29話:黒刃の死神
路地裏の方に居る黒衣の男たちと女に向かってあたしは、どんどんと近づいていく。どうやらそれに気づいたらしい黒衣の男の中の一人が、女を庇うような位置に立ちふさがった。
「どうした、御草」
女……紳司からの連絡だと「あまきたに・けいま」おそらく漢字は分かっていたけど一発で変換できなくて時間ないからひらがなで送ったみたいな感じでしょうけど……が黒衣の男の一人、あたしの前に立ちふさがった男に何事か聞いた。
男は、後ろを向かずに、あたしを警戒しながら、自分の背後にいる女に向かって言う。
「この間の女です!」
この間ってのは、前にあたしがこの連中に会ったときのことよね。ちょうど鷹月が編入してきた日、だったかしら?
「チッ、面倒なときに!」
御草とか言う男の言葉に、女は唸るように怒鳴った。中々に高度なことをするわね。まあ、どうでもいいんだけど。
「お前、何の用だ!」
御草とか言う男が、あたしに向かって怒鳴った。あ~あ、これだから理解力の低い馬鹿は嫌いなのよ。
「アンタに用はないわよ、下っ端君」
あたしは、睨みながら、一歩、前へと踏み出した。それに対して、御草とか言う男は、一歩後退する。
「な、なんだ!」
御草とか言う男が大声をだした。けれど、あたしは引くことをしなかった。
そこに、あの兄が別の道を通ってやってきた。かなり息を切らしているらしいが、どっかから全力疾走してきたのかしら?
「大丈夫か?」
兄があたしの存在を知らずに、みんなに声をかけた。しかし、すぐに、皆の視線をたどり、あたしに気づく。
「お前は……、何のようだ?」
御草とか言う男と同じ質問をする兄。しかし、まあ、いいわ、答えてあげようじゃないの。
「アンタ、あたしが前に言ったことを覚えているかしら?」
あたしの威圧の篭った言葉に、兄の方は、一歩引きながら、少し震え声で答える。
「確か、お前の弟に手を出したら消すって話だっただろう?」
兄の方の言葉に、あたしは、一歩前に踏み込む。御草とか言う男が、ついに尻餅をついたけど、あたしは気にしないわ。
「一つ、いいことを教えてあげるわ」
あたしの言葉に、兄も妹も両方、疑問符を浮かべていた。というより、こんなのに構っている場合じゃないって顔ね。
でも、あたしはあえて言う。
「あたしの名前は、青葉暗音。あんた等がさっき襲った青葉紳司の姉よ。……あら、名前と弟のこと、教えてあげたいいことは一つじゃなくて二つだったわ」
そして、あたしはもう一歩踏み出した。そのとき、あたしの心中は、ドス黒く染まっていたことでしょう。紳司を傷つける敵への憎しみで、真っ黒に。
「まさか、奴が、お前の弟だったのか……?」
兄の方が、唖然とした様子で、口をポカンとあけて聞いてきた。その言葉に、あたしは、静かに返す。
「そうよ」
その一言だけよ。それだけで十分なのよ。
そして、心の奥のドス黒い感情が、なにやら、一つにまとまるように感じる。それは、おそらく、あたしの《古具》……。
「チッ、《刀工の呪魔剣》!」
妹の方の周りに、無数の刀が生まれたわ。なるほど、ブレードは剣じゃなくて刀だったのね。そう、焦らないわ。いえ、焦れない、のかしら。
「呪いの刀、ね。くくっ」
あたしは思わず笑みがこぼれたわ。呪いの刀、それがチャチに思えてしまったのよ。何せ、今のあたしなら感じられる。
(グラム、あんた、居るんでしょ)
あたしの呼びかけに、キンキン音を立てながら、グラムが答える。
(ああ、分かっている。目覚めのとき、いや《開花》と言ったか?いやもう、すでに目覚めていたのだがな)
グラムの言葉に、あたしは、微かに頷きながら、一歩踏み出す。
――シュゥン!
