魂に刻み込んでおくといいさ」
「だから、また会えてよかったよ、ツイニー」
僕と初妃、俺と刃奈は、デュアル=ツインベルにそう言った。
――そう、刻んでおきましょう。……また会えたね、お兄さん、お姉さん
そんな涙ぐむような、彼女の声が聞こえた様な、そんな気がした。
え~、年末年始はネットのつながらない環境にいるので、更新できるか危うい、と言うよりも更新が途絶えてしまうと思いますがご許容くださいますようお願いいたします。
本日の更新もギリギリに今日に間に合ってよかったです。