その瞬間、あたしの踏み出した足から四方八方に黒い斬撃が飛ぶ。地面を割断し、かけらが宙を舞う。いまやあたしの右足を中心に小さなクレーターが形成されているわ。でも、あたしには斬撃が透過するらしいわね、助かったわ。いきなりこんなことになるとは思っていなかったもの。
そして、もう一歩踏み出す。
――シュゥン!
またも地面が割断したわ。でも、それだけじゃないわ。地面を割断した黒い斬撃と同じように黒い何かが足元から這い上がってくる。でも不快じゃないわ。
まるで、あたしを包むように身体にまとわり付いた何かは、気づけば、あたしの服装を一変させていたわ。
黒いドレス。それもレースがふんだんにあしらわれた、フリルドレスのような、オフショルダーのひらひらとしたドレスだった。まるで、どこかのパーティに行くかのような格好。
それとともにあたしの脳裏に単語が浮かぶ。
――《黒刃の死神》。
黒き刃、それを持って、死を与う刃神。故に、黒刃の死神。あたしはそうであることを直感したわ。
「なっ、何だ、今の攻撃は?!それに、何だ、その服は?!」
女が叫ぶ。あたしは、《古具》に目覚めた、いえ、自覚した、と言うべきよね。だから、あたしは、右手の親指と中指をこすり叩きパチンと音を鳴らす。
――シャリィイン!
そんな金属のこすれるような音とともに、あたしの右手には漆黒の刃が姿を現す。まるで、闇を具現したような暗き刀。光すら吸収し、輝きすらない、禍々しく、漆黒で、夜の闇よりも黒い刀。
「《夜劔》」
あたしの静かな声とともに、その刀の密度が増す。この刀を形成している力場が強くなったのだ。
「死を齎す、闇の刀よ。覚悟はいいわね」
女がとっさに、自分の刀を10本近く現して盾代わりにしてあたしの刀を防ごうとする。だが、意味を成さないわ。
――パキィン!
10本近くあった刀は一瞬であたしの刀に両断され、刀と呼べない鉄片になった。さらにあたしは、その隙を突くように、刀を投げつけるわ。
「チッ」
兄の方が妹の腕を引っ張り無理やりかわさせる。だけれど、背中に掠ったわね……。
「消し飛べ」
あたしはその冷酷な言葉とともに増大させた力場を基点にこの辺りを焦土へと変えようとする。
「ま、待ってくれ!頼む!」
女が叫んだ!何よ。
「お前に頼みがある!」
頼み?この状況で?どういう立場か分かってんのかしら?そうは思いつつもあたしも鬼じゃないわ、聞いてあげる。
「何よ」
あたしの言葉に、女は顔を綻ばせて一瞬安堵の表情を浮かべてから言う。
「お、お前……、いや、貴方に頼みがある。兄と婚約してくれないか」
……、婚約?思わず、あたしは、《古具》を解除してしまった。え、だって婚約よ、婚約。リア充じゃないの?
「兄と結婚?マジで」
いきなり崩れたあたしの語調に、なにやら奇妙な違和感を覚えたらしい女は、妙な顔をしていた。
「えっと、暗音殿だったな。別に悪いようにはしない。ウチは、京都でも名家だ。そこの落ちぶれとはいえ長男と結ばれるのだ。悪い話ではないだろう!」
ふむ、顔も悪くないし金も有る。将来が安定しないのは心配よね。まあ、どうとでもなるんでしょうけど。
「ふむ、……、いいわ、結婚の話に免じて、見逃してあげるわよ。そうね、その代わり、あたしが修学旅行で京都行ったときに両親に会わせて頂戴!」
その言葉に、相手側は全員きょとんとしていたけれどどうでもいいわ。
「ふんふん♪」
あたしの鼻歌に、女が呟く。
「フリルドレスの悪魔かと思ったよ、最初は」
残念ながら、すでにその名前を持っている女の人が居るのよね。ラノベやゲームの中に。あたし、あの人好きよ。
「まあ、その話はまた今度ってことで、あ、連絡先交換するわよ」
あたしは、そう言って、女、天姫谷螢馬とその兄、天姫谷龍馬と連絡先を交換したのでした、ってね。